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星々の消えゆく世界  作者: 山吹 残夏
16/22

15話 終焉

閑散とした住宅街には殺伐としたトゲトゲしい空気が漂い辺りに充満し、居心地の悪い憤りを感じさせていた。


太陽は丁度、南の空に高く昇り暑苦しいくらいに住宅街を照らし付けているのに、家族団欒かぞくだんらんの声はなく静粛だけが彼等の周りを包み込んでいた。


富腹とみはら 幸介こうすけは威圧的な雰囲気に気圧され、肥えた腹をタプタプと揺らし、ジリリと豚足のような足を少し後退りさせる。


富腹の前には只立っているだけなのに、禍々しいまでのオーラを放つ黒いワンピースを着た少女『魔女まじょ』に遭遇していた。


『魔女』の異名で名の知れ渡っている『セプター隊』最強の能力者、能力『終焉しゅうえん』、舞虎浜まいこはま 姫子ひめこ


「クソッッ‼︎計算外だ。


こんなところで『魔女』に出くわすとは。」


そんな富腹の反応を見て、舞虎浜はニヤリと笑みを浮かべる。


「私は計算通りだけどなw


おい、『セプター局員』!


こいつは富腹 幸介で間違いないな。」


舞虎浜の有無の言わせない呼び掛けに、少し離れた塀の陰に隠れていた『セプター局員』は身震いした。


「はぃ、まち、がいありま、せん。」


『セプター局員』は恐怖のあまりろくにろれつが回らず、声が小さくなる。


「なら、殺していいなぁww!」


舞虎浜の殺意のある声に


「そ、それは……困」


と、止めようとした『セプター局員』でさえ、舞虎浜に少し睨まれただけで何も言えなくしてしまう。


しかし、これは不味い!不味すぎる‼︎と、富腹は内心で焦りを募らせていた。


こんな所で死ぬ訳にはいかない‼︎


だが、よく考えてみれば、俺の能力ならあの舞虎浜、『魔女』に勝てるチャンスがあるかもしれない。


それに、もし無敵の『魔女』を一泡吹かせたとなれば、俺にも『魔女』みたく箔が付くってもんだ。


「あははは!」


富腹は笑い出していた。


身の危険が迫るギリギリの状態で気分が高まり、アドレナリンが出続けて興奮が止まらない、抑えきれない!


舞虎浜は私を前にして怖気付き逃げ出さない富腹に、少しばかりの期待からゆっくりと舌舐めずりをした。


「それじゃあ、形式上仕方なく言うぞ、富腹 幸介。


お前は3件に及ぶ銀行強盗、『皆無錠かいむじょう』破壊及び無断での能力の行使。


よって、判決は死刑www。


さぁ、始めようか‼︎‼︎」


そして、舞虎浜は勢いよく掌を広げると、そこから黒々とした炎が広がった。


その炎は禍々しく何もかもを飲み込む恐怖の塊であることを物語っており、殺伐とした威圧的な雰囲気の元凶であった。


しかし、富腹はこの瞬間を待っていたのだ。


「『魔女』は俺の能力がどんな能力か知ってるのか?」


勝利を確信した富腹は興奮に続けて余裕まで現れた。


「お前の能力は知らないし、知っていたら面白くないだろう?


それにその程度のアドバンテージは『終焉』の前では無意味だからなww」


舞虎浜はこの瞬間をたっぷりと味わいながら、『終焉』の黒い炎はどんどん大きく燃え上がり、身に纏うようになっていた。


相手が好戦的であればあるほど燃えてくる、燃やしがいがあるものだ。


「じゃあ、見せてやるよ!


富腹 幸介の能力をな!!」


富腹は派手に叫び、興奮から顔が赤くなり荒々しくなる。


そして、舞虎浜と同じような振る舞いで掌を広げる。


すると、『終焉』と同様のしかし、一回り大きい黒い炎が掌から溢れ出て広がった。


「へぇ〜、コピー系の能力か。」


舞虎浜は特に動揺の類の反応を見せず、只関心の声を漏らしていた。


そして、富腹は『終焉』の黒い炎を身に纏うことに成功し、更に喜びを露わにしていた。


「俺の能力は相手の能力の更に上を行く能力『一回ひとまわり』だ!」


そう言い放つと共に富腹の身に纏う黒い炎は徐々に大きさを増し、対立する舞虎浜の纏う黒い炎よりも一回り大きい炎になった。


「良いね〜ww、好戦的で悦ばしいよ‼︎」


完全にたがが外れた2人は正に戦闘狂そのものであった。


閑散とした住宅街が今となっては、『終焉』の黒い火柱が上がる戦場と化していた。


「この、この富腹 幸介が『魔女』を倒したんだ〜〜!!」


富腹の叫び声が住宅街に拡散し、黒い炎がそれに応じるように勢い良く燃え上がる。


「死ぃねえェェ〜〜〜〜‼︎‼︎」


富腹の叫び声は喉が枯れしまいそうな程、擦り切れていたが、富腹の一回り大きい『終焉』の炎が対立する舞虎浜目掛けて覆い被さらんと押し寄せる。


舞虎浜も待ち侘びたとばかりに『終焉』の炎を押し寄せる炎の激突させた。


激突とした炎は衝撃波の如く辺りに恐怖を撒き散らしながら禍々しく燃え合った。


しかし、同じ『終焉』の炎といっても一回り大きい福腹の方が優勢だった。


激突した直後、大きさで勝る富腹の『終焉』の炎が、舞虎浜の『終焉』の炎に覆い被ったのだ。


そして、富腹はここぞとばかりに威力を増やして、舞虎浜の『終焉』の炎をねじ伏せようとした。


しかし、あくまでも富腹の方が優勢に見えていただけだった。


突然、覆い被ったはずの富腹の『終焉』の炎が、舞虎浜の『終焉』の炎に激しい勢いで押し返され始めたのだ。


「な、なに⁉︎」


富腹はその言葉を最後に声を出す余裕すらない程の劣勢に立たされた。


押し寄せる舞虎浜の『終焉』の炎はすぐそこまで迫っており、この状況を保っていることさえ、困難になる。


すると、舞虎浜は富腹を讃えるように拍手をした。


「良くここまで耐えてるねw


まぁ、私の『終焉』をコピーさせてあげただけのことはあるけど、この辺が限界だよねwww


第一、『終焉』を初めて使うお前が使いこなせるわけないし、『終焉』は全てに終わりを告げる能力なんだから!!」


余裕だらけの舞虎浜はネタばらしをするように面白そうに語った。


「それじゃあ、バイバ〜〜イwww‼︎」


その瞬間、舞虎浜の『終焉』の炎が勢いを更に増して、富腹を『一回』の『終焉』の炎ごと飲み込むもうとする。


その刹那、富腹は悟った。


何故、ここまで追い詰められたのか?


