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出戻りサチコのやり過ごし  作者: 泉とも
帰ったら歴史が改変されてたけど関係なかった編
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・南の報告

・南の報告


「ダメだったわ……」


 行き場のない俺は、今後の安全のことも考え、昼休みと放課後は部室に来るようにしていた。


 そこで北先輩の元気な姿を認め、胸を撫で下ろしたのも束の間。深々と溜め息を吐きつつ、南もやってきた。昼飯が不味くなる。


「会社に辞めるって相談したら、契約期間が残ってるし後任もいないから、それはできないって言われてしまったわ。どうしよう」


「え、なに、どういうこと」


 同意も取らずに勝手に相席する南に、先輩が困惑する。その顔には怯えの色が浮かんでいる。


 話しかけられた後、特に何も抵抗せずに捕まったらしい彼女は、南の弱さを知らない。


 俺はこの警察の下請けのようなものに務めている何かのことを、掻い摘んで説明した。ネタ帳にメモするの止めてくれねえかな。


「それどころか『歴史の保全と君個人の将来とどっちが大切なんだ』って電話越しに怒鳴られたわ」


「おーよしよし可愛そうにな。つってもお前は今多重派遣の状態だし、辞めるっつって辞められないこともないだろう。最悪時空なんとかの労組か、派遣の労組に相談するんだな。ちなみに契約期間ってあとどれぐらい残ってるの?」


 派遣先が業務委託として、嘱託公安部の仕事をしているのではなく、派遣先が更に嘱託公安部に派遣している状態なので、少なくともこの時代基準だと摘発対象です。


 そして南は『試用期間で三ヶ月』と消え入りそうな声で呟いた。それが終わらないと給料も出ないそうだ。この時代で使えるか知らんけど甚だアウトである。新社会人だったか。


「なんだか既視感のあるブラックさ。よくそんなのに引っかかったね」


「一人だけ早く卒業しちゃって、何かしないとって思って、それで派遣だったら、私に見合った仕事を紹介してもらえると思って……」


 呆れる北先輩に対して南は続けた。派遣に登録すれば、楽に就職できると思ってしまったんだろうか。その結果がこれだとなると、彼女の判断力が些か心配だ。


「なんか時空アメリカ警察って日本の会社みたいだな」


「そりゃそうよ。だって私日本の勤めだし、日本の派遣会社よ。元はアメリカだったけど」


 ああ、そうか。ここは日本だから日本の支部に輸出されたのか。アメリカだったが涙を誘う。まるで拉致だよ。


 こういう仕事に託けた国際的な擬似誘拐とか、隔離みたいなことがあるんだから、人の世の中は怖いよなあ。


「気になってたんだけどさ、お前今学生だろ。これどういう扱いになってるの」


「あ、それ私も気になってた」

「え、どうって何が?」


 この場にいる俺と先輩は、仮にも現代人であり、受験もして真っ当に入学している。


 だが未来から来たとかいう南が、果たしてどのような形と仕組みで、この場に学生としているのか。それを尋ねると、南は少しだけ口ごもり、やや間を置いてから答えた。


「えっとね、歴史が改変されたことを観測した本部から、手近な支部に連絡が行って、必要な人員をその時代に潜り込ませるの。場所が高校だったから教員か、他の職員の予定だったけど、まだ学校行ってる年齢の私がいたから、丁度良いって送り込まれたのよ」


 つまりここに顧問が付いたかも知れなかった訳か。そのほうがまだ良かったんじゃないかな。


「送るってどうやって?」

「あ、この携帯あるでしょ。このアプリを押すと、こう画面が出て」


 南が鞄から硯のような物体を取り出す。どうやら携帯電話の様だ。その液晶が点灯すると、画面には無数のアプリの山が点灯する。


 汚え画面だな。その中の一つに星条旗のアプリ。押すと画面が切り替わり『行く』と『帰る』の二つの大文字。


「『帰る』を押すと元の時代に戻れるの。『行く』は年代とか土地とか国とかの細かい設定をすると、その場所に行けるのよ。見た目はその時代に合った物にどうやってか変更されるらしいわ。ふふ、仕事辞めるって言ったらこの『帰る』がいつでも使えるようになったのよ。ありがとう臼井さん」


