17話 作戦会議
事の成り行きには必ず原因が存在する。
緻密に練り上げられる事で成り立った結果には前兆が存在する。
原因や前兆に気付いてさえいれば、その全てが成り立たず音を立てて崩壊してしまう。
だが、気付かれない事が成すべき結果の前提であり、考慮せねばならないと言える。
しかし、多くの場合は気付けない事が常識であり、定石である。
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「テクテクテク。」
気付けば、北春 小雪は全く意味のない言葉を呟いていた。
本当の本当に別段特に意味も意義も存在しない。
ただただ何となく、この微妙な雰囲気をどうにか打開したいな……と、思っていた。
今、北春は稲葉 双熾と共に作戦会議が開かれる『会議室』に向かう道のりを辿っている。
しかし、その雰囲気がどうにも微妙なのだ。
微妙というにも居心地が少し悪い様な、煮えきらない様な、一瞬気に触る様な、言葉で表し難く曖昧な感覚。
原因を考えるにも原因が思い浮かばない……。
さっき……泣いてたっけ……?
そして、無言で歩いているとついつい小さい音にも意識が回り、歩く時の音ってどんなのだろう?と、思っていたら北春のいつもの癖で口に出てしまっていた。
やっちゃった恥ずかいと思い、手で口を抑えて後ろ目でチラリと稲葉の反応を窺うが、特にこれといった目ぼしい反応は見られなかった。
聞こえてないのでは?と、思えるくらい無反応だった。
これなら最早、1人で静かに歩いているのと大して変わらなくなっていた。
そんな北春の小さな葛藤を終える頃には『会議室』の前に辿り着いていた。
しかし、『会議室』の扉の前には1人の少年が立ちはだかっていた……様に遠目で見えただけだった。
実際は立ちはだかるとは真逆でおどおどとした落ち着かない様子で扉の前を右往左往している。
こちらには未だに気付かず、床ばかり見ている為か背筋が曲がり猫背気味で実に不健康な印象を受ける。
この調子だと一向に進展が見えず、『会議室』にも入れそうにないので、一先ずはその少年に事情を尋ねてみる事にした。
「すみません、ここで何をしているんですか?」
北春は稲葉を置き去りにし、その少年に気軽に声を掛けた。
「ヒィッ!」
少年は突如、奇っ怪な声を上げ怯えると体を縮こませた。
「びっくりしたな〜、もう脅かさないでよ。」
北春はドッキリか何かかと思い、簡単な感想を述べ、少年との会話を続けようとするが、少年はアルマジロ宛らに身体を縮こませたままで顔が上がってくる気配は毛頭なかった。
あれ?私ってそんなに怖かったっけ……?それとも何か悪いことした?と、北春は少年の反応に自問自答した。
しかし、幾ら考えても原因が分からず、私だけでは無理と早急に匙を投げ、稲葉に頼ろうとした瞬間、
「……なさぃ。」
依然、体を縮こませた状態の少年が小さな声でボソボソと何かを呟いた。
「え?何か言った?
