19話 各々、各地へ
夏は終わりに差し掛かる8月最後の週始め。
暦の上の季節では立秋をとうの昔に過ぎ去り、処暑といったところだろう。
北春 小雪はガラス越しに窓の外を見ると、煌々と突き刺すような太陽の日差しに一瞬目を細め歩みを止める。
外は昼下がりという時間帯の所為か未だに炎天下の真っ只中、本日私は『セプター局舎本部』から出ていない為、強烈な紫外線から肌を守る事には成功している。
というか、私の夏休みの後半は格別に室内で過ごしていた日々が多かったと思う。
別段、それにも理由が存在する。
もしも、その理由を他の人に分かりやすく説明をするのならば、至って簡単に説明出来る自信がある。
学校の夏休みの宿題が終わらなかった!この一言に尽きる。
勿論、文章が過去形であるのだから宿題は一応身を粉にするような思いで頑張って終わらせた……筈。
取り敢えず、宿題は終わらせた〜(星河 蒼維ちゃんの協力を存分に求めた)とはいえ、まだ夏休みを終えるには大きな課題が残されていた。
『流星教』の解体作戦である。
北春のこれまでの『セプター隊』の任務はドッキリのような一発本番だった為に、心の準備をする時間があるならあるで、やはり不安になって落ち着かない。
しかも、事もあろうに私の『バディ』(仕事上)の稲葉 双熾が『流星教』解体作戦の作戦会議以降、音沙汰無しを一貫として貫いている。
いつもなら何かと私を構いに来るところだろうが、稲葉が静かなら静かで物足りなく感じてしまっているおかしな私がいる。
私って、少し面倒になってるかな?
そして、この頃稲葉がどうしてるか情報を得るべく『セプター隊』のみんなに聴取した結果、誰も稲葉を見ていないという全会一致の答えが返ってきた。
つまり、あくまでも想像の域を出ないとはいえ、稲葉は『宿泊室』を出ていない。
または、人目を避けた行動をしている可能性が見えて来る。
私は探偵じみた推理に少しの満足感を覚えたものの、実質何も解決していない事に気が付いた。
もしも、稲葉についての不穏な行動があったとすれば、『流星教』の解体作戦の作戦会議から体調不良だった事くらいしか、目ぼしい目当ての内容が思い付かなかった。
だが、稲葉のくせに体調不良とかふざけるなよ!と、タチの悪いヤクザみたいな事が言いたい訳ではなく、稲葉が体調不良だった事を隠していた事が気になるのだ。
稲葉のあの感じだと、作戦会議後も恐らく体調不良を誰かに打ち明けたり診察を受けたようには思えない。
稲葉の性格を何となく鑑みれば、容易にその想定が推察できる。
もしかしたら、体調不良が悪化して自室で倒れているかもしれない、のたれ死んでいるかもしれない……。
「……な、訳ないよねっ。」
私は冗談じみた推察と推理を頭の中で長々と広大に繰り広げたものの、結局伏線のような台詞を吐くに留まり、それ以降の進展が特にある訳でもなく目的地に到着した。
しかし、北春の簡単な予測は案外的を得ていた事にこの後直ぐに気付く事になる。
北春の目的地は稲葉の『宿泊室』。
理由は稲葉が自室に籠もっているだろうなと思い、単純に訪ねてみる事にした。
電話やメール等で所在を確認出来れば楽だったが、先程も申した通り連絡ツールの全てを含み、音沙汰無しの状態に陥っている。
最終的には直接訪れるのが、一番手っ取り早いというものだ。
人は困難な状況に追い込まれた時こそ、原始的な選択肢しか残っていないものだ。
それに私自身、稲葉に直接会って話しておきたいと思っていた、相談したい事もあるし。
さて、取り敢えず前置きはさて置き、善は急げで思い立ったら吉日。
稲葉が現在、どこにいるかは分からないのだから着々と可能性の選択肢を1つずつ潰して行こう。
