・整理と支度と
今回長めです。
・整理と支度と
なんか疲れを癒せないまま、二週間の冬休みが終わろうとしている。
制服は新学年で揃えるしかないが、私服と下着と上履きと体操着は新調できた。
ただでさえ狭い我が家が更に狭くなった。
やたらパワーアップイベントと、トラブルを挟んだ二週間だったが、得られた物が俺にとって本当に必要だったものかと問われると、首を傾げざるを得ない。
体がでっかくなったことは生活を不便にし、経済を圧迫した。
自分を箱物呼ばわりするのは、気が引けるものの、他に表現と言えばウドの大木とか、デクの棒とろくなものがない。
「そんな外ばっかり気にしてないでやるよー!」
こうして庭に出て、ミトラスと魔法の練習をしていても、塀よりも大分体がはみ出してしまう。何せ塀の高さが、成人男性の肩くらいまでしかないのに、それプラス十cmだもんな。
「ん、はーい、つっても気になっちゃうよ」
風の強い快晴、庭の雪も無くなって、乾いた空気の冷たさが心地良い。先ずは覚えたての魔法の確認だ。
オカルト部部長から貰った魔法は、どれもこれもミリタリーを意識した危険なものばかりだった。
やれ火球の中に石が入っていて、当たると爆発して飛び散るだの、やれ帯電した植物の根が、相手に絡みついて爆発するだの、空気中の塵を凝縮して、際限なく高速で射撃し続けるだのと、物騒極まりない。
「あの人は何と戦うつもりだったんだろう」
「殺傷力の低いものが全然無いのは逆に感心するね」
もっと俺のように毒ガス状の気体を使ったり、火の粉を撒き散らしたり、眩い光で無力化するという方法に至って欲しい。鼻の光は現状封印してあるが。
「じゃあこの前も言った通り、回復魔法の練習をするよ。目標は全属性で同じ効果」
「全属性で回復、しかも同じ効果って意味あんのか」
「共通する治療行為が、共通の効果を発揮するものではないよ。美容整形とかダイエットとかそうでしょ」
すげえ棘のある言い方された。
分かるけど俺じゃなかったら、かなり怒るとこだぞこれ。アンデッドの仲間に、安易に回復魔法をかけるなっていう説明で、良かったんじゃないか。
「それじゃあ行くよ。手を出して。えい」
「痛え」
そして始まった回復魔法の練習は、ミトラスが俺の片方の手を引っ掻き、もう片方の手を取って傷口にかざす。そして魔法を唱えるの繰り返しだ。
「で、これを治す。静かなる癒しよ~」
これは俺の手を取ったミトラスが『俺を使って』魔法を使い、その感覚を刷り込むというものである。
今回できるようになったのは、残念ながら闇属性のみだが。
見た目は傷口が黒いもやに包まれると、次の瞬間には治っているというもの。まだまだ先は長い。
正直なところ特技の『記憶』の枠の一つを、魔法に割けば良いんだけど、家事と土地勘と他人の好き嫌いのどれも消したくないから仕方ない。
「今回はこの辺で」
「うっす」
手取り足取り好き勝手されて、俺は初歩的な回復魔法を覚えた。
所謂一つのヒールである。皆が持ってるということに対して、初めて共感を覚えた瞬間であった。なんかちょっとだけ嬉しい。
「なんかサチウスの魔法の覚えも随分早くなったね」
「そりゃお前と触れ合って、もう五年目だしな。相性だって良くなるよ」
「な、そ、でへへ」
そういう意味で言ってないんだけどなあ。
で、昼食がてらに家へと入って、テレビを点ける。ステータス画面で自分の能力を見る。
一段落した自分の体をどうなったのか、何か変化があるのかが、気になったのである。
だって176からの255からの187だよ。自分の身が心配になるよ。そして肉体のタブを開いて、パネル群をつらつらと見て行くと、やはりあった。
追加点であり違和感の主でもあるそれは『変身』と『天狗化』という名前のパネルであった。
『変身』は取得済みである。
片方は分かる。しかしもう片方は。心当たりは一つしかない。
「両方共前は無かったよな」
「変身はまあ、変身だよね。天狗ってこの国の有翼人や鳥人化した人のことだよね」
天狗っていうのはざっくり言うと、最初から天狗説と修行僧が道を踏み外して、魔物化したという二つの説がある。
前者は字面通りお天道様の使い、エンジェル的な存在なのに対し、後者はかなり恐ろしい化け物だったりする。
ただ獣憑きだろうが鬼だろうが天狗だろうが日本の怪物は地方で名前が違うだけじゃねえかっていうくらいには人を食ったり凄惨な殺し方をするという点では概ね共通していて『名前なんかどうでもいいからとにかく怖いんだよ』というパニックホラーめいた雑さが目立つ。
昔は『それ妖怪の仕業じゃなくて、お宅の地方での見せしめ方ですよね』って思ってたんだけど、実在するらしいってのを知っちゃうと、なんとも言えない。
それにしても大昔の人は、悪評や怪談の類を脅しやハッタリとして、使うこともあったというが、天狗も現実か。この世界出身の妖怪狐と、異世界で会ってるからそこまで驚かないけど。
「これたぶんオカルト部部長のせいだよな。しかし前に触れたときは、こんなん出なかったけど」
