・心配なるあなたへ
今回長めです。
・心配なるあなたへ
※このお話はミトラス視点でお送りします。
とまあそういった訳で、サチコと学友たちの奇妙な学園内闘争の幕は下りた。
生徒指導の先生が、自分の送り込んだ生徒たちに接触しなかったのは、彼らが自分に対して、不利になるようなボロを出すかもしれないと、踏んでのことだったのかも知れないね。
そういう所を見ると年の功だなって思う。引き際を見誤らなかったことと、自分の自尊心を咄嗟の判断で守り抜いたのは、経験の為せる業だろう。
そうそう。偽愛研同の生徒たちは、後日退部届けを出したらしい。全員。
部としてちゃんと成立してないから、退部も何もないのだけど、まあその辺はいいだろう。早い話が振り出しに戻ったってだけのことなんだ。
愛研同の三年生も、今回の見学体験でようやく役目を終えたのか、成仏するように所属する会を、去っていったそうだ。
周りは気付いてないみたいだけど、彼女たちは自分たち以外の場所も、守り果せた訳だ。
学校生活の最後に、友だちの部を潰されるなんて末節の汚され方は誰だって嫌だろうからね。
彼女たちは戦いに勝利したけど、それが自分たちの思っている以上に、大きな意味を持つことに、きっと気付いていないだろう。
無知と蛮勇の純粋さとでも言おうか。敢えて直向きと言い換えてもいい。何にせよ、ちょっととはいえ、僕も手を貸した甲斐があったというものだ。
「臼居くん。紙飛行機はゴミの不法投棄になるから、後でちゃんと捨てなね」
「はーい」
日に窘められてしまった。
後二枚残ってるんだけどな。
しかしこれだけで、サチコたちが気付いてくれて良かった。本当はもっとちゃんと、手順を踏んで気付かせるつもりだったんだけど。
あそこでサチコが一言零さなかったら、初動が遅れただろう。
それでも結果は変わらなかったと思うけどね。部長さんと南さんは勘が良く、対処も早かった。
部長さんは勝ち方に不満を漏らしていたけど、即座に敵を抱きこんで、何もさせないというのは、僕としては目から鱗だった。
こういう防御の仕方もあるんだなあ。
「取り合えずここで、お昼を食べよう」
「ここいつか入ろうと思ってたのよね」
「でもなんだかんだ入らなかったっていう」
僕は現在サチコのバイト先にお邪魔している。とはいえ、彼女の姿は店内にない。
それもそのはず。だって今日は平日だから。
春には中学生になる日と恭介。二人を連れて入る店内は、通りのまだ弱々しい光と、僅かな灯りに照らし出されている。田舎臭さの中にも、旅行先に感じるようなお洒落さがある。
「だって皆入りたがらないもん、びびっちゃってさ」
今はまだ店に対して、背伸びをして見える二人も、そのうち自然と似合うようになるだろう。僕らはまだ初心者だから、珈琲を頼んでパンを買った。
「場所に気後れしたのかな」
「初場所あるあるだね」
恭介がうんうんと訳知り顔で頷く。
このご時世にカメラと特撮と時代劇が好きという、末恐ろしい少年だ。家に引きこもっているが、勉強と鍛錬は欠かしていないらしい。
本人曰く『勉強をしないと趣味の勉強ができないし、体力が無ければスーツや着包みを着ることはできない』そうだ。
「僕もこの前米神高校の、見学体験に行ってみたんだけど、やっぱり一人で高校に行くのは緊張したよ」
「一人で何やってんのよ」
「いやそれがさ、今あの学校ではサブカルが流行ってるっていうんだ」
行動力に溢れる高性能なオタクというのは、何処にでもいるんだなあ。僕はそのまま恭介と日の会話に、耳を傾けることにした。
「僕が行く頃まであるか分からないけど、でも結構良い感じだったんだ」
「どんなふうだったの」
「先ずバイク研究会。不良みたいな人がやってたら、帰ろうと思ったんだけど、意外にちゃんとした人たちの集まりだったよ」
「バイクが好きな人って、無責任な人が多いって印象だったけど、違うのかしら」
「違わないと思う。だから趣味だけの友人って線までなら、良い人たちなんじゃないかな」
すこぶる辛辣。
彼はこれで十三歳になろうって子だよ。
「僕は子どもらしく特撮のバイクって格好いいですよねって言ったんだ。そしたら彼ら何て言ったと思う。『特撮のバイクは現実だからな』って。感心したね」
頭に疑問符を浮かべる僕と日を横に、彼は一人で勝手に納得している。
「お弁当も美味しかったし、コスプレっぽいことしてた人たちも、美人揃いだったし」
「観光旅行みたいなこと言ってる」
「電機も良かったよー。丁度ポラロイドカメラの分解講座やってて、ああいう昔の人が見ていたであろう、未来っぽさにはときめいて」
レトロフューチャーというやつかな。あれはフィルムの入れ物が、指を切るくらい鋭くて、安全面に著しい難があったような。
「私にも声かけてくれたら良かったのに」
「こういのは一人で楽しむからいいんだ。日ちゃんを呼んだら、二人で回らないといけないじゃないか」
このカップルは付き合ってる間はいいけど、結婚したら上手く行かないだろうな。
「そういう性格直さないと、そのうちお金を積んでも誰も話してくれなくなるよ」
「えっちなお店で門前払いをされる恭介っていうのも見てみたい気がする」
