6話 デート
時の流れを感じなくなっている。
停滞している訳でもなく、ただただ流れているだけの時。
時とは、私の事は一切お構い無しで言う事を聞いてくれた試しが無い。
そして、私は時と言う概念から隔絶し、自身の想像空間の中で思案を巡らして居た。
つまり、北春 小雪は動揺し、周囲から分かるほどにソワソワしていた。
昨日の稲葉 双熾の言葉が頭の中で何度も繰り返される。
何とも言えないモヤモヤが胸から離れずどうしようもなくて、気持ち悪かった。
「おーい、北春ー。もう授業終わってるぞ。」
不意にクラスメイトの佐藤 太一に声を掛けられた。
「え⁉︎」
急に我に返った北春はクラスをキョロキョロと見渡した。
すると、クラスの半分くらいはもう下校していて、時計は4時過ぎを示していた。
北春は慌てて教材をカバンにしまい帰り支度を始めた。
「なあなあ、今日一緒に帰ろうぜ。」
佐藤は北春に一緒に下校しようと誘う。
「えーっと、今日はちょっと、……。」
北春は歯切れの悪い曖昧な返事を返した。
理由としてはまず、帰る場所が自宅ではなく『セプター局舎本部』であるという事。
親とは1度連絡を取ったものの 頑張って来いと言われ、やはり家には帰れない事を痛感させられた。
次に、稲葉とのよく分からない約束があった事。
しかし、私は了解していないが。
帰り支度を済ませた北春は足早に教室を出る。
「なんでーなんでー。」
と、佐藤が北春の後を追い、理由を追求しようとする。
話せる訳がないと1人毒吐き、歩きを速めた。
すると、何だか辺りが騒がしい事に気付いた。
それは、校門に向かうにつれてどんどん増えていった。
「なんのイベントだろうね?」
佐藤も状況が掴めず曖昧な疑問を投げ掛けた。
校門には軽い人集りが出来ていて、騒がしい元凶はココだと確信する。
2人は人集りから少し顔を出し、元凶の内容を確認しようとした。
そして、北春は凍り付いた。
そこには、『セプター局』の車が停車しており、手前の手すりに凭れ掛かって、他の学校の制服を着た男子がスマホを操作していた。
まるで誰かを待っているように。
「アイツなにやってんだろーな?」
佐藤は気づいてないようだが、辺りの人集りはこの学校の待ち合わせ相手が誰かを確認する為に出来ている事は明白だった。
佐藤は北春に話し掛けるが、その声は北春には届いていなかった。
北春の前に現れている他の学校の制服を着た男子は明らかに、昨日私をデートに誘った稲葉本人にしか見えなかった。
確かに稲葉は迎えに行くと言っていたが、『セプター局』の車まで用意して、これほど目立つ所に入れば、普通人集りが出来る。
なぜ、気を遣ってくれないのだろか?
これではまるで、公開処刑ではないか。
急に恥ずかしさが込み上げて来て、北春の顔が赤くなる。
ど、どうしようか?
出て行った方が良いだろうか?
それとも逃げて終おうか?
