・行きつ戻りつ 前編
今回長いです。
・行きつ戻りつ 前編
マックスもこの世界出身だから、歴史改変のことは分かっているだろう。
そしてそのほうが都合が良いと言うなら、俺と同じなので、協力するのもやぶさかでない。しかし。
「別に手を付けようもないし、このまま放置しとけば良いのでは」
「僕たちはこの世界を、元通りにしようなんて思ってませんよ」
そしたら諸々の物価が上がって生活が辛くなるし。
「いえ、そうではないんです。えっと」
元日本人石塚ことマックスは首を振った。彼は何かを言おうとして、止めた。何を考えているのか。
ここで彼の心の声を聞いてみよう。普段は使わないけど、話を進めるのには便利だなこの能力。
(どう言ったらいいんだろうな。てか何処から話したらいいんだろう。歴史が変わってるのを、そのままにしたいってのも妙な話だし)
うん分かる。切り出し方に困ってらっしゃる。そうだよな。どう説明したものか難儀するから、非日常と呼ばれる訳だしな。
「とりあえず、あなたがこの世界に戻って来て、何があって何をしたか、順を追って話してください。落ち着いて、ゆっくりとね。それで話が繋がってくるはずですよ」
仕事モードに切り替わったミトラスが、諭すように言う。マックスはまた、お茶を一口して頷いた。
「はい。あれは今から、今から?」
「落ち着いてください。ここはあなたがいた、異世界の日にちから三年、いや一年経ったから二年前になります。僕らは彼女の高校進学のために、彼女を召喚した時間まで戻ったんです。なので逆に考えると、二年後にいるはずのあなたが、何故ここにいるかのほうが謎です」
「あ、そうだったんですか。高校進学、え、高校」
「いいから」
なんでそんな意外そうな顔してんだよふざけんなよ。お前には俺が何歳に見えてたんだよ。
「あ、はい。ボクはあの後、何とかやっていけそうな異世界を、探してたんです。それから幾つかの候補を見つけて、定住の準備を進めていました」
異世界転生青年団には、一応群魔への帰還用に、魔法の水晶球を持たせていたはずだ。
確か二人ずつで別れて彼だけソロだったんだよな。思い出してきたぞ。
「具体的にはどんな」
「先ずあの世界みたいに、他の人を召喚出来て、言葉を自力で学習する必要が、無い所ですね」
ああ、言葉が通じないと困るから、異世界から召喚された者は、自動的に相手先の言語を覚える仕様。
アレって他の世界でもやってるとこあるのか。
「それと自分の能力を考えて、レース系の賭け事がある世界ですね」
「胴元のイカサマに左右されないですからね」
「はい、それに自分の能力は誤魔化しやすいっていうのもありますし。それで小さく稼いでは、当座を凌ぎつつ、相手先の世界事情を調べて、比較的平和な場所の絞り込みをしてました」
良くやるよな。理想の世界を自分で選べるってんだから、熱心になるのも分かるけど。世界の選り好みができるって、何だか神様みたいだな。
「それであるとき、ふとこの世界にも帰れるんじゃないかって思って、続きの扉で探してみたんです。元の時間より過ぎてても、ボクには関係ないし」
そういえばこいつだけ、ホームシックっぽい状態にあったな。しかし無数にある異世界から、自分の世界を見つけ出すとは。
「それで帰ってきたら、こうなっていたと」
ミトラスの問いに、マックスはまたも首を振った。お茶を飲み干したので、お代わり注いでやると、また飲む。
いるよな、こういう茶菓子に手を付けないで、お茶ばっかり飲む客。
「いえ、この世界の歴史は僕が変えたんです」
『はい?』
俺とミトラスは頭に疑問符を浮かべた。
マックスは気にせず続ける。
「ええとですね、この世界に戻った僕は、自分の家に行ったんです。勿論家族はボクのことなんて分かりません。でもね、けっこう落ち込んでて、過労自殺した自分がその、やっぱり嫌になって」
異世界転生者はご多分に漏れず転生する切っ掛けが胸を張れるものじゃないからね。
ましてや過労死なんて受け入れられるものでもないだろう。
「それで自分の能力で、自分の死を食い止めようとしたんですが」
「上手く行かなかったと」
「はい、それでもっと時間を遡って、歴史そのものを変えられれば、或いはと思って」
「いやその発想はおかしい」
理屈としては分からなくもないよ。だって異世界転生しないようにすると、目の前にいるマックスはこの世に出なかったことになる。
そうすると異世界転生した本人が、原因を阻止できなくなる。死ぬ。振出しに戻る。の堂々巡りだ。