私は稲葉と違って頭が切れて素早く解決が出来ない。
だから、私が出来るとしたら精々鈍臭くもゆっくり確実なローラー作戦を決行する事が関の山である。
ではまず、ローラー作戦の第一歩として北春は稲葉の『宿泊室』のインターホンを鳴らした。
「ぴーんぽーん!」
北春は可愛らしい声でインターホンのピーンポーンという音にシンクロさせる形で呟いた。
いつもの恒例の癖。
本当に無意味。
しかし、難あるところは自覚出来ても抑制出来ないところにある……。
インターホンの音が『宿泊室』に反響していくことがドアの前で耳をすませていた北春に微かに届いた。
しかし、部屋の中からは返事の声はおろか物音1つ聞き取れない。
稲葉に限って居留守という線もないだろう。(私は以前、居留守を使おうとした事があるが)
おそらく、稲葉は留守だろう。
何となく察しはついていたが、ローラー作戦の第一歩から見事的中‼︎などとそんな上手い話はない。
さて、気を取り直して次に行くかと、北春が気を引き締めた刹那、稲葉の『宿泊室』内からゴトゴトッ!と何か重い物が落ちたような音が聞こえた。
北春が一瞬の出来事に疑問を抱き考え込んでいると、凄くゆっくりとドアの鍵の解除音が響いた。
「え?」
北春は少し唖然とし、ドアノブを凝視していると小さなドアの開閉音と共にゆっくりとドアが開いた。
中からはだらしない格好に眠気まなこで少しの寝癖のある稲葉が登場した。
「ん……?北春か。」
稲葉はどうやらドアスコープから訪問者が誰であるか確認さえ行わずに出て来たようだ。
無用心だと思ったが、『セプター局舎本部』には大体不審者など入ってこれないだろう。
「うっ……ぅぅ……、耳鳴りがする……。」
稲葉は私に話し掛けたというよりは独り言を呟き、一瞬身体のバランスを崩し掛けるが、直ちに持ち直した。
「稲葉さ、そんな調子で大丈夫なの?」
北春は少し拍子抜けするくらい微妙な感情で稲葉の体調の安否を心配する声を掛けた。
しかし、稲葉の体調を心配していたというよりはローラー作戦に踏み込んだ意気込みの北春がその第一歩で終わったのだから、稲葉を見つけた感動や体調不良を心配する人としての心が一瞬抜け落ちてしまう事は至って仕方がない事だ。
そして、この感じだと作戦会議以降から継続して体調不良なんだろうなという冗談じみた推理が案外的中しているのではないだろうかと思い始めていた。
存外に私は稲葉の体調不良を軽視している。
すると、不意にあれ?と不思議に疑問が私の中に浮かび上がった。
さっき稲葉は私を認識した時に私の事を北春って呼んだ気がした。
別に私は北春 小雪なのだから呼ばれ方について文句がある訳でもない。
まして、言うなら北春と呼ばれることの方がしっくり来る。
結局、何が言いたいかと言うと稲葉はいつも私の事を小雪と呼ぶのに何故今は北春と呼んだのだろうか?という違和感に一瞬だけ苛まれたのだ。
案外、人は切羽詰まるとその人の本性、素の一面を垣間見る事になる。
だが、特に北春が稲葉に何か聞き返す訳でもなく、ましてや流石に少し自意識過剰気味に思い、恥ずかしいなと思った。
取り敢えず、私の私情は別として話を先に進めるとしよう。
「今日は少し話があるんだけど少しだけ時間大丈夫?
そ、その体調とか。」
私にしては意外と遠慮なくズカズカと踏み込んでいるなと思う。
まぁ、普段からの稲葉はこんな感じだ。
「大丈夫だよ、立ち話も何だから中に入るか?
それとも場所変えるか?」
稲葉は先程バランスを崩し掛けて以降、平然としているように見える。
「それじゃあ、お邪魔しても良いですか?
