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出戻りサチコのやり過ごし  作者: 泉とも
怒りの日編
114/518

・節目

今回長めです。

・節目


 あれから一週間。正確には六日の大晦日。


 俺は先輩と米神高校OG主催のサークルの、売り子としての手伝いから帰って来た。


 冬コミ最終日ともあって、一年の厄を納めに来る者共の顔には、どこか希望や癒しを希求する渇きが、張り付いていた。


 空気が乾燥しているのは、心が乾燥しているからだと言ったら、その時ばかりは信じる人も、出たのではなかろうか。



 ーーそんな中での先輩のサークルは、どうだったかというと。



「痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い!」


「実在の人物を使ってエロ描いてあまつさえ当人にその売り子をさせるとかふざけるなよ」


「痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い! ごめんなさい! 反応見てみたかったんです!」


 俺に顔面を鷲掴みにされた斎が、公衆の面前で大きな悲鳴を上げる。


「だってだってだって! サチコ最近落ち込んでたから! これくらいのほうが気分転換になるかって!」


「先輩」


(っていう理由ならこんなこともあろうかとって自然な形でこれを出して本人の反応も観察できると思ったんだけど!)


「見え透いた嘘を言うんじゃない! 何時頃からどのくらい時間かけて描いたこんなもん!」


「イテテテテテテテ! ごめんなさい人の弱り目に付け込みました本当は夏にこっそり描いたものに更に増量しましっアーッ! アーッ!」


(しまったー! サチコは原稿手伝ってるからページ数から製作期間の当たりを付けられてしまうー!)


