・呉越同舟
・呉越同舟
やっべえ。何がやべえって、偽物が出たことだよ。偽物だよ偽物。何のってうちの。目の前のガラの悪い集団が名乗ったのがうちの名前。
ハンドルネームが被ってるとかそんなんじゃない。他人に嫌がらせをするためのわざと。
やってる人の人生そのものが偽物って感じのアレ。これにはサチコもみなみんも呆れている。私もだ。
「お前ら自分の部はどうしたんだよ。帰宅部欲しさに人の部の名前をパクッたのか」
「だって鴨宮先生がやれって言うから」
ヘアピンをしてる子が、あっさりと黒幕の正体を話した。後ろの男子はもう、この子に話すことを任せたみたいだ。
鴨宮っていうのは生徒指導の名前だったはず。曰くありげ。
ちなみに愛研同の他の部員たちも、元は他の部に所属していたけど、やりたいことがあって、自分の会を立ち上げた。
校則によるとこういうのも、部活に準ずるものとして見なすみたい。
そりゃそうだ。マイナーだから認めないし、他の部に入れなんて言い出したら、強くも無い運動部なんていつ定員割れを起こしたって、不思議じゃない。
「なんで」
「やったら処分は待ってやるって言うから」
「そのなんでじゃねえよ」
○ どうして鴨宮先生はあなたたちに私たちの偽物をやれなんて言ったんですか。
× どうしてあなたたちは鴨宮先生の指図を受けたのですか。
この状況で自分のことを、聞かれてると思うかね。自分のことが一番大事だとしても、私たちからしたらどうでもいいよ
「あのね、生徒指導の先生が、あなたたちにその部活をやれって言ったの?」
「えっとね、なんかー、今日ここに来てーやれって」
あ、これはダメだ。話す気が無い。この程度の人は必ず一言目に『えっと』や『なんか』が来て、その後に必ず自分の非を外して喋る。
それこそなんでなんだろ。たぶん誰にも教わってないのに。いや、誰にも教わってないのがこの状態なんだろうか。
「お前。全部ちゃんと話せ」
「え、え、オレ、あーおんなじです」
『わ!』
サチコが手近な机を思い切り殴った。
凄い音がした。
「ちょっおま」
机の上の木の部分が、ひび割れてる。彼女に視線を戻すとすっごい怒ってる。無表情だけど怒ってるって分かる。甘えで逃げることは許さない顔だ。
「お前らの処分される理由から話せ。お前はいい。既に知ってるから」
サチコはでかい。170後半あるけど今は180くらいあるんじゃないだろうか。怒りで大きく見えるけど、背丈が同じくらいの男子が小さく見える。それは彼らも同じみたいだ。
いつもと同じグループじゃないからか、視線を彷徨わせてキョロキョロするも、ヘラヘラ笑うタイミングが噛み合わなくて焦ってる。
「その、えっと……」
そして除外されたヘアピンの子以外が、順番に話し出す。やれ煙草吸ってただの、校内でエロ動画回覧してただの、人の家の物を壊しただの、バス代を払わなかっただの、お酒飲んだのネットにアップしただの。
「呆れた」
くだらない話が出るわ出るわ。しかもそれらの内容が被ってる。一人一つじゃなく、今言った内容を複数人でやらかしてる。中には全部やった奴までいる。
一つも世の中を騒がすことなく、勝手に消えて行くこの馬鹿さ加減。大したことのなさ!
でも人権団体の人からしたら相手が馬鹿でクズでも人命が尊くない理由にはならないそうだからこの世は不思議だ。
「よくもまあ、そんな中身のない馬鹿なことばっかり出来たね、何か練習とか勉強とかしなかったの」
「止しなさいいっちゃん。そんなこと言ったらこの子たちの頭じゃ、舐められてると勘違いするわよ」
物事の区別が零か一か十しかない奴は、自分が悪いから叱られてるのに『舐められてる』『自分が悪者にされてる』という答えに、行き着くから性質が悪い。
もうそんな段階ではないのに。
「それで、生徒指導は何て言ったんだ」
「あ、えっと」
「えっとはいらん。次にえっととかなんかって言い訳しようとしたらぶつぞ」
サチコは本気だ。平たく幼稚な言葉と、それに対してかけ離れた威力が、そこにあるのが怖い。
「あ……その、部活にずっと出てないだろって。部を用意してやるからそこに入れって。それで、見学体験出ろって、そしたら大目に見てやるって」
嘘臭。明らかに使い捨てじゃないか。
「その話が本当だとすると、偽愛研同をこさえたのは鴨宮先生ってことよね」
「できんのかそんなこと」
「学校内の公共のプリント類は誰でも入手できるからやろうと思えばできちゃう」
だから、しかも、届や許認可で先生がマッチポンプをやろうとすれば、ん、マッチポンプ?
