・また一つレベルアップしたくなくなる
新章開始です。
・また一つレベルアップしたくなくなる
今更やって来た母親との復縁を蹴ると、彼女は一方通行のまま去って行った。
そんな先月から数日が経った。特に面白味のない先輩と南の修学旅行や、奇天烈な愛研同の文化祭などもあった。
それらを余所に忙しく、しかし面白くもない一身上の都合は、幕を閉じたのである。
十二月。俺たちは日常を取り戻していた。
今年は雪が降るとか言われてるだけあって寒い。
バスキーの鱗があっても、胸に付いた脂肪の塊が、凍りそうなほど寒い。なので休みはぬくぬくと、家の中で何もせずに、終わりを迎えたかった。
しかし。
「さあ、今回もレベルアップの時間だよサチコ!」
「お前元気だなあ」
「この程度の寒さ何とも無いよ。テレビ点けて」
ファンタジックな緑髪の猫耳少年は至って元気だ。半袖半ズボン。小学生かお前は。
こっちは隙間風が辛いから、工具買ってきて窓の建て付けを直して、ヘトヘトだってのに。とはいえ抵抗は無意味だ。
俺はジャージにスウェット姿のまま、テーブルに頬杖を付き、リモコンでテレビのスイッチを入れる。
画面には見慣れた俺のステータス画面。ここの所は身体や知能の向上をしていない。成長点を貯めたり、不足していた分を、補ったりしていたからだ。
今月末に『きれいな遺伝子』が取れるから、体はそれでいい。本当はもう取れるけど、折角だから節目に取ろう。
それにしても毎月毎月、夥しい数の犬猫が、殺処分されてんだな。クリスマスにはお祈りして、お払いしとこ。
「で、どうすっか」
知能は『ニューロン増発達』を、一回1,000点の計三回の限界まで取得。大して使ってないこの脳みその、スカスカ部分を埋めようという試み。
必要に応じてないにも関わらず、機能が拡張されると、どうなるのか。
『ニューロン増発達』:伝達物質の増量と伝達速度が向上します。全身に影響があります。
「説明がシナプスのときと同じだな」
「あっちは分子が増えて、こっちは分母が増えるって感じかな」
「日本語で説明されると、却って分からなくなるアレだな」
前のは既存の状態、つまり『質』を向上させた訳だ。それに比べて今回は『数』を向上させた訳だ。
ソケットの端子の数が増えたり、USBポートに高速化枠を設けたりといったような、スロット数が増えた訳だ。
本当にそうだろうか、どっちがどっちなのか正直自信がない。そしてまた『シナプス増量』が取得可能になっている。
「これもしかしてイタチごっこなんじゃないか」
「どれを取っても結局は体の機能だから、頭を追いつかせないといけないし、良いんじゃない」
「体に釣られておつむも発達させざるを得ないのか」
肉体を限界まで強化しても、脳みそ振り切ってたらあんまり意味無いし、危ないから先に『頭打ち』にしたほうが、いいかも知れないな。
「魔法は、そうだよな。レベル3にもなると、流石にお高くつくよな」
「闇だけタダ同然で取得できたから、そっちのほうがおかしい」
魔法のパネルを見る。火と光属性はもう限界だが水・風・土・雷はまだレベル3になっていない。闇だけが最高レベル。
「何気に休日にお前に教えられた魔法も含めて、結構使える様になったけど、使い道がないよな」
「超能力のほうが使い勝手いいしね。とはいえ僕も漫画の魔法を真似し始めて、得るものが沢山あったけど」
世界中で読まれた、魔法の冒険ファンタジーを真似て、文明メタの魔法をミトラスは覚えた。
杖を一振りすると、機械が錆びたり壊れたりする。名前を呼んだだけで居場所が分かり、魂ごと襲える呪いや指を『つい』っとやると、首が絞まる力も身に付けた。
とある映画のDVDを借りてきたときは、お辞儀をするよう言われて、生暖かい笑いが止まらなかった。
それはさて置き、属性魔法をレベル3にするには、成長点がお一つ3,000点必要だ。
「毎月一つ取ると三月になってしまうな」
「そのほうがキリがいいと思うな。二年生になったら、他の魔法みたいな力にも、手を出せるし」
「そうすっか。召還術とかも手を出したかったけど、順番でやってこ」
ちなみに俺は幽霊が見えるけど、交霊術は持ってないから、トークができても仲間にできない状態である。
ミトラスに仲魔にしてもらってる訳だな。
それだと俺が悪魔みたいじゃない?