 そんな騒ぎのせいかそれが完売。女性のサークルなのに女性に。俺にとっては今年最大級のゴシップでありドキュメンタリーだよ畜生。


 後はバイト料と見本の一冊を押し付けられて、年末最終日の大半を終えた。


 帰りに年越し用の蕎麦を買い、ミトラスには遅くなったクリスマスプレゼントということで、文字通り俺のエロ本を贈った。


 彼は著しく困惑していたが、とりあえず受け取ってくれた。使うのかなあ。



 ーーで、今に至る。



 年越し蕎麦の用意をし、前日に用意しておいた鴨肉とネギを、軽く炙って加える。


 庭の木にちょっと生ってた柚子を捥いで、薄皮を刻む。香り付けにこれも投入。年越し蕎麦が鴨南蛮とか、なんて豪華なんだ。


 ミトラスがクリスマスに出してくれたご飯のほうがずっと豪華だったけど。


「ちょっと早いけど夕飯にしよう」

「帰ってすぐにご飯って、少し休んでからにしたら」

「いいんだ。この後に少しやりたいことがあるから」


 現在夜の八時前。

 冬コミの打ち上げも今日は無しだ。


 あんなことをされたので、当然と言えば当然である。いただきますの言葉の後に、黙々と蕎麦を啜る。


 テレビを点けるとどのチャンネルも、年末の特番がやっている。


 ここ数年は芸人に局が企画した冒険を、させるというものが主流だ。だいたい十二時までやるか朝までやるかだ。


 特に何も無く蕎麦をずるずる啜って、だらだら過ごす。食べ終わったら食器を洗って、風呂に入って着替えて歯を磨いて、リビングに戻ってくる。


「ミトラス、ちょっと頼みがあるんだけど」

「何、あ、レベル上げるの」


 後はもう何時寝るかという状態になっていたミトラスが、声をかけられて部屋から出てくる。寒いのに裸足だ。俺は靴下履かないと寝られないのに。


「そうなんだけどさ、コレ取ろうと思うんだ」


 そう言って俺はリモコンを操作すると、自分のステータス画面に浮かぶ、一枚のパネルにカーソルを合わせた。『きれいな遺伝子』のパネルに。


『きれいな遺伝子』とは、端的に言えば体が人類史で最高のものに置き換わる、らしい。あくまで遺伝情報なので、そこから鍛えた分はまた別である。


「遂にそれを取るんだね。早いなあもう半年かあ」


「それなんだけどさ、俺に麻痺と眠りをかけて、お前が取ってくれないか」


「え、どういうこと。もしかして、君を操ってパネルを取得しろってこと」


「そう。この変化も痛みを伴う可能性があるからな」


 俺はこの前の『柔軟』を取ったときのことを、引き合いに出した。


 他にも『臓器再配置』など、今の俺に直接効果が現れるものを取得した際に、グロくて痛い事態が、発生するかも知れないことを告げる。


 ミトラスの呪いのおかげで、俺は不老不死だけど、痛みはそのままだ。まあ死のうが死ぬまいが、死ぬような痛みなんて、絶対経験したくない。


「そういう訳でお願いしたいんだけど」

「それなら外見維持は取ったほうがいいと思う」

「なんで」


 この前もそれを勧められたが何故だろう。

 彼は深々と溜息を吐いた。


「考えてもみなよ。人類史の中での最高ってなったら、それはほぼ間違いなく、遺伝子の掛け合わせそのものが、違ってくるってことだよ。手足の長さや身長、筋肉の付き方から肌や目、髪の色、声まで変わるってこと。別人になるってことだよ。この場で生まれ変わると言ってもいい」


 なるほど、言われてみれば確かにそうだ。俺は『優良人種置換』によって、何を以てしてそう言っているか知らないが、地球で一番良い人種に鞍替えした訳だけど、今考えると危なかったんだな。


「完全に別人の外見になったら、流石に学校通えなくなっちゃうよ。それに背が伸びたり、手足の長さが見直されたりは全然構わないけど、筋骨隆々腹筋ムキムキとか嫌だよ。僕は君が僕にとって、性的な魅力を失うんじゃないかって、真剣に気が気じゃ無いんだからね!」


 切実。でも俺もミトラスとできなくなるのは確かに嫌だな。仕方がない。先に取っておこう。


『外見維持』:レベルアップ時に自身を強化したときの、外見上の変化を最低限に抑えます。また老化現象が緩やかになります。


 やはりアンチエイジングだった。払った成長点がなんと一万。やはりというか美容と健康の維持、成長って高く付くんだな。最低限っていうのが気にかかるが、これ以上は実際に確認してみないと分からない。


「これでいいはずだ。頼む、やってくれ」

「分かった。僕も腹を括るよ」

「え。んむ」


 ミトラスはそう言うと、椅子に座った俺の目の前まで来て、徐に口付けをした。触れ合った粘膜が吸われる度に頭が痺れるような感じがして、それが全身に広がっていき、その感覚も次第に無くなっていく。


「僕の目を見て。うん、上手くできたみたい。ちゃんと効いてる。安心して」


 唇を離した彼は俺の目を覗き込んだ。


 手足はおろか、さっきまで吸い合っていた部分さえ動かせない。手を取って二、三度叩くが、そもそも触っている感覚がない。視覚が無ければ、どこかに落ちていってしまいそうだ。


 というか目もなんだか動かせないな。上下左右は元より、瞬きもできない。


「あ、最悪目玉が飛び出すことも考えて一端瞼を下ろすね。ぎゅ」


 暗転。


「今腕で頭抱え込んでるから、じゃあ取るよ! せーのっ!」


 ミトラスの掛け声と同時に俺は時間を数え始めた。特に何も感じない。『種族人種置換』のときみたいに、一瞬なのかな。あのときは結構背が伸びたんだよな。


 そろそろ三十秒くらいか。


「良かった。内側が爆裂して再生ってことはないみたい。目を開けるね」


 視界に光が戻る。画面には『実行まであと三十秒』の文字! まだ始まってもいない!


「焦ったー。でも外見的な変化は無いね。やっぱり内臓と筋骨の、基礎的な上位置換なのかな。何にせよ大変なことにならなくてよかったー!」


 前! 前見ろ前! まだだから! 安全確認これからだから! あと二十秒! あ、そうだ!」


「ん、あれテレビが。そっかその状態でも超能力使えるんだ。でも何も消さなくても」


 点けて消してを繰り返す。あと十秒! 気付いてくれミトラス!


