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星々の消えゆく世界  作者: 山吹 残夏
11/22

10話 面倒事

夜は半ばを過ぎ繁華街から少し入った道はとても静かで薄暗い。


そんな薄黒い路地道で誰にも見つからない様に少年、谷上せがみ 氷弥ひょうやはスマートフォンで電話をしていた。


「……………分かった。


今から開始する。」


谷上はスマホを耳から外し電話を切る。


それと同時に手のひらからスマホが滑り落ちる。


地面に落下した衝撃でスマホの画面にヒビが入る。


そして、谷上の足元に落ちたスマホを勢いよく蹴り飛ばした。


蹴り飛ばされた衝撃によりスマホは機能停止してしまった。


また、スマホを蹴り飛ばした際に破壊音が発生していたが、近くに人の気配がない場所で近づいてくる人の気配が感じられない事を谷上は確認した。


そして、谷上は手首に付けられている『皆無錠かいむじょう』を解鍵した。


解鍵と同時に『皆無錠』からはけたたましい音が発せられ路地道に響き渡ったが、短時間なら問題は無かった。


谷上はポケットからハンカチを取り出し、手首と『皆無錠』の解除によって生じた隙間に手首を覆うように通した。


そして、彼の能力『固体二酸化炭素ドライアイス』を発動させ、『皆無錠』の更にハンカチと手首の間の狭い隙間にドライアイスを発生させた。


すると、パキッパキッと機械が壊れている様な音と共に『皆無錠』にヒビが入りどんどんと大きくなる。


そして、満遍なく『皆無錠』にヒビが広がりった瞬間、凍り付いたハンカチ諸共もろとも『皆無錠』の金属部や機械部が四方八方に飛び散った。


これでようやくけたたましい音が鳴り止み、谷上は『皆無錠』の解鍵では無く取り外しに成功した。


そして、念入りに『皆無錠』の機械部のGPSを踏み潰して破壊しておく。


これで谷上は後戻りが出来なくなった。


しかし、後悔は無い。


自分の信念に従い突き進む。


「待っていてくれ、まどか‼︎」


谷上は言い聞かす様につぶやいた。



------------------------------------------------------------



「おはよう‼︎」


朝日が差し込む窓際に立ちながら、稲葉いなば 双熾そうしはスマホを片手に菊田きくた ひなと電話をしていた。


「こんな朝からなに様ですか?


菊田『実務長じつむちょう』……。」


現在稲葉は自身の『宿泊室しゅくはくしつ』にて、菊田からのしつこいモーニングコールによって起こされたばかりである。


「ただのラブコールだよ♡」


朝っぱらからやけに気分が良い菊田とは対称的に稲葉は溜息を吐いた。


付き合いたてのカップルかよ!と内心思いながら、菊田の気分が良い時は必ずと言っていいほど厄介事を押し付けられると決まっている。


しかも、変な可愛らしさの表現が年齢的にも余計痛々しくなりつつあったが、口が裂けてもそんな事は言えなかった。


実際、『三橋家みはしけ』の屋敷の事件もこんな感じで押し付けられている。


今度何だろうか?と、稲葉は渋々ながら事の概要を聞く事にした。


「それで今度は何の様ですか?」


「昨晩、『皆無錠』の取り外し、いや破壊事件が発生したんだよ。」


「そうですか、それなら大丈夫ですね。


『皆無錠』を取り付けていたならば、『皆無石かいむせき』の効かない能力者では無いので、『セプター局』の管轄外ですし、警察にでも任せておけば大丈夫ですね〜。


それでは。」


稲葉は早急に菊田から電話を切ろうとするが、


「待って待って!


一応、一応話は聞いてよ〜〜。」


と、菊田にしつこく呼び止められ切るに切れなくなった。


「何でそこまでする必要があるんですか?