聞こえなかったからもう一度言って!」
北春は少年の声と対照的に少し声を張り上げた。
「ごぉ、ごべんなざぁい〜〜。」
そして、漸く顔を上げた少年の顔をは涙と鼻水でぐちゃぐちゃに歪んでいた。
「えぇ⁉︎大丈夫?どうして泣いてるの?」
「ごめんなぁさい、ごめんなさいぃ〜。」
ただ、ひたすら必死に謝罪し続け号泣する少年に北春は完全に収集が付かなくなっていた。
「もぉー、ちゃんと話してくれないと分からないよ。」
ブルブルと体を震わせて怯える少年は力が抜けた様にストンと床に座り込んでしまった。
脚に力が入らないのか小刻みに震え、産まれたの子鹿の様になっていた。
そんな超弱々しい小動物の様な少年に北春は一瞬言葉を失ったが、流石に情け無いと思った。
こんな状態ではコミュニケーションはおろか日常生活にさえ、支障をきたすレベルである。
どうにかしたい!と、そんな感情が少年を見ていると抑えきれなくなり、
「しっかりしなさい!」
と、叫んでいた。
「男の子でしょ‼︎
なら、もっと男の子らしくシャキッとしなさい!」
言っている事はまるで母親の様なので、後から思い返すと少しばかりの恥ずかしさが漂う激励であった。
そして、ようやく北春の気持ちが伝わったのか、勢いに流されたのかは定かではないにしろ、先程までマルマジロの様に丸まっていた少年の背筋が少し伸び、徐ながらに少年の顔を北春の顔を見た。
しかし、依然として超弱々しい小動物のような印象は拭いきるには至らず、改善には相当の時間と処置を有する事になるだろう。
「北春ちゃん、その辺にしてあげたら〜。
今は御影君の偉大なる成長の一歩は微笑ましく賛賞してあげないと。」
と、女性の声が聞こえた。
「あのキャラは男の子ではなく、女の子でないと映えないよな。
いやっ!男の娘という線もある。」
と、青年の声も聞こえてきた。
嫌な予感がする……と、変な汗を滲ませながら声の元に視線を逸らす。
丁度、声の元は『会議室』の扉の方向であり、案の定薄っすらと開いた扉の隙間から覗く2つの顔があった。
1つは微笑むというよりはニタニタ顔に近いをしている菊田 雛。
もう1つは覗き見にも関わらず、真剣な顔つきで真面目そのものの雰囲気で北春にはよく分からない評価を下している仁科 絢兎。
「お二人とも趣味が悪いですよ。」
顔が見えないが、恐らくは『会議室』の中から申し訳なさそうな不条 晃が声が届いた。
「やだなぁ〜、不条君!
『会議室』の壁は薄いんだから、みんな聞こえてるし、盗聴って言うなら同罪だよ。
若気の至りってイイね〜〜。」
菊田は何かを噛みしめるように唸る一方、北春は恥ずかしい感情を抱く以前に微妙な変な顔つきになってしまっていた。
しかも、根本問題『会議室』の壁が薄いなど最早ただの立ち話と大差がないだろうし、『セプター局本部』自体の構造が疑わしく感じ、プライバシーの不安を湧き上がってくる。
そこで不意に、ある事に北春は気付いた。
今しがた菊田『実務長』は御影君の成長がなんだのと言葉を漏らしていた。
御影と言えば、あの『御影財閥』に他ならない。
しかも、『セプター局』の『セプター隊』での御影と言えば、『御影財閥』の御曹司であり『セプター隊』のメンバーの一員である御影 涼以外考えられない。
私が今まで顔を合わせた事のない人物であるのならば、初対面の人物の素性が誰であるかなど分からなくて当然。
「って、事はもしかして……?」
北春が顔を引きつらせ声が裏返るのを他所に、抑えきれなくなったのか菊田は扉から半身を乗り出し、
「今から北春ちゃんが考える事当ててあげよっか??
今そこで座り込んでるのは、あの、『御影財閥』の御曹司ぃ!!
御影 涼君でした〜〜!」
「ええぇーーー⁉︎⁉︎」
晴れやか菊田の声と驚愕する北春の声が相殺されるどころか相乗し、薄い壁の『会議室』に十分なくらいに響き渡った。
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「みんな席についてくれたようだね。
それでは少しばかり遅くなったけど、気を取り直して作戦会議を始めさせていただきます!」
やけに、司会口調な点が少し気になるが、これ以上は私も御免だと北春は頭を冷やすように身体の力を抜き、深く椅子に腰掛け菊田『実務長』の話に耳を傾けた。
現に、この会議には『セプター隊』の主な面々が揃っていた。
やはり、舞虎浜 姫子は不参加のようだった。
だが、No.順に五十嵐 刹那、橘 花音、橘 詩音、御影 涼、諸葉 燈火、不条 晃、朝霧 栞、仁科 絢兎、稲葉 双熾、私を含めた10人に加え、『セプター隊隊長』である菊田 雛『実務長』の合計11人で作戦会議が開かれることになった。