稲葉の体調面も心配なので……。」
「気遣いありがと。」
稲葉は素っ気なくガサツな感謝の言葉を述べ、北春を自室に招き入れた。
「お邪魔しまーす……。」
私は同い年の男子の部屋に入るなど始めてだったため、少し気構えた。
稲葉の『宿泊室』内は私の『宿泊室』と同じ構造で『セプター局舎本部』の『宿泊室』は全て同じなのだろうと思う。
そして、稲葉の寝室兼リビングに通された。
稲葉のだらしない格好に対して部屋は私の予想に反して、そこまで散らかってはいなかった。
そして、私は品定めするように部屋を見回すと、稲葉が立て掛けてある写真を見えないように伏せる姿が一瞬目に止まった。
そして、伏せられる写真は灰色の髪の女の子、藍色の髪で眼鏡を掛けた男の子、そして稲葉らしき黒色の髪の男の子の3人が映る姿が見えた気がした。
私が突然、稲葉の部屋を訪れてしまい、稲葉の準備が何も整わないまま部屋に入ってしまい、その後敢えて写真を伏せているのだから見せたくない事なのだろうと察しがつき、深く詮索する事なく見て見ぬふりをした。
勿論、稲葉の知り合いなのだろうから他の2人に見覚えはなかった。
「その辺の椅子にでも座ってよ。」
稲葉は少しの間、部屋の整理を行うと先程まで寝ていたであろうベットに腰を下ろした。
北春も周囲を少し確認して案内された椅子に軽く腰掛けた。
北春と稲葉は向かい合う形で座り、しばしの間沈黙が空間を支配していた。
そして、その支配を最初に奪ったのは稲葉だった。
「……それで、わざわざ俺の所に会いに来てるって事は何かあったの?
それとも俺の顔が見たかったとか?あはは。」
稲葉はとてもガサツな冗談と共に乾いた笑顔で苦笑した。
北春としては何とも言えない表情を作らざる得なかった。
「私は何回も電話とかで連絡を取ろうとしてたんだけど、稲葉は知ってた?」
「えっ?」
稲葉は一瞬不思議そうな顔を浮かべ、急に思い出したように口から声を漏らした。
そして、直ぐ傍にあるの自身のスマートフォンに手を伸ばし中身を確認した。
「本当だ……、何で気付かなかったのかな?」
血の気のない苦笑いをわざとらしく浮かべている稲葉からはいつもの余裕な雰囲気を微塵も感じることが出来なかった。
「やっぱり体調、改善してないんですか?」
北春はここぞとばかりに核心に迫った。
「……、バレちゃった?」
私からすれば、かなりバレバレな演技だった気もした。
根本的には出会い頭からその兆候が見れていたが。
「実はさ……、あれからずっと頭痛が痛い、いや頭痛が酷くてさ。
自己管理は出来てるつもりだし自分でも頑張ってたけど、着信音さえ聞こえてないとは……、重症かも?」
「だから、言ったんですよ!菊田『実務長』に診てもらえば良かったのに!」
「菊田『実務長』に負担を掛ける訳にもいかないだ。
あの人も色々大変で忙しいから。」
「そうやって気を遣って稲葉が体調を崩していたら元も子もないでしょ⁉︎」
平然と語る稲葉は頭痛から一瞬痛みを押し殺す苦痛の表情を浮かべており、そんな稲葉を見ているとなんとも居た堪れない。
そして、そんな稲葉を馬鹿馬鹿しく思えてしまう。
「でも、絶対『流星祭』までには治すから。」
「それって、作戦当日だよ?分かってる?」
「重々承知の上だよ。
で、小雪は俺の安否確認に来た訳じゃないだろ?」
稲葉の体調は絶不調中であるにも関わらず、北春の図星を突いたため、北春は言葉を詰まらせた。
幾ら体調不良とはいえ、その辺は未だ健在のようだ。
「『流星教』の解体作戦のついての相談なんだけど……。」
「うん。」
「私としても今頃の話になるけど、的場井 功の事件の時に私の武器が無いって話したじゃない?