「もっと大きな力をかければ、どうにかなるか思ったのです」
「雑ぅ!」
「しかしよく歴史改変なんて出来ましたね」
「たらればの資料は山ほどありましたから、それこそ何度も試しましたよ」
もしかしてこれやつれたんじゃなくて、お年を召したんじゃあ。
歴史改変の単独犯とかどれだけ頑張ったんだよ。
「ですが上手く行きませんでした。一時自分の死を阻止しても、何れは何らかの形で、同じように死んでしまうんです。当時のボクには、それこそ誰の助けも無かったから」
「気持ちが切り替わらないと同じことになり、あなたに至ると」
はい、と彼は小さく呟いて項垂れてしまった。
ふーむ。時間は可逆、歴史は不可逆という奴か。
「しかし妙だな。だったら何で歴史をそのままにしたいなんて言うんだ」
どの道自分が死ぬ世界なのに。
「そ、そうです! それには理由があります」
はっとして顔を上げると、マックスはまた少し考えてから話し始めた。精神的に参っているせいか、どうも躁鬱が激しくて怖いな。
「一つは歴史改変が、長くても二年後の春辺りで元に戻ってしまうからです。何事もなかったかのように、スッと」
「一応聞くけど戻ると他に何が拙いんだ」
前提にこいつが死ぬとして。
「変えても元に戻るとなれば、変える意味が無くなりますよね」
確かにな、しかし誰かが直してる訳でもないだろうに。時期が来ると何事も無かったことになる世界か。歴史の強制力ではなく、強制的な歴史ってことか。
「うーん、二年後っていうと、俺たちが来た異世界がその時間だな」
「君がいないまま進んだ歴史もそこまでだね」
ん。何か変だな。ここらで一度歴史の変遷を、整理したほうが良い気がしてきたぞ。
「ちょっと待てよ。となるとどうなるんだ」
「先ず君が僕の世界に召喚されたことで『サチウスのいない三年』の歴史が並行してあった訳だね。これが一つ目」
分かる。いなくなっても何も変わることがないので恙なく進んだ時間だ。
「次に僕たちがこっちに来たことで『サチウスのいる三年』が起きようとしていた」
それも分かる。現状学生生活を送っている。
「そこにマックス君の歴史改変の上書きが起こった。順番としてはこうなると思う」
「それが何故か三年で元通りになる。なんでだ」
ミトラスが人差し指をピンと伸ばし、俺とマックスを交互に見る。
「それは簡単。この世界の歴史改変の影響が、僕たちの異世界にまで及ばないから」
「ほほう。というと」
「異世界転生している彼の存在は、二つの世界を跨いでいる状態なんだ。そしてこの世界の転生前の彼が、変わらない行動を採ることもそうだけど、僕たちの世界が改変前の世界を観測してしまっている」
マックスが何かに気付いたようで、あっという声を上げた。何が何だか俺にはさっぱり分からん。
「分かるように説明してくれ」
「つまりね、この世界の歴史を幾ら変えても、僕たちのいた異世界が『元々こういう世界だったよな』ってしっかり覚えてしまっているのが問題なの。前に赤本持ってたでしょ。少なくとも異世界にいた僕たちは、あの本を手に入れる時点までの、元の世界を知ってることになるんだよ」
「そういやそんなのもあったな。つまりあれか。少なくとも二年後までは、こっちの歴史をどれだけ改変しても、異世界側の歴史は覆らないってことだな」
「覆らないというよりは、片方の世界から見たこの世界がそうだったということです。話すとややこしくなるし長くなるから割愛しますが、僕たちの世界が見たとき、こっちの世界は二年後の改変前なんです。いいですか、これは僕たちのほうの時間や歴史なんです」
「なんか所有権みたいなことになってきたな」
「そうそう。だから変えようと思ったら僕たちのほうでも、変えられた歴史に合わせないといけないの。それができてないから観測された時点に差し掛かると」
「元通りになると」
「その通り」
「それって手詰まりってことじゃねえの」
これってつまり、異世界転生者が歴史を変えようと思ったら、跨った両方の世界を変えろってことになるじゃないか。出来るのかそんなこと。
「心配御無用。そこは僕たちがいるから大丈夫」
「え、そうなの」
「裁縫の糸と針に例えると、僕たちは歴史の糸を通した針なの。前の地点まで戻って玉止めをし、新しい歴史の糸を通して最初に戻ると、こうすれば他を大きく縫い直すことなく、変えられた歴史の糸を異世界に、そしてある時点より先へ、持っていくことができる」
「異世界側の観測者に、再度こちらを観測させて、情報を更新させればいいんですね」
「そういうことです」
……どういうことだ?
