イケメンでも美女でもマイナスイメージがつくと一気に名声は地に落ちる。
ようやく集落についた僕こと榊涼太。
そして兎の鍋子。
ここにくるまで本来ならあと4話くらい費やすかとも思っていたけど、
そんなにだらだら兎とダンスする時間はない。
一刻も早く、人間(美少女)に出会って、
イチャイチャラブラブバカップルなことをしたいんだ。
鍋子とマイム・マイム踊る気などない。
「しかし……集落……なんだよな?」
そこは集落というよりも、町に近かった。
硬く加工された土の壁が周囲を円形に囲み、
堀がある上に跳ね橋も用意されている。
そして回りには僕と鍋子以外に、
モブキャラ勢が旅装束で何かを待っていた。
「開門時間は日に10回。
次が最後だから、野宿は免れたわ」
「助かった」
虫さされで顔に傷がついたらと思うとゾッとする。
ここは異世界。道中も、僕の元いた世界とは、
構造も形も特性も違う虫や鳥などがいた。
兎が話す世界だから覚悟はしていたけど、
ノミみたいに跳ねる蟻は見たくもなかった。
あれはキモい。
そんな所で野宿なんか考えたくもない。
「入るには何か手続きとかいるのか?」
「……いいや。誰でも入れる。
怪しい奴でないなら」
「良からぬ売人とかいたらどうすんだよ……」
「問題ない。入るときに識別魔法をかけられる。
……お前は良からぬ売人には思われないよ」
集落の上層には不可視の結界。
そして跳ね橋の先には検問もある。
やっぱり町だな。
もっと敷地面積が滅茶苦茶広かったら都市と言っても良いくらいだ。
……それにしても気になるのは、手荷物とか全部判明することだ。
このスクロールもそうなのだろうか?
鍋子に見せても、ただの無敵の紙に過ぎなかったけど。
識別したら何か別のアイテムに見えるのだろうか。
不味い。もしも没収されると非常に困る。
「あ、開門したぞ」
……なるようにしかならないか。
考える時間もないので、僕は跳ね橋を渡る。
結構大型の獣(ゴリラか何か)が結構な数いるのだが、
頑丈な跳ね橋は軋み音一つなく僕達を支えている。
「珍しいね。人型の魔物とは。しかも2人」
検問する者はどことなく犬っぽい顔つきをしている。
鍋子は顔面も毛深いことを抜きにすればコスプレイヤーでも通じるが、
これは犬としか言いようがねえ顔だ。
これが女だとしても同伴拒否レベルだ。
「2人? 鍋子もか」
「そうだ。人型は変異種で、どんな種族にも必ずいる。
珍しいが、種族としての能力は落ちる」
「へえ、なるほど。結構素直に話してくれるじゃないか。
いつもそれくらい可愛げがあればねえ」
僕の体にというよりも、僕の周辺の空間に魔法をかける犬の検問。
今この瞬間にも探られている。
なのにむず痒さすら無い、なんにも感じないのが逆に嫌だ。
「どうせ逆らっても逆らえないんだからしょうがないじゃない」
「それもそうだな」
「はい。終わりました。
しかし、魔力の札と紙だけって……この地味な軽装も、
防御力なんて皆無だろうに……」
「ははは。イケメンは無一文でも(紐として)生きていけるからね!」
「そっちの兎ちゃんはまあ裸でもいいとして、
槍だけ?」
「この体が武器よ」
裸? ああ、そういえば服は着てないな。
へえ、裸なのか……。
「でも揺れないね。胸」
「黙れ貴様!! あんなもの無いほうが動きやすいだろう!」
胸があるべき位置にはやはり白の体毛。
今怒ったから赤に変わっているけど。
そうか……裸か。
「よし鍋子。服屋に行くぞ。
パジャマよりかはマシなはずだ」
「……お金はどうするの?」
「そうだねー……とりあえず簡単な仕事から始めるとか?」
「……お金を調達する方法はいくつかあるわ。
今から教えてあげるから」
やけに神妙な面持ちの鍋子と共に集落の中へ。
建造物は素材の大半が、石か土。
見てくれは塗装などでごまかしているが、
強度面は安心できない。
技術レベルがまだまだ低いのか、
高層の建造物が見当たらない。
行き交う者に、僕と同じ容姿の奴はいなかった。
そして皆、僕よりも鍋子を見ている。
裸だから欲情しているのか?