同じ『終焉』で俺の方が『魔女』もりも一回り大きい炎だというのに。


そうか、燃えていたんだ、燃やされていたんだ。


『終焉』は富腹の一回り大きい『終焉』を吸収して更に大きく勢い良くなって、富腹の『一回』の能力を燃やしていた。


能力によって、能力自体を燃やす。


全てに終わりを告げる炎を操る能力。


「そんな能力に勝てるわけがないじゃないか……。」


そして、最後に舞虎浜の声を聞いた。


「だから、言っただろう?


『終焉』の前では全てが無意味だとw」


その瞬間、富腹の体は完全に舞虎浜の『終焉』の炎に覆い尽くされた。


肥えた手足の脂肪は何の役にも立たず瞬時に燃え、胴に溜め込んだ脂肪も一瞬にして燃えていく。


しかし、痛みは感じなかった。


熱さも感じはしなかった。


ただ、無くなっていくと感じたのみだった。


これが死ぬことなのかと。


そして、ものの数秒で富腹の姿形は一切なくなった。


残ったのは、そこに富腹が居たという他者の記憶のみ。


しかし、記憶は忘れ去られてしまうもの。


「久しぶりに好戦的な奴で少しは暇潰しになったなぁ〜。」


舞虎浜はまるで暇潰しのゲームをし終わったように腕を伸ばして背筋を伸ばした。


「おい!『セプター局員』‼︎


何か、面白そうなことないの?」


突如、呼ばれた『セプター局員』は隠れて居た塀の物陰からフラつきながら出てきたが、何を答えればいいのか分からず困惑した表情でそわそわしながら恐縮した。


「今日、他に何か無いの??」


舞虎浜の威圧的な口調と目線に『セプター局員』は更に恐縮した。


そして、完全に恐怖に支配された彼は、恐怖から一刻も早く逃れたい一心で頭に浮かんだ言葉を発した。


「きょ、今日でしたら、たたたちばな 花音かのんさん、詩音しのんさんが、8時に、成田国際、空港に帰国する日な、は筈で、す。」


『セプター局員』は恐怖のあまり死を覚悟した。


目の前にいるのは、犯罪者どころか仲間の『セプター隊』にさえ、襲い掛かる戦闘狂の狂人である。


しかし、『セプター局員』予想は裏切られ、


「へぇ〜、帰って来るんだww


それじゃあ、遊びに行こうかなwww」


舞虎浜はまるで新しいゲームを求める子供のように、しかし黒々とした禍々しいオーラを放っていた。


「私は遊びに行って来るから、今日は解散。


お疲れ様〜。」


突如、舞虎浜はそう言い放つと、どこかに行ってしまったのか、『セプター局員』が気付くと視界には誰もいなくなっていた。


その後、数分程度『セプター局員』は茫然自失とばかりにその場に立ち尽くしていた。



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矛盾とは、辻褄つじつまが合わないこと。


また、物事の道理が一貫しないことを言う。


例えば、〔昔、楚の国に盾と矛を売る者がおり、この矛はどんな盾でも貫き、この盾はどんな矛も通さないと言ったところ、それを聞いた人にその矛でその盾を突いてみよと言われ困った〕という話がある。


しかし、話の上では辻褄が合わないことがあったとしても、実際には真実という名の辻褄が合う事実が存在している。


もし、その矛でその盾を突いてた結果の辻褄を合わせるとしたならば、矛で盾を突いて盾に穴は開けることができたが、矛は貫く前に壊れてしまった。


実際にはほぼ起こらない奇跡とも呼べる結末だが、可能性としては0%ではない。


だから、可能性が低いからといって何もしないのではなく、挑戦することが大事になる。


そこには予期しない結末が気付けばそこにあるのかも知れないのだから。


不意に私は気付くとアトラクションに乗りながら怖気付いていた。


しかしながら、北春きたはる 小雪こゆきは遊園地のアトラクションが嫌いなわけではない。


例えば、ジェットコースターは高所から高スピードでコースを駆けるスリルを味わう事が出来て楽しい。


だが、あくまでもジェットコースターは身の危険がない、程よいスリルだから楽しい。


身の危険に晒されるアトラクションは私としても乗りたくなかったと、言って置くべきだったと後悔しても既に後の祭りな事は言うまでもない。


詩音しのんさん、お願いします……。」


北春は猛スピードで駆ける車の中から、前の助手席に座る橘 詩音に心の底から懇求した。



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時は少し遡り……。


成田国際空港でのストーカー事件にひと段落ついた私たち北春、花音、詩音、稲葉いなば 双熾そうし、の4人は『セプター局本部』に戻る前に北春の要望で気分転換を行うことになった。


そして、気分転換の内容は、事があろうに花音のドライブということになってしまった。


用意周到に花音はドライブする為に、車の手配まで済ませていたのだ。


そして、花音のドライブに詩音と稲葉がアウェーな雰囲気を醸し出し、状況が把握出来ていない北春はキョトンとした顔で首を傾けた。


「い、稲葉?大丈夫?」


北春は横にいた稲葉を肘で突き、小声で問いただした。


すると、稲葉は悟ったように、


「これも、気分転換になる良い経験だ。


だから、小雪が責任を取って頑張れよ。」


と、優しく北春の肩に手を置き、


「花音、悪いんだが、菊田きくた『実務長』に仕事を頼まれていたんだ。


だから、小雪をよろしく頼むよ。」


そう言って、稲葉は軽く手を挙げた後、体の向きを180°変え素早い足取りで一目散にロビーの出口に向かって歩こうと一歩踏み出した瞬間、凍りついたように動きが静止した。


