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・行きつ戻りつ 後編

今回長めです。

・行きつ戻りつ 後編


「お待たせしました。ありがとうございました」

「いいえ、それで話の続きなんですが」


 新しくお茶を淹れ直して話を再開する。南や先輩が来たときのために買っておいた物を、まさかこんな形で放出する羽目になるとは。


「はい、どこまで話ましたっけ」


「俺たちが異世界に帰ったら、この世界の改変された歴史が、本決まりになるとこまで」


「ああそうでしたそうでした」


 歴史改変でフラグが立ったと思ったら、別にそんなことは無かったとこまでとも言う。


「で、この歴史を固定したいもう一つの理由とは」

「こっちのほうが大事らしいけど」

「はい、何せ僕が死にませんからね」


 さらっと今とんでもないこと言ったな。それは確かに大事だけど、もう少し勿体ぶったほうが、いや勿体ぶった後に、トイレ休憩を挟んだからもういいのか。


 間の取り方って大事だなあ。


「あれ、でもその内死ぬって、さっき自分で言ってたじゃないですか」


 ミトラスが疑問の声を上げる。


 マックス曰く、気持ちを切り替えられないから、時期が遅れるだけで、また同じことを繰り返してしまうとかなんとか。


 にも関わらず、この歴史のままでいたい。ということは、何か別の含みがあるってことなんだろうけど。


「はい、でも今回は違います。ボクの気が変わったんですよ」


「転生前のマックスさんね。気が変わったってことは少なくとも、線路に身投げはしなくなったってこと」


「そうです」


「それはまた何が切っ掛けで」

「サチウスさんのおかげです」

「俺の」


 何だろう。知らず知らずの内に人々に希望を与えるなんて、外国人スター選手じゃあるまいし、そんなに目立った活躍なんて、心当たりがない。


「先月のクリスマスに、駅のホームで騒ぎを起こしたじゃないですか。あれです」


「あれか……」


 なんだ。俺の人生の汚点とか、黒歴史に光を当てて濁させないとか、罰でも当てたつもりか。


 サンタクロースも随分ケチだな。黒光りする思い出なんか要らないよ。


 ていうか俺たちがフラグ立てただけで、やはり彼は関係なかったのでは。


「あの後ボクは、憑き物が落ちたような表情で駅を後にして、色んなところに相談して仕事を辞めたみたいです。今は実家に帰って、親に顔見せてます」


 晴れ晴れとした顔でそんなこと報告せんでくれ。

 死ななくて良かったとは思うけどね。


「たぶんサチウスさんの怒りや悲しみに触発されて、感情が戻ったんだと思います」


「思いますって自分のことでしょ」


「そうなんですけど、厳密にはボクはもう、前のボクとは他人だし。自分が二人いると、自分が何を考えているかって、分からなくなっちゃうんですね」


 ああ、異世界転生っていうことは、生まれ変わってるってことだもんね。


 前世の記憶があるから、その人当人かと言われると疑問だし、たぶんこれは本人と周囲の人にとって、一生付きまとう問題だろうな。


 迂闊に掘り下げんとこ。


「ボク自身が説得を、試みたことはありましたけど、上手くいきませんでした」


 それはそうだろうよ。


 いきなり知らない外人が『オレはお前の生まれ変わりだ』なんて言っても、身の危険を感じるだけだし。


「もうちょっとやりようがあったとは思うんですが、結局……」


 何度やっても駄目だったようだ。


 思えばこいつは周囲の時間と、自分の時間の両方を巻き戻せるチート能力を持っていても、自分と向き合うという点については、何の役にも立たないんだな。


「だけどそれが、俺のお家騒動に中てられたことで、良くなったと」


「そうですね」

「だからこの状態を維持したいんですね」

「そうですそうです」


 うんうんと頷いてマックスの勢いが再び良くなってくる。図らずも俺は一人の人命を救助し、新しい人生を一つ切り拓いた訳だ。過程はアレだが。


「それもこのまま過ごせば良いんだし、何か身構えて損したな」


「来た時には心配事が終わってた。杞憂って奴だね」

「はは、本当そうですよね」


 マックスは疲れた笑いを浮かべた。時の中で藻掻いていた彼が、時の流れによって助かる。


 本人の努力を嘲笑うかのようではあるが、何もしなかった場合と違って、異なることが一つある。


「でもそれが分かって良かったですね」

「え」


「だって、ここで俺たちと話してなかったら、マックスさんは、ずっとここにいたかも知れないでしょ」


 それは、自分が助かる瞬間を、彼自身が見られたかどうかだ。


「そう、ですかね」


「途中から変わっていることに気付かないで、同じ時間を繰り返していたかもね」


 俺たちがそう言うと、マックスは真剣な表情になり何やら考え始めた。もしかしたら、これまでにもそういう可能性が、あったのかも知れない。


 彼の能力では未来には行けない。ミトラスの話じゃないけど、或いは彼が同じ時間を行き来してしまったことで、過去を変えても彼がいた時までは、決まってしまったということも、あったのかも知れない。


