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星々の消えゆく世界  作者: 山吹 残夏
22/22

20話 望見

運命から逃れる事など不可避である。


もしも、この定義が存在するとするとしても証明する方法など、実在はしない。


運命という曖昧で姿形も実在しない表現上の言い表しに過ぎない言葉の実在を確かめることが既に不可能である。


であるならば、運命が存在していない時点で仮定は最早、成り立ってさえいない。


「運命を変えてみせる?」


変えられる運命が存在するのだろうか?


変えられている時点でそれは運命と呼ぶものだろうか?


はたまた、変わることさえ、変わった先さえも運命の範疇はんちゅうだろうか?


精密で緻密に組み合わさった歯車の1つを担うだけの存在ならば、どれだけ1つの歯車が頑張ろうと虚しいだけだ。


頑張って入れたひずみさえ、たった一度しかない運命通りの人生になんら支障をきたさない。


しかし、繰り返し使う度に歪みは大きくなり修正が効かなくなる。


万に一つもの可能性を信じるならば歪みを作り出そうと必死になっても良いかもしれない。


幾多もの歪みが重なれば、次第に大きなゆがみへと姿を変える。


そんな歪みの変化こそが運命の変化となるのかも知れない……。


「しかし、運命は揺るがない。」


全くの感情を伺わせない表現で独者どくしゃは豪勢かつ豪華な椅子の肘掛に肘をつきながら呟いた。


独者は『孤独な物語』の本を大きく音を立てて閉じた。


そして、退屈そうな溜息を漏らし、少し呆れるように持論を展開する。


「だいたい、可笑おかしいとも思うけどな。


運命を変える事が不可能と仮定しておきながら、運命は存在しないと否定して、もしかしたら運命を少しずつならば変えられるかもしれないだと⁉︎


結局、話が矛盾し過ぎていて何が言いたいのか、話の本幹が全く見えてこない。


だから、運命はよく分からない物って事だよ。」


そして、全てを見透かす様な目付きで『孤独な物語』の本を開いた。


「でも、特に気にする必要はないさ。


伏線のようにも思えるけれど、意味が分からないならば無意味だよ。


それにこの回のプロローグ的な役割でしかないから飛ばしたって支障もないよ。


つまり、これも意味ないプロローグってことっ!」


独者は楽しそうに語っている傍では鋭い目付きがあった。


アッスーは意味がないなら喋るなと刺々しいほど冷たい視線を独者に突き立てた。


その視線を肌で感じ取った独者は一瞬で凍りつく。


「ウ、うん……、ゴメンね。」


そして、独者は再び『孤独な物語』の本をゆっくり静かに閉じた。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