稲葉の背後まで近づいていた詩音が、稲葉を呼び止めるようにそっと肩に手を置いていた。


稲葉は密かに冷や汗をかいていた。


「そんなに急いで帰らなくても良いんじゃない。


1年ぶりなんだから、楽しんで行ってよね。」


詩音は微笑んでいたが、稲葉は固まったまま振り返ろうともしなかった。


「俺も忙しいんだ。


だから、急がないと……。」


「それなら、菊田『実務長』に確認してみる?」


詩音のその一言に稲葉は


「ヒッッ‼︎」


と、弱々しい声を上げた。


「大丈夫よ、菊田『実務長』なら必ず許可を出してくれるわよ、必ず。」


詩音が最後のトドメを刺したように稲葉は俯き観念したのか、体の向きを変えて体を少し縮こませた。


「おっ!稲葉もドライブに付き合ってくれるんだね!」


と花音はメンバーが増えて嬉しそうにしていた。


「みんなで楽しもう!」


オー‼︎と花音は掛け声と共に拳を空に突き上げたので、北春もオ、オーと声を上げた。


しかし、詩音と稲葉は一切声を上げず、更に稲葉は完全正気を失ったような顔をしていた。


まるで、先程の実芽木みがき 薪正まきまさ箕輪みのわ 夏実なつみのような終わった顔をしていた。


しかし、北春には稲葉が何故そんな顔をしているのか分からなかった。


そんなに橘姉妹とのドライブが嫌なのだろうか?


それとも、過去に何かあったのだろうか?


結局、北春は何も分からず仕舞いだった。


そして、花音が手配した車に移動する途中に北春は稲葉に声を掛けられた。


「地獄へようこそ〜。」


稲葉の目は焦点を失っていた。



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そして、時は太陽が南の空にのぼり少し過ぎた現時刻に戻される。


それにしても、これほどまでに車を猛スピードで暴走させているのに免許証が発行されたのが、車を運転したことのない北春でさえ不思議に思う。


ドライブが始まったのは9時程からで11時に昼ご飯を食べて、これで終わりかと思ったところ更に、12時から再びドライブが始まったのである。


ファミレスでの昼食後には花音以外の3人は完全疲れ果ててテーブルに突っ伏していたが、花音によって半強制的に車に乗せられてしまったのである。


そして、1番の問題点は決定的に花音の運転技術であると断言できる。


花音は自身の運転が交通違反である問題運転だという自覚がそもそも存在していない。


更に、ハンドル操作は理解不能な位で右カーブで左にハンドルを切ったり、直ぐに車や人や建物に衝突しそうになったり、突然スピンし始めたりする。


しかも、アクセルは全開なのである。


この問題点をどれだけ正そうとしても、そもそもの自覚がないのだから、聞く耳も持ってくれない。


更に、花音は完全に自分の世界へ入り込んでしまい、タチが悪い事この上ない。


ならば、どうしてこんな車に乗っていて未だ事故を起こしていないのか?


それは花音の助手席に座る詩音の能力『創風そうふう』によって車を操作しているからだった。


『創風』は気体をつかさどる能力で空気を操って車を強引に操作している。


しかし、空気で操れるといっても限界は存在する。


故に常に車を空気で持ち上げて空までは飛べないということなので、ハンドルと違う方向に車を車に空気で動かすと振動は激しい上に猛スピードである。


更に車や人や建物に衝突しそうになると急に方向転換をしなくてはならない為スピンしたり、方向転換で避けきれなければ車ごとジャンプしたりしてまるでジェットコースターのようである。


それで普通だと思う花音はやはり不思議に思えて仕方ない。


「うぅぅ、……き、気持ち悪い。」


車酔いと激しい揺れに揺られ続けているため、先程の昼食が胃から込み上げてくる。


「こ、小雪、耐えるんだ。


詩音はずっと闘っているだ、自分自身と。」


稲葉は揺れを堪えるように座席に体を固定し、噛みしめるように言った。


そして、当の詩音は目を閉じて黙想するように能力操作に神経を集中させていた。


だから、もしも詩音が能力操作を誤る事態が発生すれば、それは私たちの命に直結する事態に相違ない。


こんなところで身の危険に晒されているのだから、絶対にジェットコースターの方が良い。


ジェットコースターに100回くらい乗る確率の方が花音が運転する車に乗るよりも断言して安全だと言える。


しかし、今回のドライブは更に身の危険に晒される事態が重なる事になってしまうのだった。


北春は不意に揺れる車内の中から高々と空に昇る火柱が目に入った。


高さは100mくらいとなかなか目立っていた。


そして、その火柱は黒かった。


火柱の煙で黒く見えるのではなく、炎自体が黒々と燃えていたのだ。


その炎を初めて見た私の感想は恐い、という簡素なものだった。


その炎を見ているとまるで飲み込まれてしまいそうなくらい底が見えなかった。


しかし、何故かその黒い炎の火柱には引きつけられる何かがある、そう感じた。


それにしても、こんな高い火柱を発生させられる技術は聞いたことがないし、黒い炎も見たことがない。


普通に考えて誰かの能力だろうと思い、聞いたことがある気がした為、頑張って思い出さそうと頭を捻らせたが、残念ながら思い当たらなかったため、


「稲葉、あの黒い火柱って、何か分かる?」


と言って、窓の外の火柱を指差して稲葉に問い掛けた。


ん?と稲葉の反応は鈍かったが、突如青ざめるように


「あの黒い炎はまさか……『魔。」


と、稲葉が全て言い終える前に、交差点に出た私たちの乗る車を目掛けて、横から丁度道路に沿うように黒い火柱が振り下ろされた。


しかし、花音の猛スピードのお陰で黒い火柱が振り下ろされる前に交差点を通り過ぎる事が出来たが、もし少しでも遅れていたら、確実に黒い火柱に直撃していたと言えるほどギリギリで間一髪だった。


