表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
星々の消えゆく世界  作者: 山吹 残夏
12/22

11話 ドライアイス

決意とは重大な事について、とるべき行動や態度をはっきりきめる事である。


人はそれを言葉や行動で表に出し、自身の戒めへ変え遂行しようと思い続ける。


そして、思い続けている決意は蓄積し自身へと重圧になって降りかかる。


追い詰められれば精神は不安定となり、使命感へ、そして自身を苦しめる呪いへと変わってしまう。


その呪いは身を滅ぼし周囲に少なからず影響を与える事となる。


しかしながら、影響と言っても必ず悪い方向へ傾く訳ではない。


褒められた行動でない決意であっても必ず全て悪い方向の影響があるとは限らない。


だが、決意が善であろうと悪であろうと未来がどうなるかはわからないのである。


それは『神』のみぞ知るのだろうか?



------------------------------------------------------------



偶然にも、とはとても無責任な事である。


「うわぁ、これとっても綺麗!


いいないいな、欲しいな。」


北春きたはる 小雪こゆきは光り輝く宝石類を目の前に同じ様に目を輝かせていた。


しかし、宝石類は高校生の懐事情では到底手が届かない値を示している為、諦めざるをえなかった。


「高い!高すぎるよ。


ねぇ、稲葉ならどうやればこの宝石を手に入れられる?」


唐突に北春はトンチンカンな質問をする。


「ん?頭でも打っのか?


おーい、小雪戻って来い。」


北春の遠くを見ている様な目の前に稲葉いなば 双熾そうしが手をかざしながら呼び掛ける。


「ハッ!私、何言ってるんだろう?


高過ぎる値段見て頭がおかしくなったのかな?」


「だろうな。


そうでなければ、相当欲深い女だろうよ。」


「やめてよ、まるで私が稲葉の事をき使ってるみたいじゃない。」


「扱き使ってないなら、これはどういう状況なんだ?」


そう言った稲葉の両手には北春がショッピングモールで購入した買い物袋が数多く握られていた。


しかも、その中に稲葉の物はなかった。


現在、稲葉と北春の2人は『セプター局舎本部』を外出後、都内のショッピングモールに買い物に来ていた。


「これはあの時の買い物が潰れた罪滅ぼしよ。


本当なら栞ちゃんが一緒だったのに。」


確かに、三橋きはし きょうの事件の影響で確かに買い物の予定が崩れてしまった。


そして、本日は朝霧あさぎり しおりの方に予定があり、こうして2人きりで買い物をしている。


だが、


「屁理屈だろ⁉︎


しかも、朝の何だかいい雰囲気は何処に行ったんだ?」


と、悲痛にも稲葉は北春に訴えかけた。


「やめて!


何だか今考えると恥ずかしくて堪らないの。


だから、これくらいのやらないと自分が保ってられないの…。」


頬を赤く染め、手で顔を覆う北春を見て、稲葉は何も言えなかった。


「だから、ほら次行くよ、次。」


北春が稲葉の手をとり引っ張る様に前を歩いた。


そして、ショッピングモールを歩きながら2人の間には何とも言えない沈黙が続いていた。


その沈黙を打開するためだろう、突如稲葉がこう切り出した。


「んーと、宝石を手に入れる方法なら幾つかあるぞ。」


「え?何?今頃その話を引きずるの⁉︎


……でも、黙ったままが続くよりはいいけど…。」


北春は少しもじもじとしながら黙り、話に耳を傾けた。


「例えば宝くじを買って高額当選する!」


と、稲葉が堂々と宣言するが、


「1番に誰もがすぐ思い付いて、誰もが夢を見るだけで終わるやつだよ。」


と、北春がさらっと論破する。


稲葉もそうだな、と簡単に肯定した。


そして、


「次はリスクの高い仕事に手を出して、高い金額を手に入れるとか?」


「リスクの高い仕事?


あっ!それって、『セプター局』の仕事⁉︎


ねぇ、『セプター局』の仕事で給料って、出るの?」


少し北春のテンションが上昇する。


「……………?


えっと、一応『セプター隊』の任務遂行により給料と呼べるものは発生している。


だが、支払わせる先が北春 小雪ではなく、北春 小雪のご両親という事になっているだろう。」


稲葉はツッコミどころ満載な事を認識した上で敢えて何も言わずに流した。


「そ、そうだよね。」


北春のテンションが少し上がったと思いきや急降下した様に明らかに残念そうな顔が表に出ていた。


そして、稲葉は次の提案をした。


「なら次は宝石のあるこのショッピングモールごと占拠してしまうとか?」


「宝石1個にスケールが大き過ぎない?」


「確かに、小雪の言う通りだが、宝石1個にこだわらなくても手に入れられる物が沢山あるだろう?


けれど、やっぱりこのショッピングモールを占拠ってのは難しいそうだな。」


「そうですよ。


それに捕まったら意味ないですよ。


大体、立てこもりとか占拠は逮捕される運命にあるんですよ。


ドラマとかだと定番です。」


「そうだな、だから捕まってもいいくらいの成果が残るかどうか……。」


稲葉は途中から独り言を呟きながら考え込んでしまったが、先程までの重い沈黙の間からは脱する事が出来たようだ。


「宝石といえば、このショッピングモールの2階で展覧会をやってるみたいだよ。」


と、北春は無理やりながらにも新たな話題を持ち出した。


「そう言えばそうだな。」


「ねぇ、何か珍しい物とかあるのかな?」


「小雪は興味あるのか?


因みに『ビッグエッグ』が展覧会の目玉だった筈だぞ。」


「あっ!それね私聞いたことあるよ。


最近、ニュースでよく流れてるよ。


綺麗な水色の卵ぽい宝石でしょ?」


北春は自慢げに答えてみせる。


「ああ、でも少し違うな。


『ビッグエッグ』は数ヶ月前に日本で出土した『皆無石かいむせき』のことだ。


そして、何よりも目を惹くのはその色だ。


本来、『皆無錠かいむじょう』に使われる『皆無石』はグレーに近い黒色だが、『ビッグエッグ』は半透明のスカイブルー色をしている。


だが、世の中に透明な金属は存在は原理的に不可能なため、今一度『皆無石』について研究が進められ、『ビッグエッグ』の希少価値は驚く程跳ね上がっている筈だ。


更に、本来の密度、大きさの『皆無石』と比較してより強い能力の発動の抑制効果が確認されている。


そして、形状が大きな卵の様な形と莫大な資産が産まれるという事から無難に『ビッグエッグ』と名付けられた『皆無石(金属)』だから宝石ではないぞ。」


「やっぱり稲葉は細かい男になってるよ。


細かい男は女子に嫌われるっ知らないの?」


北春は厳しい所で稲葉の評価を下した。


「それにしても、そんな高価な物を何で見せびらかしたりするんだろう?