「まぁ、作戦会議とか大それた事を言ってみてるけど、単なる私から作戦説明会に過ぎないからね〜。
だからさ、初参加の北春ちゃんもそんなに畏まることなく、分からないところがあったら気楽に質問してね。」
「はい……。」
正面モニター横の定位置に立つ菊田は優しい笑顔と共に軽くウインクを送ってきた。
北春からしてみれば、そんなことを言われてもどうしようもないし、先程の恐れ多い失態をどう取り繕うかという思考が脳内の8割を占めていた。
「そんなこと言ってても、ほぼ『実務長』の独壇場でしょ??」
そんな北春の悩みを他所に、この中での准最年少である五十嵐は椅子の上に胡座を組んで肘をつきながら冗談混じりに野次を飛ばした。
「確かに、菊田『実務長』が私たちの意見を聞いてくれる時なんてないわね。」
ふむふむと、実直に過去の経験を思い起こした詩音も独り言を言い、関心するように頷いた。
「ウチの絢兎と似たような性格の所がありますから、仕方がありませんよ、お気になさらず菊田『実務長』。」
北春の先程の一件以降、何かに囚われているようにぶつぶつと念仏を唱えるかの如く、塞ぎ込んでいる仁科を見ながら、諸葉は諦め姿勢のフォローを入れた。
「諸葉ちゃん、それはフォローになってな〜い。」
とほほ……と、菊田はわざとらしくも溜息混じりなツッコミを入れる。
「作戦会議自体の開催が希少って、実態もあるけどね!
それ故、前例が少な過ぎるから実際にはどうなのか分かりません!」
隣の椅子に座る詩音とは対照的に、花音はズカズカと遠慮なしに話に介入する。
「イイねッ!!花音ちゃん。
そういうフォローが欲しかったんだよ。」
「だからと言って、普段からの菊田『実務長』を知っていれば、絶対何かと強制されることは作戦会議でなくとも、目に見えた確かな事実なんです!!」
菊田が喜んだのも束の間、少し上げて直ぐに落とされた菊田の顔はやり切れなくパッとしない顔付きになっていた。
「菊田『実務長』、……そろそろ本題に入りませんか?」
菊田に対する日々の愚痴の集中攻撃に無音の隙間が空いたため、透かさずに本来通りの軌道修正を図るべく、不条が正論を突き立てた。
しかし、自分ばかりが除け者された菊田は本題に入るどころか、更に暴走を続ける。
「えっとねぇ〜、現在会議中喋ってないのは〜……。」
と、菊田は舐め回す目つきで『セプター隊』一同を視界に収めながら品定めを始める。
「御影君、朝霧ちゃん、仁科君、そして稲葉君だねッ!!」
菊田はおそらく次のターゲットを決定したかのように声を上げた。
しかし、菊田の指摘を聞いていて北春は不意に少しの疑問を生じさせていた。
そう言えば、今まで稲葉が大人しく静かにしている。
私が知る稲葉であれば、何かしら会話に介入してきたり、饒舌に語り出したりと沈黙に徹している事自体が珍しいと思えてしまう。
現に『会議室』に来る際に独り言を呟いてしまった程である……。
よくよく思い返してみれば、稲葉は私を呼びに来て以来、一言も発していない。
でも、それってそこまで不思議な事かな?と、自身で疑問を定義しておきながら、自身で疑問を否定して考えてみることにした。
第一、私は話す事が得意などではなく、話し掛けられればそれとなく受け答えする事が可能ではあるが、そこから会話を広げる事が出来るといえば、まず十中八九出来ないと断言できる。
そんな私からすれば、全然喋らないね?と、稲葉に言う事が巡り巡って自分に問い掛ける事になってしまうが、先程の自分には確かにそうした疑問が生じさせていた。
少ない過去の経験則というよりは感覚的な直感の方がいつもは多かった。
的場井 功の時も、三橋 恐の時も、谷上 氷弥の時も、舞虎浜の時も私は直感を頼りに行動していた。
しかし、今は何が明確に違っていた。
これは経験則に則っている気がする……。
違う、違う……と、告げている。
……これも弊害か……。
北春は答えの見つからない堂々巡りを繰り広げ、結局何にも辿り着けぬままでいると、
「『実務長』、ふざけてないで本題に入りましょうよ。」
五十嵐が菊田の暴走を抑制するように和やかな笑顔で正論を述べていた。
本格的にふざけ出したのは五十嵐ではないかと北春は思ったが、結果的に菊田『実務長』が被害を被ったのみで全体的に丸く収まっただろう。
以前、菊田は腑に落ちない様子だったが、大人の対応?で作戦会議(作戦説明会)の本題を語り始めた。
「今回、『セプター隊』には日本全国の『流星教』の解体作戦の指揮を執り行ってもらいます。
だから、みんなには日本全国に散って、地方の『セプター局』を指揮して、『流星教』の支部をそれぞれで潰してくれれば良いんだよ♡
……まぁ、そこまで具体的ではないにしても先頭で士気を上げてもらうことが重要かな?