それから、偶発的に事件に巻き込まれて有耶無耶になってたと思うの。
私って能力は使えないし、ましてや発現してるかさえ謎だけど……、それに武器もないから完全に稲葉の足手まといみたいで釈然としないから。
稲葉と対等とまでは言わないけど、サポート出来るくらいの力を手に入れたい。
だから、単刀直入に言うと私にも武器が欲しいの!!」
北春は稲葉に抱き抱えていた胸の内を明かしていた。
武器を手に入れる口実としての前置きを話しているつもりがいつの間にかそんな小っ恥ずかしい事を言っているとは思いもよらなかった。
「なんだ、そんな話か。」
「ちょっ、私は真剣に……。」
北春の真剣な申し出に稲葉はあっさりと拍子抜けした対応に少し感情的になってしまった。
「分かった、後で菊田『実務長』に取り合ってみるよ。」
そして、稲葉はあっさりと拍子抜けするくらい簡単に了解を出した。
「……。」
北春は突然の事態に感情の行き場に困り口を噤んでしまう。
「心配そうな顔をしなくても大丈夫だよ。
どんな武器かは別として、作戦当日までには手配するから安心して。」
予想外なくらい順調に北春の思い通りに話が進む為、内心驚きが隠せない。
逆に何かしら他の企みがあるのではないか?疑りの目で見てしまいそうだ。
「他には何かある?」
「あ……え?」
突然話し掛けられた訳でもないのに驚いてしまう。
「あー……、もう十分。」
頭の整理がある程度落ち着き、稲葉が他に私の要件の存在の有無を確認している事なのだろうと理解した。
「私の要件は済んだかな。」
「……。」
稲葉は何も言うことなく、ただ一点を凝視しているようにも見えたが、心ここに在らずといった感じだった。
本格的に弱っている稲葉は少し珍しく思え、やっぱり同じ人間なんだなと痛感する。
そして、話の区切りが付いた為、今が良い帰り時だった。
「稲葉もゆっくり休んでね、お大事に……。」
北春は今後の稲葉が心配にも感じたが、一応の無事を確認できた為が、菊田『実務長』の診察を拒むので、自身の体調管理は本人に任せる事として、稲葉の『宿泊室』を後にした。
「…………ぁ。」
北春が帰った事をドアの開閉音で確認した稲葉は吐息が掠れるような声を漏らし、力なく崩れ落ちるようにベッドへと倒れ込んだ。
脱力感、倦怠感が身体を蝕み、頭痛がここぞとばかりに押し寄せる。
北春の前で少し平然風を装うだけで、既に稲葉には限界が訪れていた。
今の自分には何も出来ない、何も考えられないと直感がそう言っていた。
そして、少しずつ視界が狭くなり眠るように意識を失った。
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8月31日、『流星祭』当日。
『流星教』の解体作戦、決行日。
数週間前から大体的な宣伝や雰囲気作りも盛大なものだったが、やはり当日となれば勢いも桁違いだ。
『流星祭』のデコレーションは街中の全体、駅の中さえも広大に呑み込んでいる。
日本、世界で『流星』が起きた日を祝う『流星祭』で一色になっていた。
蒼維ちゃんにも稲葉と3人で『流星祭』に遊びに行こうと誘われたが、解体作戦もあり断らざる得なかった。
そんな心残りを胸に残す北春の隣に『流星祭』の誘惑に一切動じない人物が1人。
「私達が出発するの一番最後なんだよね?
こんなにゆっくりしてて大丈夫なの?」
北春は少しの焦りと緊張から小さい所にも不安を露わにしてしまう。
現在、北春と稲葉は東京駅の待機所で名古屋駅に向けて乗る新幹線の到着を待っていた。
「急いでも新幹線のダイヤは変わらないよ。
それに、あと少しで出発だから。」
北春と対照的に稲葉はいつも通り余裕な雰囲気を醸し出している。
この様子だと聞かなくても体調は治ったようだった。
「それにしても、どうして私達だけ遅くなったの?