「え?えぇぇ⁉︎」


私の予想を遥か上を行く出来事に少しの間、窓の外の流れ行く街並みを眺めていた。


「ヤバいぞ!『魔女』のお出ましだ。」


稲葉は冷静に且つ緊迫感を露わにしていた。


「そうね、まさかいきなり仕掛けて来るなんて。」


と、詩音は冷静に対応するが、


「え?何かあったの?」


と、運転している花音は気付いてさえもいなかった。


「『魔女』の狙いは橘姉妹わたしたちでしょうね。


恐らく、久し振りだから遊びに来たってところでしょうけど、彼女から逃げ切るのは至難の業よ。


しかも、街中で『終焉』をさっきみたいに派手に使い回したら、被害が計り知れなくなるわよ。」


北春は詩音が言う、『魔女』というフレーズを聞いて、ようやく思い出せていた。


「それなら、俺が迎え撃とう。」


稲葉が静かにそう言い放った。


猛スピードで駆け抜ける車内には一瞬の静寂が訪れたが、


「それ本気なの‼︎⁇」


詩音が怒鳴るように言った。


「『魔女』に立ち向かうなんて死ぬ気なの⁉︎


それなら、逃げた方がマシよ‼︎」


詩音は柄にもなく怒っていた。


しかし、稲葉は冷静に続けた。


「人柱になる気はなし、勝算だって今回はある。」


「勝算って、何なの?」


詩音は怒りをすこし鎮めて聞き返した。


「俺は車から降りて『魔女』を迎え撃つ。


そこで、俺と『魔女』が闘う半径10m程度の一帯を徐々に低酸素状態にして欲しい。


流石に、人集ひとだかりが出来ていると、流れ弾など危険が及ぶ可能性が高いから大通りから離れた道路にするつもりだ。」


稲葉は淡々と自身の作戦を語っていた。


「それって、危険ですよね?」


北春は心配になって稲葉に問い詰めていた。


「『魔女』と闘う羽目になるから、危険と言えば危険過ぎるけど、低酸素状態なら大丈夫だよ。


俺は鍛え方が違うからな。」


稲葉はそう言ったが北春は納得がいかなかった。


「確かに、低酸素状態なら直接『魔女』に作用しないから、無意識に『終焉』は発動しない。


それに、少しずつ意識が薄れていくから低酸素だと気づかれにくい。


でも、本当に稲葉は大丈夫なの?


そんな環境で『終焉』を避け続けて、『魔女』より沢山動かなければならないのに、意識を保ち続けていられる?」


詩音は最終確認のように聞いた。


「大丈夫だって、鍛え方が違うって言っただろ?」


稲葉は自慢気に胸を張ってそう言った。


すると、猛スピードの車が急停止した。


その為、ドスンと大きい衝撃が体を伝った。


「それじゃあ、ドライブは一旦中止にして頑張って来てね、稲葉。


私たちもサポートをするから。」


花音がそう言うと、自動で稲葉の方のドアが開いた。


どうやら、話を聞いていたようだった。


が、どこからかは定かでは無い。


「言って来る。」


稲葉は短くそう言い放つと車のドアを閉めた。


北春は待って‼︎と言おうとしたが、既に稲葉は行ってしまった。


「大丈夫よ、稲葉の能力は『終焉』に比べたら遥かに弱いけど、物事を冷静に正しく判断出来るからきっと何とかなるわよ。


北春も彼が心配なら、想いを込めて信じるのよ。」


詩音は心配そうにしていた北春を想って励ましてくれた。


しかし、それでも私の中のモヤモヤが晴れることはなかった。


いつもと、いつもと違う。


物事に理論的な稲葉がポテンシャルを頼りにしているように思えた。


それに、稲葉の作戦も低酸素状態になる環境で一撃も食らわずに『終焉』を避け続ける事が可能なのだろうか?


それに意識を失うほどの低酸素状態に耐えていられるのだろうか?


普通に考えれば、まず不可能だろうし、うまくいっても低酸素状態で共倒れになるだろう。


本当に本当に大丈夫なのだろうかと北春は心配を胸に募らせた。


「それじゃあ、稲葉のサポートの為に私たちも移動するよ。」


花音はそう言って、停止していた車を再び発車させた。


車はゆっくりと動き出し、北春は稲葉が消えて行った方角を真剣な表情で眺めていた。



---------------------------------------------------------



稲葉はスゥーっと、深呼吸した。


先程の『終焉』の火柱が振り下ろされる事によって発生した被害は甚大なものだろう。


そして、被害をこれ以上増やさないという使命感が自身を突き動かしているのかもしれないと思った。


稲葉は少し走って、火柱が振り下ろされた道路に到着した。


道路は二車線の大通りの道路なため、車線を遮る中央分離帯があり、そこが『終焉』の被害にあったのか中央分離帯の影も形なく、ただアスファルトをえぐり取るような溝が道路に刻まれており、今でも辺りにはチリチリと黒い炎が燃えていた。


そして、その道路には徐々に人が集まりつつある。


すると、そこには周囲の人々の目を釘付けにする黒いワンピースの少女が悠々と抉れたアスファルトの溝を敢えて歩いていた。


稲葉は一目で確信した。


『終焉』の能力を使う舞虎浜 姫子だと。


異名は、


「『魔女』。」


稲葉が呟くと同時に舞虎浜も稲葉に気付いたのか手を振って来た。


「おや、戻って来ると思っていたけど稲葉じゃないか?