今日というイベントから名古屋駅は混みに混み合っていた。


これ程人口密度が高いと圧迫感が凄く直ちにこの場から立ち去りたい欲求に駆られる。


これだから人混みは嫌いなのだ。


そんな明確な不満を顔に出している『セプター局員』の男性はビル群から広がる青空を少し眺めた。



しっかりと『セプター局』の制服を着こなし、丹能にのう 真琴まとこはどことなくした立ち振る舞いで人通りの少ない駅のホームの端に立っていた。


丹能からすれば、『流星祭りゅうせいさい』で混み合っている名古屋駅に訪れる事以外にもう1つの不満を抱えていた。


それは本日、彼が非番の日であるにも関わらず、名古屋からの諸事情により急遽呼び出されたのである。


本来ならば、『セプター隊』の出迎えとして名古屋支部の『セプター局員』が来る予定だった筈なのに何故か連絡が取れないらしい。


しかも、肝心の『セプター隊』の2人は遅れているという。


その為、先に自分が1人で名古屋支部の状況把握を行い、その後『セプター隊』の案内をしなくてはならない。


そんな任務を命ぜられていた。


「これ程割りに合わない仕事は給料が良くなければ、速攻で辞めてやる、ブラックめ!」


『流星祭』当日の浮かれた雰囲気に紛れて負の感情がジワジワと滲み出ていた。


こんな幸せな日でさえ仕事で扱き使われるパシリ役とは、つくづく人生の負け組感や惨めさを痛感させられる。


「本当に、不……。」


「不幸だよなぁ〜。」


丹能の真後ろから耳元に生暖かく語り掛けるような男性の声で気持ち悪く呟かれた。


その呟きは耳元でなければ、単なる悲観している独り言に過ぎない。


「……っ⁉︎」


しかし、突然背中から背筋にかけて激痛と呼ぶに値する痛みが神経を刺激した。


ろくに声を上げることさえままならず、現状況を判断さえできていない。


何が自分の体を襲っているのかさえ分からないまま悶え苦しみ、言葉にならない呻き声を漏らす。


一瞬の出来事であるにも関わらず、長きに渡り苦しんだように感じられ、全身の力が抜けるような脱力感も感じられていた。


痛みが思考を押し潰し、身動きを取ることさえ許さない。


丹能は必死に首を捻らせて、事の現状を探ろうと行動する。


そこで漸く出血していることに気が付いた。


じわりじわりと鮮血が滲み、制服から滴り落ちる。


そして、ホームの端は丹能を中心とした血溜まりが形成されており、『セプター局員』の制服は仰々しい赤色に模様替えしており、背中から腰の中間に大型のサバイバルナイフが突き刺さっていることが手探りで理解出来た。


しかし、この状況を理解出来ても、この状況を打開する方法は見えてこない。


にも関わらず、呼吸は乱れ息を荒げる。


出血多量の所為か、頭に血が回らず思考が徐々に空白で塗り染め上げられていく。


丹能は助けを求め、フラつく足でどうにか歩みを進めようとした。


しかし、目の前にはいつの間にか行く手も阻むように立ちはだかる男性がいた。


その男性の右手は真っ赤な液体で染め上がっていた。


おそらく、自分の血液だろう。


笑みを浮かべ自分を見下すこの男の顔に見覚えがあった。


確か、数日前にビッグエッグ強奪未遂事件の共犯者の中核で、指名手配された似顔絵の男の顔によく似ている。


名前は、確か……、


宮林みやばやし じょう。」


ハッキリとその男の名前であろうと予想した名前を呟いた。


「あれぇ〜〜?


そんなにオレって、有名人ですかぁ。


でも、今のオレには関係ねー話だけどなぁ。


取り敢えず、さっさと死んじまえよぉ。」


公共の場で堂々と行われた事件の犯人は丹能の目の前で逃げる事なく、余裕そうにしていた。


「不幸なのは、こっちのセリフだぜぇ。


折角、準備を済ませたのに、丹能おまえみたいな邪魔が入るからオレが後始末しないといけねーだろうがぁ。」


瀕死の状態の丹能に対して、平然と愚痴を喋り始めた。


「こっちは怒られた上に、急いで出てきたから疲れたぁ。」


丹能には宮林が何を言っているか分からないほど、思考が停止していた。


しかし、本能が危険だと訴えかけていた。


だが、丹能には少しばかりの勝算があった。


幾らホームの端で事件が起こっているとしても、ここは名古屋駅。


更に、『流星祭』で人の賑わいは盛んだ。


そんな状態下で堂々とした犯行に及んでいる指名手配犯こいつの気が知れない。


どっちにしろ、目撃者か駅員が既に警察か『センター局』に連絡をしてくれている筈だ。


人口密度が極端に多くなる都心なら運が良ければ、強い能力者が私を救ってくれるかも知れない。


そして、完全に『流星教』もとい宮林はお終いだ。


そんな勝算を余韻に浸らせて、苦渋を噛み締めながらも敢えて宮林に笑い返した。


しかし、それにしても何故か周りが静けさに包まれていた。


都心の『流星祭』だけあって、賑やかな雰囲気に包まれてはいるものの、ホームの端を取り囲む雰囲気はまるでなかった。


すると、2人ので浴衣姿の少女達が丹能と宮林に近づいてきた。


たわいもない話で盛り上がり、祭に期待し胸躍らせるといった感じだった。


しかし、2人は丹能や宮林、この凄惨な状況に気を留めるどころか見向き1つしなかった。


そして、何事も無かったかのようにホームから去って行った。


「黙っててくれて、良かったよぉ。


もし、お前が声を上げてたら、あの2人もってたところだぁ。


それとも、声を出す力も残ってねぇのかぁ?」


宮林は右手を付着した血液を長い舌でベロベロと舐め始めた。


宮林の表情は今からデザートを食べる直前のような幸福感に包まれている。


一方、丹能は思考が停止している為、状況が理解出来ず、出血から意識さえも朦朧とし始めていた。


「どうだぁ?


便利だろう、オレの能力『映像ヴィジョン』はぁ?


