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・思い出す:四天王:パンドラ

今回長めです。

・思い出す:四天王:パンドラ


「うーん」

「どうしたのサチコ、お金なんか数えたりして」


 一年のバイトや部活の依頼による収入から、一年の生活費を差っ引いて見た所、去年の四月よりも現金がやや減っている。


 歴史改変で前よりも、物価がお安くなっているとはいえ、二人分の諸費が掛かるのは、どうにもならん。


「どうしたのって現状の確認だよ。学費は既に払ってあるとは言っても、残りの金で三年生活しないといけない訳だからさ、払えなくなったらライフラインを、止められちゃうだろ」


「足りないの」


「いや足りてる。この調子なら三年は持つんだけど、やっぱり減ってると、いい気分はしないな」


 俺はテーブルの上に並べた現金を、何処かへ(何処かは秘密)仕舞った。気が付くとミトラスが、しょんぼりしている。


 お年寄りのようなため息が、ケモ耳ショタの口から漏れた。


「ごめんね、僕が甲斐性無しだから……」


「仕方ないよ。この世界はまだ、異世界人を働かせられるほど、開放的じゃないし豊かでもないんだから。それに異世界にいたときは、お前が俺を養ってくれてただろ。順番が回って来ただけだよ」


 生活は厳しい。


 深夜アニメを見るなんてことはしなくなったし、小説だって図書館を使うしかなくなった。嗜好品の買い物は、コミケの時以外は控えるようになった。


 斎からは『サチコってもうあんまりオタクじゃないよね』とまで言われる始末だ。南はこれに『でもリア充とまでは行かないわよね』と続けた。


「変な話、余裕が出来たら遊べばいいさ」


 サブカルチャーの購買活動と創作活動、このどちらもしていないのだから、そういわれても仕方がない。


 一応ゲームはまだしているが、それではゲーマーである。


 とかく生きていくことには、時間と予定と体力という資本を、止まることなく求められのである。


 一日の中で楽しみの比重が軽くなり、その比率が薄まると、どうしても何者であるとかは言い難くなる。


「こんなときにパンドラがいればなあ」

「いたらきっと喜んでお金を出してくれただろうね」


 俺たちはふと、異世界にいたとある魔物のことを、思い足した。魔物と呼ぶべきかやや扱いに困る奴ではあったが。


「あいつ人間嫌いで、何か頼むと幻滅するくせによ、使われるのは好きっていう、面倒な奴だったからな」


「誰も自分を使わないって不満を零してたからね」


 パンドラは魔王軍四天王の一人。血貨将の二つ名を持つミミックという種類(種族?)の魔物だ。


 食べた物をお金にしてしまう恐るべき能力や、一度食べた物を際限無く再現できるという、経済的な価値をぶち壊しにできる能力など、反則的な力を持った存在である。


 自称魔王軍で一番明るい男。


「僕も長いこと彼と遊んでないから、寂しくなるよ」


「そうだなあ、あいつのうるささが、懐かしいっちゃ懐かしいよ」


 パンドラは四天王の中でも、最初に仲間になった魔物だ。道具でありながら、魔物としても生きている。そのため色々と扱いに困る奴だった。


「思い出すなあ、彼をもう一度、仲間に加えたときのことを」


「あのときお前撥ね飛ばされて、頭から地面に落ちたじゃねえか」


 四天王は戦後散り散りになっており、群魔で祭りを開催するに当たり、責任者として召集されたのだが、パンドラは魔王城跡地に、何年もいたのだそうだ。


「いやあ、あれは効いたなあ。ちょっと立てなかったくらいだし」


「最初滅茶苦茶テンション高かったんだよな、今にして思うとアレは、演技も少しは入ってたのかな」


「僕を撥ねたことに関しては、本気だったと思う」


 パンドラは人間たちに悪用されるのが嫌で、魔王軍に逃げてきた過去がある。


 それでも道具としては使われないのは嫌だという。悪用しなきゃいいだけなのだが、それが難しい。強力過ぎるのだ。


「まあ何年も待たせた僕のせいなんだけど」


「でもお前ら仲良いだろ。あいつだって役所の手伝いなんか、進んでやってたし」


「それはまあ僕は魔物だし、悪用されない範囲で使われるのは、嬉しいんでしょ」


 両替機に変身したり甲冑姿になったり分身したりと何でも有りの活躍を見せたが、一番の活躍は妖精さんの学校で、教鞭を振るったり印刷機として、稼動しているときだろう。


「そういえばさ、何気にお前とパンドラって、一緒にいるとこ、そんまり見なかったな」


「名コンビとかそういう訳じゃないし、お互いに仕事があるからね」


「急に社会人みたいなこと言い出さないくれ」


 休みの日には遊ぶけど、平日は会議のとき以外、中々揃わないんだよね。


「彼も僕と同じで、働いている時間が一番充実してるから、しょうがないよ」


「あんまり悲しいことばっかり言わないでくれ」


 なんだろう。さっきから俺だけおねだりしてるが、明るい気配が微塵も無いぞ。利他業に幸福を感じるのは結構だけど、なんだろうこの悲しさ。


「でもね、僕もやっぱり不味いなと思うことはあるんだよ」


「ほう、具体的には」


「パンドラは一応神様でもあるし、仮に本人が良いと言っても、仕事を手伝わせるのは、たまにだけど気が引けるんだ」


 たまになのか。いやその点については、全く気にしてなかった俺が、言う立場じゃないけども。


 ちなみにパンドラは、こっちの世界出身である。


 以前異世界で俺のパソコンを使い、エゴサーチした結果、自身がギリシャ神話の、パンドラの箱であることが判明している。結構壮大な存在。


 偉い神様の悪戯に使われた後、用済みになった彼はその神様の手によって撥ね飛ばされ、ミトラスたちの異世界へと、流れ着いたのだという。


