14話 出迎え
盲目とは理性や分別をなくして適切な判断ができないさま、という意味がある。
また、目が見えないこと、という意味もある。
盲目が1つ目の意味として使われたとしても、2つ目の意味として使われたとしても、どちらも間違えではなく、適切と呼べるだろう。
適切な判断ができないからこそ、未来を見通すことができない、目が見えていないに相違ない。
さらに、適切な判断ができないのだから、当然結果があるのならば、それは杜撰なものになるだろう。
客観的に見れば明らかなものも、盲点になってしまうのだ。
それほどまでに杜撰な計画を立てながら、実芽木 薪正と箕輪 夏実は、盲点だらけの計画に胸を躍らせた。
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辺りはうっすらと暗くなり始め、帰り道の歩道の街灯がちらほらと灯りを灯しつつある。
もしも、自分の心情を表現するとしたならば、ちょうど今頃のようなひっそりと静けさが増す時間帯かもしれない。
人は自身の気分が高まる際に期待に胸を躍らせて、足取りが軽くウキウキすることがある。
楽しみで楽しみで待ち遠しくて仕方なく、ソワソワしてしまう。
しかし、逆もまた然り北春 小雪が置かれている状況は足取りが重くなる現実に違いなかった。
夏休みに入ってから既に一週間と少しが経過した今、とうとう8月を迎えている。
そして、何故8月と共に足取りが重くなる現実を迎える事になったかというと、……。
そう、それは夏の暑い広場とドライアイスのショッピングモールの出来事『回想』
つまり、現実離れした事件を乗り越えて来た私は、突如普通の女子高校に戻され生活のギャップに困惑している。
こんな事になるとは、彼(稲葉)と出会う前は思いもよらなかった。
ここで、結論を述べると私は宿題の量の多さを今頃ながら思い出し、焦って稲葉 双熾と星河 蒼維と共に勉強会ならぬ宿題会を開き、その後『セプター局舎本部』への帰り道に至る。
「宿題を夏休みまでに終わらせられますか?」
辺りの暗さ深まり稲葉の表情は街灯の光に照らされないと分からないほどになっていた。
そんな帰り道の雑談を北春はぶっきら棒に質問した。
「まず、終わらないだろうな。」
稲葉の返答はとてもあっさりと淡白だった。
稲葉は普段も事件でも頭が良く、到底学校の宿題が終わらせられないなどというイメージが浮かばない。
しかし、『セプター隊』として日々を過ごしていれば、忙しかったり勉強が疎かになることは仕方がない。
と、北春は勝手に納得し、うんうんと哀れむように首を縦に振った。
「だから、もっとペースを上げないと、かなりヤバいぞ。」
ん?と、北春は言葉の違和感を感じた。
この場合は宿題を終わらせるためにペースを上げないとヤバいんだ!の方がしっくりくるだろう。
これでは、まるで私にペースを上げろと言っているようではないか……。
んんん⁉︎と、つい口に出てしまいそうなところを寸前で思い留める。
「えーっと、稲葉さんは宿題終わりそうですか?」
北春は無意識でかしこまったような少し変な口調になってしまう。
「あぁ、問題ないよ、それより勉強会の感じだと小雪は間に合わないだろうから頑張れよ。」
あ〜〜、成る程、成る程ね。
北春はここでようやく違和感から確信に変わる。
やはり、あの一言は私に向けられた言葉だったようだ。
しかし、そんな事を言われても困る話だ。
大きく言える話ではないが、この私、北春 小雪は勉強が得意でもなければ、好きでもない。
それでも必死で今までしがみつくように過ごして来たのだから、これ以上は厳しい。