北春の自問自答が繰り返される。
「……………よし。」
逃げる事を決断し、校門から離れようとした瞬間、北春のスマホが鳴る。
落としそうになりながら、慌ててスマホを確認すると、稲葉から【まだ〜?】とメッセージが届いていた。
何故か北春の連絡先を知っている様だった。
すると、稲葉はスマホから顔を上げた。
そこで、人集りに守られている筈の北春と目が合った。
しまったと北春は顔を隠そうとしたがもう遅かった。
【みーっけ】とメッセージがスマホに届いたと同時に、
「おーい!小雪!ここだよー。」
稲葉がワザとらしく大きく手を振って私の名前を呼んだ。
その瞬間、人集りの何名かが私の存在に気づき騒めぎ始めた。
佐藤は未だ状況が把握出来ず、目を丸くしていた。
私は完全に逃げ場を失った。
これで公開処刑が決定し、明日問いただされるであろう事を考え、溜息を吐いた。
そして、観念して稲葉の前まで1人歩き出した。
他の学校の制服を着た男子の前に本校の制服を着た女子が現れたのだから校門の人集りは更にヒートアップし騒ぎ立てた。
「ちょっと!何でこんなに目立つ所にいるのよ⁉︎」
北春は小声で稲葉に問いただした。
「その方が目立って早いかなと思って。」
稲葉は全く悪びれる様子もなく、まして言うなら楽しんでいた。
「それじゃあ、行こうか。」
稲葉は短い立ち話を中断し、北春の手を取った。
「え?ちょっと!」
北春に有無を言わせず、『セプター局』の車に乗り込んだ。
人集りから歓声が上がっており、北春は恥ずかしさで死にそうだった。
稲葉と北春が車に乗り込んだ事により、ようやく人集りの前から車が発車した。
「どうしてこんな事するんですか?」
北春は稲葉にこんな恥ずかしいめに遭わされた理由を追求する。
「迎えに行くって言っただろ?」
「言ってましたけど、私はデートの了解は出していませんし、『セプター局』の名前を使うのは権力の横暴です。
しかも、まだ私達出会って2日目ですし……。」
最後の一言はボソボソと小さい声になってしまう。
「権力の横暴なんかじゃないよ。
だってこれからお仕事だもの。」
稲葉の回答は呆気ないものだった。
「仕事?」
北春の頭上にクエッションマークが現れる。
「そう、お仕事、『セプター隊』のお仕事。
仕事の内容は気取って犯行場所、犯行時間まで指定して来た犯行予告を頼りに犯人の確保する事だよ。」
「でも、昨日デートとか何とかって。」
「いや〜、いきなり仕事だよって言っちゃうと小雪が緊張しちゃうかなって思って〜。」
北春は俯き考える。
昨日から稲葉の一言に悩み、少し浮かれ、ドキドキしていた北春の気持ちは稲葉に踊らされていただけだった。
顔が徐々に赤く染まり、恥ずかしさが震えに変わる。
「ふ、」
「ふ?」
稲葉がおうむ返しの様に繰り返す。
「ふざけるな〜〜‼︎」
乙女の怒りが爆発し、車内を大きく揺らした。
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夕日は完全に沈み、空は完全に漆黒が支配していた。
『セプター局』の車が停車し、北春と稲葉が降車する。
すると、2人を置いて『セプター局』の車は元来た道を帰って行ってしまった。
北春は学校用の鞄を車の中に置いてきてしまったが、稲葉はスポーツバックを肩に掛けていた。
私を待っていた時は掛けていなかったのだが。
2人が降り立ったのは都心から少し離れた商店街。
「さぁ、小雪。商店街デートと行こうじゃないか。」
「ふん‼︎」
北春は怒りを見せ付ける様にそっぽを向く。
稲葉は引きつった笑顔で頭をかく。
「参ったな、そこまで悪気は無かったんだよ。
ごめん、許してくれないだろか?」
「そこまでの悪気では許しません‼︎」
「手厳しな〜。」
稲葉は自身の言動に後悔した様に頭を抱えた。
「えーっと、機嫌を直してないとは思うけど今回のお仕事、いや初回の任務内容を伝えるね。」
「直してないに決まってます!」
