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・思い出す:四天王:バスキー

・思い出す:四天王:バスキー


「あー最悪」

「お帰りサチウス、どうしたの」


 花散らしの雨が、桜の代わりに梅を散らしている、今日この頃。俺は駅前のコンビニまで行って、飲み物を買ってきた。


 たかだかコンビニ一つの為に、わざわざ駅まで行かないといけないが、非常にめんどくさい。


「それがさー、電柱にゲロ吐いた奴がいて、雨のせいで川になって道を横切ってたんだよ。おかげで遠回りすることになった」


「お疲れ様。犬や猫が草でも食べたのかな」


 そう言いながら、ミリオネがタオルを渡して来る。


「いやぁ、内容物を見るに、草も毛も無かったから、たぶん人だと思う」


「なんで吐瀉物の観察をしてるのか分からないけど、結構濡れたね」


「トレーナーだから平気だと思ったけど水吸っちゃって寒かったし重かった」


 俺はタオルを受け取ると、服を脱いで体を拭いてから着替える。今度から雨合羽くらい着ていこう。


 何げにミトラスと暮らすようになってから、風邪を引き難くなり、現にこの世界に戻って健康になり始めてからは、一度も引いてない。


 だからイケルと思ったんだけど、別に寒さが辛くなくなる訳ではなかった。反省。


「遠回りさえしなきゃ、また違ったはずなんだけど、これだから酒飲みは嫌なんだ」


「お酒かあ、長いこと飲んでないなあ」


 ミトラスの見た目は子供だけどお酒が飲める。魔物として成人しているのかいないのか。その辺は別にどうでもいい。お酒を飲まないのであれば。


「お前もやっぱり、その、飲みたいの」

「まさか、そんなバスキーさんじゃないんだし」


 バスキーというのは異世界で出会った赤いドラゴンである。一応魔王軍四天王の一人。


 パンドラが合流した、その日のうちにやってきた。飲む打つやると女が大好きという屑の見本だが、能があるのが玉に瑕。


 基本は全裸で、全長は三メートルほどはあろうか。あくまでも本人が小さく変身した姿だという。真の姿というのを見たことないが、すごくデカイらしい。


 腰に小さめの樽を瓢箪のように括り付けていることもあり、その場合中身は必ず酒。


 元々赤いのに酒気帯びのせいか、たまに頭が気持ち悪いくらい、赤くなってることがある。


 真面目に働く気が無く、役所に顔を出し会議にも出席するが、事務仕事をしたり何かを生産したりということが無い。


 そのくせ金遣いが荒く、パンドラいわく『立てなくなるくらいの借金』を払わされることもあるとか。


 最初の頃はパンドラとミトラスは、奴をとても嫌がっていた。今もそうかも。


「バスキーなあ。俺あいつと良い思い出ってあんまり無いんだよな。えんがちょを切ってやったのと、背に乗って飛んだくらいしか」


 ドラゴンの排泄物はとても農作物には良いらしく、一部の農家の方々はドラゴンと聞くと、それを求めて追ってくる。


 バスキーは夏祭りのときに一度、お花摘みの最中に襲撃されて、公衆の面前で辱められたという、悲しい過去がある。


 そのとき俺は武士の情けとでも言おうか、あんまり不憫だったので、えんがちょを切ったのだ。それ以来バスキーの中で、俺の評価が急激に上昇した。


「異世界にもえんがちょの文化があったことには驚いたが、あの奇跡が無かったら、あいつとの仲ももう少し拗れていたかもな」


「たまに君って良く分からない所で株を上げるよね」


 照れる。


「底辺はどこも似通うものだから有っても不思議じゃないけど」


 さらりと酷いことを言われた気がする。俺はミトラスのこういうときに顔を出す、ナチュラルな上から目線があまり好きではない。


 何でかと言われると反論する気が、いや、できる気がしないからだ。


「でもバスキーさんが背中に乗せるなんて、相手が女性でも滅多にやらないことだよ」


「そうなのか」

「それだけ機嫌が良かったんだろうね」


 あのときは確か妖精さんの学校が完成して、演奏会をやったんだったか。急いでいた所を、バスキーが乗せてくれたんだった。


 妖精さんの学校では、四天王も教鞭を振るう機会が有ったが、奴は地理という飛竜のくせに地に足の付いた授業をした。


 輸送費の問題と絡めた内容は、そこそこの人気を博した。腹が立つけどただ遊び呆けている訳ではなく、俺よりも頭がいい。


 それがまた癪に障るんだが。


「あいつもパンドラとはまた違う方向で、よく分からない奴だよな」


「欲望に忠実なのは確かなんだけど、欲望のために頭も使えるし理性も、しっかりしてるんだよね」