 詳しい構造は分からないようだ。まあ俺も生活を取り巻く機材の大半のことは、全く把握してないから別にいいけど。そしてこんなことで感謝をされとうなかった。


「それでこの学校にはどうやって入ったんだ。書類とか学費とか問題があるだろ」


「ていうか試用期間が過ぎて辞めたらどうなっちゃうの」


 スパイが潜入するのって、具体的にどうやってるのか気になってたんだ。


 来歴がなんだか悲しいけど、曲りなりにも南は現在、女子高生スパイとか調査員とかそんな感じだ。ここは本人の口から、そのノウハウを聞いておきたい。


「その時は退学の手続きをするだけよ。それで学校のことなんだけど、私が飛び級で卒業したことは知ってるわよね」


 海外だとそういうこともあるそうだ。日本だと基本的には無い。一部では飛び入学とかいう進級を通り越して、大学に入ってしまう者もいるらしいが、そんなものは例外である。


「私、今年で十六歳なの」

「うん、で?」

「だからその、私、臼井さんと同い年なの」


 いやそれは別にいいよ。歳が近いから送り込まれることになったんだろ。何故そんなことを気まずそうに言うんだよ。


「受験したの。普通に」


 間。今すごく嫌な汗が出てる。隣を見ると北先輩も瞬きの回数が俄かに増え始めている。


「願書出して、試験受けて、学費振り込んで」


 喉が渇く。すぐ近くから唾を飲む音が聞こえた。


「書類を偽造とか、内通者の手配とかは」

「ある訳ないでしょ」


 真っ向力技。工夫の欠片もない。既卒者の時代を超えた再入学ってこれ何罪に当たるんだ。書類の類は偽物じゃないけど本物とも言えない。


 そりゃ生徒一人一人の門地調査なんて、一地方の学校ではしないけど。ちなみにお金は未来の職場が用意してくれたらしい。流石にそこまで自腹だと完全に詐欺である。


「じゃ、じゃあ借りてるアパートとかはどうしてるの?」


 北先輩が何か縋るような声音で別の質問を繰り出す。タイムマシン的なもので未来からやって来た、年下天才女子高生ポリスっぽい存在のパワープレイがお気に召さないようだ。俺もそうだ。


「確かに賃貸契約には審査があるし、収入証明や住民票、保証人とか大人の第三者が必要なはず」


「それは契約してる社員のルーツを辿って利用させてもらうのよ。厳密には、その場面で使える過去を持っている人を雇って、協力してもらうのよ」


 そんなことのために他人のご先祖様を使うなよ。失礼な組織だなあ。


「そもそもさあ、未来の法律なんか現代じゃ通じないだろ。仮に犯人が見つかったとしても、取り締まれないんじゃないか。その場合はどうするんだ」


「簡単よ、通じる時代にまで連行してから裁くの。アメリカの時空法は後にも先にも時効はないのよ」


 俺今取り締まれないって言ったよな。治外法権とは違うなあ。誘拐だから継続班だな。


 相手や国や時代のことを省みないで、自分の所に無理矢理連れて行くのか。自分の所の法律で裁くために。


「ワイドなリンチだなあ」

「これじゃギャグ漫画にしかならないよ」


 何ていうかこう、所詮人類って感じがすごい。先輩も不満そうである。南と話してると、自分から元気が見る見る内に失われていくのが分かる。


「それで、結局お前はその、試用期間終わったら派遣辞めて、学校も辞めて、これからどうすんの。ていうか何しにこの時代に来た、ああ、一応仕事で来たんだったね」


「巻き込まれた側からするとすっごい消化不良」


 勿体振って現れた割りに大したことなくて、しかも特に何事も無く帰っていく。関係を長く続けたい相手でもない。スカッとする終わりもない。溜飲が下がらない。疲れただけ。これでは俺たちの現状を理解できるが増えただけだ。


「まあ、こういうのって人海戦術で探すものだから、私一人で見つけなきゃいけない訳じゃないし」


「ちょっと待て、お前みたいなのが他にもいるのか」


「当たり前じゃない。あくまでもこの地域にいる可能性があるから、この学校には私が派遣されたってだけよ。他所には別の社員がいるわよ」


 言われて見ればそうだ。タイムパトロールって単語が頭に付いてたから、てっきり少数精鋭的なものを考えてたけど、少なくとも一人ってことは無いよな。迷惑な話だ。


「取り合えず、学生を続けながら、夏までにはどうするかを考えるわ。その間は私もこの部活に来るから、これからよろしくお願いするわね」


 そう言って小さな溜め息を吐いた南は、席を立つと部室から出ていった。壁に掛けられた時計を見ればそろそろ昼休みが終わる。


「まだ聞きたいことがあったんだけどな」

「ああ、ブレザーのこと? 私知ってるけど」


 俺たちがどうして歴史から取り残されているのか、何か分かったことがあったか、ということなんだが。それはそれで気になるな。


 どうして誰もそのことに突っ込まないんだろう。本来ならば奴も俺や先輩と同じ、もっさいセーラー服を着ているはずなのに。


「あれ変更前のうちの制服みたいよ。何年か前のもうちょい偏差値高かった時代の、値段も高い奴」

「……ふーん」


 最後の最後に自分の着ている物が、ちょっと落ちぶれてるバージョンの奴だと聞かされて、下がっていたテンションが下がりきり水平になる。


「じゃあ俺も戻りますんで」

「ああうん、じゃあね」


 丁度チャイムが鳴ったので、俺は先輩に一声かけて、壁に張られた依頼の中から、出来そうなものを数枚選んで教室へと戻ることにした。


 こいつらと関わり合いになってると、色んな意味で、色んなことがどうでもよくなっていくのを、俺は心の何処かでひしひしと感じていた。

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