怒ってはいる北春ではものの、ちゃんと稲葉の投げ掛けに返答する。
そして、稲葉は話し始めた。
「え〜っと、……
犯行予告は今の俺たちが居るこの商店街を能力で襲撃するというもの。
因みに同じ様な犯行予告が1週間前に1度行われ、実際に犯行が行われたが『皆無錠』の解鍵または『皆無錠』のGPSでも有力な情報は無かった。
付近の防犯カメラには怪しい人影は映ってなかったが、犯行に使われた能力が1種類のため犯人は1人と推察され、恐らく『能力検査』に引っかから無かった我々と同じ『皆無石』の効果のない能力者の可能性が高く、『皆無錠』のGPSの反応が無い事からも『皆無錠』を取り付けていない20歳以下であると考えている。
恐らく、俺たちと同年代の16〜18歳かそれ以下だろう。
次に犯人の能力だが、これも防犯カメラの映像だけでは曖昧で不鮮明だった。
能力の対象になったと思われる建物は突如として破裂したんだ。
ここで推察出来る犯人の能力は触れる等により破裂させる事が出来る能力の可能性。
しかし、防犯カメラに怪しい人影が映ってない為、可能性が低い。
次に、設置型の能力で時間を空けて発動出来る能力の可能性。
この能力ならば防犯カメラに映ってない事も納得がいくし、犯行予告の余裕にも納得できる。
しかし、この場合は犯行の行われた付近の防犯カメラを照らし合わせて行けば、いずれ犯人が露見してしまう可能性が考えられる。
そして、最有力候補は遠距離型の能力で高い所から全体を見渡し、見えない能力で遠い位置の建物を対象にすることが出来るのならば、能力の対象となった建物が破裂しても不思議ではない。
これなら犯行予告で自身の能力の偉大さをアピールできる。
最後は、我々でも想像のつかない程の能力。広範囲内で的確に自在に破裂させる事が出来る能力。
しかし、そんな強力な能力だと、俺たちだけでは太刀打ちができない。」
稲葉の犯人の説明、推察は終わったが、更に続けた。
「しかし、俺は、絶対に小雪を死なせたりはしない。
こんな危険な場所に付き合わせて何だけど、必ず守ってみせるよ。
もう、後戻りは出来ないから……。」
最後の一言はいつも稲葉と雰囲気が違い真剣で冷んやりとしていた。
しかし、何だか意味深で後悔と強い信念を感じた。
流石にまだふて腐れている訳にもいかず、
「分かったわよ、それじゃあ許してあげるから必ず守ってね。」
北春は稲葉の想いにまたドキドキした気分になってしまった。
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北春と稲葉は犯行予告のあった商店街をぶらぶらと犯行予告時間まで暇をつぶす事にした。
「犯行予告が商店街にあった言ってましたけどけど、住民の皆さんは知っているんですか?」
北春が穏やかな日常の雰囲気に疑問を持った。
もし、これが犯人に『セプター局』が来ている事を悟らせない陽動作戦だとしたら、あり得ないほど住民の技術が高すぎるからだ。
「いや、知らないよ。だって、犯行予告は商店街じゃなくて『セプター局』の『セプター隊』あてに届いたんだから。」
稲葉は何を今頃とまるで当然の様に答えた。
「え?」
思いもよらない答えたに混乱する。
「って、ことは住民の人はこれから起こる事を知らされていないんですか?
それって、とても危険です!今すぐ避難させないと、」
北春が慌てた様に危険性を口走るが、稲葉は鋭い切り口で冷静に切り返した。
「どこに避難させれば安全と言えるんだい?」
「そ、それは……。」
北春が口を噤んでいると、稲葉は更に続ける。
「犯人の能力が不確定な時点で安全な場所などない。
まして、『セプター局』から情報を出せば、逆に混乱を招くだけだ。
それに犯行予告が『セプター局』に届いたのが何よりの証拠だ。」
「どういう事ですか?」
北春は聞き返す。
「犯人は16〜18歳の同年代かそれ以下であると推察され、『能力検査』に引っかからないため、自分は特別だと過信して調子乗っているだよ多分。