他の『セプター隊』のみんなは数日前くらいに出発してたよね?」
「その事か……。」
すると、稲葉は急に歯切れの悪い返答し言葉を詰まられていた。
「実は……北春に武器を手配するって話。
結構、急ピッチで進めたけど時間的に厳しくなってな。
まぁ、約束を反故にする訳にもいかず、少し時間が押しただけだな。」
実に申し訳なさそうに話す稲葉だったが、裏を返せば私にも責任があるかのようだった。
だって、私が今頃武器が欲しいと要望した訳だし、タイミングも『流星教』の解体作戦の少し前。
もしかしたら、稲葉の体調不良も相まって……。
と、北春が思い詰めた表情で黙り込んでいる事に察しがついたのか稲葉は
「別に小雪が悪いとかそういう事は一切関係ないよ。
それに、時間も間に合ってるから大丈夫!」
と、補足の言葉を付け足した。
「そう言えば、今のうちに渡して置かないとな。」
話の流れ上、丁度良かったのか稲葉は鞄からゴソゴソと何か取り出し、それを北春の前に差し出した。
「これ、金槌?」
稲葉が差し出したのは重たいイメージのある金属製の頭に少し短めの柄、そして柄の中央には『セプター局』の印字がしてあり一見して金槌のようだった。
北春は稲葉から差し出された金槌を見ても未だ状況を掴めずにいた。
「これは金槌じゃなくて小槌だよ。
ほら、柄が少し短いだろ?」
と、稲葉が微妙な訂正をしたところでこの状況は打開出来ない。
ましてや、小槌と金槌の違いなどこの際どうでもいい。
「えっと、つまりこの金、小槌は何なの?」
この状況を未だ飲み込めていない北春の想像力が乏しいのか、当たり前の風貌を見せる稲葉の発想がズバ抜けているかは定かではない。
ただ、北春の想定を凌駕していたことは間違いない。
「何って、小雪がご所望の武器だよ。
何で小槌になったかというと、護身用とはいえ刃物は加減が難しくて危険だろ?飛び道具系も慣れてないと上手に扱えないし事故も起きやすい、スタンガンとかは能力の相性があるから危ういし……と、色々考慮した結果、小雪が全力を出しても相手を殺傷しない程度である小槌になったんだ。
しかも、小槌の頭は『皆無石』だから『皆無石』の効果がある能力者には有効だろ?」
長々とした稲葉の配慮を聞いても納得出来ない私がいた。
私の想像としては稲葉の言う所の飛び道具を想像していた。
飛び道具ならば、何も出来ない私が相手とある程度の間隔を空けることができ安全性が高いと思っていたからだ。
しかし、小槌だと使い勝手でいえば柄が少し短いこともあり超近距離での使用が確定する。
例え小槌を投げたとしてもその一回で終わり、使い捨てのようになってしまう。
しかも、超近距離となると死ぬ気の特攻か背後から隙を突くくらいしか出番が思い浮かばない。
そして、そのどちらもが私には持ち合わせていない技術だと既に認識している。
つまり、この小槌は私の護身用や稲葉のサポートとしての武器ではなく、私の精神的な安定剤くらいの役割しか担っていないことが分かる。
「まぁ、色々言葉を並べてはみたけど、今回はこの辺の武器で我慢しておいてもらえないかな?
必ずしも武器が必要になるとは限らないし、武器にも使い勝手の相性がある。」
「それでも、いざ必要になってからだと、手遅れになるし……。」
北春の口から出た言葉が詰まり呆然とする。
そして、稲葉の目力に雰囲気に気圧されていた事に気付いた。
結局、私は稲葉に押し負けたのだ。
私は稲葉の為を思っているつもりで、稲葉は私の為を思っていた。
「分かったよ、でも、無理や無茶はしないでね。」
そう言って、北春は潔く稲葉から差し出された小槌を受け取った。
「意外と小槌が使い易くてベストマッチングかもしれないぞ?」
「意外の時点で使い難いから。」
稲葉の安い冗談をサラリと流す北春は先程まで気を張り詰めていた所為か、気が緩みクスクスと笑ってしまった。
「小雪、お願いがあるだが頼めないか?」
「何?いきなり藪から棒に。」
「菊田『実務長』に電話する事をすっかり忘れてて、今から電話掛けないといけないけど、その間に飲み物買ってきてくれないか?」