「な、なに、なんでいきなりこんなことを」


 よし! テレビを見た! あとはこのまま。しかし画面には無慈悲にも『実行まで二、一、実行します』の文字が。彼の緊張した顔が振り向いた。


「サチウス!」


 まるで映画のワンシーンだ。


 爆発から庇うかのように、ミトラスが俺に飛び掛ってきて、床に押し倒された。再びの視界暗転、そしてどこからか聞こえる関節の音、それと似てるけど何か違う音、これは骨自体に何かあったのか。


 野菜とか束の湿った繊維に、何かあっちゃったときのような音、体内から聞こえる衝撃。痛みは無いけど、段々と全身が熱くなって来た様な気がする。


 これ麻痺が解けそうになってるんじゃないか。


 誤魔化し切れない全身の異変が、覚醒作用を促しているとか、何とかかんとか。だめだ不安で思考が空転して、間接痛のときほど頭が回らない。


 ん。なんだろう。真っ暗なはずなのに、視界がブレたような。


 疲労感も無いのに、心臓がやたらドクドクと脈打っている。熱いと思ったら今度は肌寒くなってきた。


 汗が引いたのか、汗をかいていたのか。

 喉がからからだ。


「これは、サチウス、なのか……ぱ、パネルが!」


 どういうことだよ。俺はどうなったんだ。ていうか画面を見せろよ。


 なんとか目を開けると、電灯の光が眩しい。どうにか天井からテレビに視線を移すと、そこには異様な光景が広がっていた。


 ステータス画面のパネルが、何度も激しく点滅しているのだ。どうやらパネルを取得しているらしい。


 あたかもゲームで貯めた諸々のポイントを、盛大に吐き出すかのように。一気にレベルを上げたり、大量のスキルを取得したりする、あの光景が今、俺の体で起きているらしい。


 これがおそらく『きれいな遺伝子』の効果であろうことは、想像に難くない。成長点三万点分を一度に取得する、ただのセットとかパックみたいなものだったのか、それともまだ別に何かあるのか。


 画面の中では狂おしいほど、肉体のパネルを繰り返し取得している。もしかすると置換先の体になるための、処理なのかも知れない。足りない部分をこうして取得しまくって、追い付かせているのだ。


 いったいそれが何時まで続くのか分からないが、とにかくこのまま、横たわっている訳にもいかない。そう思って身を起こそうとした。


「う、頭がすごいクラクラする。ていうか、なんかあちこちぶつかるな」


「ダメだよサチウス! 今起き上がったら危ないから!」


 そうしたらミトラスから制止が入る。かなり切羽詰まった様子だ。この様子だと、また身長が伸びたんだろうか。


「もしかして、俺ってまたデカくなったのか」

「そうだよ!」


 やっぱりか。前が170の半ばだったから、そこから何センチ伸びてしまったのだろうか。


 そんな心配をしていたが、彼が告げた内容はどうも要領を得ないものだった。


「君は今、とても大きくなってしまっているんだよ!」


 その剣幕にただならぬものを感じて、足を引こうとした。膝がテーブルの脚に当たった。


 痛みからそっちを見ると、足が向こうの壁近くにある。もしやと思って横を向くと、目と鼻の先には窓。ここまで倒れ込んではいないはず。


 大きくなっている、とは。


「なあミトラス、つかぬ事を伺いたいんだけど」

「うん」

「俺って今何センチくらいあるように見える」

「とっくに二メートルを超えてまだ伸びてるよ」


 ミトラスの言葉に、俺は自分の身に起きたことを、把握しつつあった。


 そう、これは。


 20XX年12月31日

 臼居祥子、巨大化。



 ―了―

この章はこれで終了となります。ここまで読んで下さった方々、ありがとうございます。嬉しいです。


誤字脱字を修正しました。

文章と行間を修正しました。

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