少しは戦闘向きだろぅ。」


満面の笑みを浮かべ、一番お気に入りにの玩具を見せびらかすように自慢気な宮林は更に口元をひきつらせるくらい上げ、気持ちが悪い笑みになっていた。


歪みに歪みまくったその顔から舌舐めずりするように長い舌が顔を出す。


「???」


既に視界がボヤけ焦点も合わない丹能には宮林が何を言っているのか、何が目的だったかさえも分からなくなりつつあった。


少しずつ少しずつ段階を踏みながら進行する死の足音は丹能の間近に真後ろにまで迫っていた。


関節から力が抜け落ち、ガクッと膝をつく。


スロー再生されているかのような感覚に囚われながら、身体が冷たい血溜まりの地面に浸った。


そして、紅く染まり歪んだ視界から、ゆっくりと瞼が落ちて視界から光が閉ざされて行く。


「色々あって、オレも魅せられたんだぁ。


神の恩恵って、ヤツになぁ!」


しかし、宮林の決め台詞を丹能は聞くことはできなかった。


助けを呼ぶ事もできず、有力な情報を伝える事もできず、他の者に危険を促すこともできなかった。


丹能は出血多量で事切れていた。


「これでお終いなんて、ホント不幸だねぇ〜。


まるでモブキャラみたいだぁ。」


淡い程度の哀れみの言葉と供に宮林はうつ伏せで倒れている死体から自身のサバイバルナイフを抜き取った。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



「ふぁ〜〜ぁっ!」


北春きはたる 小雪こゆきは新幹線から軽やかなジャンプで降車すると同時に、少しばかり猫背だった背筋を反り返らんばかりに背伸びをし、喉からふにゃふにゃになるくらい気の抜けた幸せそうな欠伸あくびをした。


大きく開いた口は顎の限界と感じられる程で、目元からは少しばかり涙が顔を出していた。


「そこだと邪魔になるぞ。」


北春は新幹線のドアの目の前で伸びをしている為、降車する客、今で言うならば稲葉いなば 双熾そうしの降車の邪魔になっていた。


「そんな急かさないでよ〜〜。」


そう呟きながら北春は少しドアから距離を開けてから振り返った。


「稲葉もいつもより眠そうだよ?


我慢してないで欠伸でもすればいいのに。」


北春は稲葉を茶化すように小馬鹿にする。


「いつも通りだよ。」


ムキになったのか、稲葉は頑なに眠たそうであることを認めようとはしなかった。


そして、2人は近くの売店の壁際で一息付いていた。


「そう言えばさ、時間って大丈夫なの?


ただでさえギリギリの時間帯なんだから、ゆっくりもしてられないよね?」


「小雪がそれを言うのか……?」


「えっ⁉︎何っ‼︎


私が悪いって言うの?」


すると、稲葉は微笑みに近い苦笑で、


「いつもの小雪に似合ってないなと思っただけだ。


さっきのお返しだよ。」


「なによ、それ。」


北春もつい吹き出してクスクスと笑ってしまう。


そして、笑い続ける2人の姿はとても良いムードに包まれているようだった。


祭りの日にはとてもお似合いで、任務の事件にはとても不似合いな程に幸せそうだった。


「因みに、時間の話だが『セプター局員』が迎えに来てくれている筈だぞ。」


稲葉はそう言ってホームの周囲を見回した。


北春も稲葉に促され、自身のの周囲を見回した。


しかし、『流星祭』の賑わいの所為で多くの人混みの中から『セプター局員』を見つけ出すなのは困難を極めていた。


すると、駅全体に駅構内アナウンスが流れ始めた。


「只今をもちまして、原因不明のトラブルの発生により、東京ー大阪間の全線を運休とさせて頂きます。


復興の予定は未定でございます。


お客様には大変ご迷惑をお掛け致しますが、今しばらくお待ち下さい。


繰り返します……。」


そのアナウンスを耳にしたした人達の反応は様々だった。


不満を漏らす者、怒りを言葉にする者、無関心のその場を過ぎ去る者、不安に心が揺らぐ者、自分には関係ないと安堵する者。


そして、駅全体は祭りの賑わいとはまた別の盛り上がりのような混乱に包まれていた。


8月の最終日、全国的に人々が行き交う『流星祭』の当日に大々的な交通機関の1つが完全停止したのだから、それに対する被害は計り知れない。


「なんか、凄いことになってるね。」


若干、状況を飲み込めなていない北春は足が地につかない感想を述べた。


「だけど、ラッキーだよね?


