・思い出す:異世界 前編
・思い出す:異世界 前編
『ご馳走様でした』
俺たちは昼食を済ませると、テレビを点けて午後のB級映画を見始めた。たぶん一番日本で贅沢で無駄な時間帯だと思う。
夜に放送すればもっと数字が稼げるだろうが、それだと今の番組を作ってる人たちが、路頭に迷うだろうから流せないんだろう。もったいない。
「今回は何だろう」
「SF。他の星を探し当てた人類が、いつものように内輪揉めするみたい」
「お定まりの展開だな」
食器を片付けてお茶と煎餅を用意する。画面の中では人型生物たちと主人公が、人間オンリーの軍勢に、四苦八苦している光景が広がっている。
「俺も異世界に来たときは、こんな感じになるかとも思ったんだけどなあ」
「あー、君を呼んだときは、全部終わってからだったからね」
人間に負けて人間の中に組み込まれた街だが、地域紛争らしきものもなく、三年が過ぎていった。平和という意味ではないが。
「道端に寝たまま召還されたんだよな。今考えるとアレは何でだったんだ」
「魔物の住処である以上、襲撃対策に召還避けを建物に施してたのを、うっかり忘れてて」
それで召還場所がずれたんだな。寝起きドッキリの裏には、スタッフのハプニングがあった訳だ。
何がハプニングだ只のミスだよ。
「次は忘れないでな」
「気をつけます」
テレビのほうでは原住民の方々が、主人公と敵の区別が付かなくて敵対している。
人々か。思えば結構濃ゆい人々だったなあ。
「まさかその後に、統廃合の危機に見舞われた区の、スカスカ役所の手伝いを、することになるとは思わなかったな」
「おかげで助かりました」
この世界の区役所と比べて、あまりにも中身が無い役所は、当時働いているのがミトラス一人という、冗談めかした状態だった。
他の人に助けを求めれば、と思ったけどその助けを求めた先が俺だった。
「そういえばさ、俺、あの世界の人たちって、最初は善良だと思ってたんだけど、案外そうでもないのな」
「というより戦勝ムードが晴れたんでしょう流石に。君が来たときは、戦後から数年経ってたし」
「途中でそれが完全に風化したのか。それで人々が素面になったと」
なんてことはない。世の中が元通りになっていったということなんだ。がっかり。
「逆に魔物たちは、いつも平和そうにしてたのにな」
「武闘派という名の乱暴者は、粗方間引かれたから、残ったのは虐げられていた層の魔物だよ。今も元気に暮らしているのを見ると、僕も頑張っている甲斐を感じられる。早く帰って仕事がしたいよ」
心の底からそう思っているのであろう。ミトラスは深々と溜め息を吐いた。
こいつのモチベーションは、人道的な見地から大変素晴らしいものであるが、たまについていけない。
「あまり接点がないけど、結構沢山住んでたよな」
「人型が多目だけど、人の街でも住める虫型や無機物系の住人は多いよ。リビングアーマーなんかは、物品扱いだけど」
獣人が主だけど、スライムもいれば虫系や植物系の魔物もいる。彼らは人間とは別のやり方で、人間のお仕事をこなして、生計を立てている。
「何とか魔物の住める枠を拡張したいのと、数が少ない種族を誘致、保護したいというのが、今後の目標ですかね。私としては」
急に仕事の口調に変わらんでくれ。とはいえ暇そうなミトラスを見ていると、区長の仕事をさせてやりたくなるときがある。
たっぷり三年は彼には気の毒だったかもな……。
「あ。ロボットだ」
「ん、ああ、そうだな」
「これ見てるとアレ思い出すんだよ、スカルナイト」
ミトラスに言われて俺は、自分が作り上げた水増しモンスターのことを思い出した。動く白骨ことスケルトンが、動く鎧ことリビングアーマーを装備し、二人三脚で戦うモンスターである。
複数の魔物を一か所に集めて、一体の魔物のように扱う、文字通りレベルを水増しするから、水増しモンスター。バリエーションが豊富。
「装備というより合体したって感じがしてさ」
「我ながらあれだけは、いい仕事をした気がする」
「そうだね。ああいう形で協力するっていうのは盲点だったよ」
仲間と連携するということは、そこに二人いるということである。しかし一人分のスペースに二人も三人も詰め込むやり方は、誰もやっていなかったらしい。
「トレーニングセンターでは魔物の組み合わせも工夫が進み、異なる魔物間でのチームワークも育まれて、一石二鳥。あれは良かった」
トレーニングセンターとは、お客が魔物と殺し合いにならない程度に戦える施設である。
魔物たちはレベルごとに分けられており、だいたい五レベルくらいが強い魔物の入り口らしく、そこから国の監視対象に、なるとかならないとか。
「異常に強い組み合わせも、分かったりしたしな」
相性によってはとんでもないレベル詐欺が出来たりする。そしてそれを見つけ出し、攻略することに躍起になる客も出るので、好循環である。
