・あらわるあらわる
・あらわるあらわる
知れば知るほど危機感が遠退く事態を前に、私たちは良くやったと思う。
斎と私は展示物の作成。私とサチコはプレゼンテーションの資料作成と練習。サチコは斎の手伝いの力仕事もした。作業を分担して当日の割り振りも決めた。
結果論で言えば簡単そうだけど、これはこれで難儀した。理由は私たちの能力と性格が、偏っていたせいである。
例えば祥子はインスピレーションが死んでて、創作物を作れない不具合があり、斎はプレゼンをやらせた場合、相手が部員でないという想定の段階でさえ赤面する。
小動物でさえ遊べるときは遊びたがるというのに、サチコは全くそんなことはない。
何をすればいいのかを指示すれば、しっかりとした報告、連絡、相談の元に作業を進めるが、自由にしていいと言われると途端にフリーズする。
したいことが無いのだ。
一方で斎は好きにさせると幾らでも動くのに、自分の意思と離れたことをさせた場合は、一気に動かなくなる。
この二人は並べて見ると対照的というか二極端だ。サチコはアレで愛情深い人間ではあるが、他人に興味が全くと言っていいほど見受けられない。
あくまで個人への好感によって動くという、善意が機械染みた所がある。たまに彼女がどうして私たちを好きでいるのか※不安になることがある。
※控えめに言ってサチコは南があんまり好きではありません。
一方で斎は来る物は拒まず去る者は追わずで、他人に興味を示すが、好悪の反応がほぼ一定である。
自分が第一にあり特別こそが自分という“きらい”がある。他者を同列というよりも、同一に見なしているように私には見える。好き嫌いがただの分類の一つに過ぎないとでも言おうか。
懐が狭く情が深いのがサチコ。懐が広く情が浅いのが斎。他人に興味はないのに、気にするのがサチコ。他人に興味を示すけど、執着しないのが斎。
お互いに好い影響を与え合ってくれていればいいんだけど、ちょっと想像つかないのよね。
私のように※『金由愛健』を満たした人物は、世の中で見れば少数派なのは分かるけど、やはり至らない人間は見ていて、不憫で可哀相になってくる。何かに長じていることは、人格の不足を補う訳ではないし、それを許すものでもない。
※『金由愛健』:金と自由と愛と健康のこと。南曰く人間に欠かすべからざる物事であり、これを欠く者を人間として見なすのは迂闊であるとされる。以前南が斎から四字熟語大喜利を振られた際に閃いた言葉。本人も気に入っているがこれを自画自賛という。
ともあれそんな訳で展示物製作はほぼ斎が担当した反面、接客は私とサチコですることになった。前置きが長くなったけど、今日は二月四週目の土曜日で件の見学体験の日。
「部室の前に看板立てたぞ」
「部内の陳列もバッチリだよみなみん!」
「オッケー! これで後は何が来ても大丈夫ね」
そして考え事をしながら進めていた室内の最後の用意も済んだ。とはいえ随分簡素なものだけど。
部室の前にはここが愛研同の部室だと分かる看板も出したし。
斎の作ったサブカル趣味全開の作品と私の小洒落た作品も並べたし。
各部の紹介とこの部の沿革を記した小冊子もある。
「なんか『片隅のお土産屋』みたいになったね」
「分かる。無いといけないんだろうけどそれ要る?って感じのスペース」
「止してよ考えないようにしてたのに」
見栄えの良くなる要素だけを揃えることが出来ないのだからしょうがない。物事というのは万全完璧とは行かないように出来ているのよ。
「えっと、お客が来るのって十時からだから、たぶんそろそろよね」
「つってもなあ、誰も来ないんじゃねえかなあ」
「それならそれで別に」
そう。学校、というかたぶん生徒指導の先生個人の仕業だと思うんだけど、後はもう何か嫌がらせの類を実行できるのは、ここしかない。
愛研同が学校側からは快く思われていないからか、それとも生徒指導ってそんなに偉い役職なのか、彼がここまで勝手をできるのが不思議。
他の先生まで便乗して来ないだけいいけど、場合によってはそうなる可能性があるのが嫌ね。
「お、廊下がうるさくなってきた」
「でも体育会系の部室は皆外だし、この階にある部室はうちを除けば、衣装とか家庭科とか料理とか、アレ結構あるな」
斎は指折り数えると意外そうな顔をした。愛研同、というか愛好会等の部室未満は、基本的に空き教室を利用するので、自然と空き教室が多い階に集まる。
「おお、本家の家庭科部を差し置いて衣装部と料理部が頑張ってるぞ」
「衣装部はきっと、うちの生徒の口コミで広がったんでしょうね。料理部はその受け皿」
「うちのダサい制服を、よくあんなに格好良くできたもんだよ」
衣装部の部長は高身長に加えて、凛々しい顔立ちをしている。そして顔に似合った性格と美声。はっきり言えば同性にモテる類の人物だ。何故彼女ほどの人物がこんな糞ド田舎に存在しているのか、これこそ歴史改変の妙なのかも知れない。
