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・帰還者マックス

・帰還者マックス


 俺の名前はサチコ。当年とって十九歳。身長186.5cm。


 もう一度言う。身長186.5cm。靴を履いたら187cm。


「縮んだっちゃあ縮んだなあ」

「それでも前より十センチ伸びてますね」


 翌日。

 寝て覚めたら視界が戻っていた。

 戻りきれてないけど、まあ戻ったんだよ。


 乾いた冷たい朝の空気が、期待が外れた俺の心境を表しているような気さえする。


「これはどう見るべき」

「精一杯の努力と見るべき」


 外見の維持も、これが限界いっぱいいっぱいということか。二メートル半を70cm削減してるんだから、頑張ったんだな。


 頑張ったのは俺なんだけどな。


「去年の四月の身長がだいたい166か7だったのな」

「うん」

「で、人種変更で170になったのな」

「うん」

「で、地味にそこから数cm伸びてたのな」

「うん」

「そこにこれだよ」

「およそ20cmくらい伸びてるね」


 一年に20cmも伸びるなんて流石にねえよ。

 これは困ったことになった。


 何が困ったっていうと。


「周りの目を誤魔化しきれないよ」

「やっぱり変身魔法か呪いをかけようか」

「具体的には」


 変身って言っても、以前の身長になる魔法を毎日かけられるのも、何となく嫌なんだけど。


 今でも色々なものを誤魔化しておいて、本当に今更だけども。


「先ず君を見ると『サチウスが前の身長に見えるようになる呪い』をかけておいて、身体測定の日だけ変身魔法で前、の身長に戻す。そこから呪いを『毎月1cmずつ正しく見えるようになっていく呪い』に緩和する。すると」


「一年でだいたい是正される上に、残りも時間で自然消滅するって訳か。手間は掛かるけど、それが一番自然を装えるか。已むを得ないな」


 しかしまさか180を越えるとは。


 身長だけで言えば、少年誌はおろか青年誌でも主人公を張れそうだ。


 一方で少女誌からのオファーはないな。読みきりでも出番があるか怪しいくらいだ。


「しかしなあ、パワーアップの喜びってねえなあ」


「何も窮地に追いやられた訳でもなければ、しなきゃいけない理由もないからね」


「達成感とか無縁だなあ」


 現実には着る服のサイズが上がって、不便になっただけである。戦いの無意味さや空虚さといったものが一片の真実であることは、正に疑いようの無い事実であった。


 どれだけの力があっても、それが生活の邪魔になるなら、何の意味もないのだ。


 力ばかりを追い求めることに警鐘を鳴らす先人の言葉は、地に足をつけろという教訓であり、それに聞く耳を貸さないことは、その時点で浮き足立っているという状況の現れなのだ。


 胸との兼ね合いでサイズを測り間違えた、大きめの服が一着あって助かったのだ。


 ジーンズも余裕を持たせておいて助かったのだ。きついのだ。もうずっとスウェットでいたいのだ。


「過ぎたるは猶及ばざるが如しとはこのことか」


「防衛力をそれ以外に役立てるには、流用できる土地とちゃんとした計画が必要だから、それが無い内は単なる暴力でしか、いられないんだよサチウス」


 ちょっと考えれば分かりそうなことだが身を持って思い知らないと頭に浮かばないものだな。この辺が如何にも俺のおつむの限界って感じがする。


「とはいえやってしまった以上、折り合いをつけないことには始まらないぜ」


「しかし、なんだかこうして急に力を得て、それを持て余すのって前にもあったような気がする」


 あったっけそんなの。異世界だと最初から四天王とミトラスは、最強だと思ってたけど。


「あれ、なんだチャイムだ」


 そんなことを考えていると、玄関からチャイムを鳴らす音が聞こえた。


「三が日明けてないのに誰が来たんだろう」

「おっと、じゃあ猫になっておくね」


 ミトラスはそう言うと、変身していつもの猫形態になった。それを見届けてから、俺は玄関へ向かう。


 先輩はまだコミケでの戦利品を、消化してないはずだし、海さんは家でゆっくり過ごすだろう。ミトラスの友だちの小学生コンビは、この家を知らないし。


 南かな。案外未来で正月を満喫してから、今日辺りに戻って来たのかもしれない。


「はーい。どちら様ですかー」


 玄関の引き戸を開ければ、そこにいたのは予想を裏切る人物だった。


 知り合いでもないし、女ですらない。そこにいたのは外国人。黒髪と無造作風の髪型、そして同じ黒目の外国人男性。


「あの、明けましておめでとうございます。お久しぶりです」


 一瞬警戒したが、相手は俺を見て襲い掛かるでも、勝手に乗り込んで来るでもない。


 こちらの返事を待って、突っ立っている。


「あ、あー、はいはい、お、お久しぶりです。その説はどうも」


 やばい。知り合いだこれ!