今日の勉強会は蒼維ちゃんの家で行ったのだが、そこで私は蒼維ちゃんに教えられっぱなしで、稲葉の宿題事情は一切ノーマークだった。
それに、先月にガラッと環境が変わったのだ。
学校と『セプター隊』の両立をするのは難しい。
しかも、夏休みに入ってからの一週間は事件、事件、と忙しかった。
だから、少しずつなれる必要がある。
例えば、今日は勉強漬けだったから明日は気分転換とかしなければ、私が保たない。
北春は必死に自身の正当化と非常に見苦しい言い訳を重ね、内心で直ぐ弱音を上げていた。
「今日はこんなに頑張ったし、気分転換が必要だよね〜?」
と、北春は白々しく見え見えな提案をする。
稲葉は、はぁ〜〜っと、長い溜息を吐いていた。
もしかしたら、稲葉の癖は溜息かもしれないと思ったが、私の所為かもしれないとも思った。
「言ったそばから、なに逃げてるんだよ。」
「大丈夫!明後日から本気出すから。
稲葉も手伝ってね。」
北春は使い古した売り文句を決め台詞のように発した。
「気分転換か〜。
まぁ、アテがないわけじゃないしタイミングも丁度良いけど、本当に大丈夫か?」
稲葉は最終確認の如く心配してみせる。
「え?何がですか?」
北春はわざとらしくとぼけ、満面の笑みで稲葉を見つめ返す。
「愛と勇気と根性で乗り切ってみせますよ〜‼︎‼︎」
北春はやけに熱く声を上げて、柄でもなくガッツポーズをした。
その直後、重い足取りが嘘のように気分良くスキップを踏み始めた。
そして、ワクワクの期待が抑えきれず、
「明日の気分転換って、何をするんですか?」
と、北春は稲葉に問い掛けた。
「そんなに期待されても困るが、小雪がまだ出会ってない『セプター隊』のメンバーの出迎えに行くだよ。」
「へぇ〜、それって、誰なんですか?」
「橘姉妹だよ。
No.3の橘 花音とNo.4の橘 詩音。
丁度、明日外国から帰国するから空港に出迎えに行く、一種の茶番劇だ。」
「ちゃ、茶番、劇?」
稲葉はニタニタと愉快げな笑みを浮かべているようだった。
これはなんだか良からぬ事を考えている顔だろうなと、直感で察した。
「まぁ、そんなに心配するなよ。
気分転換だろ?気分転換。
あとは、明日のお楽しみ‼︎」
とても意味深な事を言っているが、北春からすれば謎だらけだ。
そして、深く考えようとした途端、
「あっ!そうと決まれば、橘姉妹に出迎えをする連絡を入れておかないとな。
それから、最近ストーカーが出没するらしいから、対策もして置かないとな。」
と、稲葉は突如わざとらしく喋り、最後には内容的にも全く関係なさそうな事を言っていた。
稲葉の意図や狙いが北春には全く分かりようがなかった。
北春が宿題をやらずに楽しむ為の気分転換なのに、これでは稲葉が楽しんでいるではないか。
稲葉のニヤついた顔は暗くなっている夜道でも北春には輝いて見えた。
何度思い返してみても稲葉の邪な考えをしていることだけは、丸分かりだった。
そして、私は稲葉に気分転換の提案をした事に若干の後悔の色と不安気な表情を浮かべながら、帰路をゆっくりと辿った。
既に辺りは完全に暗くなり、歩道の街灯が神々しく感じた。
どうか無事に済みますように!と、歩道の街灯に向かって胸の内に祈願した。
それが成就したかは、もし思い返してみても微妙な結末だったとしか言えないだろうな。
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とても、目覚めが良い朝だった。
しかし、正確には二度寝したくても出来なかった朝という表現の方が的確である。
北春は既に眠気が治まっているものの、目を擦りデジタルの置き時計で時刻を確認する。
そして、自身のスマホでも時刻を確認する。