勝負あそびに誘ったのは、橘姉妹だったけど、稲葉でも楽しいからまぁいいかw。」


舞虎浜は今すぐにでも辺りの野次馬を巻き込みながら『終焉』を使おうと戦闘態勢に入っていた。


「待て、舞虎浜。


ここだと危険だ!人通りの少ない道にしないか?」


稲葉が舞虎浜に場所の変更を持ち掛けるが、その途端、


「だったら、人払いすれば良いだろうww」


舞虎浜の狂気に染まった瞳を覗かせた瞬間、稲葉はしまったと思った。


そして、辺りの野次馬に逃げろ‼︎と勧告しようとしたが、手遅れだった。


「アハハハハーー‼︎」


舞虎浜は笑いながら『終焉』の黒い炎の塊を持ち上げるように頭上に発生させた。


それに伴い、野次馬は好奇心から視線が集まる。


「さぁ、ゲームスタートwww」


舞虎浜はおぞましい笑みを浮かべた瞬間、頭上の黒い炎の塊が飛び散り野次馬目掛けて、黒い炎が降り注いだ。


野次馬は恐怖の声上げて、我先にと一目散になって逃げ始めた。



しかし、それでも『終焉』の被害は避けられなかった。


黒い炎に少しでも接触すれば、瞬く間に燃え広がり跡形も無く燃やし尽くしてしまう。


稲葉が確認出来ただけでも3、4人は『終焉』の黒い炎によって死亡してしまったが、確認出来ていない人数は更に上回るだろう。


そして、人々が逃げ去っり車通りのなくなった大通りの道路には稲葉と舞虎浜が静かに残された。


「何故、殺した?」


稲葉は拳を強く握りしめ、憤りを露わにしていた。


「邪魔だったからに決まってるだろww」


舞虎浜は一切悪びれる様子を見せず、ゲームをしているように平然としている。


「そんなに私が許せないなら、ねじ伏せてみろよ!力尽くでなwww」


舞虎浜はそう言うと、『終焉』で手のひらに黒い炎を発生させ、それを稲葉に向かって直線状に放った。


舞虎浜から放たれた黒い炎は禍々しいオーラで全てを呑み込まんと稲葉に向かって押し寄せた。


稲葉は素早く腰を屈めて避けるのと同時に腰をのホルスターに無駄のない動作で手を回し、中から『セプター局』特製の拳銃を取り出した。


そして、立ち上がると同時に左に跳び、舞虎浜目掛けて拳銃を2発、一切の躊躇なく発砲した。


舞虎浜は何気ないように黒い炎を纏わせた右手でなぎ払い『皆無石かいむせき』の弾丸は一瞬で燃え尽きて消滅した。


「良いねw殺る気満々だねww」


舞虎浜は上機嫌に独り言を呟きながら、黒い炎を全身に纏わせた後軽いジャンプで溝からアスファルトの地面に着地した。


そして、一旦全身に纏わせた黒い炎を解除した。


「面白いなってきたねwww」


舞虎浜は絶好調のように笑った。


対照的に稲葉は拳銃を構えたまま、舞虎浜の動きを観察するような冷静な目付きをしていて、一言を発しなかった。



---------------------------------------------------------



稲葉は思考を巡らせていた。


作戦通りなら今頃は詩音が人気のなくなった道路に『創風』で徐々に低酸素状態を作り出している頃だろう。


出来れば、立ち話で少しは時間を潰してしまいたかったが、既に戦闘を始めてしまったため、後の祭りである。


そして、低酸素状態なのは道路の自分達を中心にした半径10m程度の空間なので、走って逃げる事も出来ず、また避け続けつつ反撃を繰り返し、舞虎浜に悟られないように立ち回らなければいけない。


そのギリギリを演出し続けなければ、舞虎浜に看破されてしまう。


そうでなければ、俺が今想定している最悪な事態になってしまう……。


稲葉は頭の中に想定を繰り広げ、更に思考を巡らせた。


すると、舞虎浜はニタニタしながら、


「まぁ、私としても同じ『セプター隊』の仲間を殺したい訳じゃないし、遊びとして最大限楽しみたいんだ。


だから、広範囲攻撃はあまりやらないけど、稲葉がヘマしたらそれは稲葉の責任だからねw


それじゃあ、本格的に始めるよwww」


そう言うと、右手に黒い炎を発生させて、勢い良くアスファルトの地面に右手を当てるように叩きつけ黒い炎を放った。


ゴゴゴと短い地響きと共に足元が少し揺れる。


稲葉は瞬時に事態を判断してバックステップで大きく後方に跳ぶ。


その瞬間、稲葉がいたアスファルトの地面から勢い良く黒い炎が噴き出し火柱が上がる。


そして、地面に着地した稲葉は拳銃を持っていない左手で地面に手を付き、ブレーキを掛け突如舞虎浜に向かって駆け出した。


しかも、稲葉がブレーキを掛けた地面からも黒い炎が噴き出し、駆け出した稲葉を追うように地面から黒い炎が噴き出し火柱が上がる。


すると、稲葉は突如奇っ怪な動きで右に左に進路を変え始めた。


だが、それもその筈。


稲葉が進路を変えたの瞬間、稲葉の目と鼻の先ギリギリに黒い炎が噴き出し火柱が上がっているのだ。


つまり、稲葉はギリギリで噴き上がる火柱を避け続けていることになる。


「流石は稲葉、よくかわせるねw


なら、これはどうかな?」


舞虎浜はそう言って不敵な笑みを浮かべると、右手で稲葉に狙い定め、手のひらから黒い火球を発射した。


黒い火球は稲葉向かって一直線に飛び徐々に減速し、稲葉の手前で停止した。


そして、


「バーーン!!」


と、舞虎浜の合図と共に、稲葉の手前で停止した火球が炸裂した。


火球は中規模で炸裂したため、広範囲攻撃というわけではないが、黒い炎が辺りを覆い、稲葉の姿が完全に見えなくなる。


「どうかなw?殺ったかな?


それとも、後方に退避したかな?」


舞虎浜は余裕ありげに、状況を吟味していた。


しかし、稲葉は黒い炎が消えるか消えないかのギリギリを掻い潜り、舞虎浜の一瞬の隙を突いて特攻してきたのだ。


そして、稲葉は近距離から拳銃で更に2発、発砲した。


舞虎浜は予想外の事態で反応が遅れ、黒い炎でのなぎ払いが追いつかなかった。


だが、稲葉が発砲した弾丸は舞虎浜に着弾する少し手前で、黒い炎が小規模に発生して瞬時に弾丸は燃え尽きてしまった。


稲葉は短く舌打ちをして、黒い炎のなぎ払いを避けるべく、後方に跳びバランス良く着地した。


「さっきのは凄かったよーww


でも、私の『終焉』には効果がないことは分かってるだろ??」


舞虎浜は更に不敵な笑みを浮かべた。


しかし、これは舞虎浜の言う通りだった。


『終焉』は致死に至る外部からの攻撃等は舞虎浜の意識下だろうと無意識下だろうと、自動で『終焉』が黒い炎を発生させて舞虎浜を守るのだ。


故に、例え擦り傷等の小さな傷であっても、致死に至る可能性があることから、実質舞虎浜に攻撃を当てることは不可能になってしまう。


だからこそ、今回の低酸素状態の作戦が活きてくる訳だ。


しかし、稲葉はハアハアと息を荒げながら、口呼吸をしてしまう。


どれだけ、鍛え方が違うと豪語しても全ての攻撃を避け且つ戦い方に気を配りながら低酸素状態の中動き回るのは、舞虎浜と比べても明白なくらい体力的に酸素的に限界が早まるのは当然だった。