 あ、やっべーな誰だこいつ。完全に名前を思い出せねえ。誰だっけ誰だっけ誰だっけ。本当に思い出せないぞ!


 あ、そうだ、こういうときこそ読心術だ。持ってて良かった超能力!


(あれ、なんか固まっちゃってるぞ。あれ、もしかして俺のこと忘れてる。いや、それとも俺がこっちの世界の自宅にお邪魔したこと自体が、まさか拙かったりしたのか。うん、そう、そうかも。だって異世界にいたのに、こっちに来て正月過ごしてるってことだもんな)


 ふんふんなるほど。


(役所の人だしちょっと非常識だったかな。えと、どうしよう。そうだ、相手が名前を忘れてることにして、名乗ろう。で、話をなんとか切り出そう。どっちだ?マックスと石塚のどっちで名乗るべき? あ、やばい自分の自己紹介の仕方が分からない。ていうか受付の人、こんなに大きかったかな、あれか、第二形態とか本性ってやつか)


 良い読みしてるよ。

 取りあえずこれで名前は分かったな。よしよし。


「えっと、あの、マックス石塚さんですよね。あの、はい」


「あ、はいそうですそうです!『元異世界転生青年団』の!」

(あってるけど芸名みたいになってる……)


 ん? 異世界転生青年団? いせかいてんせいせいねんだん。何処かで聞いたような。


「あ、マックス君じゃないか。久しぶりだね」

「あ、区長さん、お久しぶりです!」


 聞こえた声に振り向けば、異世界での役所で着ていた制服に身を包んだミトラスが、柔和な笑みを浮かべて手を振っていた。


「立ち話も何だから、とりあえず上がってもらったらどうかなサチウス」


「あ、ああそう、だね。じゃあどうぞ」

「あ、はい。お邪魔します」


 すごいぎくしゃくしながら、彼を我が家の中へと案内した。なんだっけ、異世界転生青年団。


 やたら馬鹿っぽい響きだけど、確かになんか覚えが有るような気がする。何だったっけかなー。


 そうだ思い出した。


 異世界転生青年団とは、読んで字の如くこの世界で死んで、異世界に転生した青年たちのことである。


 異世界の街『神無側』にある(さい)(たま)という区に現れ、一騒動起こした傍迷惑な連中だった。


 確か七人いて、彼らに付き合いきれずに、脱走したこのマックス石塚(以下マックス)を除いた六人組は、ミトラスたちにとっちめられたんだった。


 その後進路に悩んだ末、彼らは異世界に旅立ったり旅立たなかったりしたはずだ。


「あれからどうですか。やはり縁故のない人生というのは、大変でしょう」


 ミトラスがお茶を淹れながら言う。そしてテーブルを挟んで向かい合うと、石塚は出されたお茶を、一口啜ってから、少し俯いて答えた。


「ええ、能力のおかげでなんとか」


 石塚は時間を巻き戻すという、破格のチート能力を持っている。時間の感覚を失うほどの、過酷な労働環境から過労自殺を遂げてしまったせいか、そのような能力を持って転生した。


「こっちには里帰りですか」

「ええ、最初はそうだったんですが」


 異世界には職と新天地を失った冒険者のために、異世界に行ける特殊なゲートがある。


 そのおかげでミトラスの世界側の冒険者はそれぞれの世界を行き来できるのだ。


 が。


「実はやりたいことが出来て、それで折り入ってお願いしたいことがありまして」


『やりたいこと』


 俺とミトラスの声が重なる。俗に言うハモりだ。


 マックスの顔はけっそけそにやつれていたが、その目にはまだ力強い光が宿っていた。


「はい、実は」


 声を潜めて躊躇う彼に対して、俺たちはついつい身を乗り出して、話を聞こうとする。


 少しの間を置いてから、マックスは意を決したように口を開いた。


「実は、この世界をこのままにしておきたいんです」


 それは、この世界が歴史改変されていたという、最早すっかり忘れていた設定を、俺たちに再び思い出させるものだった。


 そうだよ、そういえばこの世界って、歴史が何者かの手によって、改変されてるんだった。


 くそう、関わり合いにならずに済むと思ってたのになあ!

誤字脱字を修正しました。

文章と行間を修正しました。

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