第一、『皆無錠』取り外しの時点で『皆無石』の効かない能力者では無い事は確定です。


『皆無石』の効かない能力者ならば、いちいち『皆無錠』を破壊してまで取り外すいう面倒事は避ける筈です。


もし、『皆無石』が効かない能力者でも事件を起こして位置情報から素性がバレるかも知れませんが、結果的に事件を起こす前からそんなリスクを負う必要はありません。


それに『皆無錠』が解鍵や破壊された時点でGPSから名前や能力等の詳細はハッキリしているでしょうから、そこから足取りを掴むのは警察の仕事です。


それに、昨晩の事件が早朝に解決する訳ないでしょう!」


稲葉は朝早くから起こされた所為か10歳以上離れた年上の上司に説教を垂れていた。


「そうです。


稲葉君のおっしゃる通りですとも。


でもね、疲れて眠たいのは私も同じなんだよ。


きょうちゃんが歌った広場は都会の真ん中だから監視カメラとか沢山あって後処理がとても大変だったんだよ。


それにな〜、的場井まとばい君の時もな〜……。」


菊田はとてつもなく意味ありげに稲葉を揺さぶりに掛け始めた。


「疲れたな〜。


肩こったな〜。」


ネチネチと稲葉に愚痴を溢し続け面倒くささが倍増する。


しかも、一応20代な筈だが肩をこったと言っている時点でもはや20代などではない。


「はぁ〜〜。


分かりましたよ、折れますよ。」


「おぉっ‼︎


稲葉君やっとやる気になってくれたんだね。」


早朝から重たい空気にさせられたこちら側とは裏腹にスマホの向こう側は煌びやかな空気に包まれていた。


「全くもってやる気になってはいないですよ……。


それにしてもどうしてこの事件に固執するんですか?」


稲葉は当然とも言える質問を菊田に投げかけた。


「あれ?


まだ話してなかったっけ?


ほら、ここ最近『皆無錠』破壊事件が全国で急速に発生しているでしょ。


その原因である元締めは『流星教りゅうせいきょう』だと『セプター局』は睨んでるのよ。


だから、彼女達が帰国次第『セプター局』総出の元、日本全国の『流星教』の拠点を叩く手筈になっているの。


因みに、『流星教』は日本全国に着々と拡大し続けているカルト教団だよ。


『流星教』の名前を出した大々的な事件は起こしてないものの裏で動いていることは間違いない。


そして、強い信仰力や行動力は『流星教』の教祖が関係しているだろうけど、まだ詳しく分かってない。


と、難しい話はまた今度ね!って事で今回の『皆無錠』破壊事件をその先立てにしよう‼︎と考えているの。


だから、稲葉君よろしくね。」


稲葉は一通りの内容を聞き終え、やっぱり聞いた事がなかったぞと内心で呟いた。


「ですけど、自分が動くとまた仕事増えるかも知れませんよ。」


「大丈夫大丈夫、今度は稲葉君が上手くやってくれるよ。


おっと、そう言えばまだ事件の詳細を伝えていなかったね。」


菊田はわざとらしいリアクションをした上で事件の詳細について話し始めた。


「今回の事件の容疑者は谷上 氷弥。


18歳の男性だよ。


谷上君の『皆無錠』が解除されて間もなくしてからGPSが途絶えたことから、その時刻から『皆無錠』を取り外したんだろうね。


実際、現場には『皆無錠』の残骸が残っていたし、何故か知らないけど彼の故障したスマホが見つかっているからほぼ確定だよ。


谷上君の能力は『固体二酸化炭素』。


何もない状態から空気中の二酸化炭素を少量だけ利用することでドライアイスを発生し、自在に操る事ができる能力。


浮かばせたり、溶けないようにしたりね。


その他、彼の『固体二酸化炭素』で発生させたドライアイス以外の普通のドライアイスも自在に操る事ができる。


因みにこの2つの違いの利点とか分かる?」


突然、菊田は問題を出してきた。


稲葉は無言で聞いているため、ちゃんと聞いているか心配になったのだろうか?


それとも、朝っぱらから頭を使わせて疲れさせる嫌がらせだろうか?


「『皆無石』の影響があるかないではないですか?