もし、北春の見間違えや夢の中、あるいは幻覚でない限り、今は朝の5時と少しを迎えた時刻であることになる。
そして、何故私がとても目覚めの良い朝を迎える羽目になったかというと、これもまた幻聴等でない限り、スマホのアラームが鳴りさえもしていないのに、先程から自身の『宿泊室』のインターホンが止めどなく鳴り続けている。
ここから、北春が取れる行動の選択を間違えると必ず後悔する!と、そんな感じが頭にキュピーンと通り抜けた。
選択肢1、朝早くから起こされ二度寝できないものの、耳障りでストレスの溜まる一方のインターホンから鳴り続けている音をインターホンの電源を切って止める。そして、再び二度寝への挑戦を試みる選択肢。
選択肢2、インターホンを鳴らし続けているのだから、余程の緊急事態だろうと常識的に都合の良い解釈をした上で、大体の想像はついているが、ドアを開けずにのドアの覗き穴を覗いてインターホンを鳴らし続けてる人物を確認する。その後、今後の対応を考える選択肢。
選択肢3、不審者が現れたと、『セプター局』の警備員に通報する。勿論、インターホンを鳴らし続けてる人物を確認しないまま。その人物が連行された後、直ちに何もなかったとして忘れ去る選択肢。
選択肢4、選択肢1〜3に未練を大いに残したまま、渋々ドアを開け未だにインターホンを鳴らし続けている人物に事情を聞く選択肢。
北春は自分の考えきれる限りの選択肢に選択をうーーんと、声を出しながら決めあぐねていた。
すると、北春に更に追い討ちをかけるように、
「おはよう‼︎小雪起きてる??」
と、聞き覚えのある声が耳に届く。
そして、北春ははあ、と溜息を吐き、私は選択を間違えただろうなー、と内心で毒吐きながら渋々ドアを開けてインターホンを鳴らし続けていたであろう人物の顔を確認した。
「おはよう、今日は目覚めのいい朝だな。」
「……。そう、…ですね。」
北春の顔は引きつった笑顔を浮かべていた。
対照的に稲葉は清々しいまでの笑顔だった。
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現在、時刻は8時より少し前。
北春と稲葉は成田空港のロビーの椅子に腰掛けて、橘姉妹を出迎えるべく待機していた。
北春は5時に起こされたためか、座り方が少しだらけてしまっている。
それに引き換え、稲葉は何が楽しみなのか分からないが、今か今かと待ちわびるように前傾姿勢で座っている。
「何でそんなに楽しそうなんですか?」
北春は明日のお楽しみと稲葉に言われたが、呆れたのか耐えられなくなったのか分からないが、稲葉に尋ねてみることにした。
「元気なさそうだなぁ、小雪。
橘姉妹に会うのが楽しみじゃないのか?」
「期待はしてるけど、気分転換にはなってないような気がしてる。
だって、何が起きるのか知らないけど、完全に稲葉の趣味でしょ!」
稲葉は図星だったのか少しの沈黙の後にアハハと、引きつった苦笑いをしていた。
「ぐうの音も出ないです。」
稲葉は勘弁と言わんばかりに俯き小さくなった。
丁度、北春と稲葉のやり取りにキリがついたところで新しい声が届いた。
「おはよう‼︎稲葉。
久しぶりぶりだな。」
と、健康的な女性の声が稲葉を呼びつけた。
稲葉はそれに応えるように顔を上げ手を振って、
「1年ぶりの帰国だな。」
と、言って立ち上がった。
それに、つられる様に北春も立ち上がり、稲葉を呼んだ声の主を確認した。
そこには、緑の髪のセミロング、エメラルドグリーンの瞳、スラリとして背が高い、美人
で明るく性格が一目で分かる顔付をした女性がいた。
すると、その女性は稲葉から北春へと、体の向きを向き直し、
「初めまして、北春 小雪さん。
私は橘 花音です。
