・大きくなったサチコ
・大きくなったサチコ
俺の名前はサチコ。当年とって十九歳。身長254.5cm。
もう一度言う。身長254.5cm。靴を履いたら255cm。
「何でこうなっちゃったんだろうな、あ、あけましておめでとうございます。本年も宜しくお願いします」
年明けの第一声がこれである。
雲一つない元旦の朝日が眩しいぜ。
「あけましておめでとうございます。本年も宜しくお願いします。うーん、そうだなあ」
ミトラスも首を傾げている。前から相当あった身長差が、今では大変なことになってしまった。数字に直すと二倍近い。
昨日の大晦日にレベルアップで、肉体タブにある『きれいな遺伝子』を取得したまでは良かったのだが、俺の体に異変が起きてしまったのだ。
それがこの巨大化である。
あの後は大変だった。
それはもう大変だった。
先ず服って割と丈夫だから、内側から破裂とか中々してくれないのね。すごい苦しくて、ミトラスが慌てて脱がせてくれたんだけど、おかげで俺は年の最後を、裸で過ごすことになった。
それから布団をリビングに持って来てもらって寝た。体が余裕ではみ出すので、ミトラスが自分の布団まで持ち寄って、一緒に寝てくれたのが心底嬉しかった。
着るものがないので、今は布団のシーツを、タオルのように体に巻きつけている。
次にトイレが狭い。天井は当然として横も狭い。この年でおまるに跨るみたいな姿勢で、前方に局部を押し付けるようにして用を足すことになった。正直なところ大のときが怖い。
人としてバスキー※にはなりたくない。
※前作で漏らしたのよりも悪い状態になった。それを漏らしたとこまで軽く見てあげているのは、サチコの良心に因るものである。
食事のときも、テーブルに座ったミトラスの横で、俺は卓袱台に座って飯を食うことに。座椅子だと少しだけ高さが足りない。
余談だが、先月は嫌なことも多かったけど、二人してこつこつと用意しておいたおせち料理は、とても美味しかった。
野菜中心で蓋を開けてみると、そこまで難しい料理ってないんだよな。難しいのはバラ売りのお惣菜を買って済ませるし。
「僕の考えだと、君は巨人族になったんだと思う」
「巨人族。トールマンとかハイランダーとかあるいは神様みたいな」
「そう。要するに先祖返りを起したんだね」
人は創造主とか神とか言われたモノが、造り給うた存在と、世界中の宗教が言っている。
誤差はあるけど神様の子孫だとか、眷属が変化したものだとか、その辺の野原にいる動物が選ばれて眷族と化したとか、米とか泥とか垢から出来たとか。
諸説あるけど人間は、最初から人間ではなかったとするのが、主流である。
まあ中には神様と人間の女性との間にデキた神様の話もあるし、それが王様になるなんてエピソードもある。
王権神授説のために、国がこさえたお話だとばかり思っていたが、どうにもその限りではなかったらしい。
人間が怪物になる話は枚挙に暇がないし、逆もまた然りだ。巨人だから神様に戻ったという訳でもないんだけど。
「早い話が俺は魔物化したってことか」
リアル八尺様状態となれば、分類は都市伝説といったところか。待てよ、もしかして八尺様って巨人族だったのか。
田舎の山系妖怪って言えば、鬼と神様と巨人と狐狗狸、あと河童と山姥。神話的に考えれば、河童以外のどれにも所属できそうだな。
「え、何言ってんの。君は自分の、人間の力でそうなったんだから人間でしょ」
ああ、そうだった。こいつの基準だと出自が人間なら、概ね人間なんだった。
「俺が獣人とか吸血鬼になっても、お前の中では人間なんだろうな」
「当たり前じゃないか、君たち人間は何かあると、直ぐに同族を人間じゃないとか言いたがるね」
「返す言葉もありません」
生まれが獣人だったら獣人、人魚だったら人魚、薬や魔法で人間になれても、人間ではないという見方である。
懐は深いんだけどなあ。
「不必要に区別したがることは、差別したがることとあまり変わりがないよ。千手観音だって、仏教に帰依したヘカトンケイル※ってだけだし」
※ヘカトンケイル:頭の少ない千手観音。
「え、そうなの」
「パンドラが言うには、トルコの仏僧たちをキリスト教宣教師たちが異教徒、蛮族呼ばわりして、略奪を行った際に知ったものを、貶めて広めたって説もあるとか」
嘘か真か物騒な話だ。仏僧だけに。
「まあいいや。そんなことより俺のことだよ。このままでは日常生活に支障を来たすし、冬休み明けに学校へ行くこともままならない」
「最悪縮まなかったら僕が君に『サチウスを見たらいつものサチウスに見える呪い』をかけるか、変身の魔法をかけるしかないね」
「普通後者が先だろ。何で呪いをかけるんだよ」
「だってそっちのが得意だし」
「話を戻そう。今の俺がどうなっているのかと、今後どうしたらいいのかを考えよう」
「とりあえずステータス画面を見てみようよ。数値的な変化から、得られる気付きもあるだろうし」
リモコンでテレビの画面を切り替える。一度立ち上がったところ、天井に頭が付いてしまうので、屈みながら移動して床に胡坐をかく。
丸出しで床に座るとこういう感触なんだな。
「外見維持は取ったのになあ。流石に特技では済まない範囲で効果が出ると、どうにもならないんだな」
「そうだね、麻痺が切れそうになったときは、心底焦ったよ」
ああ、あの感覚が戻って来てたのって、やっぱりそういうことだったのか。危ないなんてものじゃなかったな。
「『再生不能部位再生』と『臓器再配置』と『臓器保護』が取れてるな」
『再生不能部位再生』:重要臓器の病変、傷害を治癒するようになります。
『臓器再配置』:臓器及び接続管、神経の配置を見直します。
『臓器保護』:臓器そのものが衛生的になり、また不衛生な状態にも強くなります。また臓器のズレや磨耗を修復します。
ああ、内側で何かあったなっていう、嫌な衝撃と感触って、やっぱりそういう動きのことだったんだな。危ないなんてものじゃなかったな!