しかし、逆に言えば、低酸素状態が順調に進行しているということになる。


稲葉はもう少しの辛抱だ!と辛い体に鞭を打つように、拳銃の照準を舞虎浜に合わせて構えた。


「なになに、もう疲れてるのww早くない?」


舞虎浜は呆れるような仕草をすると、


「だったら、全力で闘えるようにしてあげるよwww!!」


と、叫んだ途端、舞虎浜は黒い炎を身に纏い、そして完全に炎に呑み込まれ舞虎浜の姿が見えなくなる。


そして、黒い炎は物凄い勢いで膨張し、巨大化していく。


直ぐに稲葉がいた所も危険になり、慌てて後方に駆け出す。


黒い炎は巨大化し続け、大通りの道路の幅を埋め尽くすくらいの大きな火球になった。


しかし、突如火球の膨張が収まり、一瞬にして火球は燃やし終えたとばかりにチリチリと音を立てて消えていった。


稲葉が何が起きたのか状況を見極めていると、事態は起こった。


風を感じたのだ。


しかし、先程から風はほぼ吹いてはいなかったのに、急に強い追い風が吹くなんて……。


「ま、まさか‼︎」


そこで、稲葉は異変に気付き驚愕の声を上げた。


これはただの追い風ではなく、空気が引き寄せられているんだ。


「おやおやwその表情だと何が起きたか気付いちゃった感じかな?」


舞虎浜は驚愕し凍りつく稲葉とは対照的に陽気に話し掛けてきた。


「そう、私たちの周囲の空気を燃やしたんだよ。


当然、空気が無くなった空間には一気に新しい空気が流れ込んでくるかね。


どうせw酸素が薄くなっていたんでしょ?」


「いつから気付いていたんだ?」


稲葉は怖い顔をして、舞虎浜に聞き返す。


「大体、最初からwww


あの車には橘姉妹が乗っていた筈なのに、稲葉だけが出てきたから、何となくねw!」


舞虎浜は自信満々に解説をしていた。


しかし、稲葉は焦りを募らせていた。


作戦は完全に失敗してしまった。


しかも、先程の『終焉』の能力で低酸素状態の空気諸共、詩音の『創風』の能力も燃やされてしまった。


これでは最早、作戦の立て直しは不可能になってしまった。


しかも、舞虎浜に花音と詩音がいるという手の内さえも露見している状況ではが悪過ぎる。


そして、新たな作戦を立てるには難易度が高過ぎる。


ここは、やむ終えないが戦略的撤退で逃げ果せる道しか、稲葉には残されていなかった。


しかし、それの事実は舞虎浜からしても明白だった。


「さぁ稲葉!!闘いを続けよーよwww」


舞虎浜は先程まで不動だったが、右手に纏わせた黒い炎で稲葉に殴り掛かるべく突撃してきた。


「クソッ‼︎」


稲葉は毒吐き、素早く身を翻して黒い炎を避ける。


その刹那、稲葉は自身の能力『異質いしつ』の『雷』で、目くらましにスパークを右手に発生させた。


しかし、『終焉』の黒い炎は光でさえも喰らい、呑み込むように瞬時に燃やしてしまった。


「その程度、私に敵うわけないだろう!」


舞虎浜は叫びながら、黒い炎を稲葉の足元に目掛けてなぎ払った。


そんな状況でも稲葉は対応して、黒い炎のなぎ払いを避けるように、大きく後方に跳んだ。


しかし、稲葉は着地と同時に、先程黒い炎が噴き出した穴に足をすくわれ、バランスを崩し勢い良く尻餅をついてしまう。


そんな稲葉を見て、舞虎浜は


「ヘマをした稲葉が悪いんだよwww!!」


と、躊躇なく黒い炎を纏わせた拳を振り下ろした。


稲葉は反射的に力が入り、まぶたを閉じてしまう。


しかし、そこで救済の手が差し伸べられる。


「ダメッッッ‼︎‼︎‼︎」


と、人気のない大通りの道路に反響する少女の声が響き渡り、黒い炎が稲葉に直撃する寸前で停止した。


稲葉にはよくよく聞き覚えのある声だった。


そして、目を見開き声の元を見ると、やはり北春が慌てた様子で道路の端にいた。


稲葉は反射的に


「小雪っ‼︎何やってる、早く逃げろ!!」


と、注意勧告をしてしまう。


すると、寸前だった黒い炎を解除して、舞虎浜は北春の方を体を向けた。


「小雪ね〜……。


あぁ!聞いた事あるよ、新人の『セプター隊』のメンバーで稲葉とバディを組んでいる子でしょ?


北春 小雪、能力は『幸運こううん』だったっけwww」


舞虎浜は新しい玩具を見つけたように、更に面白い事を考え付いたように不敵で悍ましい笑みを浮かべた。


禍々しいまでのオーラを放ち、チリリと『終焉』の黒い炎を少し燃やしてたぎらせた。


「あなたの『幸運』と私の『終焉』、どっちが強い能力か勝負しようよww」


と、舞虎浜は北春に聞こえるように大きな声で喋り掛けた。


「え?」


北春は突然の事態に状況が把握出来ず、戸惑っている。


しかし、稲葉は直ぐに状況を理解し、尻餅をついたまま拳銃の残弾全てを舞虎浜に撃ち込んだ。


当然ながら、分かってはいた事ながら、稲葉を嘲笑うように舞虎浜の手前で『終焉』が発動し、弾丸は残らず焼き払われた。


舞虎浜は尻餅をついている稲葉を無様に見下すように、


「さぁ稲葉、後半戦の始まりだwww!!」


と、言い放った。


稲葉はその瞬間、素早く起き上がり北春の元に全速力で走り出した。


「小雪!逃げるぞ‼︎‼︎」


「え?え?」


北春はそれでも状況が把握できず、戸惑っていた。


「逃す訳ないだろうw」


舞虎浜は稲葉を追尾させるように黒い炎を右手に纏わせ、右腕を振り上げ黒い炎を放とうとした瞬間、急に右腕が重くなった。


しかも、右腕だけではなく身体全体がずっしりとして、まるで水の中のように重く身動きが出来なかった。


「これは……『重力じゅうりょく』か‼︎」


花音の能力『重力』で舞虎浜の所の重力を上げて身動きを取れないようにしたのだ。


もし、『重力』で地面に叩きつけられる程の攻撃力のある重力ならば、『終焉』が無意識に発動していただろうが、身動きが出来なくくらいだと、舞虎浜の身体に害がなく『終焉』も自動では発動してくれず厄介だ。