それで自分の力を相手に見せつけて悦んでいる愉快犯だ。
しかし、犯行予告をしているから人はまでは殺す勇気は無いはずだ。
いや、正確には現時点ではね、実際に前回の事件でも死傷者は出ていない。
だが、断言は出来ない。
もしも、住民の避難をさせた事が犯人に気づかれたら、犯行対象が商店街から住民に移る可能性も出てくる。
それにそうでなくとも、そんな犯人を野放しにしておいたらいつ死傷者が出てもおかしく無い。
だから、犯人の確保が急務なんだ。
確かに、我々『セプター隊』に危険が伴うのは事実だが、『皆無石』の効果が無い能力者でなければ戦闘の上で、とても不利になってしまうんだ。」
稲葉の話の論点が少しズレた気がしたが犯人の危険性が高くなる前に確保する事。
そして、犯人を確保するのが我々でなければならないという事を言っていた。
「稲葉の言い分は分かりましたけど、犯人が住民を狙っていないとは言え、日常が壊されてしまう事は確かですよね?」
「あぁ、その通りだ。だから、捕まえるぞ。」
「はい。」
稲葉の話を聴いた北春の心は正義の炎で燃えていた。
しかし、次の瞬間ドカーーン‼︎と物凄い衝撃音が鳴り響いたと同時に2人の近く建物が破裂した。
建物の瓦礫が周囲に飛び散る。
「危ない‼︎」
と、稲葉が北春に覆い被さる様に瓦礫から守る。
幸い、瓦礫の直撃は免れた様だ。
そして、それを合図かの様に商店街付近から幾つもの衝撃音が鳴り響いた。
「ありがとう、ございます。」
まさか、こんなにも直ぐに守られるとは北春も思っていなかった為、驚きを隠せない。
「小雪が無事で何よりだよ。」
すると、稲葉は肩から掛けていたスポーツバックを開き中を引っ掻き回し始めた。
そして、稲葉は双眼鏡のような物を2つ取り出し、1つを北春に差し出した。
北春はそれを受け取り、
「これは何ですか?」
と、物珍しそうに聞く。
「これは双眼鏡型暗視スコープだよ。
『セプター局』特製の。
もしも、犯人の能力が遠距離型だった場合ここが見渡せる高い所にいるって言っただろ、だからこれで犯人がいるかどうかを確認するんだよ。
小雪も探して。」
どこまで用意周到なんだろうと思っていると、
「居た!」
と稲葉が犯人らしき人物を発見する。
北春も探してみると、確かに商店街付近で1番高いビルの屋上にそれらしき人物が見えた。
稲葉は、犯人らしき人物を確認するや否や再びスポーツバックをあさり始めた。
そして、今度は拳銃を取り出した。
しかし、その拳銃は素人が見てもおかしいと思えた。
銃口が明らかに大きく、拳銃が大きくて手に収まってい無い。
とても、不恰好なフォルムの拳銃。
北春の不思議そうな顔を見て察したのか、
「これも『セプター局』特製の拳銃で名前は確か『菊たん3号』。
銃口が大きいのが特徴で装填なしの一発ぽっきりの使い捨ての拳銃。
威力はスナイパーライフルくらい有るけど、慣性で拳銃が後ろに吹っ飛ぶ。
普通なら肩が骨折する。
一応言っておくけど、拳銃の免許は取ってるからな。」
と、説明を加えた。
「私には無いんですか?」
暗視スコープ同様に私にも何かしらの武器が貰えると思っていた。
「『菊たん3号』は俺の専用武器だし、小雪に武器はまだ早いよ。」
稲葉にさらりと流されてしまったが、今の説明で気になったのは拳銃の名前が『菊たん3号』いうこと。
確かに不恰好な拳銃には『菊たん3号』と彫られていた。
それは明らかに、お茶目を気取る『皆無石装備研究製作室室長』の菊田 雛が関わっていると判断出来る。
『菊たん』のネーミングも何だか痛い気がしてきたが、本人には黙っておくことにしよう。
そして、稲葉は何の迷いも無しに『菊たん3号』を右手で犯人らしき人物が居るビルの屋上に向けた。
「小雪、危険だから離れてろよ。」
稲葉がそう言った瞬間、『菊たん3号』の引き金が引かれ、轟音とともに弾丸が発射され、『菊たん3号』は稲葉の右手を離れ、慣性で向かいの壁にめり込んだ。
「あの、いきなり撃って大丈夫なんですか?