そして、『流星教』の元締めであろう人物、『流星教』教祖の校倉 八道を逮捕する事。
現在、校倉は『流星教』のどこの支部を潜んでいるか分からないから一斉摘発といきたい心境だね。
それじゃあ、『流星教』についての補足説明を始めるよ!!
『流星教』は日本全国に着々と拡大し続けているカルト教団だよ。
『流星教』の名前を出した大々的な事件は起こしてないものの裏で動いていることは間違いない。
例えば、『ビッグエッグ』の強奪未遂事件とかね。
また、『流星教』の強い信仰力や行動力は『流星教』教祖、校倉の能力が関係しているだろうけど、まだ詳しく分かってない。
私の予想は相手を魅了するって感じの能力かな?
そして、解体作戦の決行に至ったのは少し前に逮捕された谷上 氷弥の供述の結果、『流星教』のバックアップがあった事実が確認されたからなんだよ。
はい、拍手!!」
菊田は1人で拍手したが、その後に続くものは居なかった。
「コホンコホン、さて前置きはこの辺にして、そろそろ詳細を話さないとね。
本作戦の決行日は『流星祭』が開催される8月31日とする。
配属地はまず北から順に札幌は五十嵐君、仙台は不条君と朝霧ちゃん、東京は舞虎浜ちゃん、名古屋は稲葉君と北春ちゃん、大阪は諸葉ちゃんと仁科君、広島は花音ちゃんと詩音ちゃん、福岡は御影君。
でも、実質的に校倉が潜んでいると思われるのは東京の『流星教』の本部だと思うけど、一応みんなも気を抜かないようにね。
このことは後でしっかり舞虎浜ちゃんにも伝えておくからご心配なく〜〜。
最後に本作戦の総指揮を務めるのは『副局長』の津々浦 龍二さんにお願いしてあります。
その実、私はというと諸事情により本作戦を欠席します!テヘッ。」
菊田はお茶目に愛想を振りまきながらあどけなく振る舞うものの、どうにもイタいとしか北春には思えなかった。
あえて下手な演技を演じているようでイタく見えている感覚である。
「一通りの説明は終了したから、何か質問ある子がいたら挙手して〜。」
菊田がその一言を言い終えるか否かの間際に我先に高々と手を突き上げたのは不条だった。
「菊田『実務長』、よろしいでしょうか……。」
不条からは緊迫した表情や張り詰めた声音を見受けられ、いつもの優しい性格とは不釣り合いなくらいピリピリした雰囲気を醸していた。
「イイよ〜〜。」
それにひきかえ菊田の気が抜けるくらい適当な相槌は不条とは相反していつも通りだった。
不条は椅子から勢いよく立ち上がり、溜め込んだ力を少しずつ解放するようにゆっくりと質問した。
「では、単刀直入に申します!
栞を本作戦に参加させるのは反対です。」
北春や菊田を含めた『セプター隊』のメンバー全員がはたまた朝霧自身でさえ、不条の申し出に薄々の検討がついていて、その申し出が当然と言えば至極当然なものであることも分かっていた。
事実、朝霧は定期的に『セプター局本部』外へ試験的に外出し、能力制御は日常生活に支障のない状態にまで成長を遂げている。
しかし、『皆無石』の効果のない能力者である『セプター隊』のメンバーならば、仕事を課せられるのは仕方がない条件である。
私でさえも、ギリギリ成している?