「考え得る可能性としては、例えば彼女がそういう血筋であり魔法で変身したとか、後天的な外的要因で、先祖返りを出来るようになったことで、体がそのための機能を備え始めたんじゃないかな」
ミトラスが顎に手を当てて、考えながら話す。そういえば前に、家系がどうこうとか言ってた気がする。血筋って天狗の血筋か。あるかそんなの。
「忘れないで欲しいのは、君の体の変化はあくまで『人間』の範疇なんだ。人種の変化も遺伝子の精練も、人間であることから外れてはいないんだ。だから天狗化は出なかった」
「それだと天狗人間説が覆るんだが」
「うん。たぶんこれは人間から、別の存在になる手段を採ったことで、魔法を使うことなく、体を変化させる選択肢が、出てきたってことじゃないかな」
魔法で先祖返りしたら、その刺激で魔法が無くても変身出来るようになったと。
アンデッド化も獣人化も、最初から有ったのに天狗化は無かったってことは、きっとファンタジーから見ても、自然に背いたメカニズムなんだろうなあ。
魔法っていうか、当時の人の邪法とか、呪法の類。その異変の仕組みを、真似するかって言われても。
「まあ元が人間だから、仮にこれを取得して君が天狗になっても、僕の中では君は人間のままだから、別にどうってことはないけどね」
「個人的な焦点はそこじゃないんだよなあ。俺がどう思うかってことじゃないのかなあ」
「そんなことより答え合わせをしようよ、パネルの説明を出してほらほら」
こいつのルーツに関する無頓着さ、もう少し何とかならんものか。とりあえず今はパネルを見よう。
『変身』:気合を入れた掛け声と共に、変身します。体が外見維持による調整前の姿に戻ります。
やはり前に戻るのか。まあこれは予想が付いていたことだ。こういう細やかな配慮というか可逆性、取り返しのつく変化って大事だよな。よしよし。
「順当だな」
「後でポーズと台詞考えようね」
感慨深そうにうんうんと頷くミトラス。
別にヒーローみたいな外見に、なれる訳じゃないんだけど。
「で、次がこれ」
『天狗化』:現在の肉体に『別の生物の肉体』の構成情報を書き加えることで、別の生物に変化します。
※不可逆変化。
「論外だな」
「え、取らないの」
「前から気になってたがお前は俺をどうしたいんだ」
「人型で可能な限り人間離れさせたい」
聞かなきゃよかった。
「でもこれは新発見で儲けものだよ」
「なんで」
「だってこれって一度人間辞めた人の血が、人の中に戻ってることを意味してるんだよ。そしてその子孫が変身の魔法によって、自分の中にある人外の種族になれるようになった。これは本来なら有り得ない、あの子の家系にだけあった極めてイレギュラーな事例だ。しかも血筋でもない、全くの部外者もその知識を得ることによって、同様に別の種族になることができる。こういう種族の抜け道を見たのは初めてだよ僕。本音を言うと学術的なことで、この世界に来た甲斐があったと思ったのもこれが初めてだよ」
ミトラスが興奮気味になって、早口で言ってくる。鼻息も荒くなり出した。なんかすごい発見らしい。
たぶんゲームでモンスターの合体や配合を弄ってるときの動きって、こんな感じなんだろうな。
「これは吸血鬼や人魚といった、人間の近縁種でも同じことができるかも知れないし、混血問題にも一筋の光明を齎す、画期的な何かになる可能性がある」
「なるほど、生まれを呪うハーフを、どちらか一方にすることができる訳だな」
「ミックスジュースの中身を、混ざっているどれか一つに出来ると言えば、凄さが分かると思う」
「え、それって損じゃね」
「…………」
冗談だよ。俺だってそれが、どういうことかくらい分かるよ。
だからそんなにイラついた顔しないでくれ。
「でもこの分だと、そういう奴が今後も出てきそうで怖いな」
「類は友を呼ぶというしね」
ニコニコしながらミトラスは言う。
ただでさえ自分が半ば異世界人で、未来人と普通ではない現代人と接点があるんだ。
ここから更に面倒な知り合いが増えるなんて、俺は御免だ。でも全部乗せした俺っていうのも、少しだけ興味がある。
「認めたくねえな。それにしてもさ、こういうのって相手の遺伝子みたいなのを、取り込んで発現するものなんじゃないのか」
「遺伝子って言っても要は情報の容れ物だから、それさえ分かれば、別に直接体に入れる必要は無いんだよサチウス」
「見方を変えれば、手当たり次第に取り込んで、良いものでもないってことだな」
「それこそ遺伝子に悩まされることになるだろうね、おお怖い怖い」
ミトラスはふざけて、体を掻き抱く仕草をした。
オカルト部部長の、妙に高性能な超能力を真似すれば、俺自身に更なる拡張が、とも思ったが、好奇心に負けたら大変なことになるんだろう。
くわばらくわばら、大人しくしておこう。
やっぱり多少面白そうでも、危ないことや面倒なことは、やらずに済むのが一番だな。
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