いや、そういう気色の目つきじゃない。
「まずは一般的な、労働収入。
身元がわかるのであればこれが一番手っ取り早く安全に稼げるわ。
次に冒険。未知の洞窟とか、変化するダンジョンの中のお宝。
あとは依頼。組合員になればこなせるわ」
「へえ。つくづくゲームみたいだな」
まあ、ハロワとかも実際は職業斡旋だ。
それが依頼斡旋になっただけで、
本質的なものは一緒なんだろうな。
じゃあまあ、生きるために働きますかね。
「あと1つ抜けてるぜ兎のお嬢ちゃん」
野太く不細工な声が横から聞こえた。
見れば声もそうだが姿も不細工な……豚か? なんかの家畜みたいな姿だ。
視界に入れるのも忌避したい醜怪。
何だかものすごく不愉快だからぶん殴りたくなったけど、
『あと1つ』が気になったのでやめた。
「……」
鍋子はだんまりを決め込み、
うつむいた。体毛が変色して水色になる。
キモい。
「何だその色は鍋子、キモいぞ」
言いたいことも言えない世の中じゃあないからはっきり言ってやった。
こういうダメな所はキッチリ指摘してやるのが優しさだと僕は思う。
「だ、黙れ。……その、きさ……リョータ……」
「……なんだ?」
お前だとか貴様だとか言っていた鍋子が、
貴様と言いかけたが、僕の名を呼んだ?
なんだ改まって。
そんなに言いたくないことなのか?
「お、……リョータは私の上なんだよな?」
「そうだよ?」
「で、私は下……この関係でいいんだよな?」
「……? 何のこと?」
皆目検討がつかない。
今更呪いレベルの上下関係を聞いて何だと言うんだ?
「……私は兎だ。
部位は少ないが、割と美味く食べれるらしい」
「ん。知ってる。だから鍋にしようとしたんだからな」
「そういうことだ。『お金を得る』というのは」
……ああ。なるほど。
さっきから好奇の目を向けている奴等も、
この気持ち悪い不細工も、
鍋子を見て思ったのは。
「食糧か」
「……そうだ」
裸(らしいが体毛すさまじいからわからない)の小さな兎、鍋子。
周囲にいる全員、獣人みたいなノリで歩いているが、
服を着ている奴がほとんどだ。
着てない奴は鍋子だけ。
そりゃそうだ。食糧に着せるものなんかないだろう。
人間が牛や豚に服なんか着せないのと同じだ。
縄張り作って警戒していたのも、
食べられないためだろうな。
「……なら何で皆お前を襲わないんだ?
美味いんだろう? ウサギ肉」
「今はほら……リョータの所有物だと思われているのだろう」
「なんだ、違うのかいにーちゃん?」
「黙れ不細工! にーちゃんとか兄貴とか呼んで良いのは女の子だけだ!
お前みたいな奴に言われる筋合いはない!」
「ず、随分、威勢のいいにー……いや、やつだな」
不細工は少し怯んでいるが構わない。
なるほど。僕がここで無関係を宣言すれば、
瞬く間に捕獲。
そして屠殺。
食育を乗り越えたとか言ってたやつは、
果たしてどんな気持ちで大切な家畜を送り出したんだろうか。
「鍋子」
「な、なんだ? う、売るなら早くしてくれ……。
ここに連れてきた時点で覚悟はできている。
リョータの言うイケメンの服がどうかなんて知らんが、
その紙切れみたいな装甲よりもいいものが買えるはずだ。
ひ、人型だから高値で売れるかもしれんぞ?
だ、だから―――」
空手チョップといえば、プロがやれば瓦を十数枚程度壊せる技だ。
僕は鍋子の脳天にチョップした。
腹まで地面にめり込む。
「……え?」
きょとんとする鍋子。
痛みはないようだ。
周囲がざわめき、僕は鍋子を引っこ抜いて収穫すると、
肩に担いでその場を去る。
「な、なんの、つもりだリョータ?」
「【上下関係】は一見便利なスキルだ。
が、実際は違う。デメリットがデカイ。
僕からの攻撃は何倍になったとしても、
舎弟を殺すことは出来ない。
さっきのチョップは、本来なら頭蓋骨をぶち破って頭の中身がご開帳する、
いわば致死レベルの一撃だったんだよ。鍋子」
鍋子を担いだまま進む僕を見る目は、
家畜を売りに行く人型の魔物なのだろう。
よくある光景なんだと言わんばかりに、
皆、咎めもしないし怯みもしない。
「だが死につながるダメージは漏れ無く0だ。
僕を殺せないように、僕は鍋子を殺せない」
「……」
黙って僕の話を聞く鍋子。
槍を握る力が強くなった。
「僕にこのスキルをかけられて泣いたのは、
売られると思ってたのか?