しかも、ショッピングモールなんかで危険じゃない?」


稲葉は別段変わった様子を見せずに、


「どうだろうな?


金持ちの考える事はよくわからないが、じかに見せる事によって『ビッグエッグ』の知名度と価値を更に引き上げようとでもしているじゃないか?


あと、危険性の面は高くない筈だ。


このショッピングモールはガチガチに警護、管理されているだろうし、ショッピングモール自体の入場制限までしているくらいだからな。」


「だから、入口で身分の証明とさせられたし、よく考えたら周りにいる人少ないよね。」


北春は成る程と頷きながら納得していた。


「でも、よく入れたよね〜。


あ!『セプター隊』だからとか?


捜査って言えば入れそうだよね?」


「もはや職権乱用だろ⁉︎」


「稲葉だって最初の頃、同じ様な事したじゃない。」


数秒の間、稲葉は黙りこくった。


「…………。


えっと、『セプター隊』ってのもあるかもな。


……………だけど、断然『北春』って名前の方が影響力が強いだろうな。」


稲葉は最後のところでボソボソと声が小さくなってしまう。


「聞こえなかったよ。


もう一回言って。」


「それはさて置き、小雪は何処に向かって歩いているんだ?」


さて置かない!と、言おうとした瞬間に北春はふと我に返った。


あれ?何処に向かってたっけ?と。



------------------------------------------------------------



時を同じくして、稲葉と北春のいるショッピングモールの地下2階商品倉庫。


「想像どうり人通りがない様だな。


今日は『ビッグエッグ』の展覧会をやってるからか、他の商品は売り物にならんだろう。


客層も違うしな。」


そう言いながら谷上せがみ 氷弥ひょうやは真っ暗な倉庫内を小型懐中電灯で照らしながら辺りを見渡していた。


「おい!約束は守ってもらえるだよな!」


谷上は背後にいる5人ばかりの集団に怒鳴るように話し掛けた。


その集団は全員男性で筋肉質ではあるが服装は普通の一般人と変わりない。


「当然、約束は守るさぁ。


だから、お前もしっかりやれよぉ。


『ビッグエッグ』をよろしく頼むぜぇ。」


5人の集団のリーダー格の男性、宮林みやばやし じょうが谷上を挑発するように応えた。


宮林の人を舐めた様な口調は谷上の意を介さなかったが、未だ『皆無錠かいむじょう』の付いてない手首の方が気になった。


谷上は『皆無錠』で施錠されたのは10年程前なので、手首に変な違和感を感じてしまい、気が散ってしょうがなかった。


「お前も気になってんのかぁ?」


そう言いながら宮林は谷上の肩に手を置き、覗き込む様にして自身の『皆無錠』の付いていない手首を突き出した。


「俺も『皆無錠』がねーとスースーして慣れねーなぁ、ハハッ!」


馴れ馴れしく接してくるリーダー格の男に谷上は苛立ちを覚え、


「気安く触れるな!」


と、怒鳴ってしまった。


しかし、宮林はヘラヘラとしながら、谷上から離れ、


「お高く留まってるねぇ〜。」


宮林は別段怒る事もなく、残り4人の部下に近づき、


「お前らぁ!最終準備に取り掛かれぇ!」


と、大きな声を飛ばした。


そして、宮林の掛け声に部下は無言で応じ、それぞれが準備を始める。


1人は大きなショルダーバッグからマシンガンやショットガンを取り出し、ボディや弾丸の確認を始める。


1人はナップザックから警備員の服装や装備を取り出し着替え始める。


1人は更に大きく2人掛かりで運んだ箱の中から見慣れない機械を取り出し設備の確認を始める。


1人は先程の見慣れない機械にパソコンを繋ぎ、キーボードを叩き始める。


「俺は先に行くぞ。」


谷上は宮林に一声掛け、小型懐中電灯を片手に倉庫から退出しようとする。


「おぉ、それじゃあ30分後にスタートなぁ。」


宮林は悪意のある顔でにんまりと笑った。


「分かっている。」


谷上は振り向くこともなく、地下2階商品倉庫を後にした。



------------------------------------------------------------



「ハァ〜〜。」


北春は盛大に大きなため息を吐いた。


そして、崩れ落ちるように近くのソファに座り込んだ。


結果的に2人は行き先のないまま、ショッピングモールの3階から1階まで歩き回り、現在1階の路肩のソファでへばってしまっている。


1階から3階まで通り抜けの空間で天井もガラス張りな為、天井から差し込んだ太陽の光が北春の座るソファを照らし付けていた。


「小雪は疲れすぎだと思うぞ。」


全く疲れていなさそうな稲葉は呆れつつも心配気味に北春のショッピングモールの買い物袋を両手に、ソファに座らず見下ろす状態で話し掛けた。


「私は稲葉と違ってトレーニングしてないけど、これから頑張るんだよ。


そう、これから…。」


北春は正直いって嬉しかった。


色々とありながらでも稲葉は『セプター隊』の仕事以外のプライベートでも私に付き合ってくれている。


こういった、何変哲のない日常が死の危険を2度も味わった後だと、とてつもなく大切でかけがえなく感じてしまう。


しかし、夏休みに入り学校がない為だろうか、稲葉1人での仕事量が増えている気がする。


実際に稲葉に聞いてみると、雑用だよとか、言われてはぐらかされてしまう。


それに引き換え私はといえば、夏休みを満喫し友達と遠出!とはならずに、『セプター局舎本部』の『宿泊室』に居るか、近場に1人で出かけているだけで全く満喫できていない。


原因は明確に私が『セプター隊』に入隊したことがあるだろう。


それに、クラスメイトにも私が『皆無石』の効果が無い能力者という事か知れ渡り、クラスにいるのが少し気まずくなっていた。


そのため、仲の良いクラスメイトとも気の使い合いで実質疎遠状態になってしまった。


だけど、クラスに稲葉と星河ほしかわ 蒼維あおいちゃんが転校してきたお陰で随分クラスにいるのが楽になった。


確かに、最初は稲葉との一悶着で色々な意味で大変だった。


蒼維ちゃんとも最初は思わせ振りな一言があったけれど、今では仲良くなりよくメールでやり取りをしている。


昔から稲葉を知っているらしく愚痴も聞いてもらえる。


まだ、出会って数週間しか経ってないのに、稲葉と同じくらい信用している自分がいる。


そこまで考えてやはり私は稲葉達に守られてばかりで自分は何もできていない。


自身の不甲斐なさに腹立たしく思えてくる。


私は『皆無石』の効果が無い能力者であるが、私の能力『幸運こううん』は未だ発動条件も発動方法も不明なままで、何一つ進歩がなく貢献もできていない。


また、技術力の面でも稲葉は拳銃の扱いに長けており、剣術に格闘技もできる。


それに比べ私は技術どころか武器さえ持たせて貰っていない。


そして、稲葉は頭の回転が早く行動力があるが、私は頭の回転どころか気を失っている始末だ。


考えれば考える程に自分の不甲斐なさが止めどなく浮かんでは私を苦しめる。


だから、自分のできる事は少しでも稲葉の、双熾の心に寄り添ってあげたいと思えた。


稲葉は冷静で謎の余裕があるけれど、実際は逆だと思う。


限界の切羽詰まったギリギリの状態で冷静でなんていられない、余裕なんか最初からない、それなのに周りを仲間を心配させないように悟られないように、殻に籠っているように直感で感じている。


でも、これは直感だから何の証拠も根拠もない。


確実も確証なければ真相もわからない。


だけど、確信ならある!