「止そう。済んだ話だ」


 だけど俺から言えるのはこれだけだ。もう繰り返さないでいいし、振り返らなくていい。


「それよりもお昼を大分過ぎてるから、そろそろ何か食べよう」


「急にどうしたのサチウス」

「いいから。マックスさんも、何か食べていきなよ」


 本当なら、という言葉は語弊があるけど、彼は実家に行きたかったと思うんだ。


 でもそこにはマックスじゃなくて石塚がいるんだ。彼の居場所はない。


 帰る家と、憎からぬ家族がいる家に、彼は帰れないのだ。生きているのに。


「たぶん久しぶりでしょ。誰かと飯食うの」

「あ、はい……でも悪いですよ」


 これが慰めになるのか、追い討ちになるのか。そこまでは知らないし、確かめないし責任も持たない。


 でも労ってやりたいは思う。


「彼女もなんだか乗り気だし、折角だから食べていきなさい。出前でいいかな」


「まだ二日だよ。何か買ってきて、時間のかかるものを作って、早めの夕飯にしよう。いいかな」


「あ、はい、ありがとうございます」


 マックスも同意したので、俺たちは買い出しに出かけた。先月からまばらに振ったり止んだりしていた雪が、道という道に、分けても過疎化が進んで人の住んでいない家の前に、新雪のまま他よりも高く積もっていた。


 一方でスーパーのある駅周辺は、足とタイヤに踏み散らされ、泥とみぞれの酷いこと。


 きったねえきったねえ。踏み出す度に『ばちゃっ』ていう音がする。しかも滑る。


 そんな落差の激しい街中を移動して、手に入れた食材で作った料理はといえば。


「はいおまちどうさま。それじゃあ食べようか」

『いただきます』


 白い深皿にこんもり盛られた炊き立ての白米。そこにかかる、やや赤味がかったルー。


 具材は肉と野菜とエビと貝。


「カレー美味しいね」

「カレーご馳走様です」

「カレー美味いな」


 なんか前にもこんなことあった気がする。


「サチウスが変なアレンジし出した時は焦ったけど、流石はカレーだね」


「まさか海鮮カレーにケバブ入れ出したときは、正直どうなるかと」


「コミケの帰りに買った奴を使えてよかったわあ」


 屋台で売ってたケバブを、買って帰ったものの、冷蔵庫の肥やしになりそうだったんだよね。


 海鮮スープの段階で入れたら味が黒ずみ出して匂いもなんか悪くなってきたから余ってたネギもぶっ込んだら臭いはマシになったが今度は水っぽくなった上に味もしょっぱくなったのでルーとみりんを足して煮詰めてたら何かいい感じにできた。灰汁を小まめに掬っていたらかさが減っていたのも大きい。最後に胡椒で全体像を誤魔化したら完成だ。


※全くのでたらめなので真に受けないでください。


 そんな訳で出来上った海鮮ケバブカレーはそこそこ好評だった。エビと貝が入るだけでそれっぽくなるんだから、ありがたい食材だよな。


「カレーにそんな時間かからないだろって思ったら、きっちり時間かかったね!」


「余計なことすっと遠回りになるってこったな」

「でも美味しいですよ」


 三人で夕飯を共にして、何となしにテレビまで点けちゃって、だらだらして過ごした。


 食器を片付ける頃にはまだ夕方の七時。思いっ切り時間が余ってしまった。


「ご馳走様でした。なんだかすいませんね、ご飯まで頂いちゃって」


「あれ、泊まっていかないの。役所ほど広くないけど君一人分くらいなら別に」


 ミトラスがマックスを引き止める。俺としては地味に嫌なんだけど。流石に他の男を泊めるのはなあ。


「いえ、一度神無川に戻ろうと思います。向こうなら宿もすぐ取れますし」


 とは言え、取り敢えず玄関まで見送りには出る。


「しかしそれだと、またこっちに来るのって手間なんじゃ」


 俺たちと違って、彼は自力でこの世界を探し当てたのだ。ここに来るには、もう一度同じことをしなくてはならない。


 ゲームのように、行ったことのある場所を登録しておける、テレポートのようなのを彼は使えないのだ。


 ミトラスに送らせてやりたいが、彼もあくまで俺に付いてきた形なので、一人になると彼と同じ手順を踏むしかなくなるだろう。それはダメだ。


「ええ、でももう目的は達したし、あなたがたもいますからね。たぶんもうここには来ないと思います」


 寂しそうだけど、どこかすっきりした笑顔だった。吹っ切れたって顔に書いてある。


「特に何もしてないんだけどなあ」


「いいえ、本当に助かりました。向こうに戻ったら、またその内挨拶に行きます」


「体に気を付けて、何かあったら役所に相談してくださいね。人好きのミミックとかいますから」


 相談役に真っ先に上がる存在があいつなのもどうかと思う。


 マックスは苦笑しながら頷いて、ミトラスの、次に俺の手を取って何度も礼を言うと、懐から何時か見た水晶球を取り出して、一言異世界の言葉を呟いた。


 彼の体は光に包まれて、夜の闇を切り裂くように、天へと昇っていった。


 後には静けさと暗がりだけが残った。


「何が何だか分からんがどうやら終わったようだな」

「巻き込まれたと思ったら話が済んでいたとはね」

「俺の人生サブクエストのほうが大事過ぎない」


 ともかく言えることは、この歴史改変はマックスの手により引き起こされ、俺たちが来たことにより固定され、オルタネイティブなリアルとして独立していくことになったようだ。


 最初から解決する気は無かったしどうでもいいな!


 また一方で、一人の青年の命が救われたので、そこは良かった。個人的には助かった背景が嫌だけど。


「なんていうか、盛大に何も無かったな!」

「そうだね!」


 寒いから玄関をぴしゃりと閉めて俺たちはリビングへと戻った。


「明日は出来たら服買ってから初詣行こうな」

「お店が開いてればいいね」


 などと言いながら、俺たちは余った時間を再びだらだらしながら過ごして、一日を終えた。


 ああ、メインクエストのない人生、それはモラトリアム。なんて素晴らしいんだ。

誤字脱字を修正しました。

文章と行間を修正しました。

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