稲葉は腰を低く振る舞い、自分の財布を渡してきた。
「俺は珈琲、微糖で。
小雪にも好きなジュース奢るからさ。
ね?お願い!」
そう言って必死そうに拝み出した稲葉に押され、ほぼ有無を言わさない状況で北春は了承した。
そして、待機所から少し出て歩いた先に運良く飲料水の自動販売機を発見した。
少し出ているため、稲葉の姿は見えない程度の距離は離れていた。
私は自動販売機の商品の品揃えを確かめると、人通りのある通路だからか売れ行きが良く、半分くらいの商品が売切れの赤いランプが発光していた。
そして、稲葉の要望通り微糖の缶珈琲を探すと一番下の段の隅に発見した。
テンポ良く稲葉の財布から小銭を取り出し自動販売機に投入する。
すると商品のボタンが発光し、私は微糖の缶珈琲のボタンに指を伸ばした。
そして、ボタンを押すと同時に聞き慣れた落下音とともに缶珈琲が出てきた。
北春は缶珈琲を手に取ると次は自分の飲み物を何にしようかなと全体を見通して品定めを始める。
すると、先程買った微糖の缶珈琲が売切れになってしまっていた。
どうやら最後の1本だったようだ。
ギリギリのラス1を手に出来たから良かったものの、もしも売切れていたら既にブラックの珈琲は売切れで他の品揃えも悪く、残っている珈琲といえば甘々ミルクコーヒーくらいしか選択肢がなかった。
危ういところだった。
しかも、甘々ミルクコーヒーのミルクと珈琲の割合は少ない100:1と宣伝文句を謳っているが最早それは珈琲などという代物では無い。
北春は少し冷や冷やと危機を噛みしめていると、
「早くしてくれませんか?」
と、北春の後ろに並んでいた人に遅いと急かされてしまい、北春は慌ててパックのいちごオレを購入した。
そして、そそくさと稲葉の元に帰ると、稲葉は丁度スマートフォンを耳から離したところだった。
「買って来たよ、はい珈琲。」
北春は稲葉の後ろから声を掛け、微糖の缶珈琲と稲葉の財布を差し出した。
稲葉は振り向きざまに北春を認識し、スマホをポケットにしまった。
そして、空いた両手で缶珈琲と財布を受け取り、近くの椅子に腰を下ろした。
「ありがと、助かったよ。」
稲葉の短い謝辞を聞いた北春も稲葉の真横に腰を下ろした。
稲葉は缶の栓を開け、北春はパックにストロー突き刺す。
そして、2人同時にゆっくりと落ち着いて一服をしようとした瞬間、待機所に設置されている掛け時計が目に映った。
「稲葉、新幹線の発車時間って、もしかして残り1分だったりする?」
「大丈夫、ホームまで走れば間に合う……。」
そして、北春と稲葉の2人はゆっくりとした一服を亡き者として走り出した。
周りの迷惑を考えれば申し訳ないものの、今はそんな心の余裕など持ち合わせる暇など微塵も存在し得なかった。
珈琲といちごオレを椅子に置き去りにするという犠牲を払い、繋いだギリギリの時間で何とか発車直前の新幹線に乗車した。
勿論、駆け込み乗車であることは言うまでも無い。
そして、ギリギリ危うくあったものの何事もなく出発する。
策略の犇めく分岐路へと……。
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同日同時刻、宮城県、仙台市。
「みんな、大丈夫かな……。」
朝霧 栞は身の内に秘めた想いを口に出して呟いていた。
そして、その想いは自分自身の写し鏡のように問いかけてくる。
自分で決めた事にも関わらず、荷の重過ぎる重圧に今にも耐え切れず、押し潰されてしまいそうである。
その決意には揺らぎが生じていた。
「栞は自分の事だけを考えていれば良いんですよ。」
すると、朝霧の隣にいた不条 晃が身を案じてか優しく声を掛けた。
「…………。」
しかし、私は何も応えない、応えられない。
自分の意思が揺らいでしまっている、その葛藤の最中なのだから。
「みんなも手一杯でいつも自分と戦っています。
苦しくても辛くても諦める事なく戦っています。
だから、1人で背追い込む必要はありません。
いつでも頼ってくれて良いんですよ。
