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出戻りサチコのやり過ごし  作者: 泉とも
怒りの日編
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・微罪処分<メリークリスマス>

・微罪処分<メリークリスマス>


 ――じゃあ、今の話を確認するね

 ――はい。

 ――君は米神高等学校の一年○組の○○祥子さん。

 ――はい。


 ――君は今日どうして駅に来たの。

 ――再婚した母が相手の実家に引っ越すというので見送りに来ました。


 ――今日学校は。

 ――終業式です。早く終わったので急いで来ました。


 ――そう、君は一緒に行かなかったのはなんで。

 ――もう私の母ではないからです。

 ――じゃあ君が暴力を振るったあの人がお父さん。


 ――もう私の父ではありません。親権を喪失しています。虐待で。


 ――じゃあ君の保護者のかたは。

 ――祖母がいました。今はもう亡くなっています。


 ――複雑そうだね。何故電車を止めようとしたの。

 ――母たちが遅れていることが分かったからです。

 ――遅れているから、お母さんたちを乗せるために電車を遅らせたんだね。


 ――はい。

 ――次のを待つっていうことはできなかった。


 ――はい。遅れる理由にあの男の人が関わっている可能性があるなら、次が来るまで駅で待つのは逆に危険でした。


 ――警察に連絡するのは。


 ――警察に長時間拘束されれば、出発そのものが出来なくなる危険がありました。もっと言うなら、警察があの男をもう少し長く捕まえておくか、見張っておいてくれればよかったのに。


 ――そこのところ私は警察じゃないから、何も言えないけどね。つまり君は、君とお母さんを虐待していた元お父さんが、再婚したお母さんの家族につきまとっていると知ってた。


 ――はい。


 ――それで遅れていた理由が、彼が邪魔しているからだと思って。


 ――思ってではありません。知っていました。昨日あの男がほのめかしていました。


 ――連絡があった。


 ――連絡はありませんでしたが、私は母の引越しのことは前々から知っていました。予定では私を待っているはずでした。連絡先も伝えてあります。私に連絡できないことがあるならそれは一つだけです。


 ――他に誰か助けを呼んだり相談できる人は。

 ――人に手を出す人との問題に友だちは巻き込めません。


 ――そう。うん、それで、君が元お父さんに暴力を振るったことだけど、それはなんで。


 ――先に殴られたこととそれが母や小さい子どもにもまた向けられたかもしれないことにかっとなって。


 ――人一人殴り飛ばして線路に落としてるんだよ。下手すれば殺人未遂なんだからね。

 ――死ねば良いのにとは思いましたが殺してやるとは思ってません。


 ――うん、あ、ちょっとごめんね。はい、はい。あ、確認とれました。はーい、ありがとうございます。


 ――君の学校と児童相談所に確認取れました。

 ――そうですか。


 ――ああうん、ただの身元確認だから。たまに成人してるのに学生の服着てる人いるから。気にしないでください。


 ――あの人は何て言ってましたか。どうせ全部私が悪いって言うんでしょうけど。


 ――ああ、ちょっと混乱してて話が上手く聞けなくてね。先に手当てをしたほうがいいと、病院にいくことになったよ。ただね、落ち着いて聞いて欲しいんだけど、君の家のことは私たちには関係ないし、君と元お父さんはもう他人だからね、こういうときはもうお互いに傷害になっちゃうの。


 ――はい。


 ――君からしたらね、そりゃ許せないことはあるだろうけど、関係の無い人たちに迷惑をかけることはね、いけないことなんだよ。


 ――何故ですか。

 ――君だって嫌だろう。迷惑をかけられたら。

 ――私の家の事情を知って、面白がって迷惑をかける人ばかりでした。適当吹かすなよ。


 ――うん、そんなに怒らないでね。うん、とにかくうちは関係ないから、本来なら賠償請求とかしてもいいんだよ。


 ――されても払えないものは払えないですよ。だから死ねっていうならどうぞ。死んでも払えませんが。

 ――そうじゃないんだよなあ。若い子って今ので通じないかな。


 ――すいません。


 ――いやいいよ。大変なことになったけど、子どものしたことは親の責任って言うけど、親がいない未成年じゃねえ。



 それからしばらくして俺は解放された。駅の線路に人一人叩き込んでおいて難だけど、処分は厳重注意で、お咎めは特にないらしい。


 それというのも一つは俺の存在、これが成人していれば自己責任で借金負わせて殺そうとエンタメになるところだが『電車一本遅らせたくらいでそこまでするのはかわいそう』という日本人の価値観に救われている。


 そしてもう一つは警察の存在である。先日アレを連れて行っておきながら担当の部署に確認もせずに解放してしまったことは取りも直さず不祥事である。


 児童相談所は各自治体にある施設同士で情報を引き継ぎ共有する。虐待のあった家庭は保護、避難、離婚、諸々の転居で別の自治体へと移動したときのためだ。知っておいて貰わないと協力させられないからである。


 そしてその情報は警察の担当部署に共有される。


 この担当部署というのが問題である。警察は情報を共有していると言えるが、警察内部で情報が共有されている訳ではないからである。


 警察は行政である。担当する部署が業務の必要に応じて他の部署から資料を得ることはあっても全体が全体のことを把握していることはない。それなら部署を分ける理由がないからである。


 東京、引いては小田原の児童相談所から、情報を管理している部署は勿論ある。しかしそれが現場の110番通報に応じて、出動する人々にまで浸透、共有されていることを意味しない。


 前日の通報から、当事者の事情を説明されておきながら、確認と対処を怠ったということである。あれからまだ二十四時間も経っていないので無理があると言えるがそれを自分で言ってはいけない。