そんな自分にしか出来ない事を双熾にしてあげたかった。


しかし、「非力で無力な自分が何かをしてあげられている」というただの自己満足だろ、と言われたら何も言い返せないかも知れない。


稲葉はそんな事は一切望んでないかも知れない。


だけど、想いだけは負けたくなかった。


そして、徐々に双熾の役に立てるようになれればいいと思える程に北春は稲葉の事を想っていた。


「小雪、休憩は終わった?


ショッピングが終わったなら、そろそろ帰ろうよ。」


北春が色々と想っている間、稲葉はどうやら立ち続けだったようだ。


そして、扱き使い過ぎて疲れたのか、帰宅の提案をしてきた。


「うん、そうだね!


そろそろ帰ろうか。」


そう言って、北春は休憩を終了し、元気よくソファから立ち上がった。


「今日は本当にありがとうね。


えっと、その、色々と。」


「ん?何がだ?」


稲葉は北春からの突然の感謝の言葉にきょとんとしている。


「その、ショッピングに付き合ってくれたし、…………。」


北春はそこで言葉を詰まらせた。


あれ?よくよく考えたらこれは前回行けなかったショッピングの罪滅ぼしなわけだから、私が感謝する必要あるのかな?


「………コホン!」


北春は稲葉に見せつけるように大きな咳払いをわざとらしくする。


そして、内心で「今の無し今の無し」と、強く念じ


「よし!行くよ。」


と、北春は何事もなかったかのように、ショッピングモールの袋を持っている稲葉の手を引き、ショッピングモールの出口へと向かった。


しかし、突然に事件は発生した。


ピンポンパンポーンと、愉快で楽しげな音がショッピングモール内に響き渡り、店内アナウンスの開始を告げる。


「店内の皆様にお知らせします。


只今、店内で火災が発生しました。


お客様は、従業員の指示に従って、落ち着いて行動されますよう、御協力をお願いします。


従業員は、直ちに体制を整え、次の指示を待って下さい。


今後の情報は分かり次第、お伝えします。」


と、無機質で冷静な女性の声でショッピングモール内に火災が発生した事を告げていた。


北春は無意識のうちに火災の火元を見つけるべく、辺りをキョロキョロと見回してしまう。


そして、不意に頭上を見上げた。


先程まで、天井はガラス張りで太陽の光が差し込んでいたのに今はその光の輝きが失われていた。


しかしながら、それは至極当然だった。


本来ならば太陽が差し込むガラス張りの天井や照明の付いた天井でさえも見る事が出来ない、光をほぼ通さない程の濃密で黒々とした煙が覆い尽くしていた。


黒々とした煙はゆっくりと波打ちながら完全に3階の天井を覆い、少しずつ降下している様に見えた。


すると、北春の近くにいた貴婦人が自分と同じく頭上を見上げ愕然としていた。


「ギャ〜‼︎煙!火!


助けて!死にたくないっ、死にたくな〜い!」


貴婦人は品は疎か、見窄みすぼらしい子供の様に慌てた足取りで出口に向かって走り出した。


それを見ていた他の客にも動揺が伝染し、1人また1人と冷静さを失いながら出口に向かい一目散に走り出していた。


そして、広まった動揺は目に見える恐怖の前では無意味だった。


しかし、北春は冷静でいる事が出来た。


その1つ要因はやはり隣に稲葉がいるということだった。


けれども、北春もこの場では無意味と大差なかった。


北春はこの状況を打開する策を知らなければ、持ち合わせてもいない。


強いてできる事があるのならば、冷静を失い動揺する客に従業員の指示に従ってパニックに陥らない様に声を掛け続ける事しかないだろう。


「あの煙の量は危険だよ!


私も避難した方がいいよ。」


北春は未だ一言も発してなかった稲葉に強く提案した。


稲葉は少しの間、黒々とした煙が充満する天井を見上げたまま無反応だったが、直後顔を戻し、


「そうだな、小雪の言う通り念の為に避難して置いてくれ。」


稲葉はそう言って、出口とは真逆の方向に向かい歩き出そうとした。


しかし、北春は勢いよく稲葉の手を両手で握り締め、歩き出さない様に抑制した。


「まっ、て、待ってください!」


稲葉は北春の行動に少し驚いた表情を覗かせた。


「なんで、また、そうやって1人で行こうとするんですか!」


北春は必死に叫んでいた。


「ここからは危険なんだ。


分かってくれ、小雪。」


稲葉は柔らかに我がままな子供を諭すよう話した。


「駄目です、ダメです!


稲葉は私を2回も救ってくれました。


けれど、私は貴方の為に何もできてない。


足手纏あしでまといになるのだって分かってるよ!


それでも、貴方の心の支えでいてあげたいの‼︎」


北春は必死になっていた。


なんだか、今を手放してはいけない、そんな気がしていた。


北春の睨みつけるような強い眼差しに稲葉は根負けしたように溜息を吐いた。


「分かったよ。


だけど、危険だから俺の後ろにいるんだぞ。」


「うん!ありがとう、双熾!


でも、煙を吸う前に早く避難した方がいいんじゃないの?」


稲葉は辺りを見渡し説明を始めた。


「急いでいるから、端的に説明するぞ。


まず、俺の推測だとあの煙は偽物だ。


本来、ショッピングモール等の建物には絶対に火災報知器やスプリンクラーが必ず設置されている。


そして、あれだけの煙の火災となると熱量もとてつもない筈だ。


そして、火災報知器やスプリンクラーは熱を感知するもの、煙を感知するもの、炎を感知するもの、と分類される筈だから、そのどの種類に分類されていたとしてもその全てが起動していないのは明らかにおかしい。」


「でも、もしかしたら故障か点検中かもしれないよ?」


北春は不意に思い浮かんだ疑問を問い掛けて、稲葉の説明を遮ってしまう。


「営業中に全ての点検はあり得ないし、今日は『ビッグエッグ』の展覧会を行っている中で設備不良もあり得ない。


これは意図的によって作り出された故意な状況下ってことだよ。」


「で、でも、火災報知器やスプリンクラーが起動してないのに何で火災アナウンスは流れたんですか?


