・レベルアップしよう
第二章
・レベルアップしよう
リビングの中は静かだった。特に見たい番組の無い日は、テレビを点けることさえないので、俺とミトラスの食事風景はそれほど音が無い。かといって、それが気不味いという訳でもない。
歴史が改変されて、未来から来たという派遣社員に接触され、すったもんだの末に何事も無かったのが一ヶ月前。そろそろゴールデンウィークだ。
といっても出かける用事も無い。ならどうするかと言えば、どうしようか。予定は未定のままである。
「今度の連休どうしようか」
「先ずサチウスの喜ぶことが前提として、何かしたいとか、何処かに連れて行って欲しい?」
こういう駆け引きも何も無い、直球な聞き方をしてくるのがミトラスだ。ファンタジックな緑髪に、猫耳のショタで俺の彼氏だ。
「そうだなあ。バイト出られますって言っても、店側からは『シフト決まってるからって』言われちゃったんだよなあ」
口元に付いた米粒を取ってやりながら俺は答えた。今日の夕飯はインスタントのカレーライス。ずっとこればっかりにならないよう、使ってもいい日は決めてある。
こういう連休の際は忙しくなるものなのだが、その辺の日程はしっかり埋められてしまった。
他の人が勝手に休むなどして、ヘルプに呼ばれなければ、それで恙無くお休みとなる。
皆お金が欲しくて働いている訳だから、出勤日をくれと言う事もできないし、それならそれでミトラスとの時間を大切にしたい。
「かといって先輩の原稿手伝うのもヤダしな。ミトラスは何処か無いの? 遊園地とか映画館とか行きたいとこ」
「無いね。DVDでいいし、遊園地高いし」
そうだよなあ。小田原には大抵のものはあるけど、肝心の俺たちが、それほど何かを欲している訳ではないんだよなあ。あまり散財するのもなあ。
なんていうか我ながら若さが無い。家族旅行にすら行ったことがないんだから仕方ないんだけど、こういうとき他の奴はどうしてるんだろう。
「うーん、困った。困ったことが何もないのが困った」
「人間的だなあ。あ、そうだ。だったらさ、レベルアップしてみない?」
レベルアップ。異世界に行ったときに何度か関わり合いになった事象だ。仲間と合体したり切った張ったを繰り返したり、敵を食べるとかでも起こり得る、ゲームライクな成長を指す。
タマルみたいに同族を狩ることで強くなった奴もいたが、そういえば俺自身はしたことがなかったな。
※タマル
前シリーズのキャラ。『魔物と積荷を運ぶには』に登場した女性騎士。その正体はお金に対して忠誠を誓い、厚い信仰心と共に人間を狩り続ける狂人。お金のために働いている。
「暇つぶしでするものじゃないと思うけど、どうやるの」
「ふふん、そこはそれ、ちゃんとやる気が継続できるよう僕なりに工夫を凝らしました」
そう言ってミトラスは徐にテレビのリモコンに手を伸ばす。この流れで見たい番組がある訳でもないだろう。黙ってその様子を見ていると、彼はそのままチャンネルを、いや正確には画面を切り替えた。
地上波、ラジオ、DVD、こっちのテレビは新しいから昔の奴みたいにビデオ画面はない。そして入力切替の中に混じって一つ浮いてる項目があった。
――『サチコ』
そしてミトラスはリモコンのメニュー操作用の方向ボタンを押して俺の名前に合わせる。するとどうだろう、出てきたのはまるでゲーム画面。けっこうリアルな画面。年代的には2010年頃のグラフィック。
でもなんか工廠っぽいというか、機械的というか、雰囲気がカタイ。レベルアップというよりも、兵器開発のような印象を受ける。
「お前うちのテレビに何した」
「群魔で培った技術を応用して、このテレビをサチコのレベルアップ用マジックアイテムに作り替えました。この程度のことは僕一人でもできます。どうです画面が大きくて見易いでしょう」
なんてことしてくれたんだこの野郎。親切心を発揮するならせめて別の者にしろよ。それこそ携帯ゲーム機とかでも良かっただろ。確か見易いけれども。
「このリモコンで操作して、あなたの体をあれこれ弄繰り回すことができます」
「なんか卑猥」
そんなことを言いながら、テレビのリモコンの矢印ボタンと決定ボタンを使用して、画面内のパネルを選んでいく。力瘤を作る腕のマークで、身体強化関係であることが分かる。