もしも、あの人物が犯人じゃ無かったら…。」
北春は心配そうに稲葉に聞くが、稲葉はとてもあっさりと返答した。
「大丈夫だよ。
だって、こんな距離から撃っても普通当たらないし。」
確かに商店街とビルの屋上からかなり距離があった。
「それにもし、あれが犯人だとしたら、自分に向けられて弾丸が発射したんだ、何かしらの反応は見せてくる。」
そこでやっと稲葉の行動が理解出来る。
今の『菊たん3号』の発砲は犯人に対する挑発。
そして、確保するべく犯人を誘い出そうという作戦。
けれど、もし犯人で無い可能性の人物が被弾してしまうと言う可能性を稲葉は軽視している気がした。
すると、稲葉はスポーツバックを肩にかけ直した。
「小雪は一様ここに居てくれ。これ以上は危険過ぎる。俺は挑発しながらあのビルに近づいてみる。」
そう言って、稲葉はあのビルに向かって駆けて行った。
そして、稲葉が見えなくなるのを確認すると北春は稲葉がいなくなった事によってようやく気付いた事があった。
辺りには恐怖し逃げ惑う人々に。
どうやら、稲葉と一緒に居る事で安心し、冷静でいられた事に。
そんな、心の支えが無くなり、急に孤独感が襲って来る。
もし、何も知らされていなかったならば、自分も同じく恐怖し何も出来ていなかったのだと思う。
先程の飛び散った瓦礫で死傷者は出てい無いものの、負傷者は出ていた。
自分が怪我をしなかったのも『幸運』のおかげなんだろうか?
そんな事を考えていると、背後から誰かに声を掛けられた。
「君は『セプター隊』かい?」
振り向き様に北春は無意識に答えてしまう。
「はい、一応は」
こんな状況で意味も無い質問に疑いを掛けていると、突如として後頭部に衝撃が加わる。
そして、あっさりと膝から崩れ落ち、北春は気を失った。
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北春が気を失って、30分後。
北春は目を覚ましたものの、頭には鈍い痛みを覚え、朦朧とする。
そして、立ち上がろうとするが、立てない。
いや、正確には動けない。
自分の体を見ると、太い柱にロープで縛り付けられていた。
「ようやく目覚めた様だね、レディ。
君は的場井 功の偉大なる能力を目の当たりにできるんだ、光栄だろ?」
悠々と歩きながら的場井は北春の前でポーズを取る。
正直、カッコいいとは懸け離れたポーズを。
的場井のかっこ悪いポーズを見て、冷静になれた北春は自分の置かれた状況を把握しようとする。
辺りは古く壊れた廃工場の中の太い柱にロープで縛られている。
そして、小さなスタンドライトが拘束されている北春を照らしている。
そこから少し離れた所に立て付けられたビデオカメラが北春に向けられ、その隣で的場井がポーズをとっている。
的場井は、稲葉の推察より若く、中学生くらいといった所。
見た目は服装がダサく、背が低い。
北春は私より低いのではないか?と思ってしまう。
しかし、未だ的場井の能力は不明なままだった。
ましてや、的場井は破裂能力の犯人とは別人物なのではないかと思考を巡らせる。
「そんなに僕の事が気になるのかい?レディ。」
的場井は隣のビデオカメラを操作しながら、北春に話し掛けてきた。
「えぇ、教えてくれませんか?」
妙な気分の北春は囚われの身であるにも関わらず冷静に的場井から情報を聞き出そうとする。
「これから、ショーを行うんだよ‼︎」
無邪気に的場井はそう告げた。
「2回も『セプター局』の『セプター隊』に犯行予告をしてやったのに、犯行も止められず僕の元に来たのはどんな能力かもわからない弱々しいレディだった。
僕は『魔女』と闘いたいんだ。
だから、見せしめを行おうと思うんだ、レディ。」
的場井の狂気染みた好奇心の笑顔に、北春は悪寒がし背筋が凍る。
先程まで、冷静だった思考が一瞬にして真っ白になる。
手と足が震え、どうにかなりそうだった。
ピッと、ビデオカメラの無機質な音が聞こえ、赤いランプの光が録画が開始されたことを示唆していた。
そして、的場井はビデオカメラと北春に挟まれる位置で手を広げ、語り始めた。
「僕は、的場井 功だ。
『セプター局』が愚かで哀れだったから、この僕自ら情報を公開してみせようと思ってね。
僕の能力『速度』。
この能力で、『セプター隊』の1人を血祭りにあげてみせよう。」
的場井はビデオカメラに一通り語ると180度振り向き北春に顔を向けた。
助けて!助けて!助けて!と北春は心の中で叫び続けていた。
いざ実際に、死の危険に晒されて北春は恐怖が抑え切れなくなっていた。
喉を擦り切らせる想いなのに、一言も声が出ていなかった。
何で稲葉はこういう時に居ないの?