まるで、逃げるように言ってるみたいに…。」


そこで北春も何が起きていたか理解できた。


「火災報知器やスプリンクラーが起動しているだけでは客は直ぐに状況を理解し行動を取ることが出来ない。


しかし、言葉で火災を知らせ、目に見える形で煙が迫って来ている事を見せつければ、直ぐにでも逃げ出す客が出てくる。


そして、それにつられて次々と逃げ出せばほんの数分で辺りの人払いが出来る。


それに現状、従業員が1人たりとも見当たらない。


最初から避難指示を出す気なないのか、出す事をさえままならない状況なのか。


だから、意図的な犯人がここまでして何がしたいのか?


狙いは一目瞭然、この日このショッピングモールで行われている展覧会の目玉、『ビッグエッグ』の奪取だ。」



------------------------------------------------------------



宮林はお客様センターの放送室で踏ん反り返りながら椅子に座り、クルクルと椅子で回転しながら鼻歌を歌っていた。


「リーダー、くつろぎ過ぎですよ。」


5人の集団の部下の1人がパソコンを片手に声を掛けた。


「うるせぇ、全員殺っちまったから暇なんだよぉ。


何なら、お前が的になるかぁ?」


そう言った宮林の足元には真っ赤に染まった従業員の亡骸が横たわっていた。


「冗談きついですよ。


それに能力が自由に使えるからって羽目を外し過ぎなんですよ。」


現在、お客様センターには従業員や警備員、更に『ビッグエッグ』の護衛やSPなど色々な人種の亡骸が赤々と床や壁や天井や自身の身体を染め上げていた。


「何が悪いんだぁ?


俺はお前らみたいな自分の能力さえも分からない貧弱能力者とは違うんだよぉ〜。」


「そうですね。


でも、リーダーだって谷上には圧倒的に能力で負けてますよね。


だって、リーダーの能力『彩色さいしょく』は1種類の元素気体に色を付ける能力ですもんね。


しかも、初見じゃないと強くないですし、やっぱり戦闘向きじゃないですよ、リーダーの能力は。」


「やっぱりお前もブチ殺すぞぉ‼︎


能力さえも分からないくせして歯向かってくんじゃねーよぉ、クソがぁ!」


宮林は部下の挑発に既にブチ切れそうになっていた。


すると、部下のパソコンにメールが届いた。


「警備員室制圧完了。


『二酸化炭素噴出機』設置、起動を確認。


谷上は動き始めました。」


と、宮林に端的にメール内容を伝えた。


「よし、じゃあ俺達は手っ取り早く撤退するかぁ。


他の奴等にもそう伝えとけぇ。」


宮林は足下の亡骸を踏みつけるようにして、回転していた椅子を止めて立ち上がった。


「リーダー、防犯カメラ等の機材は破壊しなくていいんですか?」


「いいんだよぉ、どうせ潰れるんだからなぁ。」


宮林は再び悪意のある顔でにんまりと笑った。



------------------------------------------------------------



北春は稲葉の後ろを周りに注意しながら慎重に歩いていた。


因みに、北春のショッピングモールの買い物袋は、渋々近くのコインロッカーへと収納される羽目になった。


現在、2人は『ビッグエッグ』の展覧会場に向かうべく2階の通路を歩いていた。


黒々とした煙は未だ2階まで降下してない様だった。


「稲葉、何故あの煙が偽物だと言い切れるのですか?


もしかしたら、犯人は警備員室を制圧して、火災報知器等の電源をだったのかも知れませんよ。」


北春は張り詰めた空気の中、場繋ぎくらいの思いで稲葉に質問した。


「小雪の言う通り、あの煙が本物で実際に火災が発生している可能性は確かにある。


だが、それならさっきも言った通り火災アナウンスを流す必要がない。


それに本当に火災が起きていたら、もしかしたら『ビッグエッグ』の奪取の前に炎に飲まれてしまったらそれは失敗だ。


だから、あの煙は幻覚か煙を噴出する機械が設置してあるだろう。


だけど、一応煙には注意してくれ。」


「はい。」


北春は稲葉に言われた通り、辺りに煙が降下してきていないか注意を払うよう歩いた。


既に2階は寂しいくらいの人の姿がなかった。


火災アナウンスを聞いて客は逃げ出したから当然なのだが、微妙な異様さは拭いきれない。


しかし、前方の廊下から冷静な足取りで歩く青年の姿が見えた。


顔が見える様になっても、北春には慌てている様子には見えず、ましてや火災アナウンスを聞き逃したのではないだろうかと思えた。


例えば、トイレで寝ていたとして出て来たら周りには誰もいなかったから何が起きてるか知らせてくれる人がいなかったのだろう。


そこで親切に、北春は前方の青年に声を掛けようとする前に、北春の前を歩く稲葉が足を止めた。


「どうしたの?」


何が起きたか分からない北春は危うく止まりそびれて、稲葉に激突しそうになるのを間一髪で防いだ。


「小雪、危険だ、退がってくれ。」


稲葉は冷たく北春に言い放ちそれ以上話さなかった。


「う、うん…。」


北春は状況が掴めないものの、稲葉の指示に従い数歩ほど後ろ歩きで稲葉から離れた。


そして、ふっと前方から歩いてきた青年を見ると、稲葉と向かい合う様に立ち止まっていた。


稲葉と青年の間の空間だけ、北春には別の空間なのではないだろうかと思えるほど張り詰めていた。


そして、先に張り詰めた空間の均衡を破ったのは稲葉だった。


谷上せがみ 氷弥ひょうやだな?」


北春には稲葉が発した名前の人物が誰だか分からなかった。


しかし、前方の青年は少し驚いた顔を覗かせたが再び冷静な顔付きに戻った。


「よく分かったな、驚きだよ。


因みにお前は何物だ?」


谷上は少し興奮気味で聞き返し、冷静に稲葉の素性の分析を始めた。


「稲葉、だ、誰ですか?」


北春は未だに状況を掴むことが出来ず、黙って聞いてもいられずに稲葉に答えを求めてしまう。


「奴の名前は谷上 氷弥。


昨晩の『皆無錠』破壊事件の容疑者だ。


そして、この状況下のショッピングモールに奴がいる時点で、事の元凶は谷上 氷弥で間違えない。」


北春には知らない情報があったが前方の青年、谷上は『皆無錠』を取り外し、能力が使える様になっている為、『ビッグエッグ』の奪取の現行犯になり得ているのだろうという稲葉の推測を北春はギリギリで理解した。


それに、よくよく考えたら目が覚めて周りに人が誰もいなくなっていたら、それはそれで冷静に歩いてなんかいられない筈だ。


「取り込み中かも知れないが、こちらの推測も聞いてくれないか?」


と、谷上は北春が稲葉と谷上の情報共有をしている最中、割って入った。


「お前は、警察の関係者か協力者だろう?