『セプター隊』へ、ようこそ。」
と、言って握手を求める様に手を前に出した。
北春はつい花音に見惚れていて、とっさに頭が追いつかず、あたふたと慌ててしまう。
そして、急いで花音の手を両手で握り、
「よ、よろしくお願いしますぅ‼︎」
花音は優しくアハハ笑ってくれた。
「初々しいね!北春は稲葉と付き合ってるの?」
と、突如繰り出された問いに、先程から少し赤かった頬が真っ赤に染まった。
「そそそ、そんなことは、断じてないですから。」
と、あわあわとしながら両手を振って否定した。
北春は明らかに挙動不審になっていた。
「良いね!可愛いね‼︎」
花音は更に嬉しそうにし始める。
そんな花音の悪ふざけに突然、終止符が打たれた。
「花音、いい加減にしてよ。
北春が困ってるよ。」
と、更に新しいクールでひんやりとした声の女性が花音を抑制した。
その女性は水色の髪のショート、透き通った水色の瞳、お人形さんみたいに可愛い顔付きだが、とても冷静そうでクールな雰囲気を醸し出している女性がいた。
「そんな怖い顔しなくても冗談だよ冗談。」
花音は叱られてもなおアハハと、優しく笑っていた。
「そう言えば、忘れていたね。
北春さんに紹介しよう。」
と、花音は言ってその女性を指した。
「彼女は橘 詩音、私の妹だよ。
いつも無口だし、言い方キツイし、クールぶってるし、私への扱い酷いけど、良い妹だから姉としても仲良くしてあげてね。」
「全然、何1つフォローできてないし、紹介が酷いすぎるよね?」
詩音は冷たいながらも少し怒りを露わにしていた。
「それほどでもあるよ〜。」
花音はエヘヘへとふざけながら照れていた。
そして、詩音は仕切り直す様にエホンと一拍置いて、
「改めて、よろしく北春さん。」
と、言って握手を求める様に手を前に出した。
「こちらこそ、よろしくお願いします。」
と、北春も握手を交わした。
そして、詩音の顔を見ると、クールながらも優しく笑っていた。
自己紹介が一通り済んだところで不意にあれ?と思った。
今思い返して見ると、稲葉が途中から一言も話していない。
不思議に思って稲葉に声を掛けようとすると、稲葉は周囲を神経を回しているのか、辺りをチラチラと見回し、私が声を掛けようとしていることに一切気付いていなかった。
「稲葉どうしたんですか?」
北春はそう言って稲葉の肩を軽く叩くと、ようやくこちらに気付いたのか、少し驚いていた。
「何でもないぞ。
それより、どうだった?橘姉妹は。」
稲葉はさらりと話題を変えたが、北春はそれに気付くことなく、
「とても、楽しいですよ。
話しているだけで、私も明るい気持ちになってきます。」
「そうか、確かにな。
あの姉妹はなんだかんだで仲良しだから、見ていても飽きないしな。」
北春は今、十分なほどに気分転換が出来ていると思った。
私にとっての新しい出会いが、更に私を変えてくれる。
それに、花音さん、詩音さんは少し年上だけど、話し易くて優しく人がいい。
姉妹として、息が合っているのか冗談とツッコミがピッタリで面白い。
とても、仲がいい姉妹なんだろうなと思える。
稲葉が言う茶番劇とはこのことなのだろうか?と、北春は自問していた。
しかし、それは突然始まった。
どこからともなく、複数のクラッカーが鳴り響き、成田空港のロビーには盛大に紙吹雪が舞い始めた。
北春は一体何が起きているのか分からなかった。
そして、それはロビーにいる人々も同じ様に困惑し、立ちすくんでいた。
「始まったか。」
稲葉は小さく呟いた。
しかし、その声は明るく鳴り響く音によって掻き消されていた。
盛大な音楽からしても歓迎のムードが感じられた。