例えば、彼の能力でドライアイスを発生させ空気中に浮かばせたドライアイスと、彼の能力が一切関係がなかったドライアイスを空気宙に浮かばせた2つのドライアイスがあるとします。


そして、能力者かそのドライアイスに『皆無石』を触れさせると、ドライアイスを発生させた方は跡形もなく消滅してしまいます。


正確には元の少量の二酸化炭素に戻ります。


一方の彼の能力が一切関係のなかったドライアイスは重力に従って落下し、割れるなり溶けるなりするでしょう。」


稲葉が回答すると、正解〜と耳元に菊田の軽やかな声が響いた。


「なーんだ、稲葉君頭回ってるのね。


まぁ、そう言う事だから谷上君はハンカチで『皆無錠』に直接ドライアイスが触れない様にして破壊したんだよね。


ここで不正解だったら少し小馬鹿にする予定だったのに。」


そんな予定を立てるな!と、内心で思ったが言うと更に話が長くなるので内に留めておくことにしたが、


「何なら、その台詞を今から読み上げてあげようか?


えーっとね〜、」


と、稲葉が何も言わなくても菊田の話が長くなったため、


「結構です!」


稲葉は即答で菊田の話を遮った。


「そう、残念ね。」


何が残念なんだ⁉︎という溜息を稲葉は吐いた。


「それでは、菊田『実務長』の所に『皆無石』の粉を後で取りに行きます。


それから、捜査は明日以降にしますから。」


稲葉はさらっと言って電話を切るつもりだったが、菊田は凄い勢いて食いついて来た。


「なんで⁉︎なんでどうして!?」


「本来『皆無錠』破壊事件は菊田『実務長』の頼み事であり、『セプター局』によって縛られた仕事ではない為、義務も存在しません。


それに今日は予定がある為、明日からということです。」


稲葉はもっともな正論を並べたが菊田は痛い所を突いてくる。


「予定?って何?」


「黙秘します。」


稲葉は即答したが、


「大丈夫、買い物デートついでに捜査してよ、北春きたはるちゃんと一緒にさ。」


「分かってるなら聞かないで下さい。


あと、デートじゃないですよ。」


「またまた、ご謙遜けんそんを。


的場井君の事件もデートしながら解決でしょ?


いや〜、若いって良いね〜。」


まだ、20代な筈なのに言っていることは40歳を越えたオッサンの口調だった。


「何で知ってるんですか⁉︎」


「はははっ、秘密だよ。」


完全に呆れた稲葉は


「捜査は明日から行いますから!


以上です。」


「そんなに怒らないでよ。


谷上 氷弥の写真や詳しい個人情報はメールで送っておくから。


それじゃあ、健闘を祈るよ。」


菊田から電話が一方的にかかってきて、一方的に切れた。


何故か菊田『実務長』と話をすると話の主導権を握られてしまっている。


更に、北春きたはる 小雪こゆきたちの前では取り繕っていられている事が菊田『実務長』の前だと、どうにも調子が狂う節がある。


そして、彼女の情報源が不明だ。


しかし、菊田『実務長』の言うことは事実で三橋みはしきょうの事件の影響で午後の買い物が潰れてしまった為、また後日買い物に行くというのが今日なのである。


正確には、半強制的に約束を取り付けられたに近い。


と、稲葉はこれまでの経緯について思いを巡らせていると思いの外に時間が経っていた事に気付いた。


北春との待ち合わせ時間にはまだ幾分か余裕はあるものの、菊田『実務長』の所へ『皆無石』の粉を取りに行くという手間が加わった為、稲葉に少々の焦りが芽生え始める。


手早く朝食を済ませ、出掛ける準備を整えてゆく。


このまま進めば待ち合わせ時間にギリギリ間に合いそうだなと、稲葉に心のゆとりが見え始めた所で予想だにしない事態が発生した。


ピーンポーンと、玄関のイターホンが室内に鳴り響いた。


そして、


「いなばーー、いますかー?