昨晩に発生した事件にも関わらず、俺の顔を見ただけで個人特定し得る情報の入手が早過ぎる為だ。


それにお前らは高校生くらいだから断言出来ないが、『皆無錠』を付けていない為、能力が使えるのだろう?


それにしてもどうして俺がここに居るとわかったのか?」


谷上が饒舌じょうぜつに推測を話しながらも、自問自答をしていた。


「残念ながら最初が間違っているぞ。


俺らは『セプター隊』だからな。


それから、俺がここに来たのは偶然だ。」


稲葉に推測の根本を指摘し直されたが、谷上は一切の動揺を見せず、ふむふむと納得した趣きで頷いた。


「そうか、偶然か、笑えないな。


しかし、『セプター隊』なら『皆無石』の効果がある普通の能力者には優位に立ち回れるだろう。


だが、『皆無錠』破壊事件は普通に考えれば、警察が取り扱う案件だ。


何故、『セプター局』が介入してくる?」


「まぁ、それはアレだよ。


色々な込み入った事情って、ヤツだな。」


稲葉は苦笑いをしながらはぐらかしたが、北春には話が難しくなりつつあり、状況を理解するのに必死で全く気にならなかった。


「ふっ、言えないか。


まぁ、いい。


それで、お前は俺を捕まえるのか?」


そこで、谷上は最もな質問を繰り出した。


「当然だ。」


谷上の質問に対する稲葉の回答はとても短かった。


そして、稲葉は腰のホルダーではなくポケットに手を入れ、中から円柱状の黒い筒を取り出した。


その筒は表面が黒色なのではなく、薄い透明の材質な為、中に詰められている物の色が透けて見えている様なっていて、まるで試験管のようだった。


そして、北春にはそれの見覚えがあった。


ショッピングモールに来る前の、『セプター局舎本部』からも出る前に稲葉が菊田きくた ひな『実務長』の所へ寄っていた。


その時に、菊田『実務長』から渡されていた物だった。


確か、稲葉は『皆無石』の粉って言ってたけれど、私には試験管に鉄粉がギッシリ詰まっている様にしか見えなかった。


そして、稲葉は円筒の栓を外さずに、谷上に向かって思いっ切り投げ付けた。


しかし、円筒は谷上に直撃するコースを外れ、谷上の頭上の2階の天井に勢いよく激突したため表面が割れ中から溢れ出た『皆無石』の粉が谷上を中心とする空間に拡がった。


そして、『皆無石』の粉は満遍なく飛び散り、ゆっくりと降り注いだ。


しかし、少し経っても『皆無石』の粉が降り積もる事はなかった。


北春には『皆無石』の粉が空中にまるで浮かんでいる様にしか見えなかった。


そして、自身の目を疑い、目の前で起こっている現象に理解が追い付かず、ただ困惑するしかなかった。


谷上も異変に気付き、空中を浮遊する『皆無石』の粉に触れようと指先を伸ばした。


そして、谷上の指先が浮遊する『皆無石』の粉に触れようとした瞬間、バチッ!と静電気が流れたような音が小さいながらも北春の耳にも届いた。


しかし、谷上は無意識に指を引っ込めて、何が起きているのかを考えるように、谷上の視線は『皆無石』の粉と自身の指を交互した。


だが、この場で何が起こっているのかを理解できているのは事の張本人である稲葉だけだろう。


すると、稲葉はいつもの無駄のない動きで、腰のホルダーに手を回し、中から拳銃を取り出し谷上に照準を合わせた。


「『ビッグエッグ』を差し出し投降しろ、谷上 氷弥‼︎


『皆無石』の牢獄の中では、もう『固体二酸化炭素ドライアイス』は使えない。」


北春から見て、『皆無石』の牢獄という言葉もどういう事なのか分からなかったが、確かに包み込むようにして『皆無石』の粉が谷上の周りを覆い尽くしていた。


稲葉の投降命令に谷上は意に返さず、手のひらを広げ何かをしようとしたが、何も起こらなかった。


そして、谷上は再びふむふむと1人で納得しつつ関心をしていた。


「どうやら能力が使えないのは本当だな。


そして、この空中を浮遊して黒色の粉は本当に『皆無石』の粉のようだな。


本来なら『皆無石』の粉を空中にばら撒いたら地面に落ちるし、人体に直接接触をしている『皆無石』の粉が少ないにも関わらず、能力の使用を不可能にするには相当強力な『皆無石』が必要な筈だ。


例えば、『ビッグエッグ』クラスのな。


そして、俺の目の前で発生している現象は初めてだから全て推測になるが、『皆無石』の粉に流れている微電流が関係しているだろ?


恐らく、ある一定の電流を流す事でお互いの『皆無石』の効果を向上させ、空間自体を『皆無錠』にしたんだろう。


更に、『皆無石』の粉という比較的軽量化をすることで、電流を流す事で発生した磁力の反発を利用して、『皆無石』の粉の滞空時間を延ばしているんだろう。


だが、この『皆無石』の牢獄の欠点は時間制限がある事だ。


良く見れば分かるが、浮遊する『皆無石』の粉は少しずつではあるが降下し続けている。


しかし、浮遊し続けさせる為には『皆無石』を軽くしなければならないが、軽くし過ぎると『皆無石』の効果が低迷して牢獄としての意味を成さなくなる。


微電流はお前の能力だろうが、俺の推測で何か間違っているところはあるか?


それと、この『皆無石』の牢獄のタイムリミットはあと何分だろうな?」


「大正解な上にタイムリミットはあと、3分って所だよ。


だが、問題はない。


今すぐ『皆無錠』で拘束させてもらう。


もしも、怪しい動きがあれば、額をブチ抜く。」


稲葉は冷静にとてつもなく物騒な物言いをしていた。


そして、稲葉はゆっくりと拳銃を構えたまま、谷上に徐々に近づいた。


北春は先程から全くもって動けていなかったが、奇妙な不気味さを感じていた。


稲葉と谷上の2人の話は難しく分からない部分もあったが、稲葉が優勢である事は間違えがなかった。


にも関わらず、谷上は危機感どころか余裕があるような、諦めどころか未だ信念を突き通しているような、そんな何とも言い現わし辛い違和感があった。


その違和感が状況と矛盾しているが故の不気味さを感じられていた。


しかし、その不気味さは直ぐに明らかとなる。


「本当に俺を拘束していいのか?」


谷上は稲葉にそう問いかけた。


声音は強張っておらず、ハッタリから出た言葉ではなさそうだった。


「今更、何を言っているんだ?」


稲葉は拳銃の照準を谷上から外さずに、周囲に警戒を向ける。


「よく考えてみろよ。


火災アナウンスが流れて客が逃げ出してから、ある程度の時間が経っているだろう?