私達、丁度名古屋に着いてから新幹線が止まった訳だから。」


「けれど、お陰様で『セプター局員』を余計探し難くなったけどな。」


好転的に状況を捉える北春と違い、稲葉はあくまでも冷静に状況を捉える。


現状、名古屋のホームは少しばかりのパニックになっていた。


人のゴタゴタや人混みの多さがホーム一帯を満たし、混乱の渦を巻き起こす。


そんな状況下で『セプター局員』との待ち合わせを果たすなど、とても不可能に近かった。


例え、電話や呼び出しを使ったとしても移動の自由さえままならない。


そんな諦めが北春を黙らせ、稲葉は嵐が過ぎ去ることを静かに待っているようだった。


「稲葉さんですか?」


北春の不意に人混みの中から突然声を掛けられ、北春は声の元を凝視する。


そして、少し間を置いて人混みの中から『セプター局員』の制服を着た好青年と印象の男性が姿を現した。


その男性は稲葉の返答を前に喋り始めた。


「いや〜、探しましたよぉ。


お2人とも到着出来ていたんですね。


遅れていると聞いていたので、もしかしたら辿り着けていないかもと思ってしまいました。」


そう言って、どうやら彼は私達のことを認識しているようだった。


「それはご心配をお掛けしました。


貴方は丹能にのうさんで間違いないですか?」


稲葉は謝罪の後に『セプター局員』の名前を確認する。


「おっと、申し遅れしました!


私は丹能にのう 真琴まこと、27歳です。」


丹能は一回りも年が上なのに不条ふじょう あきらと同じように、だが少し違った雰囲気で敬語使っていた。


「その、敬語なんて使わないでも良いんですよ。


私達まだ、高校生なので……。」


北春は気が引け、遠慮がちになりながらも指摘をした。


「いえいえ、『セプター隊』は私個人の憧れですので、こうさせて下さい。」


熱く強い眼差しで押し切られた北春はその後何も言うことができなかった。


「ずっと、自分達のことを探して下さっていたのですか?」


稲葉は特にブレることなく、会話を続けた。


「勿論です!名古屋駅に到着してからずっとこのホームでお2人の到着をお待ちしてましたよぉ。」


「そうですか……、ありがとうございます。」


稲葉は何か思うことがあったのだろうか、少し考え込むような顔つきになっていた。


まるで、何か腑に落ちない引っ掛かりがあったかのように。


「それでは時間も迫ってますので、『セプター局』名古屋支部にお連れ致します。」


そして、稲葉と北春は丹能の案内により『セプター局』名古屋支部へと向かった。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



『流星祭』は全国的に国際的に盛り上がりを見せており、その影響は交通機関にも多大なる影響をもたらしていた。


その為、道路等の主要交通は主たる幹線道路や特例の例外、車両使用を止むを得ない事情を除き全面封鎖で通行止めを敢行している。


「それでは『セプター局』名古屋支部へは歩きとなりますが、徒歩10分程度なので、ご安心下さい。」


爽やかに丹能はこちらを振り返り軽く一礼した。


現在、3人は名古屋駅から出た所にいた。


色々な人々が行き交う中で人波に揉みくちゃになりながら歩みを進める。


結局、予定の徒歩10分では辿り着かず、20分以上もかかってしまった。


その間、丹能が私達を心配する声掛けが幾度かあったのだが、稲葉はそれに一言も答えることがなかった。


その為、私が愛想よく振る舞う羽目になり、色々と気を遣わねばならず大変だった。


突然の人見知りだろうか、稲葉も困ったものである。


そうして、辿り着いた『セプター局』名古屋支部。


『流星教』の解体作戦についてはここで詳しく聞ける為、本格的な内容に関して私は一切の情報を持ち合わせていなかった。


「お2人とも、どうぞ正面玄関からお入り下さいぃ。」


丹能に促されるように前に進み、大きな自動ドアが開いた。


すると、中には玄関ホールを埋め尽すくらい多くの『セプター局員』が並び、まるで私達を出迎えるように整列していた。


この状況に困惑の表情を隠しきれない北春はワナワナと狼狽えていると、


「稲葉さん!北春さん!


お2人の訪れを長らくお待ちしていましたよぉ。」


そうって、前に出た丹能は天を仰ぐ様に両手を掲げた。


丹能の顔は晴れ晴れしいくらいの満面の笑みで満たされ、度が過ぎる程の幸福を感じていた。


「小雪、今すぐ逃げろ。」


「え?」


後ろから稲葉に呟かれ慌てて振り返ると、既に鋭い目付き拳銃を構え、丹能に照準を合わせていた。


「突然、どうなさったんですかぁ?