むかえにきたよー。」


と、玄関扉の向こうから北春の元気な声が響き渡った。


稲葉は瞬間にまず自身に落ち度あるのではと考えてしまいフリーズする。


しかし、遅刻どころか30分前である。


次に時間間違えについてである。


だが、これも違う事が次の一言で確信できる。


「え……えっと、待ち合わせ時間まで待ってられな……かった、ので、迎えに来ちゃいまし…た。」


扉越しの会話な少し聞きづらくなったが、内容は把握できた。


稲葉はふふっと、小さく笑い


「急いで支度を済ませるから、もう少し待ってくれ。」


稲葉は扉の向こうの北春にそう返答すると、

急いで準備に取り掛かった。


そして、手早く準備を済ませながら、今まで事を少し振り返っていた。


今までの経緯やこれから発生する事、やらなければならない事を考えると苦悩が続く。


それに星河ほしかわ 蒼維あおいの『未来予知みらいよち』の件もあり、懸念材料が絶えない。


しかし、こんな感じの日常も良いかもしれない。


気を抜いて楽しむ事も大切だとよく菊田『実務長』も言っていた。


日々気を張り続け、取り繕っていなくてもいいのではないか?と思えてしまっていた。


そして、不意に立て掛けに入っている写真が目に入ってしまう。


まるで写真が見ろ!と言っている様に思えた。


その写真は稲葉が中学生の頃、2人の幼馴染と映る写真だった。


稲葉が仲の良かった藍色の髪と瞳で眼鏡を掛けた気弱そうな男の子と灰色の髪に透き通った瞳で天真爛漫てんしんらんまんな女の子、そして稲葉の3人が嬉しそうに映っている写真だった。


稲葉がまだ『セプター局』に入る前のまだ日常が失われていなかった頃の思い出。


淡い日々の記憶を思い起こされて、それでも楽しむ事が許されるのだろうかと自信がなかった。


「いなばん、行ってらっしゃい。」


写真から優しく語り掛けられた気がした。


稲葉は嬉しい様な、しかし忘れていくのが悲しい様な曖昧な気持ちで笑顔を浮かべ


「行ってきます。」


唯一の思い出の写真に向かってそう一言だけ残して自身の『宿泊室』を後にした。


玄関の扉を開けるとそこには待ちくたびれた様な顔をした北春が


「遅いよ、長すぎだよ〜。」


「ごめんごめん。


でも、まだ待ち合わせ時間前だぞ?」


「そーやってね、細かい男は嫌われるんだよ。」


稲葉は北春とたわいもない話をしていた。


ただただ無自覚に楽しいと感じていたのだろう。


「あっ、今初めて笑ったよね。」


「え?」


北春に指摘されて初めて自覚できた。


あの頃と同じ感覚を味わう事が出来た気がしていた。


「大切にしよう。」


稲葉は小さく呟いた。


「ん?何か言った?」


「大丈夫、何でもないよ。」


たわいもないひと時のほんの少しの記憶にしか残らないとしても構わなかった。


それが自分の宝物になり護りたい日々の日常を大切にしたいと思えた。


「それじゃあそろそろ行こうか?


稲葉にはしっかり荷物役として働いて貰おうかな?」


「あぁ。


そうだ、その前に菊田『実務長』の所に寄ってもいいか?


取りに行かないといけない物があるんだ。」


「うん、わかったよ。


なら私はエントランスで待ってるね。


急いで急いで、ほら早く早く!」


北春は稲葉の背後に回って両手で背中を押した。


北春に急かされた稲葉は


「小雪、ありがとう。」


と、小さく呟き小走りで菊田の元へと向かった。



------------------------------------------------------------



時間で言えばほんの一瞬、稲葉達を見る人影があった。


その刹那。


五十嵐いがらし 刹那せつなは見守る様に傍観者の様に視界に入っただけかの様に眺めていた。


しかし、ほんの一瞬の時間であったとしても彼の能力『停止ていし』を使えば時間はまたたく間に永遠へと変わる。


だが、普通の人間にはほんの一瞬を認識する事は不可能であり姿があった事さえ気づけない。


そして、五十嵐は


「僕はずっと見守っているよ。」


と、だけ呟いて再び姿を消した。

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