その間、俺は何をしていたと思う?


本来、最短ルートで『ビッグエッグ』の奪取に取り組めば、恐らくお前らとは遭遇すらせずに逃げ延びれているんだよ。」


谷上は流暢りゅうちょうに話すなか、稲葉の表情は強張りを見せつつあった。


『皆無石』の牢獄のタイムリミットが迫りつつあるものの、谷上の余裕から周囲や谷上を警戒し、狭あぐねていた。


「つまり、奥の手があるのか?」


谷上にこれ以上近づけていなかった稲葉が遂に核心に迫った。


そして、谷上はふふっと、笑い、今まで言う事をずっと我慢していたように、


「今このショッピングモールが建っているのはドライアイスのお陰なんだぞ。」


と、言った。


北春は谷上のその一言を聞いても意味が分からなかった。


そして、何かの豆知識だろうか?なぞなぞだろうか?と思った。


しかし、稲葉は内容を理解したのか、まるで凍り付いたように動かなかった。


谷上の一言は豆知識でもなぞなぞでもなく、そのままの文字通りの意味だった。


「今、このショッピングモールの支柱の大半はドライアイスになっている。


だから、こうやって俺の能力が使えないと支えるどころか、維持さえもままならなくなるぞ。」


北春は谷上が言っている事の理解が追いつかず、頭上にクエッションマークを浮かべながら、頭を捻っていた。


第一、彼は『皆無石』の牢獄の中で能力が使えないから、ハッタリに決まっている‼︎


北春はそう内心で思ったが、収まりが付かず、結局稲葉に聞いてみる事にした。


「その、いま、何が起こっているんですか?」


しかし、応えたのは稲葉ではなく、谷上だった。


「ふっ、まだ分からないのか。


まぁいい、つまりだ。


このショッピングモールの支柱を能力『固体二酸化炭素』でドライアイスにすげ替えただげだ。」


北春は谷上の説明に瞬間で驚きを感じた。


そこまで、強大で幅の広い事ができる能力はそこら辺に転がっては居ない。


しかし、北春にも矛盾を感じる疑問が浮かんでいた。


「でも、能力が使えない今の状態でどうやって、ショッピングモールを支えているんですか?


『皆無石』の影響で能力者の能力は消滅する筈ですよね?」


しかし、その点が北春も稲葉でさえも見逃していたのだった。


「普通、ショッピングモールの支柱をドライアイスに変更できる程の、大量のドライアイスを持ち込んでいるなどあり得ないという、盲点を突かれたんだ…。」


稲葉は悔しそうに歯ぎしりをした。


「えっ…、それって。


能力でショッピングモールにいる時にドライアイスを生成したんじゃなくて、元から能力を使わないで造られたドライアイスを持ち込んだの……………。」


ただただ北春は驚愕し、黙り込んでしまった。


規模が、格が、発想が、違い過ぎる。


それ程までにぶっ飛んでいる事が実現し得るのか?


ただ自問自答にうなされるも出来ない事はない、という結論に至ってしまう。


そして、北春が稲葉が何も出来ないままに、時が満ちてしまった。


谷上の周りを浮遊していた『皆無石』の粉が全て地面に降り積もった。


これで完全に『皆無石』の牢獄は意味をなさなくなった。


「タイムアップだ。」


すると、谷上は右腕を稲葉や北春がいる方向を向け、掌を広げた。


何が起きたか分からなかったが、北春が後ろを振り向くと、通路をき止めるように黒い壁が出来ていた。


そして、よく見るとこれが黒色のドライアイスの壁だと気付けた。


「因みにな、発生していた煙は二酸化炭素だったんだぞ。」


その瞬間、谷上が喋っている隙を狙って、稲葉は拳銃を発砲した。


しかし、谷上の懐から何が飛び出し、弾丸と接触した。


そして、稲葉が発砲した弾丸は谷上に届く事なく、空中で静止し落下した。


その弾丸はドライアイスで覆われていた。


「残念だったな、『皆無石』の弾丸を使っても本物のドライアイスを使えば、恐るに足らんな。」


不意打ちに失敗した稲葉は、少しずつ後退し北春を守るように北春の目の前まで後ずさりをした。


「さて、どうしようか?


生かすも殺すも俺次第か。


まぁ、お前らは俺を少しばかり楽しませてくれたから、少しばかりのチャンスをやろう。


成功すれば何事もなく、逃げる事ができる。


失敗しても運が良ければ、崩壊したショッピングモールの隙間で生き延びれるかも知れないぞ。」


谷上はそう言うと、通路から黒々とした煙が凄い勢いで迫り、谷上と稲葉や北春を隔てるように黒いドライアイスの壁が発生した。


そして、完全に隔離させれしまった。


「小雪、大丈夫か?怪我はないか?」


谷上の姿が見えなくなった瞬間、稲葉は直ぐに振り向き北春の安否を確認してきた。


「慌てすぎですよ。


それよも、閉じ込められちゃいましたけど、脱出できますか?」


「うーん、何とも言えないな。


谷上は支柱をドライアイスにすげ替えるくらい用心深いから、この2面のドライアイスの壁の厚みがどれだけあるか分からないからな。」


稲葉は先程までの張り詰めていた空気とは一変し、隔離されているにも関わらず、少し緊張感なく喋ってる。


「でも、ドライアイスなら無難に稲葉の能力『異質いしつ』の火で溶かしていけばいいと思ったんですけど。」


と、北春は本当に無難な提案をしたが、直ぐに稲葉に論破されてしまう。


「方法として間違えていないが、隔離され密室空間の可能性がある通路でドライアイスを溶かして二酸化炭素を発生し続ければ、高い可能性で二酸化炭素中毒で2人とも気を失ってしまう。」


「なら、『皆無石』を使うのはどうですか?」


「それも同じだ。


結局、ドライアイスが溶けて、二酸化炭素が発生していまう。」


「そうですか…。」


北春はしょぼんと肩を落とし、残念そうに下を向いた。


現在、2人は死の危険があるなか、ろくな打開策が見つからずに八方塞がりだった。


「取り敢えず、救助が来ているかも知れないから、菊田『実務長』に電話をてしみてくれないか?


もしかしたら、誰か助けに来てくれるかも知れない。」


「そうですね!


