商人がいない? 逆に考えるんだ。商人がいなくても良いやと。
まさか、イケメンの僕が、ストライキされてしまった……。
ことの発端は、ダンジョンの下層付近に籠り続けて7日目の朝。意気揚々とダンジョンに繰り出そうとした僕に、鍋子は言った。
「太陽の光が欲しい!」
いつもは僕の言うことを当然のごとく受け入れて、無茶ぶりに突っ込みを入れつつも実行するほど従順な鍋子が、不機嫌そうな顔を僕に隠さなかった。
毎日風呂に入れる。毎日寝床もある。安全な食事もできる。だが、太陽がない。そんな生活環境に、森育ちの鍋子は耐えられなかったようだ。
「リョータ様、流石に私も外が恋しいですわ……」
「旦那。戦いは好きだが、陰気な場所に居続けたら性格まで陰気になっちまうぞ」
鍋子以上の無茶ぶりに歓喜するスフレちゃんも、戦闘大好きなアイリも、皆揃って太陽の光を好んだ。おのれ、イケメンよりも太陽が良いというのか。
まあ、僕に作物を育てる力とか、美少女や醜女分け隔てなく人々に暖かさを届けるとか、そんなことは出来ないけどさ。でもいつか、「貴女が私の太陽よ」とかそういうセリフを言われたいという願望はある。
あるからこそ、今回は負けを認めようじゃないか……! 僕を慕う3人に、これからなお一層好かれるためにも!
七日目の朝に浴びる日の光! 眩しいと思う以上に体が、拒絶反応を起こしている!
「うぐああああああ!」
「たいよぉおおおお!」
「地上だあああああああ!!」
「……え、叫ばなきゃダメな流れですのこれ!?」
ゲートで外に出た僕らを、太陽は満点スマイルでお出迎えしてくれた。帰ってきたよ地上に。
「そういえば積載量もそろそろ限界だからね。地上で売り払わなきゃいけな―――」
サモンハウスの脚で僕は蹴られた。なんなんだこいつは!? 過積載寸前でストレス感じているのか!? 重そうに脚を震わせているけどそれが君の役目だろう!? 不満なのか、不服なのか!? 結構痛かったぞ今のは!
「アイリ、今夜は馬刺しにするか?」
「! いいのか、旦那……!」
「ダメ、ダメ! 私の目の黒い内はダメ!」
「落ち着いてくださいまし皆さん」
久々に訪れるアルメーシャの街だけど、祭り雰囲気は流石になりを潜めている。……代わりに漂う、どことなく陰気な雰囲気は何なのだろうか?
「旦那。この雰囲気、アタイ知っているぜ。殺気とやる気と倦怠の入り混じった、不愉快な雰囲気だ。アタイを殺して名を上げようとしたいけど、実力が桁違いで出来ない諦めの雰囲気と同じだもんな」
アイリは能天気で豪快な女性だが、くぐってきた死線だけなら僕らの中で群を抜いているだろう。実際、この話をするときの表情は険しさの欠片もなかった辺り、彼女の豪胆さがよくわかる。
「諦めって、どういうことかな?」
「ダンジョン探索の件でしょうね」
スフレちゃんは基本、色んな魔法が使える。暴走した鍋子にブチ切れた時なんかは、見たことのない攻撃魔法をバカスカ撃ちまくっていたし、回復も、補助も何でも使える。しかしそのどれもが得意魔法ではなく、自衛手段として覚えた、本人曰く義務教育課程を過ぎないのだそうだ。
つまり僕ら地球の人間の感覚で言うと、中卒までの勉強に過ぎないらしい。彼女は自分の最も優れた魔方面を目指し邁進した。悪戯方面の魔法が大の得意だ。しかも相手に屈辱を与えたりする、負の感動オーケストラ。この僕でさえ、最初期のスフレちゃんには己を押さえきれないほど切れたものだ。
「『ダメだ』『あんな奴らでもダメだった』『誰か倒してくれよ』『このままじゃあ』と、陰気な声ばかり聞こえてきますわ」
今使ったのは、【噂の耳】。とりとめのない半径数百メートルの噂話が聞こえる魔法だ。その中でも多く使われる言葉が鮮明に聞こえるのだそうだ。情報収集における正確さは皆無だが、大衆のアバウトな情報を知りたいのであればうってつけだろう。
「新たに出来た最下層に苦戦しているのか」
「みたいですわね」