「そうだマッチポンプだ!」
「どうしたいきなり」
「だから! マッチポンプなんだよ! 自分で偽の愛研同を作って、それを潰すってことなんだよ!」
「それと本家本元のうちと、何の関係があるんだ」
「読めたわ。申請中で宙ぶらりんになってるうちを。この子たち偽物と抱き合わせで消そうって寸法ね」
サチコが『それ延焼っつーんじゃ』と呟いた。まさにそれだよ。
「そうそうそうそう! 部活は統括する教員がいない。学校が予め作って置いた部、生徒の要望で作られた部、どっちにしても基本は全部顧問に丸投げだ。職員会議の出る幕は、部を作るか審議するとき、顧問のくじ引きをするときだけ」
うちは学年主任みたいな、枠に対する主がいない。
「それでどうなる」
サチコが聞いてくる。
「申請中のうちに同じ名前を騙るこの偽物集団を合流させるだろ。そうすると素行不良の集団という事実上のレッテルが貼れてしまう。そして今日、特にそれらしい活動をしていなければ、そのまま活動の意思表示がなかったということで、申請を取り下げる口実を与えてしまう」
「するとどうなるの」
みなみんが聞いてくる。
「よくない前例があるから四月の申請が出来なくなる可能性が高い」
「長期的で陰湿だわ!」
「ここからどうすればいい」
「こういうときは逆に考えて行こう。先ずうちらがいなかったとき、偽物がいる。その場合彼らが活動していようがいまいが、うちらは参加していなかったという部分を突いて、偽物に併合させることができるの。名前が同じだからね。」
「汚名でニコイチとか聞いたことねえぞ」
「どっちかというとオプション制じゃない」
「どっちでもいいよ。この離れ業の要点は処分されるあっちの救済が前提にあるってぇことなの。あっちにお目溢しをするために部活を頑張ってるというポーズを取らせてやるというのが、偽愛研同成立の大義名分なの」
その大義名分に背いた生徒がいるという形が、生徒指導の先生にとっては大事なのである。
「強引過ぎない……?」
「離れ業は強引なものだよ」
証拠書類を手元で右に左に動かされる教員ならではのやり方とも言える。
「仮に彼らが活動したとしても何ができる。できることが一つも想像できないよ。今度は何も用意してないということで口ばっかりということになる。どの道偽愛研同とその人たちが、助かるとは思えないね」
指差して言ってやると彼らはどよめき始めた。
遅い。理解が遅い。
「今度は私たちがいて偽物がいなかったら。同じものは省くとして、うちだけがここで活動していたら。そのときは偽物がいない責任を問われるかも知れない」
「ちょっと待って、そんなの彼らの愛研同が、私たちの愛研同として成立してないと、無理と思うの」
「え、そこは言い含められてるんじゃないの」
こんなことやるんだから『お前たちの部は北斎の愛研同だ』くらい言われてても、おかしくなさそうなんだけど。
「どう」
聞いてみても誰も答えない。だんまり。素直で大変よろしい。
集団でいると余裕を持って嘘を吐ける彼らも、この状況でそうしていられる胆力はないようで、とっても助かります。
「全員言われてるな。こいつら不利になるから黙ってたんだ」
サチコが吐き捨てる。
わざわざ言わなくてもよろしい。
「どうどうサチコ。ともあれこの場には両方揃ってんだから、今言ったことは心配しなくていい」
「じゃあ何を心配するんだ。こいつらが展示物を壊したり、他の部に迷惑かけに行くことか」
「そんなチンピラじゃないんだから」
もう十分チンピラだと思うんだけどなあ。そんなのはどうでもいいか。大事なのはここからだ。
「取り敢えず今すべきことは、この場を乗り切ることだよ。そのためにはその人たちにも、協力してもらわないといけない」
「残念ながら一蓮托生という訳ね」
サチコは舌打ちをしたけど、渋々ながらも納得してくれたようだ。
途中で合流するNPCが死んだらクエスト失敗というのを現実に自分がやることになるとは思わなかった。
「ねえ、つまり、どういうことなの」
途中で会話から省かれていたヘアピンの子が、不安そうに尋ねてくる。
「お前らは俺たちへの嫌がらせのために、生徒指導に捨て駒にされたんだ。助かりたかったら言うとおりにしろ」
サチコの言い方に彼らの顔色は赤くなって来ていたのが青白くなった。そろそろ私たちが邪魔者ではないと分かってくれただろうか。
「もっと他に言い方無かったのかしら」
「恐怖政治は誰にでも分かる、一番簡単な優れた説明手段だよみなみん」
そう言って私は席を立つと、サチコとみなみんが作成した部の印刷物をかき集めた。それを偽愛研同の生徒たちに配る。
「そういう訳で、今から君たちに仕事を言い渡そう。それができれば今日を凌げる。今日を凌げば大丈夫」
要は付け入る隙を与えなければいい。
今日だけやり過ごせばいいんだ。
「具体的にどうすればいいの、いっちゃん」
「なあに簡単なことだよみなみん」
私は背筋を伸ばして眼鏡をかけ直した。
こういうとき、背が小さくても格好良く見える決めポーズが欲しい。
「愛研同の見学体験をするんだよ」
誤字脱字を修正しました。
文章と行間を修正しました。