私を守るって言ったじゃない。
北春の視界は恐怖と悲しみで涙が溢れそうになり歪んでしまう。
そして、北春と的場井の間には何の予兆も無く数枚もの透明な薄い六角形のシールドが発生する。
発生したシールドは的場井の能力で間違いなかった。
的場井は拳を振り上げる。
何が起こるかは分からないものの死の恐怖だけは自覚していた。
怖い!お願い!助けて…。
「助けて……稲葉。」
北春が稲葉の名前を口に出し、歪みきった視界から遂に涙が一粒こぼれ落ちた。
ドゴッン!と廃工場の出入口の扉から音が響いた。
「おや?鍵は掛けたのですが、誰かに破られてしまいましたかね?」
的場井は振り上げていた拳をゆっくり降ろし、取り乱す様子も見せず、出入口の扉眺めた。
ギギギィと不愉快な音を立てて、出入口の扉が開いた。
「はぁ、はぁはぁ。」
扉から現れたのは、息を切らした稲葉だった。
「良かった、間に合ったよ小雪。」
未だ息を切らしながら、稲葉は覚束ない足取りで廃工場の中に入って来た。
北春は稲葉の登場に安堵したせいか、余計涙が溢れ出した。
「おや、あなたは知ってますよ、『セプター隊』の最下位。」
的場井はようやく思い出せた口調で稲葉に話し掛けた。
「黙れ、犯罪者!今直ぐお前を確保する。」
物凄い剣幕で稲葉は怒鳴り、『菊たん3号』を的場井に向け、照準を合わせる。
稲葉はスポーツバックを持ち合わせていなかった。
それに、大きな拳銃の『菊たん3号』が懐に入るはずもないので、今稲葉が構えているのが最後の『菊たん3号』になる。
「いや、いっその事『セプター隊』を下のNo.から順に潰して行けば、最後には『魔女』と闘えるし、強さの証明にもなる。
よし、そうしよう。」
的場井は稲葉に『菊たん3号』を向けられているにも関わらず、自分の世界で独り言を呟いていた。
そして、稲葉は何の迷いもなく『菊たん3号』の引き金を引き、的場井に向かって発砲した。
慣性で『菊たん3号』は凄い勢いで後ろに吹っ飛んだが、物凄いスピードで弾丸が発射された。
しかし、弾丸は的場井に届く事なく落下した。
稲葉の発砲と同時に的場井は北春の時に発生させたより大きい薄い透明な六角形のシールドを発生させ、シールドが弾丸の進行を妨げようとする。
そして、弾丸は何事もなくシールドを通過したが、その瞬間、突如として弾丸のスピードが急激に減速し始め、空中で弾丸が停止するようにして、地面に落下した。
そして、シールドは何事もなかった様に在り続けた。
「犯人の能力は『速度』だよ‼︎」
北春は震える声で精一杯叫んだ。
ただただ必死に稲葉を助けたその一心で叫んでいた。
「ありがとう、小雪。」
稲葉は独り言の様にボソッと呟く。
「まぁ、このくらいのヒントはいいか。どうせバレる事ですしね。」
的場井は以前余裕の構えを崩さない。
稲葉は腰のホルダーから一丁の拳銃を取り出した。
その拳銃は『菊たん3号』の様な不恰好な外見ではなく、一般のスリムなボディをした拳銃だった。
そして、その拳銃には『セプター』と彫られていたので、『セプター局』特製なのは間違いなかった。
「この拳銃が最後だ!」
稲葉はそう宣言したと同時に前方の薄い透明なシールドに向って走り出た。
だが、稲葉が走り出した瞬間に前方のシールドが消滅した。
目の前で起きた現象に稲葉は足にブレーキを掛け、一時停止する。
それを見て、笑くぼ上げた的場井の手前に数枚の小さな薄い透明な六角形のシールドが発生する。
的場井は発生させたシールドに向って拳を振り抜いた。