だが、不条は朝霧に大掛かりで大々的な本作戦を危険視しているのはもっともな意見だった。
「何故、菊田『実務長』は栞の初任務を本作戦に選んだのですか?
本作戦でなくとも、別の機会が他にある筈です!!」
「何でって、言われてもなぁ〜。
またまたかな?」
菊田は少し考えるような仕草を見せて、曖昧な答えをした。
「ふざけないで下さい!!真剣な話をしているです。
大体、菊田『実務長』は……。」
そんな菊田のはぐらかすような答えが先程から熱くなっている不条の逆鱗に触れた。
この際の不条の逆鱗は栞という事だが。
しかし、その瞬間菊田から身の毛がよだつオーラに当てられる。
「忘れてるかも知れないけど、作戦の決定権は私にあるんだよ……。」
菊田の声のトーンは低く、底知れない深淵を覗いた気分だった。
北春は辺りの空気が一変した感覚に襲われ、背筋が凍りつくような悪寒から、ゾワッとした寒気を感じた。
普段の菊田『実務長』からは想像はおろか、一瞬の豹変に何を言ったか聞き取れなかったくらいである。
そして、空気が一変した感覚は『会議室』を波のように押し寄せ広がり満面に満たした。
それは熱くなり言葉が止まらなくなっていた不条さえも黙らせる程だった。
不条が棒立ちで黙り込むことによって、『会議室』は居心地の悪い不快感の残る静寂に支配されていた。
「ハハハハァ!
そんな怖い顔しないでよ、不条君。
冗談たよ、冗談、私がそんな独裁者みたいな事を言うわけないっば〜。」
静寂を創り出した張本人が笑い落とすように自ら静寂をぶち壊した。
だが、『会議室』内で菊田の冗談に笑っている者は菊田のみであったことは言うまでもない。
「別に私は朝霧ちゃんをいじめたいわけじゃない、もちろん不条君も。
だから、朝霧ちゃんが拒むという決断を下すなら、それは尊重するに値する選択と言えるよ。
でも、少し私の言い分って、ヤツを聞いてくれないかな?不条君、朝霧ちゃん。」
先程の菊田の冗談の影響か真剣な話をしようとする菊田からは普段の気軽さやお茶目さとは無縁に感じ、重厚な真剣さを親身に感じ取れた。
そして、それは不条や朝霧も同様の様子だった。
「はい……。」
不条は言葉を並べることもなく頷くように短い返事をすると、大きく唾を飲み込んだ。
「…………。」
朝霧は議題内容が自身の事であるものの、微動だにせずに事の成り行きを見据えているかに思えた。
6歳の女の子にそれ程の箔がついたとは考えられないが、いつもの人見知りからによるものでもない。
おそらくそれは不条への信頼、想いの強さによるものだろう。
「いまからすごく不謹慎な事を敢えて言わせてもらうけど、私は朝霧ちゃんに危険な経験をして欲しいと思ってる。
その方がより今後の為に繋がってくるから。」
「そんなっ!栞はこれまで大変な経験を積み重ねて来たのに、これ以上……。」
不条は黙っていられずについ口を挟んでしまう。
「不条君の言い分は分かるし、朝霧ちゃんを想い労る気持ちだって分かるよ。
不条君が慎重にならざる得なくなった過去を知らない訳じゃあるまいし。
でも、このままって訳にもいかないんだ。
少なくとも、朝霧ちゃんは今のままじゃ駄目なんだよ、絶対にね。
具体的な要望を言うと、私は朝霧ちゃんに『負傷』を自在に操れるようになって欲しいと思ってる。
それは、『セプター隊隊長』の立場から言えば、強力な能力を制御できれば任務に活躍出来るだろうし、非常に便利で用途の幅が広がる。
更に、過去のトラウマや悩みを取り払うことが出来れざば、一石二鳥だと思うよ。
でも、そう簡単に思い通りに進まない事も事実なんだ。
だから、菊田 雛の個人の立場から言えば、成長して大人になってもらいたい。
朝霧ちゃんに言うには酷な話だけどね。
例えば、不条君は今みたいな2人の関係がずっと続くと思ってる?」
「はい、必ず栞を護り続けてみせます。」
「まぁ、今はこのままが最善だろうけど、朝霧ちゃんだって必ず大人になるんだよ。
歳を重ねてるのは嫌だけど、時は平等に刻まれるから。
それに、もしかしたら2人が離れ離れになるかも知れないよ?