そして、つい先程まではなかったはずなのに、ロビーの天井に金色の大きなくす玉が現れており、ぱかっと開いた。
くす玉からは更に紙吹雪が舞い散り、中から飛び出した垂れ幕には「花音・詩音おかえりなさい‼︎」と、達筆な字で書かれており、ロビーに突如出現した垂れ幕は大いに目立っていた。
ロビーにいた誰もが呆然とし唖然とする中、
拍手をしながら私達に近付いて来る男女の影があった。
「おかえりなさい‼︎」
男女は息を合わせて声を上げた。
北春はこの男女を見た事はなかったが、今起こったこの状況から鑑みるに2人は橘姉妹の出迎えをしている様だった。
すると、北春の目の前で予想だにしないことが起こった。
男は花音の前で、女は詩音の前で、同時に片膝を床につけ懐から、リングケースを取り出し、見せびらかす様に開いた。
リングケースの中には大きく煌めくダイヤモンドの指輪が輝いていた。
そして、2人同時に、
「結婚してください‼︎」
と、完結に愛のプロポーズをした。
北春は完全に置いてかれていた。
先程の出迎えにも驚きを隠せないでいたが、今は驚愕で身動きも取れていない。
公共の場でこれだけ盛大なプロポーズをしているのだから、サプライズされている方としては嬉しいのだらうかと北春は思った。
しかし、花音は引きつった笑顔で固まっており、詩音は呆れた様に溜息を吐いていた。
それに、よく思えば、女の方は詩音にプロポーズしているのだから女性同士ということになる。
「実芽木 薪正、箕輪 夏実‼︎証拠は抑えたからな。」
と、突如稲葉が2人の男女に向けて、声を掛けた。
よく見ると稲葉の手にはカメラが握られていた。
「何⁉︎『セプター隊』最弱、居たのか!」
「居たのか!」
男の方が驚愕の声を漏らし、女の方は復唱する形になる。
稲葉のやり取りを見るに、あまり2人とは仲が良くない様子で、男が実芽木、女が箕輪なのだろうと理解した。
すると、突然稲葉と実芽木、箕輪の間に割って入る様に1人の初老の男が立ち塞がった。
「『テレテレコンビ』こんな所で何をしておる?」
初老の男は2人に視線を柔らかい優しそうな視線を送った。
しかし、対照的に2人はガチガチに凍りついていた。
「何故ここにおられるのですか、月笠警視。」
「月笠警視。」
2人の顔は完全に死んでいて、恐怖が感じられる程だった。
「まさか、儂の能力『嗅覚』の存在をお忘れかね?
それよりも『テレテレコンビ』、お主らはストーカー規制法で橘姉妹への接触は禁止命令が出ておろう。
更に、罰金まで払っておるのに再犯に及びおって。
お主らは有能でこれ以外は非の打ち所がないから、甘く見てやっておったが残念じゃ。
『テレテレコンビ』何か最後に言い遺す事はあるかのう?」
「ヒィッ‼︎」
「ヒィッ!」
月笠の和やかな雰囲気の尋問で、先程までの盛大なムードは何処へやら、今では凍りついてしまっている。
だが、実芽木と箕輪もここで諦める訳にはいかず、往生際の悪い悪足掻きを試みる。
「ご、誤解なんです!」
「なんです!」
際どい場面でも実芽木と箕輪の息はピッタリで、正直この2人が結婚すれば良いんじゃないかと北春は思った。
「その、ここへは…そう偶然です、偶然。
まぁ、くす玉とか紙吹雪は誰か知らない人を喜ばせてあげようと思っただけで、喜んでもらえれば私達も本望ですので。」
「喜んでもらえれば私達も本望ですので。」
月笠は実芽木と箕輪の箕輪の見え透いた嘘を付くことが既に分かっていたかのように落ち着いていた。
「そこまで言うならば、こちらも徹底的に追い詰めるとするかのう。
稲葉君、よろしく頼むよ。」
月笠の呼びかけに北春の隣でニヤついていた稲葉が一歩前に出る。
そして、手にしていたカメラの写真を瀕死寸前の顔付きをしている実芽木と箕輪に見せつける。