そこから地道な活動の末に、一時は神様として崇められ、天寿を全うしご神体として、どこかに安置されていた。


 そして付喪神として蘇ったという、モンスターの伝説的なキャリアの、持ち主でもあったりする。


突っ込み所が多くて困る。


「いいんじゃないか。なんのかんのあいつって、魔物たちの信頼も厚いし」


「そうなんだよねえ。とりわけ道具の神様だし、何処に行っても通用するんだよね」


「アレで結構お洒落だし」

「格好いいんだよねえ」


 基本的にはリビングアーマーの、上位種みたいな姿をしていることのほうが多い。


 そのときの姿も、自分でどういうのがカッコイイかを考えた結果だ。


 以前パンドラから『オマエ、オレヨリ、オシャレシテナイ、ヤババ』と言われたこともあるくらいだ。


 今思い出しても地味に腹が立つな。


「ああ見えて色々考えてるし」

「真面目な話させると、本当に真面目になるからな」


 以前にイエティ族の族長と三人で……一人と一匹と一体、いややっぱり三人だ。三人で海を眺めて、人間について話したことがある。


 だいぶ人間に対して厳しい意見だった、彼は人間の言う希望を、軽蔑しているかのようでもあった。


 思えばパンドラにはまだ何か、隠していることというか、言われてないことがあるような気が、するんだよな。


 そういえば神話にあった希望が、どういうものなのかは聞いてなかった。今度確かめてみよう。


「四天王最弱っていうけど強いし」

「ていうか怖いんだよね」


 パンドラには一度ゾンビから、守ってもらったことがある。でもそのときの攻撃の仕方が、相手を鎧の首の部分の空洞に、吸い込んで丸呑みにするというものだった。


「ずるうっと行くんだよな」


「あれでお金にして相手にぺって吐き出すから、もう恐怖が凄い」


 無尽蔵に吐き出されるお金と、食った相手がお金になるという、二つの点が結ばれると……。


 よそう。


「でもまあいい奴だよな」

「そうだね、困ったときは資材を出してくれるし」


 パンドラは物を幾らでも出せるので、必要だけどお取り寄せ困難な物が有った場合、それをその場で出してくれる頼もしい所もある。


 本人は無料でくれるけど、ミトラスはそれを拒んで有料で仕入れるので、何度か借金状態になった。


「きっとあいつがここにいたら、小憎らしい煽りの一つも入れて、お金出してくれたんだろうなあ」


「でもさあサチコ」

「何」


 ため息を吐いたらミトラスが待ったをかけた。


 うん、我ながらさもしいことを考えたなって、少し思った。この場にパンドラがいなくて良かった。もし聞かれていたら、きっと幻滅されただろう。


「この世界のお金って、偽造はだめなんじゃないの」


「あ、でもほら、小銭ならまだ紙幣と違って、番号とか振ってないし。ていうかお前の世界だって、偽造は駄目だろう」


「うん、紙幣はそうだけど、硬貨は金銀銅の規定の重さと厚さがあればいいから。模様なんか彫ったって、十年もすれば消えていくし、お金の材料がお金の価値を担保してるから、お金になるんだよ」


 ああ原始的。でもすごい納得する。物々交換の延長線上に、価格が決まる途上感。


 行く行くは貨幣にできる資源が減って、更なる紙幣や電子マネーへと行きつくんだろうな。


 そこでまたお金の信用がどうとか、価格変動がどうとか、通貨と金額の基準変更なんかが、起きていくんだろう。嫌だなー。


「あんまりお金の話はしたくないな」


「うん、僕たちにとって、気持ちのいいことじゃないからね」


そう考えると拝金主義はすごい。お金でさえあれば現物でなくてもいいんだから、物質主義をいち早く脱しかけている。


 いや逆か、最早現物での取引が遅いという理由で、彼らの経済は高速化したのだ。


お金を扱う速度が肉体や物質を離れ、経済が情報とか概念に比重を置くようになって行くんだとしたら、それはもう手続きや取引というより、儀礼に近くなるのかも知れない。


よく発達した科学は、魔法と見分けが付かないとは言うが、発達した経済は、宗教と見分けが付かなくなるのだろうか。


そんな訳ないか。


「お金も道具には違いないから、道具の神様ってことはお金の神様でもあるんだな」


「どうしたの急に」


 案外、未来を見据えた投資だったのかもな。或いは神様になるようにっていう積み立て。


 そんな訳ないか。


「いやな、今度パンドラに会ったら、試しに金を借りてみようかなって」


「そんなのは面白半分ですることじゃ、いや、相手がパンドラなら、面白半分以上の意味はないのか」


 金を貸してくれと言われたときの、パンドラを想像してみた。硬貨を吐き捨てる彼の姿が浮かんだ。


「とりあえず、お金のほうはいざとなったら、内職を頼むよ」


「え、働いていいの!?」


 働いてくれと言われたときの、パンドラの顔を想像してみた。こいつみたいな反応をする、彼の姿が思い浮かんだ。


 ミトラスの影響を受けて彼はああなったのか、それとも彼の影響でミトラスがこうなったのか。


何時だったか、しきりに『もっと仕事が無いか』と言い寄ってきたこともあったな。


「本当に悪いとは思うんだけど」

「やったー働くぞー!」


 なるべく働かずにお金が入るのなら、それに越したことは、無い気がするんだけど。


「パンドラが見たら嘆くぞ」

「一緒に喜んでくれると思うなあ」


 決まった姿は持たないけど、いつでも思い出せるミミックのことを、俺たちはしばらくの間懐かしんだ。

誤字脱字を修正しました。

文章と行間を修正しました。

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