これは何の真似ですぅ?」


丹能は戯れてくる子供の相手をする様に気軽で、拳銃を向けられているのに一切の緊張感を感じさせなかった。


「茶番もいい加減にしろ。


お粗末な上に面白くもないぞ。」


一方の稲葉は冷たく尖った緊張感のある言葉を発した。


「えぇ?面白くないですかぁ?


それは残念ですけど、まだまだ余興は終わりませんから最後まで楽しんで逝って下さいぃ。」


丹能と稲葉の中間にいる北春は定番の如く話に置いていかれ、丹能から放たれる異様なオーラに怖気付き、ソソクサと稲葉の背後に回った。


「稲葉、えっと……今どういう状況?」


小声で稲葉に申し訳無さげに答えを求める。


「それじゃあ、1つずつネタばらしを始めよう。


まず、俺たちの目の前にいる奴は丹能 真琴ではない。」


「えぇ⁉︎そうなんですか?」


「第一、話し方の不自然さ異様だった。


如何にも繕っている感じた。


それに、丹能は俺たちの案内役の任務もあるが、もう1つ『セプター局』名古屋支部の現状把握の任務もあった筈だ。


それなのに駅でずっと俺たちを待っていたのはおかしい。


そして、一番確信を持てたのは血の臭いだ。


最初、駅や街中の人混みの中では薄れていたが、やはり臭いが此処までの道中ずっと離れなかったからな。


もしやと思ったんだ。」


稲葉の解説を聞いて北春も成る程と感心してしまった。


「確かに、此処言われてみたら結構臭いね。」


嫌悪したくなる臭いが鼻につき、顔を歪ませる。


「そんなにオレ匂ってますかぁ〜?


しっかり洗ったのにぃ。」


丹能は稲葉の解説を聞いて自分の腕や服を大袈裟に匂った。


「あぁ、洗ったくらいじゃあ取れなかったってことだろ。


こびりついた死臭はな。


特に此処は酷い。


何人殺したらこんな匂いになるんだよ!」


吐き捨てる様に言い放ち、怒気の混じった言葉を滲ませた。


「そんなの皆殺しに決まってんだろぉーーー!!」


丹能の興奮が最大限に高まり、声を張り上げた瞬間に事は起きた。


辺りの景色が一変した様に見えた。


いや、実際には姿を現した。


変わらなかった事があるといえば、稲葉がいることと現在地が『セプター局』名古屋支部であるという事だけである。


『セプター局』名古屋支部は都会とは不釣り合いな程荒廃し、私達を拍手で出迎えていた『セプター局員』は聖職者の様な装いの集団に変わり、今まで丹能 真琴だった人物は私が見たことない男性に変わっていた。


だが、稲葉は何の驚きも見せずに淡々とつぶやいた。


「宮林 丈、本人だな?」


研ぎ澄まされた刃を構えている様に稲葉に隙は無く、照準を合わせ構える拳銃の引き金を絞れば今すぐにでも弾丸が銃口から発射されるのに、それをせずに堪えている。


これが稲葉なりのこだわりだろうか。


「ご名答ぅ〜!


まぁ、故人丹能も俺の顔を見て名前を当てられちゃったから、顔バレは知ってたよぉ。」


宮林は自身が丹能ではないことを一切の出し惜しみすることなく明かした。


まるで、どうだっていいかの様に投げやりな種明かしだった。


「それでは皆様ぁ。


頭上をご覧くださぁ〜〜いぃ。」


宮林に促されるまま、私は無意識で反射的に首を後ろに傾け天井を眺めた。


「駄目だ!見るな小雪!」


咄嗟に稲葉は叫んでくれたが、すんでの所で遅くソレは北春の視界一面を覆い尽くした。


滴り落ちる赤黒い液体、漂い降りる生臭い悪臭。


天井からロープでぶら下がっている数多くのソレは力なく、ただ垂れ下がっている。


腐り果て、蛆虫が体内を貪り食べ、蝿が宙を舞う。


ソレが何であるかは明白なのに、ソレが何なのか分からなかった。


何故、今まで気が付かなかったのか不思議だった。


私は死に対してとても疎く所縁のない、未開の地に一歩だけ足を踏み込んでしまった様だった。


そこからは何故か視界を動かす事ができなかった。


顔を背ける事も目を閉じる事も、それならいっそ目をくり抜いたしまいたい程、悍ましく衝撃的な影響を与えていた。


初期微動の様に放心状態のまま、小刻みに揺れる事しかできていない私は何も非力だった。


「しっかりしろっ!