「さっきも言ったけど、証拠は掴んだからな。」
見せつけられた写真には橘姉妹に膝をついてプロポーズしている姿がバッチリ写っていた。
「更にだ!」
稲葉はどんどんテンションが上がっているようだった。
稲葉が手にしていたカメラもこの時の為だったのかと、北春は練り上げられた計画に末恐ろしさを感じていた。
「お前ら、『セプター隊』のメンバーを買収しただろう?」
稲葉は確信を持った迷いない口調で問い詰めた。
「そんことは知らないぞ!『セプター隊』最弱‼︎」
「『セプター隊』最弱‼︎」
実芽木と箕輪には一切怖じけることなく食ってかかった。
「残念だが、イニシャルでN.Aが既に自供しているんだ。
更に、M.Tの目撃証言も抑えているぞ。」
稲葉の言葉に実芽木と箕輪は非常に悔しそうな顔をしていた。
対照的に稲葉は勝ち誇ったように楽しげだった。
「ことはともあれ、これで事件解決じゃのう。」
踏ん切りがつかない様子だが、実芽木と箕輪が完全に黙り込んでしまったので、稲葉から証拠の写真を受け取り、月笠にバトンタッチした。
「月笠警視、お手柔らかにお願いします。
「お願いします。」
そして、実芽木と箕輪は月笠の手によって、連行されていった。
話に置いてかれた人々は何事もなかったように散り始めた。
出迎えで舞った紙吹雪やクラッカー、くす玉と垂れ幕、それらは派手な筈なのに無性に取り残された寂しさを感じた。
これらを掃除する人も大変なんだろうな内心で同情した。
「小雪、出迎えの茶番劇はどうだった?
良い気分転換になっただろう?」
稲葉はとても愉快に晴れ晴れとしていた。
稲葉が言う茶番劇とは実芽木と箕輪のことを指していたのだろう。
「それにしても、あの方達は誰だったのですか?」
「あぁ、そうだな、小雪はまだ知らないよな。
20代の男女は2人とも警部補で男は実芽木 薪正、女は箕輪 夏実。
それで2人の上司が月笠 磐夫警視。
月笠さんとは顔見知りで、付き合いも悪くないよ。
あの2人とは違ってな!」
これまで起きたことを振り返ってみると、稲葉は月笠と共謀して、実芽木と箕輪を陥れたことになる。
それに昨日、稲葉が言っていた意味深な事も全てこうなることが分かっていたからだろう。
「稲葉、ありがとう、本当に感謝しているよ。」
「そうね、あの2人には困らされていたからね。」
と、花音と詩音が感謝の言葉を述べる。
「それじゃあ、ストーカーも一応解決したし、『セプター局本部』に帰りますか。」
しかし、稲葉の一言に北春が反発した。
「ええ⁉︎もう帰るの?」
「当たり前だろう、気分転換はもう済んだんだからな。
それに宿題をやるだろ?本気出すんだろ?」
稲葉の有無を言わさない口調から、北春は明後日からだよと言えないまま、どんどん話が進んでいく。
だが、そこで北春にとっての助け舟が訪れる。
「北春は気分転換がしたいの?」
と、事情をあまり心得ていない花音が北春に尋ねる。
「えぇ、そうなんですぅ。」
北春はか弱い子猫ぶって甘えてみる。
「宿題がやりたくないだけだろう。」
稲葉が鋭いツッコミを入れてくる。
「それじゃあドライブに行こう‼︎
実は車の手配は出来ているんだ!」
「え?」
唐突な気分転換の提案に北春はキョトンとしてしまう。
そして、その提案を受けて稲葉はあ〜あと、露骨に口から漏らし、詩音ははぁ〜ととても嫌そうな溜息をついていた。
しかし、そんなアウェーな雰囲気など、御構い無しに花音は止まらず突き進む。
「さぁ、みんな元気に行くよ!」
花音の掛け声に賛同の声を上げたものは成田空港に誰1人居なかった。
しかし、まだ1日は終わらない。
これから稲葉と北春を待ち受けているのは『終焉』の2文字だった。