「ちなみに上のタブから他の分野を選べますよ」
「あ、ほんとだ。魔法と知能と特技で別れてるな」
言われるがままに画面上部のタブを選択してみると『肉体』の文字。その隣に『魔法』で横にスライドしていくと『知能』と『特技』。それぞれの項目がある。
「下になんか数値があるな」
「それは成長点です。それを消費すると自分を強化できますよ。全体でポイントを共有ではなく、それぞれのタブ毎に対応した成長点が入っているはずなのでご安心を」
なるほどな。筋肉で魔法は強くはならんという訳だ。俺のステータスは画面端の情報欄に表示されている。数値じゃなくて『弱い』とか『並』とかファジーなのがムカつく。
「俺って何時の間にこのテレビと連動するようになったの」
「割と最近、寝てる間に。でも安心して。このテレビが壊れても君は無事だから」
「当たり前だよ」
そんな知らず知らずのうちに、自分の本体なんかこさえられてたまるか。
「で、この既に取得済みになってる赤いパネルは何」
巻き爪体質だの、将来的薄毛だの見ていて碌なものがない。どういうものか何となく察しが付く。
「良くない身体的特徴、所謂短所とか欠陥ですね。普通なら一生お付き合いするがっかりものですが、これを使えば消せます。その名もルーツ変更パック!」
ああ、俺が群魔から出るときに貰い損ねた奴。そうかミトラスとプレゼントの内容が被るから、皆して避けたんだな。
「粉薬にカプセルと錠剤だな」
「ここに水があるのでささ、ぐいっと」
個人的に欲しいと思っていたものなので拒む理由が無い。怪しい薬を一飲みすると、あら不思議。テレビの画面に変化が現れた。
『一部の欠点が消去可能になりました』
というアナウンスが。おお、そうかこれはありがたい。早速消しにかかろう。
『巻き爪体質』『薄毛体質』『虫歯体質』『無駄毛:脇』『無駄毛:脛』
他で無駄があるから頭が薄くなるのか。不老不死の呪いのおかげで髪もそんな減らないけど恩恵大きかったんだな。
『家系:不運』『家系:糖尿病』『家系:奇病体質』
「我ながら遺伝して良かったものが一つもないな。ところでこの奇病体質って何?」
「そういうときはパネルを選んで、メニューボタンを押してみてください」
「お、出た。ボタンの用途が状況で変わるとかこれもうコントローラーだな。どれどれ」
『奇病体質:他の人と比べて難病に罹りやすい』
なるほどな。いらない。
「それら赤いものを消すと成長点が増えます」
「なんで?」
「そんなものでも、あなたの体の一部を形作っていた訳ですからね。無いほうが良かったものですけど」
こういうハンデのない奴が、優れた体の持ち主ってことなんだろうな。他にも癌体質だの精神病質だの先天的音痴だの。俺の体っていい所一つもねえなあ。
「消すと点数が増えるのは嬉しいな」
「取りも直さず悪い所が減っている訳ですからね」
タブを切り替えて身体的な欠点から心の欠点まで消して回って浮いた成長点は身体強化以外の分野にも使えるそうだ。専用でないのは嬉しい限りだ。
「それで成長点が現在4,095。魔法がそれより幾らか少ないな。これの根拠って」
「三百六十五日の三年分と人間サプリが三十日分。魔法は覚えてから日が浅いから」
人間一粒で成長点が百相当なのか。まあ毎日人一人食ってる訳だからそれくらいないと有難みがない。パンドラのくれたヘアゴムがなかったら、体の分の成長点しか入らなかっただろうし、ボスキャラからの支援って本当に手厚いな。
「人間のエリート層は、こういう成長を無意識かつ主体的にやって行くんですよ」
「言い替えれば俺はこれまで成長を無駄にしてきた訳だな」
「それは違うよ。人間の不思議なところはね、何かのきっかけで、必要な成長点を持っていなくても、その技能の取得や才覚の開発が起きることだよ。君にもあるはずだから、この画面をもっと良く見て調べてみるといいよ」
さっきまで欠点を消しまくってる最中に、良かった探しも済ませているだけに、ミトラスの励ましが胸に痛い。
ともあれ、かくして俺は自分のレベルアップというものを初めてやってみることにしたのだった。
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