そして、舞虎浜が少しの間、身動きが取れず手間取っている内に、稲葉は北春の手を取り引っ張るように走って逃げ出した。


舞虎浜は目障りかの如く、全身を黒い炎で纏わせて『重力』の能力を燃やし尽くそうとした途端、ゴゴゴと短い地響きと共に舞虎浜の視界が一転した。


最初は何が起きたか分からなかったが、少ししてから落下しているのだと気付いた。


つまり、先程の黒い炎を噴き出した時に、アスファルトの地面を蟻の巣のように穴だらけした為、今の『重力』でアスファルトの地面に限界が来て崩落したという訳だ。


「稲葉どころか、私まで足を掬われる羽目になるとはねw」


そして、舞虎浜が地上に舞い戻り、アスファルトの地面に着地した頃には既に稲葉と北春は姿形もなく逃げ果せていた。


「面白くなって来たね〜〜www」


舞虎浜は久々の愉快な道楽に胸を躍らせた。


そう、舞虎浜は未だ稲葉と北春との勝負あそびを諦めてなどいなかった。



---------------------------------------------------------



「ハァ、ハァ、ハァ……。」


稲葉と北春は人通りの少ない道路のビルの壁に背中を預けて、息を荒げていた


そして、呼吸を整えるために少しの間、一休みをしているところだった。


舞虎浜から逃げ切る為に全速力で走り、彼女の姿が見えなくなったため、北春は少しばかりの安堵の気持ちを浮かべていた。


「小雪、怪我はないか?」


隣で息を荒げている稲葉が体力的に辛い筈なのに、私の事を心配してくれているのか問い掛けてきた。


「大、丈夫だよ。


そんなことより、稲葉こそ燃えたりとかしてない?」


「ハ、ハハ、少しでも燃えていたら、今頃はとっくに消滅しているよ。


でも、少し休憩したいかな。」


いつもの稲葉らしくない弱気な発言だった。


まるで、いつもの確信に満ちた行動力や意欲が失われているように思えた。


「鍛え方が違う、って豪語してたじゃない‼︎


アレは嘘、だったの⁉︎」


と、北春は喝を入れる意味合いで稲葉を問い質した。


「流石に、『魔女』だけあって、作戦も手の内も露見していて分が悪過ぎたんだ。」


「男の言い訳は見苦しいんだよ。」


北春の鋭い一言が稲葉の心を貫いた。


「ウゥ、、。」


そして、ぐうの音も出なくなってしまう。


「そんなことより、これからどうするの?」


北春はサラリと流し、話を続けた。


「ここからは、シンプルに『魔女』に見つからないに逃げ果せるしかない。」


「え⁉︎でも、それって本当に大丈夫?


最初は他の被害を抑えるために闘いを挑んだんだよね?


だったら、もしまた暴れられたら大変な事に……。」


そこで、北春もようやく事態を察した。


「もしかして、もう打つ手が無いの⁉︎」


「言い難いが、そういう事だ。


だが、『魔女』がこれ以上街中で暴れる事はないだろう。


作戦を看破されたとはいえ、一旦は『魔女』を出し抜き、撒いたんだ。


恐らく、今頃は『魔女』の視界には俺たちしか映らないだろうよ。」


稲葉の呼吸が安定し始め、口調が流暢りゅうちょうな口ぶりに戻り始める。


「それにしても、どうして北春は俺の所に来ているんだ。


花音の車に乗っていた筈だろう?」


北春は聞かれると思っていたものの、いざ聞かれると痛い所を突かれたようにギクリとしてしまう。


そして、素直に心配だったからとは言えずに、


「稲葉だって、私が来なかったら危なかったくせに!」


と、少し頬を赤らめて、照れ隠すように当たってしまう。


「確かにな、小雪が来てくれなかったら最悪の事態になっていたよ。


感謝してる、ありがとう。」


稲葉に真顔で感謝の言葉を述べられた北春は稲葉の顔を見ていられず、つい恥ずかしくなってそっぽを向いてしまう。


そして、そっぽを向いたまま話題をすり替えるように、


「それで、どうやって逃げるつもり?」


と、平然を装って聞いた。


「まずは橘姉妹と合流した後、花音の車で遠くに離れるしかないだろう。


近くの建物に隠れ込んでも、いつ見つかるか分からないからな。」


北春も完全に呼吸を整い終え、橘姉妹と合流するためにビルの壁に預けていた背中を空けた。


そして、ようやくそっぽを向いていた顔を元に戻して稲葉の顔を見た。


しかし、稲葉の顔は北春の頭の上空を鋭く睨みつけるように眺めていた。


「もう、見つかっているけどねw」


北春は突然の事に悪寒がして鳥肌が立った。


そして、バッ!と声の元がした方に振り向いた。


そこには、先程逃れた筈の恐怖の元凶がそこにはいた。


地上から10m程度の空中に背中からまるで羽を生やすように黒い炎を射出して、空を飛ぶ舞虎浜の姿があった。


北春は最初、まるで堕天使が降臨したのかと錯覚を覚えてしまった程のインパクトがあった。


「まさに、『魔女』だな。」


と、稲葉は嫌味を言う。


「なな、なんで、飛んで、いんるですか……?」


北春は驚愕のあまり片言になってしまう。


「飛んでいるというよりも、浮いているの方が正しいだろうな。


『魔女』は背中から『終焉』の黒い炎を出して、自身の重力を燃やしているんだよ。


そして、黒い炎を射出し続けて、それを移動の推進力にしているだ。」


稲葉はビルの壁に背中を預けたまま、腕を組んで冷静に解説した。


「やっぱり稲葉は流石だね〜ww」


空中に浮かんでいる舞虎浜は悠々とワンピースの中で足を組んでいた。


「だけど、私は能力操作が不得意だから、空を飛んだまま稲葉たちを狙い撃ちすることは出来ないんだよ、残念ながら。


まぁ、全てを巻き込んで燃やし尽くせば、話は別だけどwww


でも、それじゃあ面白くないだろう?」


そう言うと、舞虎浜の背中の黒い炎は徐々に小さくなり、それに伴い少しずつ降りて来ていた。


そして、背中の黒い炎が消える頃にはスタッと優雅に着地した。


「小雪、逃げろ。」


稲葉は冷たく言い放った。


「で、でも……。」


と、対抗する北春を容赦なく睨み付けた。


私は稲葉の真剣な表情とはまた違う表情に黙ってしまう。


真剣というよりも覚悟を決めて腹を括っているように見えた。


「帰って来るよね……?」


北春は稲葉の覚悟が心配になり、分かっていても聞かずにはいられなかった。


「当たり前だろ、だから先に橘姉妹と合流してくれ。


必ず追いつくから。」


「約束したからね。」


「あぁ、約束だ。


それに前にも言ったけど、必ず守ってみせるよ。」


稲葉の最後の一言だけはやけに物腰が柔らかかった。


北春は稲葉の言った言葉を胸に刻み、自身をそして稲葉を信じてその場から無言で逃げ出した。


本当はずっと居たかったが、守られるばかりの足手纏いで居続ける訳にはいかない。


逃げる際に稲葉に別れの挨拶はしたくなかった。


もし、してしまえばそれが最後の別れになってしまいそうで怖かったから。


だから、後で稲葉が追い付いたら絶対に出迎えてあげようと決めていた。


「おかえり。」


と、満面の笑みを浮かべて……。



---------------------------------------------------------



稲葉は北春が駆け出し、その姿が完全に見えなくなるまでずっと目で追っていた。


少し強く当たってしまったらところもあったが、後悔はなかった。


すると、舞虎浜はパチバチパチと拍手を稲葉に贈っていた。


「カッコいーねw惚れれしちゃうよ。


でも、さっきの決め台詞は死亡フラグか何かかな?