的場井の拳がシールドに降り抜く事によって発生した空気圧がシールドを通り反対側から強力な風が飛び出し、延長線上の稲葉に向って襲いかかった。
的場井は数回の強力な風を稲葉に発射した。
稲葉も冷静に拳銃で風を撃ち抜き、威力を相殺させる。
数回の風を拳銃で撃ち抜き続けていたが、遂に拳銃の弾が無くなり不発する。
稲葉に向って来る風を相殺出来なくなり、避ける事もできず、強力な風に直撃し後方に大きく飛ばさせれ地面に転がされる。
拳銃も転がった勢いで稲葉の手から離れどこに行ったか分からない。
しかし、稲葉は立ち上がった。
ふらふらで震える体で立ち上がった。
どうやら頭を切ったらしく、頭部からの出血が見られた。
「あははははぁ‼︎」
的場井は笑いこける。
完全に自身の勝利を確信していたからだ。
「『セプター隊』の最下位が僕に刃向かうのがいけないんだよ‼︎。」
余裕の表情で稲葉を見下し、見降ろしていた。
それでも、稲葉は諦めなかった。
稲葉の能力『異質』の『火』で右手に火の玉を3つ発生させた。
そして、その3つの火の玉を操り的場井に向って投げつけた。
1つ目の火の玉は明後日の方向に飛び去ってしまう。
2つ目の火の玉は的場井に届く事なく墜落し火は消えた。
3つ目の火の玉は的場井に届きそうだったが、あと少しの所でズレて顔を掠めるようにして、奥の壁に激突し消滅した。
的場井は残念そうに溜息を吐く。
「せっかく僕がさっきの攻撃は一方的だったと思って、追撃しないで待っていたのに当たりもしないとはどういう事かな?」
的場井はほくそ笑んで、稲葉を小馬鹿にするように話し掛けた。
しかし、稲葉も笑っていた。
「今からお前の弱点を教えてやろう。」
追い詰められている筈の稲葉は突如として、的場井への挑発に出た。
「良いよ、言ってみなよ。」
的場井は稲葉の挑発を苦し紛れの狂言と思い、挑発に乗る事にした。
稲葉の出血は更に酷くなっていたが、笑みを絶やさなかった。
「まず、お前の能力『速度』は通過した物のスピードを変えられる『加速シールド』と『減速シールド』を発生させる能力。
だから、高い所から商店街を狙い撃ちし、対象になった建物は加速シールドで加速した空気が激突し破裂している様に見えた。
破裂した時、原因が見えなかったのも空気だったからだ。
そして、お前は俺の発砲に気付き、自分自身を『加速シールド』で加速し、空を飛んで俺を出し抜いたんだ。
流石に空を飛んでいるのは間近で見ないと信じられなかったがな。
だから、お前は『速度』で移動する為、普段は動きもしない。
現に廃工場内では『速度』での移動は使えない。
『加速シールド』を使ったら『減速シールド』を使う前に壁に激突してしまう。
最後に、『速度』のシールドは表も裏も無い事だ。
理由は俺が『減速シールド』に突撃しようとする前にそれは消えた。
お前が『加速シールド』で空気を加速させて攻撃する際に、『減速シールド』があると相殺されて漂うだけの空気に戻ってしまうからだ。
だから、消された『減速シールド』を対称に『菊たん3号』の発砲で表方向、『加速シールド』で攻撃しようとして裏方向、な裏表無いだろ?」
稲葉の挑発を聞き終え、的場井はやっぱりかと残念だとばかりに手を頭に当てた。
「やはり、時間の無駄だった様だね、無様だよ。」
「無駄?そんな事はないよ。
お前は動かないし、加速シールドに裏表もない。
もし、人が入ってしまっても死ぬ事は無いんだ。」
的場井が稲葉との言葉のやり取りにイライラし始める。
「だから何なんだ‼︎
言っている事は確かだが、それに何の意味があるんだ!」
「その言葉が欲しかったんだよ。」