私も栞に頼られると嬉しいんですよ。」
そして、朝霧を安心させるように微笑んだ。
「頼るよ……いつもいつも頼りにしてる……。
でも、晃も頼って欲しい……の。」
朝霧は恥ずかしそうに言葉を詰まらせながら想いを告げた。
「ええ、そうですね。」
不条は再び優しく微笑んだ。
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同日同時刻、大阪府、大阪市。
「作戦終わったね〜〜!」
諸葉 燈火は晴々しく髪をかき上げ後ろ手に腕を組んだ。
「俺は殆ど何もやってないがな。」
仁科 絢兎は存外に素っ気なさそうに短く呟いた。
現在2人は『セプター隊』の中でいち早く『流星教』大阪支部の解体作戦を終了させていた。
「絢兎は根本的に戦闘向けじゃないんだから私の後ろで隠れてて良いんだよ。」
「その言い方、癪に触るな。」
諸葉の挑発を不快に思えた仁科は眉間に皺を寄せ、一瞬だけ諸葉を睨みつけた。
諸葉は仁科を諭すように、
「まぁまぁ、私が有能なのは事実だから。
それに、『セプター隊』が相手にする敵は強い能力者ばかりだから、絢兎の能力が薄れて見えるのは至極当然なことなんだよ。
私も強い相手とは戦って見たいと思うよ、『魔女』は勘弁だけどさ。」
と、笑い飛ばしてみせた。
「それはさて置き、大阪支部はハズレだったな。
拍子抜けするくらいあっさりと片付いたし、校倉 八道が逃亡どころか、居た形跡さえ見つからなかった。
詳しい事は信者に尋問すれば分かるがな。」
仁科は話を切り返し、任務の情報分析を語った。
「じゃあ、気を取り直して次に行こう!」
諸葉は元気よく仁科に呼び掛けた。
「あぁ、仕事終わりに待ちわびたアニメショップ大阪店へいざ参る!!」
仁科は意気込みを同調させ、勢い立つ。
「へ?そんな私の興味ない所になんか行かないよ。
それよりも一緒に遊覧飛行で良い所に行こう!」
諸葉によって仁科の希望は拒絶される。
「嫌だ嫌だ!俺は自身の使命を遂行せねばならぬのだ!」
仁科はまるで駄々をこねる小学生のみっともなくごね始める。
「絢兎ったら〜、照れちゃって。
でも私に力や能力で勝てない絢兎を捕まえるのは簡単なんだよ。」
諸葉は幼さを見せる仁科に母性心をくすぐられながらも、一切の容赦を見せることがなかった。
そして、諸葉の至近距離にいた仁科は能力を使う暇もなく捕獲された。
しかしもしも、仁科の能力『幻覚』を使い自信の姿や音を晦ましていたとしても、諸葉の能力『圧力』で周囲一帯を搦め捕れば、網に掛かった魚のように簡単に捕まっていただろう。
そして、仁科は手足をばたつかせ必死の抵抗を見せるものの、諸葉によって腰から抱え上げられる。
「絢兎たっら、そんなに暴れると落ちるよ〜。」
そして、抱きかかえられた仁科ごと諸葉は『圧力』で浮かび上がる。
一定の高さまで浮上した諸葉は仁科の意思を御構い無しに自身の目的地へと飛び去った。
「助けてぇ〜〜……。」
仁科の断末魔のような叫び声が都会のビル群に響き渡り反響する。
そして、虚しくも切ない想いは淡い響きを残し成就する事なく消え去った。
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同日同時刻、福岡県、福岡市。
見知らぬ土地、未開の地、異国、別世界、のようにまるで1人だけ迷い込んだような孤立を御影 涼は感じていた。
福岡に来ることが初めてでもないにも関わらず、オドオドとした怯えを隠しきれずにいた。
周りには御影の他にも数多くの『セプター局員』に囲まれている。
しかし、誰とも言葉を交わすこともなく、俯向くように己の殻に閉じ籠る。
誰からの刺激も受け付けない。
それはまるで自身の能力『反射』のようである。
だが、そんな硬く閉じ籠り何人も寄せ付けない殻に一筋の光が射していた。
その光は北春の言葉だった。
御影は家柄もあり、自分に強く物申してくれる人など存在し得なかった。
そんなたわいもない日常の一言が一生を変える程の力を発揮する。
そう自分に言い聞かせるだけで力が湧いてきた気がした。