もし、私を満足に足止め出来ないと直ぐに北春に追い付いちゃうよ?


『終焉』と『幸運』の勝負あそびだからねwww」


愉快愉快と舞虎浜の挑発的な口調は『終焉』の能力による自信に充ち満ちているが故だった。


「もう足止めはしない。」


稲葉は極めて冷たく言い放った。


「え?何なにww?


それって、逃げる宣言かな?


それとも、ブラフかな?」


舞虎浜は稲葉と対極過ぎる程の調子で小馬鹿にするように受け応えた。


「これ以上、小雪に危険が及ぶようならココでお前を殺す。」


稲葉の決意に揺らぎはなく、悪意こそないものの確実な殺意が存在していた。


その殺意は舞虎浜の禍々しいような悍ましい恐怖を与えるものとは掛け離れていた。


それこそ、『セプター隊』の中で1番弱いとされる稲葉がひた隠しにしている強さと呼べるだろう。


「アハハハハ〜〜ッ」


舞虎浜は面白い冗談を聞いたように少しの間、お腹を抱えて笑っていた。


そして、笑いが収まると、


「お腹痛い、痛いよw


それにしても、いきなりどうしちゃったの?


稲葉の楽しい所は、他の雑魚と違って足止めに全力になるからこそなのに、そんな事言ってるなら他の雑魚と一緒で興ざめだよw


でも、そこまで言うなら力で証明してみろよwww!!」


舞虎浜はスイッチがONになったように興奮して熱くなる。


それと共に禍々しいオーラを存分に放ちながら、『終焉』で黒い炎を自身の身体に纏わせる。


「言われなくても、そのつもりだ!」


稲葉も気合を入れるように構え、ファイティングポーズを取る。


「あれ?拳銃は使わなくて良いのかなww?」


「お前には素手で十分だ。」


「ヘェ〜、そうw」


舞虎浜は少し勘に触ったのかトーンが少し低くなった。


そして、身体に纏わせる黒い炎を右拳に凝縮するように威力を込める。


「稲葉がそのつもりなら、私も殺すまで止まらないからww


もう、止められないけどねwww!!」


舞虎浜が叫ぶと同時に、稲葉、舞虎浜がお互いに向かい走り出した。


決意おもい破壊欲おもいが交差するように交わる。


そして、2人の走る勢いを気持ちをそのまま拳に乗せる。


丁度、中間地点で稲葉の拳と舞虎浜の黒い炎を纏わせた拳が激突した。


2人の合わさった拳から一瞬の眩い光が放たれた。


その刹那、2人の拳を中心に強い衝撃波が放たれる。


空気は軋み、近くのビルの窓ガラスは割れ、アスファルトの地面やビルの壁には勢い良くヒビが生える。


そして、稲葉と舞虎浜の2人は磁力の強い磁石で反発されるようにお互いが吹き飛ばされ地面に転がる。


稲葉はまるで分かっていたかのように、即座に受け身を取りバランスを立て直して立ち上がる。


一方の舞虎浜は盛大に地面を転がりながら、顔面をアスファルトに擦らせた。


そして、よろけながら何が起こったのか分からないようにフラフラと立ち上がる。


まるで、初めて転んだ子供のように擦りむいた手のひら、打ち付けて内出血した手足、擦れて血だらけの顔面の傷を確認するように触っていた。


そして、自分が怪我をしていることを認識した舞虎浜は掠れてボロボロの声で


「な、にが起こったのか……?」


と、目をキョロキョロさせていた。


舞虎浜は完全に自分を見失い、思考が追い付かないのかフリーズし続けていた。


そして、力が抜けたようにゆっくり地面に膝をついた。


「なんで『終焉』が…………。」


舞虎浜は自問自答を繰り返してはフリーズし、周りの事は一切見えていなかった。


「これに懲りたら、もう小雪に手出しするな。」


稲葉は舞子浜の前に立って言い放ったが、舞子浜は聞こえてもいないのか、無反応だった。


稲葉も返答を求める事はせずに舞子浜をその場に置き去りし、北春の後を追って駆け出した。


稲葉が去ってからも舞子浜は自分の力では動けないほどのショック抱え、そのまま佇んでいた。


そんな舞虎浜は微塵も笑っていなかった。



---------------------------------------------------------



北春はソワソワとじっとしていられない様子であっちに行ったり、こっちに行ったりと停車中の花音の車の前をウロウロとしていた。


そう、既に北春は橘姉妹と合流できていたのだ。


「心配なのは分かるけど、もう少しじっとしていたら?」


と、車の中から花音は運転席の窓を開けて声を掛ける。


「そうね、それに最悪の場合、稲葉が来なくても出発しなければならないわ。」


と、詩音は車のドアに背中を預けて、クールに言い放った。


「いいえ!稲葉は必ず帰って来ます!


だって、約束しましたから。


だから、必ず待ってて出迎えてあげるんです!」


北春は我慢できずに、言葉に力が入り詩音の食ってかかる。


そんな必死な北春を見て、詩音は優しくふふっと、笑った。


「そうね、それなら振り返って出迎えてあげたら?」


「え?」


北春はキョトンとしてから、慌てて振り返った。


そこには稲葉の姿があった。


今までの事を聞かれてしまったのかな?と思うと少し恥ずかしい所があったが、今度はそっぽを向かず稲葉の目を見つめる。


そして、北春は


「おかえり!」


と、頬を赤らめながら満面の笑みで出迎えた。


稲葉は少し驚いた顔をしていたが、状況を察して


「ただいま。」


と、言った。


北春はいつもの稲葉が戻って来たんだと思った。



---------------------------------------------------------



一方、その頃ビルの屋上から稲葉と舞子浜の闘いの一部始終を眺めていた1人の人物がいた。


「成る程な。


さて、あと1人で全て集まりますよ、『主人あるじ』様。」


そう呟いた人物の左眼は青色だった。

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