「大会で優勝したこともあったけど、最終的にスカルナイトってどこまで強くなったの」
「元冒険者の親父が手加減抜きで戦って、結構いい勝負するとこまで」
拠点である異世界の街、群魔の役所の向かいには、赤い屋根の宿がある。そこの主人が件の人物であり、俺が接触した最初の異世界人であり、初めて見て蹴った男性器だった。
えらい強かった覚えがある。
「スケルトンの調整を済ませて、スケルトンに合わせたリビングアーマーの調整を済ませて、肉体代わりのゴーレムを作って、スライムのコンディションを整えて、相性のいいゴーストを入れる。これで数値上は一レベルの魔物が五体で五レベル」
ちなみに強くて有名な、ドラゴンみたいなのは二桁突入。戦うのにも大金と大量の手続きが必要となる。
「細かいなあ。それで実際の力は、もう少し上くらいなんでしょ」
「いや、たぶん本当に五レベル相当だと思う。むしろよくそこに持って行けたってくらい」
骨と肉体と鎧と霊と緩衝剤。
これらが最高に噛み合い、人間的な戦い方ができるようになったことで、強くなっていった。
「正直後できることと言ったら、素材や出来を詰めるしかないだろうな。やらないけど」
「どうして」
「お金が掛かるからだよ」
『あー』という声を出して、ミトラスが煎餅をバリバリ齧る。お金という単語で一気にストレスが溜まったようだ。
「お金はねー、うん。大事だよねー、うん」
「そんな露骨に嫌そうにするなよ。神無側の財政は好調になったろ」
「うん、そう、そうだね」
神無側とは俺がいた異世界の都市である。規模は『市』で群魔が『区』。曰くつきであり、流刑地的な側面を持っている。
中心に神無側区神無側町があり、周囲にまた別の区がある。ざっくり九分割マップ。
「やっぱ農林水産業が一通り揃ったのが大きいよな」
「あ、うん。妖精町が農業で竜人町が漁業。この二つで食糧自給率が、ぐっと上がったからね」
よしよし乗って来たな。
ちなみに今言った二つの町は、元々は区だったが滅亡し、色々あって群魔と併合することになった。
おかげ様で群魔の広さは、神無側の三分の一を占めるほどになった。
「それにエルフが加入したのも助かったよ。正確には敵に回さなくて」
エルフは何処にでもいる人間大の妖精だ。さんを付ける程には可愛くない。
妖精の姿形は様々だが、中でもやはりエルフは強いらしい。傭兵ができるくらいには。
「なあ、やっぱりエルフって強いのか」
「森の中で狩猟と農業の両方やって生きてる生物が、弱い訳ないんだよね」
確認のために聞いてみて、返答に納得する。彼らはゲーム的には華奢なイメージを付与されているが、実際に会って見てみるともう『スラ、ムキッ!』なのである。
「そうだな。傭兵の連中なんか狩人っていうよりレンジャーっ感じの服装してたしな」
「服といえばあの和服もすっかり定着したよね」
「うちの学校の制服よりも余程いいよ。恋しくなってくる」
和服というのは魔物由来の素材をふんだんに用いた狩衣である。これを行政職の制服であった、芋ださいローブに取って代わることで、安定した収入を群魔に齎した。
着心地が良く俺にもそれなりに似合う。少なくとも学校の制服よりは。
「あの手触りが懐かしいよ」
色も豊富で結構高いが、俺は曲りなりにも職員だったので、それを支給されてたのも嬉しい。
丈夫で汚れ難く軽くて、非常に優れた衣類だった。烏帽子と陣羽織は要らないけどな。
「あー、異世界に帰りてーなー」
「ふふ、そう言って貰えると僕も嬉しいな」
ホームシックだな。一応平気っちゃ平気なんだけど居心地はいいし、暮らしも安心だったからな。
そんなふうにお喋りしている間に、映画が終わってしまった。取りあえず悪の人間が倒されて、主人公は原住民たちとはお別れした。
時計を見るとそろそろ三時だ。
「おっと、映画終わったな」
「どうする。夕飯の買い出し行く」
「そうだな、その前に布団を取り込んでからな」
「はーい」
俺たちは庭に出ると、干しておいた布団を、部屋に取り込んだ。珍しく日差しが強く、昼が長くなりそうだったから。うん、いい匂いだ。
これ実はダニが死んだ臭いじゃないらしい。
「じゃあこれ先に入れちゃうね」
そう言ってミトラスは、丸めた毛布を頭に乗せて、運んでいく。こいつがいれば何処でも異世界のような気がするし、何処でも元の世界のような気もする。
「ありがとう。助かる」
昔は一緒にいてやりたいと思ってたけど、今じゃミトラスのほうが一緒にいてくれてるんだから、すっかり立場が逆になってしまったな。
まあこれはこれで、悪くないからいいか。
「今日は何か食べたいものある」
「お任せします」
「それが一番困るんだけど」
振り返ると子どもが笑った。今となっては見慣れた笑顔だった。
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