もし、不条君が居なくなったら朝霧ちゃんは生きていけない……それで本当に良いのかな??」
「それは、……。」
不条は返す言葉が思い浮かばず、口を噤んでしまう。
「私は朝霧ちゃんが自立して生きていけるようにならないといけないと思うよ。
その為にはもっと多くの経験や時間が必要になってくる。
そして、大きな試練を乗り越えてこそ、精神的にも肉体的にも成長して大人になった言える。
成長に伴って、自衛の術が『負傷』を使いこなす事にも繋がってくる。
ほら、獅子は我が子を千尋の谷に落とすってよく言うでしょ?
でも、今までの私の言い分を聞いても尚、不条君は納得しきれずにジレンマを抱き続けているのも把握しているわよ。
だから、朝霧ちゃんはどうしたいかなのよ。
たとえ、周りがとやかく言おうとも朝霧ちゃん自身で決めれば良いの。
難しかったと思うけど、何が一番良いと思うか、今の朝霧ちゃんなら決められるでしょ?」
菊田は何か言いたげな不条を他所に朝霧に決断を迫った。
ここでは不条や菊田が何を言おうとも参考材料でしかないのだから。
しかし、実際の所6歳の女の子にこの決断をさせるのは『セプター隊』という特殊な環境下の中だとしても酷な話である。
しかも、菊田『実務長』は容赦なく難しい言葉や言い回しの分かり難い言葉を敢えて使っているようにも思えてならなかった。
それは最も信頼を置く不条から自立の自我を芽吹かせるが為の下積みだったのかもしれない。
「栞は何も焦る必要はないよ。
今後、ゆっくりと時間を掛けて考えれば良いのさ、まだ子供なんだか……。」
不条は優しく朝霧に声を掛けるが、そこで言葉を失ってしまう。
それは気付いてしまったからだ。
己が過ちに。
掛ける言葉を間違えてしまった自分自身に……。
「……やる、私作戦参加……する!」
不条の最後の言葉が決め手になったのか、菊田『実務長』の策が見事に嵌ったか、定かではないにしろ、事は菊田『実務長』の思い通りになり不条の思い通りにならなかったは確かである。
「そっか……、栞がそう言うなら……僕も一緒に頑張るよ。
本当に成長したね。」
不条は目頭が熱くなり、つい感涙に咽びそうになるのを必死に堪え、掠れる声を絞り出して朝霧への言葉を紡いだ。
北春は少し貰い泣きをしてしまいそうだった。
結果的にはあれだけ強情になっていた不条も朝霧の一言で折れたのか直ぐに意見が1つに纏まった。
「菊田『実務長』、お騒がせしました。」
ひと段落ついたところで、不条は今までの非礼を詫び、丁寧に頭を下げると静かに椅子に座った。
「さて、これで一件、あっ落着ぅ〜〜!!」
菊田『実務長』は歌舞伎の見得のような決めポーズを決めたが、皆の心には決まらずに当然スベっていた。
そして、まるで何事(スベった事実)も無かったかの如く気を取り直して、
「それじゃあ、リズム良くいくよ〜、リズム感無いけど。
次に何か質問ある〜?」
菊田はチョイチョイと小ネタを挟みながら進行を続ける。
「はいはーい!
それじゃあ、質問するよ!」
と、椅子に座ったまま元気良く挙手をして声を上げたのは花音だった。
「今回の作戦って、難易度は同じなのにバランスがおかしい?って、思わない?」
そんな花音の質問というよりは共感を求めているように近い質問だった。
「花音ちゃん、それって詳しくはどういう事答えを求めているの?」
菊田は回答に困り質問に質問で返す。
「詳しくか〜……、うーん。」
花音は腕を組み捻り出すように首を傾けた。
花音は直感的な天才肌からか困りあぐねていると、
「私が代弁しますよ、菊田『実務長』。
おそらく、花音は『セプター隊』メンバーが受け持つ作戦の難易度が同等であるにも関わらず、個人の力のバランスと各地の采配に違和感を感じている……っことで合ってる?」
詩音はチラリと花音を睨むように視線を向けると、花音は満面の笑みで、
「そうそう‼︎多分そういう事だよ!