 欲望に忠実な時点で理性がしっかりしているというのは、無理があるんじゃないかミトラスよ。


「竜人町の復興も、バスキーが一生懸命がんばってくれたから上手くいったんだし」


 ミトラスの中ではバスキーの評価がすごい微妙な所にあって、話の中でも名前に『さん』が付いたり付かなかったりする。


「酒場のおねえちゃんに入れ込んで、住処の斡旋をしたい一心から、単独で事を運んでたんだっけ」


 それを聞いたときの俺とディーとウィルトは、心底嫌な顔をしたものだ。


「あのとき島嶼地域に密猟者がいてくれたおかげで、僕らの入る隙ができてよかったよ。おかげで恩を着せられることもなく、復興もとんとん拍子で進んだ訳だからね」


「俺は危ない目に遭ったけどな」


 俺はそのとき対密猟者との一件で、割りと深刻なことになりかけた。そのときにディーは傷付いたし、俺も大いに反省することになった。


「そこは、ごめんね。でもほら、自業自得っていう面もあるでしょ」


「そうな。お互いあんまり言わんとこ」


 大人しく役所で待てばいいものを、付いていったのは俺の責任で、許可したのはミトラスの責任だ。


 結果として関係各位が反省をするということで、話は終わった。得るものはあったが、危険に見合うかと言われると、首を横に振るしかない。


「話を戻そう。バスキーって普段何してるんだ」


「あの人は元冒険者で、今はとっくに人間を名乗る資格を得てるよ。それで自分のお金をぶん撒いては好きな事業や、職人を育てることに精を出してる」


「あいつそんなことしてたのかよ、ていうか今始めて知ったな、あいつが人間資格持ってるの」


 ざっくり説明すると人間以外の種族が、冒険者として冒険者ギルドに登録して十年経過すると、人間としての権利を良くも悪くも得られるようになる。


「今じゃ竜人町の功労者で、地元の名士ですからね。彼の昔を知らない人は『だらしないけど悪い魔物ではない』という評価ですよ。正直やり難い存在になったなあって頭が痛いよ」


 俺としては奴が役所の空室でイビキかいてる姿や、カレー食ってる姿ばかりが思い出されるので、人気者としての事実を、とてもとても受け入れたくない気持ちがある。


「人魚たちからは、バスキー様とか呼ばれてるしな。ドワーフの職人たちにも、パトロンとして惜しげもなく金を出すし、港の猟師たちの間じゃあ、相談役みたいになってる。役所の仕事は手伝わないのになあ」


「新しいとこだと酒屋さんに手を伸ばしているみたいですね」


「そういえば何時だったか、老舗蔵元の息子夫婦が駆け落ちしてきて後、酒屋の誘致先について市長とやり合ったりもしたなあ」


 お酒の魅力やら産業として必要だとか、力説していたような気がする。俺は飲まないから酒の何がそんなに良いのか分からんし、分かりたくもない。


「いち早く人間化して立場大きくなってるから、僕としては何時お金の力を背景に、役所の決定に意義を唱えるのかと、冷や冷やしてるんだ」


 心強いという意味の言葉が、まったく出てこない辺りに、バスキーの信用の無さが見え隠れしている。


「やっぱ無責任に力があるっていうのは怖いよなあ」


「本当そう。あの人見栄を張るけど支配欲とか権力欲がないから、飽きたら地元の名士なんていうのもすぐ辞めるよ。好き勝手するだけして、何処かに行ってほとぼりが覚めたら、戻ってくるよきっと」


 理念も執着も無いのにお金と人気ばかりある。文字に直すとこんなに嫌な感じがするのも中々ない。不安の種だと知っているのは、自分だけという憂鬱。


「何とかならないかなあ」

「ならないから遊ばせておくのが一番だと思う」


 まるで帰って欲しいのに家に居座る身内のようだ。ようだも糞も無いよそのものだよ。あいつ本当に厄介な存在だな。


「あいつとは異世界に帰っても、そこまで会いたいとは思わんな」


「奇遇だねサチウス僕もそう」


 あー、皆には会いたいとは思ったけど、帰るとバスキーがいんだよな。


 そこまで悪い奴でもないんだけど、あいつだけ別に会わなくてもいいんだよな。そこまで嫌いじゃないけれど、嫌いなことには変わりないっていうか。


 酒と煙草で臭いし、腹立つことを言われたりもしたしなー。うーん。


「雨止まないな」

「ねー」


 これ以上バスキーのことを思い出したくなくなった俺たちは、話題を天気へと切り替えた。外では未だに雨がしとしとと、降り続いていた。


『はあ』


 二人の溜め息が重なる。


 窓から見える空模様が、なんだかバスキーの齎す不安に怯える心情のようで、俺たちはそれからしばらくの間、交わす言葉を見つけられなくなった。

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