火災だと思って逃げた客がいましたから、レスキュー隊が来ている筈ですしね!」


北春はあえて明るく喋って雰囲気が暗くならないように最善を尽くした。


そして、急いでスマホを取り出し菊田『実務長』に電話をかけた。


すると、1コールもしない内に、


「もしもし、北春ちゃん?楽しんでる?」


と、更に場違いで陽気な声が返ってきた。


どうやら、菊田『実務長』は状況を理解していない様子だった。


「大変なんです!」


「ん?何が?


揺らめときめく、乙女の心が?」


北春が必死に声をあげるも、菊田『実務長』には全く真剣さが伝わらず、ましてや冗談混じりに返された。


「私たち、今、ショッピングモールにいるんですけど、」


北春がそこまで言うと、突如雰囲気が急変し、


「え⁉︎北春ちゃん、あのショッピングモールにいるの⁉︎」


「はい、それで今閉じ込められてて、もしかしたらショッピングモールが崩壊してしまいそうなんです!


だから、助けを呼んで下さい!」


北春が叫んだ後、まるでタイムラグがあったかの様に数秒間、菊田からの返答がなかった。


「残念ながら、救助が難攻しているみたいなんだ…。」


と、菊田『実務長』は気不味くバツが悪そうに応えた。


「え?…….、それっ…て。」


「冷静に聞いて欲しい、北春ちゃん。


現在、ショッピングモールは火災の通報を受けて駆け付けた消防隊の報告によると、ショッピングモール全体が黒いドライアイスで覆い尽くされて、手出しが出せない状況なんだ。


もちろん、消防隊の中には能力の使用が許可されている隊員や『皆無石』を駆使して、ドライアイスの突破を試行錯誤しているらしいけど、うまくいってないみたい。


でも、大丈夫、さっき諸葉ちゃんと仁科君がそっちに向かったから。」


今のところ救助はかなり厳しいらしいが、諸葉もろは 燈火とうか仁科にしな 絢兎あやとがこっちに向かっているという情報は少しだけ、北春を安堵あんどさせた。


「稲葉!燈火さんと仁科さんが来てくれるそうですって!」


北春はそう言いながら、元気よく振り向こうとした瞬間、稲葉の手が北春の頭を優しく撫でるくらい柔らかに置かれた。


ふっと、その途端、北春は急に何とも言えない眠気に襲われた。


とても疲れて脱力した気分だった。


気が遠くなり、力が抜け、視界が覚束おぼつかなくなる。


北春は何一つ抗うことができぬまま、気を失ってしまう。


そして、気を失い倒れ込もうする北春を稲葉はそっと抱きかかえる。


「すまない、少しだけ眠っていてくれ。」


稲葉は子守歌を歌う様に優しく呟いたが、その声は北春には既に届いてはいなかった。


そして、北春をお姫様抱っこをする形で通路の比較的隅に運び、ゆっくりと下ろした。


「おーい!北春ちゃーん!大丈夫?」


気を失って北春の手の中から滑り落ちたスマホから、音沙汰がなくなって心配をする菊田の声が響き渡る。


「すみません、菊田『実務長』。


これ以上は危険過ぎるので、やむおえなく小雪を置いていきます。


2階の通路に居ますので、よろしくお願いします。」


稲葉は淡々と菊田に状況を説明した。


「分かったわ、その事はしっかり諸葉ちゃんと仁科君に連絡しておく、……。


私は稲葉君の事は一切心配していないけれど、絶対に北春ちゃんは守らないと駄目よ。


彼女の為にも、貴方の為にも。」


菊田はいつも陽気さを保ちつつも最後の一言をとても重く深い想いを込めて発した。


「ありがとうございます。」


稲葉はそれだけ言うと、スマホの電話を切った。


一方の菊田は電話が切られていると分かっていながら


「頑張れ。」


と、稲葉に言った。


その後、稲葉は北春のスマホをショッピングモールの床で横になっている北春に握らせる形でスマホを持たせた。


そして、谷上が消えた方の黒いドライアイスの壁に稲葉はそっと右手の手のひらで触れた。


その瞬間、爆炎と共に辺りの壁を震わせる程の轟音が響き、黒いドライアイスの壁は見るも無惨に木っ端微塵になった。


「やはり、助けを待たないで正解か。」


稲葉はそう残念そうに独り言を呟いた。


黒いドライアイスの壁は厚さが5メートル以上もあり、普通ではかなり脱出が困難な事が想像できた。


稲葉は谷上に追いつくべく、小走りで2階通路を駆け抜けた。



------------------------------------------------------------



谷上は真っ暗な中を右手の小型懐中電灯を頼りに不安定な足元と先の見えない前方を照らしながら、転倒してしまわない様に歩いていた。


しかし、そんなことに気を使わなくても、能力『固体二酸化炭素』でドライアイスを浮遊させ、その上に乗ればひとっ飛びである。


だが、ショッピングモールの支柱をドライアイスに変更やショッピングモール全体をドライアイスで覆い尽し、そのドライアイスの維持となると存外に体力的に厳しいものだった。


それに、谷上の使命は未だ果たされてはいない。


まず、『ビッグエッグ』を奴等に届け、金に替える。


そして、まどかを‼︎


と、想い確かめている中、不意に谷上の背後に気配を感じた。


ゾッとする悪寒に掻き立てられ、慌てて小型懐中電灯で後方を照らした。


すると、閉じ込めてきた筈の稲葉が真剣な表情で立っていた。


念入りにドライアイスの壁を分厚くして置いたが、どうやら突破されたらしい。


「よくここが分かったな。


それに、ドライアイスの壁も突破したみたいだしな。」


谷上は少し偉そうに挑発する様に言った。


「お前と同じで推測したまでだ。


あれだけの量のドライアイスを形が変形できるとはいえ、実際に持ち運んだんだ。


人目に付かないためには、ある程度の道が必要になるだろう。


ならば、地下だと思ったまでだ。


そう、ここはドライアイスの運搬や侵入、逃走経路である地下3階に掘られた地下洞窟だ。」


稲葉の解説に谷上は拍手を送った。


「ここまで、追って来られる推理力があるとなると、やはり偶然の出会いは怖いものだ。


だが、ここからどうする?」


谷上には自信があった。


支柱のドライアイスを溶かしてショッピングモールを全壊させる事が出来るといる切り札さえあれば、この状況を切り抜ける事が出来ると。


いや、切り抜けてみせる‼︎と。


それに非常事態の対策も用意済みだ。


谷上にとってはここが正念場となった。


「問題ない、有無を言わせずに確保するのみだ。」


しかし、稲葉の回答は谷上の予想を裏切るものだった。


谷上はチッ、と舌打ちをして、谷上と稲葉の間に突如、ドライアイスの壁を出現させた。


だが、ほんの一瞬でドライアイスの壁は爆炎と共に飛び散った。


「もう、無駄だぞ。」


稲葉は一切の容赦を見せず、そう言い放った。


しかし、谷上の目の前ではあり得ない事が起きていた。


まだ、稲葉が倒れていないのだ。


「ど、どういう事だ⁉︎」


谷上は荒々しく稲葉に声を上げる。


「何がだ?」


谷上とは正反対に稲葉は冷静に聞き返した。


すると、谷上は稲葉を照らしていた小型懐中電灯を自身の顔に照らした。


そして、それを見た稲葉は驚愕し、目を見開いた。


谷上は小型の特殊マスクを取り付け、背中には小さいながらもボンベを背負っており、ボンベから管が通って特殊マスクに繋がれていた。


「何故、お前は倒れていないんだ?