小雪!小雪!」


私の視界が馴れ親しんだ少年の顔で覆い尽くされた。


「ぁ……あぁ……。」


必死気な稲葉の表情を見て北春は少しずつ落ち着きを取り戻しつつあった。


稲葉は普段よりも冷静さを欠いていたが、それでも私に比べれば平然を保っている方だろう。


「時間が経つにつれて肉体は腐り果て、醜く朽ち果てて行くぅ。


つまり、死にたてホヤホヤが一番いぃ姿だと思うんだぁ。


だからよぉ〜、どっちが素晴らしいか見比べてみてくれよぉーー!!」


宮林は白目を剥き、だらしなく開いた口から唾液がほとばしる。


「逃げるぞ!今ずく!」


宮林と稲葉が喋ったのはほぼ同時だった。


そして、稲葉は北春の手首を強く握りしめ強引に引っ張って、後ろの出口目掛けて一目散に走り出した。


「痛っ。」


北春の声は完全に稲葉には届いていなかった。


それ程まで稲葉が必死だったのだろう。


しかし、逃げ出す私達に対して、宮林や聖職者の装いの集団は追いかける訳でもなく、ただ何かに祈りを捧げ呟くように唱えていた。


そして、宮林は満面の笑みを浮かべたまま、懐から何かのスイッチらしき小型の機械を取り出した。


そして、何の躊躇ためらいもなくそのスイッチのボタンに指を掛ける。


「えへッ……えへェェ〜〜ぇ!」


気の狂ったような声を発しながら、宮林は身体を捻らせる。


その瞬間の余韻に浸りながらジワジワと指を引き絞った。


少し息を荒げ、一直線に正面玄関だけを見つめながらただ走った。


やっと、外に出た!そう思った瞬間、一切の音が聞こえなくなった。


バタバタと走る足音も私の前で強く手を引く稲葉の声も呼吸を乱し荒げる私の息遣いさえも聞こえないと錯覚させる程大きい爆音が全ての音を遮ったのだ。


一瞬にして、視界が暗転し身体が宙を舞う浮遊感が私を襲い、今の状況がどうなっているのか分からなくなった。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



どのくらいの時間が経過したのだろうか?