こいつらなんでこれで話が分かるんだろう。
「なあミトラス、他の例えはないのか」
「え、今ので分からない」
「分からん」
ミトラスが渋い顔をしてマックスが苦笑する。
「うーん。だからあ、二つの生地があるときに、片方の生地の古い縫い目に沿って戻ってから、また別の糸を通して、もう片方の生地と縫い合わせると、片方の生地の新しい糸と一緒に、もう片方も縫って行けるでしょ。これは分かる」
「分かる」
畜生分かったけどなんだかすごい色々なものに負けた気がする。分かるように理屈を説明しろよ。
いや、やっぱりいいや。色々話しても結局分からなかったら流石に傷付く。
「今までお二方はいらっしゃいませんでした。だからこれは歴史改変の効果だと思ったんですが」
「ああ、だから歴史をこのまましたいと」
「はい」
なるほど。本人的にはフラグが立ったと思ったんだな。あれこれ手を尽くしたら、異世界からのキャラが登場して、事態が進展したと。
だからこの状態をキープしたい訳だ。
それも分かるぞ。
「でも俺はあくまで、高校卒業のために帰って来ただけなんで」
「マックス君。あなたがあなたの時間を費やして、この数年の中に居ついているその外では、また別の時間が流れています。時間移動をすると時が止まっているとか、自分が時を動かしていると錯覚しがちですが、僕たちがこの世界に来たことと、あなたがいたこと自体に接点はないんですよ」
「むしろなんでお前は、同じ時間をぐるぐるしてたんだって話だもんな」
「そ、そうですか」
マックスは気落ちしてしまった。
歴史を変えるといった苦労は計り知れないし、ようやく訪れたらしい変化が、単なる時間経過によって現れた偶然となれば、そこに努力の甲斐はないってことだもんな。
「そんな落ち込むなよ。区長の解説で歴史を維持する理由は、一つ減ったかも知れんが、俺たちが異世界に帰ればこの歴史が保たれるんだから、それでいいじゃないか」
こっちとしては『このままで本当にいいのかな』っていう、微妙な罪悪感にも似た胸のしこりが、他人の頼みっていう言い訳で解消できて、気持ちが助かる。
「あ、いえ、それとは別にもう一つの理由もあって」
「なんだまだあるのか」
「はい、どっちかというと本命なんですが、その」
本命。本題じゃないのか。そんな細かいことはこの際どうでもいい。ミトラスと二人してお茶を飲んでから、居住まいを正す。
「それでその理由というのは」
「あの、その前にちょっと、トイレお借りしてもよろしいでしょうか」
そして肩を落とした。
なんだよもう、女の家に上がってトイレ借りるなよなあ。早く帰って欲しくて、冷たいお茶を出した俺も悪いけどさあ。
「……廊下の突き当たり」
「すいません直ぐ戻りますんで」
マックスは席を立ってトイレへ向かった。図らずも中断となったので、俺たちも少しだけ休憩を挟むことにした。
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文章と行間を修正しました。