例の、シンシアだっけか? 僕らがダンジョンに潜っている間に先を越されているかもしれないと思っていたけど、さすがは伝説と謳われる宝だけあって、ダンジョンの主も相応に強いらしい。まだあるのであれば、是非とも僕らで獲得したい。
「旦那、シーサー……だっけか?」
「シンシアな」
「そうそれ! やっぱつえーのな! な! 魔法とか今度レア武器とかでぶっ飛ばしてやりてーよな!」
ウキウキと嬉しそうな笑顔で僕に話しかけてくるアイリだが、妙な気分になる。だって僕よりも頭一つ以上でかいし年だって僕よりも大きな女性が、高校生の僕よりも子供みたいにはしゃいでいる。しかも話している内容は戦いだから男みたいだ。……体つきは完全に筋肉付きのいい褐色で綺麗な女性なのに、どうしてこう育ってしまったのか? いや、良いんだけども、なんか釈然としない。
「脳筋の与太話はさておき。リョータ様、七日間の成果をお金に変えましょう」
「あ、そうだったよ」
アルメーシャの街は人の多さと、往来の多さが凄い。すなわち、お金が急流のように循環する。
昔、僕は疑問だったことがある。RPGゲームで、何故先に進むごとに強い武器があるのだろうかって。最初からあってもいいじゃないかと思ったこともある。何のことかと言うと、需要と供給のお話だ。最初の街で帝王の剣とか置いてあったら、それ使って無双することも出来るだろうって。でも、実際は弱い武器を置くところには、その武器で対応可能な弱い魔物しかいない。強い武器があるところには、それ相応の強い敵が出てくる。
弱い場所に過剰に強い武器を置いても、高いだけで誰も買わないだろう。
強い魔物が出る場所に弱い武器を売っても、誰も見向きもしないだろう。
つまるところこのアルメーシャの街は、そこそこ強い魔物が出るし、魔法のかかった武器防具もドロップする。
だからこそ、以前までいた集落とは比較にならないほどの強力な武器防具が商店に並んでいるのだ。
商店街……というか露天商が多い。勿論、集落とは桁違いの規模だ。大広場どころか、そこに至るまでの舗装された道沿いに建てられた貸店舗を埋め尽くす勢いの商いの群れ。活気は凄まじい。
並ぶ商品も個性的だ。魔法付与のダンジョン製武器防具はもちろんのこと、食用の生き物やサモンハウス、アイテムくじなんていう詐欺まがいの代物まで平然とある。
「おい……嘘だろう……!?」
アイリが戦慄した視線の先には、……予想通り酒があった。高額で、まだ誰も買っていない。
「旦那! アレは買いたい……買わねばならねえ! 有名な酒なんだよ! ポンチョレナーヴァーっていう酒なんだよ!!」
現実世界で似たような名前の酒があった気がする。
「まあまあ落ち着けアイリ。まずは換金からだ」
換金システム。皆、本を売るときは古書店に行く。ゲームを売るなら中古ゲームショップに行く。骨董品は目利きのいる場所、雑多品は質屋に行って換金する。
でも、一冊の本を売るとき、Aの店では100円。Bの店では200円。そんな感じで、値段は色々と変動するはずだ。
この世界でもそれは変わらない。貧乏な商人に僕らの商品を売りつけようとしても、まず全部を買い取れない。
目利きスキルを使って1000blの価値だとして、その値段のまま売れるという保証などどこにもない。
まず、相手に買いたたかれるだろう。【僕らは売りたい、相手は安く買いたい】と言う図式なら、なおさらそうだ。
じゃあ、一般の冒険者はいったいどうやって換金を安全かつスムーズに行うのかと言えば、ギルドである。
あそこは換金も一定額で行えるだけの、商人との人脈があるからだ。だから冒険者はギルドで契約を結ぶのが賢明だし安全なんだよね。
いやあ、異世界で生活するっていうのは、色々と学ぶことも多いよ。大変だけども。
「……あれは!」
道行く商品棚に肌艶に潤いをもたらす化粧品が!! ここ最近洗顔は石鹸しかなかった僕にとってあの商品は天恵!! ……ああ、先ずは換金だったよ! イケメン磨きは後だ後!!