世界に男性が一人しか残っていなかったとしても、その男がブ男だったら、女性は彼女になびくか否かに選択肢を限定するだろう。そういう『華』がある。
「料理部は味噌汁と弁当出してるな」
「お昼に貰ってこよう」
もう一方の料理部は万人受けする。
『万人受けする』こと。それは説明不要の王者の力。プリミティブな価値。押しも押されぬ必要善にして、絶対正義。お弁当は野菜弁当だ。肉類を避けているけど、おかずになる野菜料理はたっぷり盛られている。
「ていうかこの期に及んでまだ三年生いなくならないのね」
「この分だと他もそこそこ繁盛しそうだな」
サチコがそう言って微かに笑う。そうそう、他の子みたいにずっと笑ってる訳じゃないから、変な言い方だけどこういうときに『笑った』って思うのよね。
「バイク部と軍事部と電機部は、必ずハマる奴が出るから大丈夫でしょ。問題は残りの連中だよ」
「ああ、運動部のパフォーマンスは、周りが盛り上げないと魅力が半減だし、園芸部も今咲くような花は、育ててないからな」
二人が今言った会の心配をする。
片方は観客との一体感が大事だし、もう片方は文字通りシーズンじゃない。
「後で様子を見に行くか」
「そうだね」
誰もオカルト部の話題を出さない。私も出さない。それでいいと思う。
そして特にすることもないまま、三十分が過ぎた。
「暇だな」
「いいことだよ」
他所の様子を見ることにも飽きた私たちは、椅子に座って展示物を物色していた。サチコは印刷物の校正を始め、斎は自作した自動車の模型で遊び始めた。
何て言ったか、タタ・グルジェルとかいうメーカーだった気がする。
「部員の電凸が効いたのかな」
「だといいけどね」
私は私で衣装部の資料で作った、レジンのサンプルを並べ直している。こうして見ると、墓石やタイルの陳列みたいね。
飾りを見せるのに飾り気がないのは良くない。特に何もないまま、三人は思い思いの時間を過ごした。
「あれ、いる」
そんな時だった。部室のドアが開いたのは。
「ああ、どうも」
『こんにちは』
部室の外には数人の男女がいた。
何れもうちの生徒だ。
見学に来た来期生や、一般の人ではない。他の部を抜けてサボりに来た連中だろうか。
「うちは愛研同総合部ですよ」
斎がそう言って営業スマイルを向けると、生徒たちは顔を見合わせて、戸惑った。
「おいどうする」
「いやどうするって」
どうも様子がおかしい。部室の中に入って来ない。彼らはいったい何しに来たんだろう。
ただ何か、そう、何だか良くない輩だというのは、分かった。
何故かといえば、彼らの中には先日斎の掲示板に、サチコの個人情報を書き込んで、私に釣り上げられた女子の姿があったのと、もう一つは。
サチコが立ち上がったから。
左のポケットに手を突っ込んで、グーの形にしたのが分かる。そしてさっきと表情がほぼ同じなのに、空気が格段に近くなった気がする。
初対面のときに襲われたときと、全く同じ空気。
「よろしければ見学どうぞー」
私はそう言いつつ斎の傍に戻った。この中で物理的に戦えないのは、斎だけだから。
それで彼らはといえば、しばらくの間、誰か何とかしろという感じで、まごついていた。
リーダーがいない辺り普段から付き合いのある集団じゃないみたいね。
「お前らうちの生徒だよな。サボるんなら他の教室を使いな。ここはうちらで使ってるからさ」
サチコが一言投げかけると更に狼狽える生徒たち。うーん、これで本当に私たちと同年代なんだろうか。よく似た日本猿じゃないわよね。
「あの、ここは私たちが使うんですよ。出てってくれませんか」
「ここはうちの部室だし場所間違えてんじゃないか」
意を決したかのように、掲示板の子がサチコに詰め寄った。サチコは何か気付いたみたい。ていうか個人情報書けるんだから、たぶん同じクラスなのかも。
うーん、掲示板の子、特徴がないわね。校則で皆似たり寄ったりな格好してるせいもあるんだけど、便宜上困るわ。
あ、ヘアピン。ハゲとかメガネみたいな扱いだけどこの際それでいっか。
「うちは愛研同で部室はここ。そっちは何の部なの」
斎が困ったような顔をして話しかける。この子でも困ったちゃんを諭すような表情ができたのね。
「……あ、ぁぃ……ぅ…部です」
「なんだって」
サチコが苛立たしげに聞き返す。相手が尻込みして急に声が小さくなった。何だか聞いたことのあるような名前だったけど。
「あいけ……総合部です」
「恥ずかしがらないでよ」
「ちゃんと言えちゃんと」
二人に言われてヘアピンの子は、唸るように溜め息を吐くと、可愛げの一つもない態度で、頭を掻いた。
そして、噛みつくようにこう言った。
「愛・研・同・総合部です!」
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『はあ?』
誤字脱字を修正しました。
文章と行間を修正しました。