つんざくような爆発音と何かが焦げたようなくさい慣れない臭気が鼻を刺激した。


次に北春が目を覚ました時、自身の身体はひび割れたアスファルトとコンクリートの瓦礫が飛び散る地面の上にうつ伏せて横たわっていた。


瞳に映る日差しは鋭く眩しい光に思え、ぼやける視界がチカチカして、とても目覚めが良いとは言えない。


そして、北春の目に一番に飛び込んだのは、先程まで私の手を引き走っていた稲葉の顔だった。


「えっ⁉︎」


顔の近さから驚きの声を上げてしまう。


「無事みたいでホッとしたよ……。」


稲葉は北春に覆い被さる形で平然と声を投げ掛ける。


しかし、直ぐに苦渋の表情を滲ませた。


「少し痛むだけさ。」


そう言って、稲葉と北春の顔の距離が遠去かり、フラつきながら立ち上がった。


北春は慌てて起き上がり、辺りを見回した。


けれど、見回さなくても既に分かっていたことだ。


稲葉は私の為に爆発で飛び掛ってきたコンクリートやアスファルトの破片から身を呈して守ってくれたのだ。


「小雪はそこでじっとしててくれ。


辺りを確認してくる。」


稲葉はそう言って、1人で前に突き進む。


私はまだ、ありがとうの一言すら言えていないのに。


そんな言葉を求めていない献身さに心細い悲しみを覚え、その一言を言いそびれた自分にひどく後悔した。


何故だか、稲葉が遠くへと消えて行ってしまいそうな気がしてならなかった。


北春の座るアスファルトの地面にはコンクリートの瓦礫や破片が散りばめられ、周囲は土煙が舞い上がっている。


稲葉の後を追うなら今しかない、そう決意する事に時間は掛からなかった。


稲葉を追う為に北春はゆっくりとたどたどしく立ち上がった。


稲葉の言いつけ破ることになるけれど、全てを守る義理もない。


彼は私を護ってくれたとはいえ、私だって忠犬などではないのだから。


しかし、そう言い切るには罪悪感が絡みつき、申し訳なささが思考をよぎる。


そして、稲葉を追ううちに頭上の土煙が晴れ始め、周囲の状態が少しだけ明らかとなる。


先程まで都会の街並みだった筈の名古屋の街は至る所で爆発が起きたと言い表すようにビルには大穴がそこらで口を開けていた。


どうやら、私たちを巻き込んだ爆発は数か所で同時に発生したようだった。


驚きの色を隠せないまま北春は一旦、稲葉に追いつく事に集中しするため、足元に注意を払い足早に瓦礫の中を進んだ。


瓦礫を少し乗り越えた先に立ち止まる稲葉の背中が見えて来た。


しかし、北春は稲葉の指示を無視した罪悪感で咄嗟に近くの瓦礫に身を隠しゆっくりと覗くように顔を出して様子を伺った。


すると、稲葉の前方の瓦礫の山の上に何食わぬ顔で座る男性の姿がそこにあった。


「ここら辺は煙たくて敵わないね、ゲホゲホ。」


男性はわざとらしく咳払いをし、顔の前の土煙を払う仕草をした。


「爆発した後、君達のために瓦礫の中を必死になってここまで来たんだよ。


もし、不発の爆弾とかが爆発するんじゃないかと想像すると、本当ヒヤヒヤだよね。」


まるで、私たちの空間と男性の空間が隔絶された別世界にいるのではないかと思わせる程の緊張感の差が生じていた。


この状況で土煙が収まらない中に入るのも異常ながら、軽々しく話ている状況も異様だった。


「お前が校倉あぜくら 八道やどうだな?」


稲葉の問いかけに対して、


「いかにも、『流星教』教祖、校倉 八道様で〜〜す。


本名ではないが、本名は覚えてない。」


校倉と名乗った男性は偽物くさい笑顔と振る舞いを見せる。


飄々としている為か、あからさまな程に異様さを土煙に負けず劣らず取り巻いていた。


しかし、校倉の話を聞いていると、この男性が本当に日本各地の『流星教』を束ねている教祖には思えないほど、掴み所がなく曖昧に感じていた。


「ははは、イイね、その面喰らった表情。


土煙であんまり見えないけど。


だいたいこんな奴が本当に教祖なのか?とか思ってるんでしょ?


普段から色々と自分の性格をモードとして切り替えるようにしているからね。


つまり、教祖モードとかもあれば、ノーマルモードもあったりして、自在に操れるだよね。


まあ、1人の性格が他の性格を演じているわけだから、多重人格っ訳じゃないぜ?」


思考を読まれ唖然とする北春に対して、稲葉は何かを堪え噛みしめるように無言でいた。


「因みに今は稲葉モード!!


こんな軽々しい掴み所の無いモードが稲葉は嫌いだからと、あの人からの御所望でね〜。


どうだい?御満足かな?」


「あの人が誰かは知らないが、姿を現したからには拘束させてもらう。」


稲葉は校倉に耳も貸さず、無駄の無い動きで拳銃を構え、照準を校倉に合わせる。


しかし、北春には稲葉が人の性格1つで動揺しているようには見えず、至っていつも通り見えた。


そう、今まで通り。


「そんなに焦らなくも逃げやしないよ、わざわざ来たくらいだかさ。


それにしても、見事計画的にみんな死んじゃったものだよね〜。


滑稽なくらい無様だよ。」


校倉は辺りを見渡し地に転がる亡骸を見下し捨て去るような細く冷たい目で言い放った。


「死者を冒涜するな!」


稲葉から一瞬ピリつくような刺激が走り、憤慨に顔色を少し歪ませ、怒気の声が木霊した。


「そんなに声を荒げちゃって、君らしくないよ。」


稲葉怒鳴り声を物ともせずに校倉は続ける。


「1つ提案なのだけど、『流星教』に入らないかい?