「土か風だな。便利さから言って」
風は温風を吹かせることも出来れば、空気を乾燥させることもできる。洗濯物が直ぐ乾く。
土は漆喰や接着剤を作り出せるので、日曜大工の素材を節約できるのが大きい。水属性は水道代の節約に繋がるが、溶剤出せるほうが地味に助かったりする。
衣装部の原料がプラモデル産のマニキュアを、作る際に役立つ。自分で加減が調節できるので、何気に一般の溶剤で溶かすより、モノが良くなるのである(自画自賛)。
早い話が風を風を吹かせられるし、土は土を出せるし、水は水を湧かせられる。
電気はあ、そのう、俺っていう規格があ、合わないっていうかあ、ちょっと使い道ないっていうかあ。電気パット的なことできるけどお、俺が魔法使ってるからあ、疲れ取れないっていうかあ、もうまじむり。
「電気は攻撃面以外に使い道があんまりないな」
「静電気がバチってならないようするくらいだよね」
充電もできないしなあ。せいぜい電池無しでリモコンが使えるくらいか。
「風でいいか」
「その理由は」
「消費が軽くて、風吹かせる程度ならなんともないし、快適に過ごせると使った分も、すぐ回復できるから」
「よしよし。ちゃんとものにしてきてるね」
MP的な力の消費は闇、風、水、土、火、光、雷の順で軽い。やはり連発できるのはいい。
また遠くに物を投げる際にも、助けになってくれるのが大きい。追い風を背に受けて、重い物を遠くまでぶん投げるのは、とても気持ちがいいのだ。
「じゃあポチっとな」
『風属性レベル3』を取得しました。
魔法はレベルが上がると、威力が上がって消費が下がる。加えてより高度な魔法を、覚えられるようになる。古典的だけど実にありがたい。
「最後に特技だな。これは柔軟でいいか」
「サチウス柔らかいけど」
「間接が沢山曲がるようになるってことだぞ助平」
「え、あ、あ!」
勘違いしたことが恥ずかしかったのか、無意識でそっちのことを、思い浮かべてしまったのが恥ずかしかったのか、ミトラスは顔を真っ赤にした。
久しぶりに慌てている。
「ちっ違う、ごめん!」
「いいから取るぞ」
『柔軟』:間接の稼動領域が最大になります。
「想像できるけど分かり難っづふっ」
全身から骨が擦れるような鋭い痛みと、肉が捻じれるびりっとした、痺れるような痛みが全身へと。
「っっっ痛ててててててててててててて!」
「だ、大丈夫サチウス!?」
立ってられない。一瞬で一番大きい痛みは通り過ぎたので今は余韻に痛がってるところ。筋肉が攣った後の余裕のないあの焦りだけが残された苦境とそっくり、というかそれの上位互換。痛い。指とか首をコキコキ鳴らすのって関節に溜まった空気を出してるっていうけどそれをね、全身捻りながらやる感じ。引っこ抜けてね。全身がげっぷしたらこんな痛いのかってちょっと思考が余裕がないせいで滅茶苦茶空転してる。回ってるけど内容のあることが何も考えられない。視界が痛みでちかちかする。涙も出てないのにあ涙出てきた場所! 場所どこだ痛いとこ! 幸い腹筋じゃないし走ったときの脇腹の痛みでも肋間神経痛でもない上と下! 上と下が主に痛い。特に股関節周りが!
「うおおおおおおおおおおおお!!!!」
「痛がる割にそんなに悶えないなあ」
「身動きとれねえの!」
冷静に観察しやがって畜生!
でもこれで分かった。『臓器再配置』は絶対に取らん。断腸の思いを現実にしかねないからだ。やるなら『臓器保護』と『再生不能部位再生』を取ってから俺を失神させたのちミトラスに麻痺の魔法をかけてもらってから俺を操らせて取得するしかない。でないと死ぬほどのダメージを負うことは確実だ。
とにかく何とか楽な姿勢を探せ。全身を畳むような。蹲って。もうちょっと蹲れるな、あ、何だかもう少しいけそう。苦しいけどそのほうがまだ楽だ。
「うわ、え、そんなに丸まる」
ミトラスのドン引きする声が聞こえる。今の自分がどういう状態なのかちょっと見てみたい。とにかく丸くなれるだけ、体をコンパクトにすることだけを考えてるだけなのに。
「そ、それ以上丸くなったら駄目だよ!」
「分かったから骨盤周りを擦ってくれ。痛みを散らせない」
深呼吸をして声を出す。あ、胸が邪魔でこれ以上は無理だ。くそ、こんなときに!
「ほーら痛いの痛いのとんでいけー」
ミトラスに太ももの付け根を、ぐりぐりと解してもらう。肉の間に小さな手が埋もれて、蠢く度に徐々に痛みが引いていく。しかし骨の痛みが引くと、今度はヒリヒリとした、肉の痛みがやってくる。
「これも一つの成長痛、なのかなあ」
「今度から体に関することはもう少し慎重に選ぼう」
早口でそれだけ言うと、俺はミトラスに身を任せた。体に変化があるということを、ちゃんと考えないいけない。脂汗が浮かぶ額を、まともに拭えない中、朦朧とする意識の端で、私こと臼居祥子はそう思ったのでした、まる。
「グロテスクだなあ」
「ごめんちょっと黙って」
いったい俺って今、どれくらい丸まれてしまっているんだろう。駄目だ全然痛み引かないわ。身長が伸びたときは、別になんともなかったのになあ。
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