稲葉の笑みに的場井はつい声を上げ怒鳴ってしまう。
先程までは自分が余裕の表情をしていたのに、稲葉の恐怖しない、怖気付かない表情が気に食わず不愉快で堪らなかった。
「意味はな、アドバイスしてるんだよ。小雪……、後は頼ん……だぞ、ってな……。」
稲葉はそのセリフを最後に気を失った。
頭部からの出血が原因の出血多量によるものだった。
ふらりと稲葉が倒れると同時に
「うわぁーーー‼︎」
北春が叫びながら、北春と的場井の間の数枚の『加速シールド』の1枚目に拳を振り下ろした。
ここで、ようやく的場井は理解した。
稲葉の挑発は時間稼ぎとアドバイス。
まず、1つ目の明後日の方向に飛んで行った火の玉が北春を拘束するロープを焼き切る為のもの。
その他の火の玉はフェイク。
そして、的場井に挑発する様に見せて、北春にアドバイスし、覚悟を付けさせていた。
稲葉は北春から的場井の能力『速度』を聞き、実際に闘って、北春と的場井の間に発生している数枚のシールドが『加速シールド』である事を推察していた。
当然、拘束した相手に防御の『減速シールド』を使う筈が無い。
北春が空気圧を『加速シールド』に当てて加速された空気は今の的場井の肉体では避けられない。
ならば、『加速シールド』を消滅させるしか無い。
しかし、加速した空気の速度が人間の反射神経の速度を上回った。
的場井は数枚の『加速シールド』で稲葉の時よりも加速した空気に直撃する。
「ぐぁぁぁっ!」
短い嗚咽と肋骨が折れる音が聞こえ、的場井は廃工場の壁まで吹き飛ばされ、気絶する。
「稲葉‼︎」
廃工場で1人残された北春は慌てて、稲葉の元に駆け寄った。
稲葉の口元に手を当てると息はあった。
「もおっ!バカァ〜ッ!」
急激に安堵に襲われてボロボロと涙がこぼれた。
結果的に北春は守られ守った形になったが、稲葉が居なければ、こうも上手くいかなかったと思う。
そして、私を稲葉が信頼してくれていた事が嬉しかった。
出会って2日目の相手にこんな気持ちになったのは始めてである。
その後、稲葉と的場井は『セプター局舎本部』へと、運送された。
稲葉は『医療室』へ。
的場井は『監獄牢』へ。
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稲葉は『セプター局舎本部』の『医療室』のベッドで目を覚ました。
体に痛みは感じず、怪我も無くなっている為、『実務長』の菊田の能力『治療』で治されたのだと、推察できた。
「ごめんなさい。」
ベッドの隣の椅子に北春は座っていた。
「私のせいで迷惑掛けました。」
北春は治るとはいえ、稲葉に怪我をさせた事を落ち込んでいた。
「問題無いよ。『バディ』なんだし。」
「『バディ』?」
「そう、『セプター隊』は2人1組で任務に当たるんだよ。
例えば、不条 晃と朝霧 栞。
仁科 絢兎と諸葉 燈火。
橘 花音と橘 詩音。
御影 涼、五十嵐 刹那、舞虎浜 姫子は例外だけど……。
それに約束しただろう?
絶対に小雪を死なせない。
必ず、守ってみせる!って。」
そこまで稲葉は頑張ってくれていて、北春は涙が溢れた。
稲葉は北春が突然泣き出した事により、あたふたとし始める。
「すまん、また何か悪い事を言ってしまっただろか?」
「ハズレ……。嬉しい涙だよ。」
泣きながら笑顔を稲葉に向ける。
「色々あったけど、結果的に何とかなって良かったって思ってるんだよ。
ありがとう守ってくれて。
これからも宜しくね。」
「あぁ、こちらこそ宜しくな。」
こうして、2人の危機一髪のデートは幕を閉じた。