「ん、待てよ。臓器のズレと磨耗の修復」
「脱腸とか脱肛のことじゃないの。どっちも高齢になるとあるし、前者は腹筋が衰えると、腹筋代わりに防護ネットの移植手術をするっていうし」
なるほどなあ。オールインワンパックってことだな。待てよ。
「あれサチウス、手鏡なんか持って何処行くの」
「ちょっとトイレに」
磨耗した部分を手鏡で照らして見る。巨大化しているので良く分かる。おお。
「本当に治ってる!」
「そういうことしないの!」
怒られてしまった。顔を赤くしているけど、少しだけ嬉しそうだ。スケベ。
ミトラスは軽く咳払いをすると、再び画面へと向き直った。
「気を取り直して、他を見ていこう。何か新しく取れるパネルでもあるかな」
「ステータス自体は全体的に高くなってる」
成長点を健康促進に費やしてたせいもあって、去年は低めの能力値だったのが、今や高いと表記されている。
ただそれでも見比べると、南のほうがまだちょっと高いのが気になる。先輩にいたっては、去年の倍以上知力と技術で差が開いていた。
蛇口が壊れてるみたいであの人が少し怖くなってきた。
海さんは微増。全体が伸びてるって時点で、かなり優秀なんだよな。
あくまで基本的な能力が、彼女を越えただけだが、それでも自分がチートじみたことをしていると、実感が湧いてくる。
人生と遺伝子の遅れを取り戻せるっていうことで、それを実感するのも悲しいが。
「なあ、画面の右下にさあ、タイマー出てないか」
などと考えてる内に、普段の画面と異なる点があることを発見した。
「調整中って書いてあるね」
画面右下にオレンジ色の時間が表示されている。残り百十四時間ほど。
それが時限爆弾のタイマーのように、刻一刻と減っている。冬休み終わるよ。
「これどういうことか分かる」
「ヘルプを参照してみましょう」
俺の体のことなのにヘルプで答え出るのか。このテレビも便利になったなあ。リモコンの使われないボタン群の中の一つを押すと、画面に『知りたい項目にカーソルを合わせてもう一度ヘルプボタンを押してください』と出る。どれポチっとな。
調整中のタイマーに合わせると、次のような答えが表示された。
『『きれいな遺伝子』を取得前に取得した『外見維持』との摺り合わせを行っています。もうしばらくお待ちください』
「ということらしい」
「つまり、前の君と今の君とでは違いすぎるから、どうやって外見を前の体に近づけて行くか、ということを模索している最中なんだと思う」
無理のないデチューンの道を探していると。
「勘弁してくれ。着る服にだって困ってるのに」
「過ぎた力は身を滅ぼすということかな」
実際問題、身長が高くて良いことなんて全然ないからな。下はローライズ上はキャミソールみたいなことになってしまうが、三ヶ日が明けたら無理をしてでも、男性用の服を買いに行かねばなるまい。
「身長170オーバーだったのに、今やその服もつんつるてんか、要らん出費だな」
「肌着は安くなるラインに差し掛かるのが、不幸中の幸いだね」
溜め息が出る。おばちゃんサイズの下着と男物の服を着るのか。
このまま行くと制服も直さないといかんか。頭が痛い。歴史が変わっても、とかく日本は生き辛い。
「これからどうしようか」
もう何度目かになる言葉が口から零れる。まさかパワーアップしたから、日常に支障が出るなんてベタな展開を、味わう日が来るとは思わなかった。
「最悪駄目なら遺伝子消しちゃう?」
「それだけは絶対に嫌だ」
もう一度あのおっかない感触を味わうくらいなら、毎日呪いをかけてもらうよ。
「初詣行く予定だったのになあ……」
「今度行けばいいから、そうがっかりしないで」
一年の計は元旦にありと言うけれど、正月そうそうケチが付いてしまった。
今年の抱負は平和にしようと話し合っていた俺たちの、今年はどっちだ。
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文章と行間を修正しました。