 この世界でも警察の他行政施設や、民間との緊密な連携と犯罪対策が求められている。そんな中、例え人員不足や手続きの手間といった、止むを得ない状態であったとしても、昨日の今日という状況が彼らの過失として譲らないのだ。


 というようなことが、駅構内の事務室内で俺を取り囲んでいる駅員や、警察の方々の内心から分かったことである。


 俺はこれからどうなるのか。民事か刑事かで言えば両方だ。小田原駅側は民事で賠償請求できる。俺とアレはもう親でもなければ子でもないので、刑事で傷害である。終わったな。後でミトラスと婆ちゃんに謝っておこう。


 南と先輩は、どうするか。


「君、家に誰かいないのかい。誰か、迎えに来てくれる人は」


「家には猫しかいません。野良猫が一匹住んでるだけです」


 沈黙が場を支配した。この件に関しては俺が加害者で全体的に俺が悪い。しかしながら今、人々の同情の念が、気の毒という声が聞こえて来る。『今日はクリスマスなのに』と。


 色々なものごとの隙間に落ちている、普段なら見向きもしない人間を、実際に見てしまったことで彼らの良心は刺激されていた。皆がクリスマスに酔っていた。おかげ様で俺は助かったが。


「……とにかく君は一応未成年だし、充分反省してるようだから、この反省文に一筆書いてもらえるかな。そしたら帰っていいから。してるよね」


「はい。ありがとうございます」


 駅員用の反省文を渡された。それに事のあらましと、アレへの恨みと、迷惑をかけた駅員及び小田原駅への謝罪を述べて提出した。


「はい。じゃあもう二度とこんなことしないようにね。一人で帰れるかい、何なら学校の先生呼ぼうか」


「いいえ、大丈夫です」


 立ち上がって周りを見て頭を下げる。顔を覚えられそうなのは今話していた年を取った駅員さんくらいか。総白髪だけど髪の毛は豊かで手入れされている。金縁の眼鏡をかけていて顔は皺だらけだが笑い皺がある。いい笑いかたを多くしてきた人のようだ。


 事務室を出ると、雪は雨に変わっていた。温度差のせいか、駅の内外との境目に湯気が霧のように立ち込めている。終わってみればもうすぐ六時だ。何処かでチキンとケーキでも買って帰ろうかと思ったけど止めた。明日になれば安くなっているはずだ。


 アレは病院に搬送されたらしい。腰も頭も頑丈なんだ。骨一つ折れてないと思うけどね。そのうちまたこっちに来るだろうか。


 どうしてこっちに来たのか、ちゃんとした理由は分からないけど、子が住んでることを踏まえた上で、親の家を売りたいなんて言い出すような背景なんて知りたくもない。俺から関わり合いになる気はない。


 自転車の乗って帰路を行く。今頃あの人たちは引っ越せただろうか。


 駅から家へは急がずとも二十分あれば帰れる。学校のほうが近いくらいだ。捕まっていた時間に比べあまりにも短い。


 まるでさっきまでの時間が夢か幻みたいだった。灯りが点いている。ミトラスが待っているんだ。しまった。俺は良くてもあいつががっかりするな。せめてケーキくらい買ってあげればよかった。


 仕方がない。着替えたら買出しに行こう。そう思って俺は玄関を潜った。


「おかえりなさい」


「ただいま。ごめん遅くなって、ちょっと上手くいかなくてさ、急いでケーキ買ってくるから」


「え、ケーキならもう作っちゃったけど」


 え、作った。


「ケーキ作ったって、ケーキを」

「ほら」


 そう言ってミトラスは絵本の魔法使いが使うような銀色の杖を何もない空中から取り出し、それを一度振った。忽ち彼の片手には盆に乗ったイチゴのシフォンケーキが現れた。


「魔法使いみたいでしょ。ケーキは手作りだからお店ほどではないけど」


「お前……」

「ずっと見てたよ。頑張ったね」


 ミトラスはケーキを持ったままリビングへ入る。夕飯の支度がしてあった。写真でしか見たことのないような料理が、さして大きくも無いテーブルに所狭しと乗っている。


「お疲れ様。先ずは着替えてきなよ」


 何だろう。少しくらい叱られるかとも思ったけど、駄目だ、上手く言えない。部屋に戻って制服を脱いで、部屋着に着替えて、顔を洗って。またリビングに行って。


「ご飯にしようよ」

「あ、うん」


 席に着いた。


「なあミトラス」

「なあに」

「その、俺、どうだった」


 何がどうだったなのか。俺自身それが思いつかない。疲れてるのか、考えがまとまらない。何故だか彼の顔を見るのが少し怖い。


「本当に、君は大した人だと思うよ」


「そうかな、見てただろ。なんだかもう色々やっちゃって、正直どうしようって思ったんだけど」


「少なくとも、僕は今日のことで君を責めたり叱ったりする理由は一つも無いよ」


 そうか。


「大変だったね。欲しいものも手に入ることはなくて、でも君は、君は今度こそ」


「君の大切なものを守ったんだよ」


 そうか。そうか。よかった。

 よかったけど。よかったのに。


「どうぞ」


 ミトラスから手拭を渡された。視界が滲む。


「気持ちが落ち着いたら、ご飯にしようね。折角頑張って作ったんだから、食べて欲しいな」


「うん、うん……」


 どれくらいそうしていただろう。一時間か、或いは十分も経ってなかったかも知れない。


 俺は、俺にとってはしばらくの間、彼から渡された手拭で顔を覆った。

誤字脱字を修正しました。

文章と行間を修正しました。

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