丁度、教徒達が沢山減ってこまってるんだ。」


校倉はニタニタとわざとらしく、稲葉を煽るような言い回しで挑発を重ねる。


「ふざけるな。」


稲葉は端的に言い放ち、拳銃を握る手に力が篭る。


「ごめん、ごめん。


でも、『流星教』も良い教えだよ。


この世界は皆に平等に与えられた『能力』を『皆無石かいむせき』なる悪魔の石がその力を封じてしまっている。


だからこそ、我々はその束縛を解き放つためならば、何をも惜しまずに尽力するのだよ。


我らが教えの神、現人神あらひとがみであられる月野 徹様の元に。」


校倉は満面の笑みを浮かべ、天を仰ぐように両腕を広げる。


「あの糞ジジイが、神だと⁉︎」


稲葉は怒りに混じり呆れの色を窺す声を漏らした。


一方の校倉は笑みが崩れ、興奮を露わにする。


「そうですとも!1番最初に魔の石の存在に気付き、その侵食を防ごうとしたが、愚か者どもの手によって蔓延してしまった。


それに『能力』の提唱者でもある!」


校倉はハアハアと声を荒げた事を自覚したのか、胸に手を当て深呼吸をして、息を整えた。


「己が欲に溺れる神を崇拝する気にはならないな。


もし、死んだ世界で会う機会があったら、自分の目で確かめて見るといい。」


稲葉は少し冷静さを取り戻したのか、校倉の戯言に乗るような言い回しをした。


しかし、校倉が一瞬だけ先程の満面の笑みとは違う嫌なニヤつき方に北春は背筋がゾッとした。


「では、君の言い分通りなら教徒こいつらは神の元にて、更に信仰を深めているだろう。


そこらで転がりながら。


アハハハハ!それにしも、これだけの血の量を見るのは3年ぶりになるのかな?」


その言葉を聞いた瞬間稲葉の顔が凍りつくように真っ青になった。


「……っ、どこで、そのこと……を⁉︎」


稲葉はカチカチと小刻みに歯を鳴らし、腕がブレて照準が合わなくなる。


寸前までの怒気が恐れに変わった気がした。


「君のその心の揺らぎを僕は今は大いに感じているよ。


辛いだろ?苦しいだろ?楽になりたいだろ?


だから、その『望み』を叶えてあげよう。」


そして、校倉は右手の手のひらを見せつけるように開いたかと思うと、その刹那眩い閃光が視界を白く染め上げた。


「きゃっ!」


突然のことから北春の驚きが広がり、眉間に力が入って目を開けない。


しかし、このまま目を瞑っている訳にもいかず、恐る恐る瞼を持ち上げた。


だが、北春の目に飛び込んできたのは先程までとほぼ変わらない光景だった。


ほぼ変わらない光景とは稲葉が構えていた拳銃が地面に転がり、力なく立ち竦む稲葉の姿がそこにあった。


「彼は最後まで君の存在に気付かなかったようだけど、どうして君はまだこちら側にいるのかな?」


校倉は稲葉ではなく、私に話し掛けているようだった。


「ど、どういうこと……ですか?」


北春は瓦礫の影から恐る恐る顔を出し、状況を伺った。


「そうか、何も起きていないという事か。


それなら、実感が湧かないよね。」


校倉は1人納得するようにウンウンと頷き、腕を組んだ。


「特別に説明してあげると、僕の能力は『望見のぞみ』。


相手が動揺している状態で僕の手の平から光を見せる事で、相手が望む幸せな世界を見せる事が出来る能力。


そして、次にこちら側に戻った時には僕の従順な奴隷へと早変わりって訳だよ。


相手を動揺させないといけないデメリットもあるけど、幻覚系の能力のように見せる事を『望見』が自動で見せてくれる上に、その後奴隷に出来る催眠効果が大きなメリットでもある。


だから、動揺して手の平の光を見たら術中に掛かる筈なんだよ?」


校倉は自問自答するような問い掛けで一拍、間を空けて話を再開する。


「手の平の光を見ても『望見』が発動していないとなると、君はあれだけの人の死を目の当たりにして一切動揺してないようだね。


稲葉のお供って聞いてたし、少し前まで普通の高校生だったんだよね?」


しかし、校倉は余興とばかりに笑みを吹き返し、


「まぁ、君は大人しく彼が帰ってくるのを待つと良いよ。


どうせ、無力で何も出来やしないだろうからさ。」


校倉に馬鹿にされ見下され、それでも北春は反論する事も何かを行動に移す事も出来ずにいた。


私は無力で何も出来ない事には違いないから。


この状況の末を見守る中で私に出来るとすれば、『幸運』が訪れる事をただ祈るのみだった。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



離れたビルの屋上からこの状況を見下ろす人影があった。


双眼鏡も使わずに全てを見通しているかのように、微笑する灰色の髪の少女、狭間はざま乖離かいり


「北春はよっぽどのサイコパスだね。


本性が狂ってるてて猫を被っているだけなのか?過去に何か抱えているのか?いなばんに狂わされたのか?


私はどちらかと言うと、最後かな。


もちろん、狂ってる自覚はあるけどね。」


狭間は無意識のように出た独り言に、再び微笑し結末を楽しみにするように望観を続けていた。




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