そう言うと珈琲を口にしていた二人が、ほぼ同時にむせた。日は笑いで、恭介は羞恥と怒りで、顔が赤くなった。並べて見るとお似合いそうなんだけどな。
「失礼だな。そんなことないよ」
「そんなことっていうのはどんなことの辺りなの」
日に言われて恭介は考え込んだ。
そしてすぐに『やっぱりいいです』と言った。
二人ともまた少し、背が伸びた。どっちももうじきボクより背が高くなるだろう。日のほうが早くに背が伸びなくなって、恭介が一番大きくなるんだろう。
「ところで臼居君」
「なあに」
「なんで急に出かけようなんて言い出したの」
「そうだよ、まだ寒いのに」
二人の私服姿ももうじき見納めだからと言ったら、彼らは何て思うだろうか。
「皆春には中学生になるでしょ。だからちょっと早い卒業記念とか、入学祝いっぽいことをしたかったの。割り勘だけど」
「そんな社会人みたいな自分おめでとうなんて今からやりたくなーい」
日が屈託無く笑う。
おでこはピカピカのままだけど、体は既に女性らしくなってきた。
「え、自分へのご褒美って普段からやらないの」
恭介は線目を微妙に曲げた。
まだまだ日より綺麗だ。長髪をぼさぼさにしているのは、彼なりの男性アピールなんだと、最近気がつくようになった。
「ともかく、これからは会う時間も減っていくだろうからさ、自分なりに節目を設けたかったの」
「ああ、そういうのは分かる」
「分かるなあ」
「ありがとう」
店の外から数人のお客さんが入ってきた。学生服を着ている。この時期は大抵半日で終わるから、僕たちみたいなものなのだろう。
「……心配だなあ」
「何が」
両手で熱々の珈琲の入ったカップを、持っている日がこちらを見つめてくる。
「後七年かそこらで君たちは成人する訳だろ」
「臼居くんもそうでしょ」
「ちゃんとした大人になれるかなあって思ってね」
「ちゃんとした大人っていうのは君から見てかい」
「誰から見てもさ」
珈琲にやたらと甘味料を添加していた恭介がむっとする。彼は型の話をするのを嫌う。
「僕の大切な人はね、家族に恵まれなくて、とても苦労したんだ。少なくとも、家庭や家族の気持ちを顧みることのできない人を、ちゃんとしてるとは言わないかな。他人に迷惑をかけないとか、そんなことはどうでもいいことだよ」
秤にかける時点で論外なのだと、あの人を見ているとそう思う。
「真面目な話ね。でも大丈夫じゃないの。要は自分が大変なのにって、可哀想ぶったり居直るような人間にならなければいいし、自分の非は認めて素直に謝ればいいのよ。それができる感性の持ち主同士なら、一緒になっても悪いようにはならないはずよ」
日は自信を持って言った。弱者から見れば傲慢かもしれないが、強いからこそ善良であるという側面を体現する、この子のこういう所は頼もしい。
一方で恭介は渋い顔をしている。
「相手にもそれを要求するのかい」
「自分なんか幾らだって乗り越えられるけど、現実の問題への対処は限度があるもの。だったら一緒に悩みを乗り越えて行ける人が、良いに決まってるでしょ」
それはそうだが、その理想論には問題がある。僕は恭介に助け舟を出してやることにした。
「一つ質問なんだけど、二人の好みや趣味の違いは、どうやって乗り越えて行くんだい」
「問題にしなくてもいいこともあるのよ臼居くん」
「じゃあ相手が僕みたいに、サブカル趣味全開だった場合は!」
日は笑いながら『捨てる物は選ばせてあげるね』と言い放った。共同生活の空間は、自分だけの倉庫ではないのだから、置き場に困る事態が発生したのなら、それも已む無しか。
「君のときもそうなるよ」
「当然でしょ」
自分を主張から外さない彼女は、非常に堂々としている。
「対等なはずの相手に、上下関係を持とうってのが、もうちゃんとしてないの。それはギスギスした空気を怖がってるから。煩わしいのが嫌だ、自分だけは巻き込まれたくないって人は、人と一緒にはなっちゃいけないのよ」
「厳しいな。日は」
「怖くないの」
「怖がってるのは今言った人のほうよ。話したくないけど言うこと聞かせたいなんて、大人のすることじゃないわ」
そういって彼女は持っていた珈琲を、ぐいと一飲みにした。少し冷ましていたとはいえ、まだまだ熱いはずなのに。
「心配しなくても、皆ちゃんとした大人になるわよ」
「だってさ」
「どうしてそこでボクに振るんだ……!」
顔を背けて珈琲を啜る恭介の耳は、真っ赤になっていた。分かり易い。
二人の男女の仲が破綻せずにいるか、それは分からないけど、少なくとも一人の人間としてなら、大丈夫そうだ。
色んな人がいる。年を重ねて人に生る者もいれば、最初から人である者もいる。何時まで経っても変わらない者も。
サチコやその友人は、良くも悪くも人間だ。この子たちもきっと人間になるのだろう。そう思いながら、僕は二人のじゃれ合いを眺めていた。
僕にとっての変わりない日々ってなんだろう。ふと考えると、やっぱりサチコの顔が頭に浮かんだ。
不意に店に入り込んだ風が、少しだけ温かくなったような気がした。
<了>
これにてこの章は終了となります。
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