そして、御影は小さくとも着実な一歩を踏み出した。
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同日同時刻、東京都。
イライラとしたピリピリとした怒気のような雰囲気がまるで滞留しているかのように漂っていた。
威圧的な圧迫感は明確に居づらく居心地の良いものではない。
その中心であり元凶であるのは今から『流星教』本部の解体作戦に挑む緊張感などではなく、舞虎浜 姫子の存在による萎縮からだった。
しかし、当の本人はそれどころか『流星教』本部の解体作戦さえ、眼中になかった。
むすっとした表情を見せるものの不機嫌というよりは考え事をしていたに近かった。
それは稲葉について腑に落ちない事が数多く存在していたからだ。
最初の稲葉の印象は私の次に『セプター局』に入り、弱い能力の分際で任務を多く解決し、私の暇潰しになる程度のだった。
そして、何故か今頃になって北春という新人と『バディ』を組み始め、その北春を襲撃するとやけに本気の闘いになって楽しめた。
しかし、私を足止めし逃げ果せるどころか、私に勝利するなど想定外もいいところだ。
しかも私が稲葉に負けたという事実が誰にも伝わる事なく、私から逃げ切ったという事になっていた。
舞虎浜は急に世界で何が正しいのか分からなくなった。
まるで世の理を覆されたようだった。
何故、私が地に突っ伏し稲葉が立っているのか?
今の私には圧倒的に知識が情報が経験が不足し過ぎていた。
他人などに興味が湧いたことなど微塵もなかった。
だって、それは私に使い潰される玩具でしかないのだから。
なのに、私の思い通りにならず壊れもしない。
気に食わなかった。
だから、今度こそは稲葉を倒す、潰す、壊す、完膚なきまでに。
その為には考える事を止めてはならない。
私に足りないものを何が何でも集め尽くす。
そんな黒々とした闘志の炎を胸に抱き始めた。
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同日同時刻、広島県、広島市。
「私は思った……、ズバリこの作戦には裏がある!」
唐突に橘 花音は高らかと宣言した。
「きゅ、急にどうしたの?」
花音の宣言で近くにいた橘 詩音は地味に驚いていた。
だが、こういった花音の行動は日常茶飯事である。
「詩音は不思議に思わないの?
この『流星教』の解体作戦には深い隠謀があるに違いないよ。」
熱く語る花音を尻目に詩音はとてつもなく冷めきっていた。
詩音は確かに姉とは連携や意思疎通が出来ていると思っているが、こういった意味のわからない内容に至ってはお手上げだ。
しかも、理由を聞いても結局確かな答えや理論がある訳でもない。
ただの思い付きの戯言に過ぎない。
大体がこのケースである為、詩音は今回もやれやれと肩を竦めた。
「なら、その隠謀とは?
なんでそう思ったの?」
一応、恒例で詩音は素っ気なく花音に問い掛けた。
「根拠なんてないさ。
私は天才だから分かってしまうのよ。」
この時点で雌雄を決した。
思い付きで発しただけであろうと詩音は断言した。
事実、確証がないのだから100%の断言など出来もしないが普段の行いや確率から相手にして貰えない。
「そんなこと言ってないで、作戦に集中しないと。」
「えー、スルーなの〜?」
花音は詩音の対応に残念そうな表情を見せる。
そして、少しの雑談を終わらせ、作戦に集中力を研ぎ澄ませる。
もしも、詩音が花音の話を真剣に信じていたら、何か未来が変わっていたのだろうか?
可能性は限りなく0%に近いだろうが断言は出来ない。
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同日同時刻、北海道、札幌市。
空を見上げいた。
雲の動きを感じながら、強い追い風が服をなびかせた。
五十嵐 刹那は少し思い詰めたような表情だった。
「名古屋、大丈夫かなー?
作戦通り上手くいくかな?」
五十嵐は空を見上げたまま、心配そうに呟いた。