それとも最初にお前を食べると宣言したからか?」
「そうだよ……私を捕まえてすることなんて、
それ以外何があるっていうんだ?
人型に生まれて、外敵から食べられないように鍛錬して、
なのにリョータが来てあっさり負けて……」
槍が、鍋子の手からこぼれ落ちた。
「結局……全部ダメだった……兎だからね……」
……あー。
「雨の日。なんでもない雨の日にだ。
普段救いようのないぶっさいくか、
救いようのない不良が、
捨てられた子犬に傘を置いてやるだけで、
その瞬間はイケメンになれるんだ」
何の話をしているんだろうかと、
鍋子は疑問に思っていることだろう。
体毛はもう、真っ白で綺麗だ。キモくない。
「つまり、普段でも超絶イケメンの僕が、
同じことをしたらどうなるか?
尊すぎて娘が供えられる生き神様になれる」
「な、何の話だ?」
「ま、よーするにー」
真上に鍋子を放り投げ、落ちたところを両手でキャッチ。
鍋子の両脇を掴んで顔を近づけた。
足をブラブラさせる鍋子。まだ顔つきは怯んでいる。
僕は今きっと、怖い顔をしている。
「僕を見くびるなよ?」
「え……?」
「ここまで僕のこと、鍋子を売りつける外道畜生だと、
そう思われていたことが判明したからな。
それはめっちゃ腹ただしい。
僕は善良なイケメンだ。
このご時世イメージが大事なんだ。
僕は至極真っ当に生きているのに、
気づけば『汚名』の襲名と印象汚染がされていたんだ。
こんな腹ただしいことはない」
「り、リョータ?」
「お前は食べられないために鍛え上げたんだろう?
その腕前はさっき見た。受けた。
だから今度はその腕前、自分以外に、
僕のために振るってもらう」
「か、勝手なことを言って!」
「その代わりに、僕も全力で鍋子をサポートするよ。
食べるなんて勿体無い。美味は一度きりだ。
だから今日から僕の舎弟だ。
食べないで良かったと思えるようになってくれ」
いい話っぽくまとめてみたが、
よく考えれば、食べられる恐怖を与えたのは僕だ。
しかも【上下関係】も一方的に押し付けたもの。
つまり僕に否がある。
「……本当に、食べない?」
ポロポロと涙をこぼす鍋子。
「ああ。絶対に食べない。
約束するよ」
「……嬉しい……」
あ、完全に流れに乗った。
どこに感謝する余地があるんだよ鍋子……。
悪いやつに騙されるタイプの子だ。
強盗に人質にとられて、強盗に同情しちゃうタイプの子だ。
「リョータ、ごめん。私、気張りすぎてたのかな?」
しかも口調が変わった!?
急に親しげに!
「ああ。そうだな」
『ああそうだな』って台詞は便利だな―。
ああ、どうしよう?
急に女の子になっちゃったよ。
外見は体毛すごいけど、
それ除けば可愛いんだよね―。
いい感じの雰囲気にしたのも僕の責任だけど、
なんか体毛うっすらピンクになってきたよ?!
「なあ鍋子。組合に入るにはどうすればいい?」
「組合? ああ、あっちを真っすぐ行って」
僕がおんぶすると、体全部くっつけるように抱きついた。
……いけない。こんなあっさり陥落する子だったとは……。
ま、まあ? 男以外に真っ直ぐ好意を向けられるのは、
いい気分だけどね。うん。
次回予告 鍋子をなし崩し的に攻略した榊涼太が次に起こした行動は、組合に入るための試験だった! 受験勉強に励む涼太、応援する鍋子! 試験当日の朝、涼太が遭遇した集落の危機。武装した猫の群れ! 鍋子「もうだめだ・・・おしまいだあ・・・」 涼太「兎にとって猫はトラウマ」 次回イケメン備忘録『受験勉強大勝利! 希望の職種にレディーゴー!』お楽しみに!