さっすがっ!私の妹だよ。」
詩音は見事に花音の疑問を代弁してみせ、それに花音は歓喜の声を上げた。
「花音は放って置いて続けますね。
詳しくは『流星教』の本部があり最も校倉の潜伏先の確率が高い東京は別として、そのほかの采配が力のバランスの不均一性を生んでいるということです。
必ずしも、力のバランスを完全に均一にする事は不可能ですが、例えば不条と朝霧、稲葉と北春は戦力的にも心許ないと感じますが、何故このような采配になさったのですか?」
すると、菊田は納得したように頷き、
「そーゆう事ね、確かに普段の任務じゃないから危険度も高いし、力のバランスを均一に出来るならした方が得策なのに何故しないのか?って疑問だった訳だね花音ちゃん。
まぁ、私が思うに力のバランスも存在するし、能力が強力な方が有利に働くだろうけれど、もしもの事態が発生した時に普段の『バディ』同士なら何かと連携もし易いと思うわよ。
ほら、さっきの橘姉妹みたいに。
でも、実際本作戦の立案は『実務長』じゃなくて、『局長』だから詳しい話は知らないんだけどねッッ‼︎‼︎」
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長くに渡り繰り広げられた作戦会議も終了してみれば、ものの30分とそこまで繰り広げられていないという事実を知った。
そして、作戦会議にはほぼいるだけ(一回返事をしただけ)だったのに北春はドッと疲れた気がした。
先程までの作戦会議が嘘のようにシーンと静まり返った『会議室』には私と稲葉の2人が取りこぼしたように残っていた。
そういえば、さっきの疑問をここで稲葉に聞いてみようと思い至り、早速稲葉に声を掛けた。
「稲葉、さっきから思ってたんだけど……。」
北春は稲葉の正面から話しかけるも依然として反応がない。
「もしもし、稲葉ー、聞いてる?聞こえてる?」
北春は稲葉に完全無視をされた事に少し腹を立てて両手で稲葉の肩をガッシリ掴み大きく前後に揺さ振った。
「ごぉー、ごぉーめぇーんんーー。」
稲葉は揺さ振られながら謝罪を重ねた。
「どうしたの??
さっきからずっと喋らないし、無視するし、考え事をして心ここに在らずって感じだよ。」
一応の腹立たしさは収まったものの少し怒り口調で稲葉を問いただす。
「考え事をしてた訳じゃないんだ。
むしろ、……考え事をする余裕すら失ってた。
だから、作戦会議の内容も殆ど聞いてない……。」
稲葉は途切れ掛けた回線を精一杯繋ぐように途切れ途切れで話した。
「それって、大丈夫?」
「大丈夫、大丈夫、……作戦内容なら後で小雪が教えてくれれば済むだろう?」
「そっちじゃなくて、体調の話!」
「あぁ、頭痛が……酷いだけだから、まるで殴られているみたいに。」
冗談気味に話す稲葉だが、北春の目には絶不調で顔が青ざめているようにしか見えなかった。
「取り敢えず、菊田『実務長』に診てもらわないと!」
北春は不安が募り菊田の元に急ぎ行こうとした矢先、稲葉が北春の手首を掴み引き寄せた。
「大丈夫、直ぐに治るから」
「大丈夫って、何が……。」
しかし、北春はこれ以上言葉が出なかった。
それは稲葉の強く軸のブレない眼差しに確たる何かを見たからかもしれない。
そして、稲葉は力が抜け落ちるように北春の手首を離し、ゆっくりと椅子から腰を上げた。
「それじゃあ、また……。」
稲葉は最後に淡白な挨拶を残すと北春を置いて『会議室』を立ち去って行った。
1人『会議室』に残された北春は稲葉が見えなくなるまで稲葉を目で追っていた。
北春は何故か稲葉を想う気持ちが強くなった気がしていた。