ここの地下洞窟の二酸化炭素濃度は30%〜50%もあるんだ。


普通なら、ほんの僅かな呼吸で意識消失、短時間で死亡の危険や昏睡、死亡ですら難しくない環境下で普通にしていられる?」


谷上の問いに稲葉は黙って応えなかった。


谷上はとても切羽詰まっていた。


非常事態の対策が何故か、全く通じていない。


おかしい、あり得ない。


谷上の理解を超えた現状に理解が追い付かず、頭の整理もままならない。


そして、結果的に誰もが行き着く、当たり前の様な結論へ、行き着くべくして行き着いた。


「お前の能力は何なんだ?」


しかし、稲葉は直ぐには答えなかった。


そして、真剣な表情から少し諦めた様な表情へと変わり、


「谷上も、何かの諦め難い信念や決意があるのだろうと思う。


だから、どうだろう。


取引をしないか?」


稲葉は谷上にそう持ち掛けた。



------------------------------------------------------------



北春は心地良い夢の中に居る気分だった。


よく疲れた日は心地良く眠れ、眼が覚める前はその余韻を存分に堪能する事が出来る。


しかし、その余韻は肩を叩かれ、大声で呼び掛けられる事によって、瞬く間に現実世界へと引き戻される事になった。


非常に重たいまぶたを持ち上げ、感覚がまだ鈍い右手で、ボヤけた視界を擦りながら、ん〜〜と、呑気な声を発して北春は目を覚ました。


「大丈夫?」


北春の視界には覗き込む形で諸葉の顔が広がっていた。


「燈火さん?」


しかし、北春には今何がどうなっているか分からず、ただ呆然としていた。


そして、視界と共に思考もクリアになる中、ある一つの事に気付いた。


あれ?膝枕して貰ってる?


そう分かった瞬間、何とも言えない小っ恥ずかしさが込み上げてきた。



「あ、ああぁっ、あの、……。」


結果、北春何も言えずに慌てる事しか出来なかった。


「大丈夫だよ、北春。


慌てなくも、もう事件は解決したから。」


「え?そうなの?」


諸葉は優しくて、北春は介護されている気分で癒されたが、突如入り込んだ情報にあたふたと戸惑い、困惑してしまう。


「だよね?絢兎?」


と、諸葉は確かめるように、仁科に話しかけた。


北春には諸葉が丸投げしているように思った。


「先程、稲葉から連絡があった。


容疑者の谷上 氷弥を拘束した、とな。


因みに、今ここに稲葉がいないのは、警察と谷上に関する引渡し等で揉めているそうだ。」


仁科は内心で実芽木みがき 薪正まきまさ箕輪みのわ 夏実なつみの2人の警部補が相手なら、稲葉と相性が最悪な為、かなり揉める羽目になるだろうなと想定をしていた。


そして、諸葉は思い出したように、


「菊田『実務長』からの伝言ね。


電話の途中で気を失ったみたいだけど、二酸化炭素濃度が少し高くなったからだろうって。


だから、しっかり安静にしていなさい!だって。」


「そうですか、ありがとうございます。」


でも、稲葉はどうやって、あのドライアイスの壁に囲まれた状況で脱出できたのだろうか?と、とても不思議に感じた。


「あのー、稲葉はどうやって脱出したのでしょうか?


ドライアイスの壁に挟まれてて、八方塞がりの状況だったんですげど。」


北春の問いに応えたのは仁科だった。


「恐らく、北春が気を失って、二酸化炭素濃度の上昇が救助を待つよりも危険と判断したんだろう。


そして、稲葉の能力『異質』の火で二酸化炭素濃度が上昇し、吸引する前にドライアイスの壁に穴を開けるという賭けに出て成功した。


だから、北春は気を失っただけで済み、稲葉は犯人を確保出来たんだ。」


成る程、確かに仁科の推論は筋が通っており、北春の少ない情報でよくここまで推測出来るなと北春は関心した。


そして、ここまで色々な内容の整理を付けている中で1番重大な事を思い出した。


「あっ!そう言えば!


ドライアイスの、ドライアイスの支柱はどうなってますか⁉︎


谷上が拘束されたなら、ドライアイスが溶けて大変なことになります‼︎」


北春は興奮して、つい熱くなってしまう。


「落ち着いて、落ち着いて、安静に、だよ?」


諸葉は膝の上の北春をなだめ諭すように、落ち着かせる。


「ドライアイスの支柱の件だけど、ここに向かう時に調べたけど、大丈夫だったよ。


確かに、数本はドライアイスになって溶けかけてたけれど、ショッピングモールの全壊には程遠かったね。」


「それは、良かったです。」


北春は諸葉の言葉を聞いて、胸を撫で下ろした。


そして、急に緊張が切れて安堵が込み上げてくると、ドッと疲れに襲われ眠たくなってしまう。


「燈火、北春を運んでやってくれ。」


「うん、そうだね。


北春、疲れてるだろうし、さっきみたいにとても気持ち良さそうな寝顔してる。」


そして、北春は諸葉に再びお姫様抱っこされる形でショッピングモールを後にした。


しかし、コインロッカーに預けたショッピングモールの買い物袋は結局忘れてしまう羽目になった。



------------------------------------------------------------



後日、東京都『桜丘総合病院』にて。


3階の306号室。


その病室には1人の少女がベッドに横になっていた。


その少女は10歳を少しといった年齢にも関わらず、歩くどころか立つ事も出来ない。


それ程までに重い難病で衰弱してしまっている。


だから、少女の楽しみは色々な人と喋る事だった。


そして、今日もまた1人の新たな来客が少女の元にあった。


「初めまして、まどかちゃん。」


「お兄ちゃん、誰?」


少女は聞き返した。


すると、


「円ちゃんのお兄ちゃんの友達だよ。」


稲葉はそう答えた。





評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