「どうするよ旦那? これだけ商人が多いと、誰に売れば良いのか全然わからねえぞ」
「リョータ様。……その目は、大丈夫そうですわね」
鍋子が僕の背中に乗ってきた。抱っこしてもそこまで重くない。
「リョータ、どうする?」
「決まっているだろう鍋子。何事も第一は信頼だ」
掃いて捨てるほどいる商人の中から、最優良の商人を見つける必要などどこにもない。というか、そんなことしている時点でおかしな話だ。
良い商人とは何か? 僕の持論だけど、
1:この街にいる間は確実に商品を買い取り切れるだけの財力を持っている。
2:売り捌く力を持っている。
3:良好な関係を築けること。
だから、薬草とかの薄利多売なお店には、1の観点から見て無理。
商品だけは並ぶけど、誰も見向きもしないお店は売り捌く力がないので無理。
最後だけど……僕は男が嫌いだから!
「商品数が少なく貧弱な女性の店主を探しておくれ」
「リョータ、欲望しか感じない」
「まあまあ鍋子ちゃん、旦那の男嫌いは今に始まったことじゃないだろう?」
「では、探してみましょうか」
羊の獣人が売っている、羊毛関係の店。お肉も売っているけど……聞かないことにしよう。
鍋子と同じ兎の獣人が売っている動物の肉屋。……可愛いけど、ここも無理だな。
豪快で横にも縦にも太い女性の店もあったけど、僕の好みではないし年齢的にも二回り大きいし却下。
「ねえぞ旦那……」
「ありませんわ……」
「お腹すいたー」
黙ってくれ鍋子、皆の不満はもっともだ。どうする、このままでは折角のアイテムを死蔵することになる!!
「ねえねえりょーたー、おなかーすいたー」
葉っぱ類しか食わない鍋子の腹減りは他の追随を許さない。肉を食え肉を。
「待ってろ鍋子、今君と同じくらい可愛い店主の店を探しているから」
「そんなお世辞はいいよー」
ダメだったか。
「……お待ちくださいませ。妙案を思いつきましたわ」
「ほう? 聞かせてくれるかな?」
「ではリョータ様、お耳を」
それから3時間後。
「開店!!」
貸店舗を借りたは良いけど、全然売れないから赤字だと嘆いていた商人に、代金を肩代わりする代わりに店主権を譲ってくれと交渉した。
大喜びで荷物を畳んでいった商人を僕は笑顔で送り出し、貸店舗のオーナーには話を付けてくるとまで言った。
僕らは自分たちで収集した大量の商品を、貸店舗に陳列して商売を始める。
月/25000bl(日本円で言う10万円)を支払うことで、商売が可能になる貸店舗。立地条件も良いから、人も来やすい。
目利きスキルも持っている僕からすれば、正しい商品価値も効力も説明が出来るから、恐らく回収可能だろう。
……それにこういうお店経営を、疑似的にだけど体験できるっていうのは実に面白いじゃないか!
「まさか店やるとはなあ。アタイはこういう経験全くないんだが、大丈夫か?」
「ああ、問題ないよ。アイリにはやってもらうことがあるからね」
鍋子には、客引きをやってもらうことにした。小柄でフットワークも軽いし、何より僕自慢の可愛さを持っている。
「いいか鍋子。可愛いは聖帝だ」
「そこまで偉いの!?」
「偉いんだよ。そして尊いんだよ」
不細工の客引きと可愛い客引き。どちらに人は惹かれるかって、愚問だろう?
「スフレちゃんは店内の雰囲気とか、香とかそういうの」
「幻惑魔法ですわね」
貸店舗の規定によれば、人体に悪影響のない魔法であれば行使可能みたいだから、そこら辺は問題ないはずだ。
更に3時間後。
鍋子の客引きは最初、拙く効果もなかったが、必死にやるうちに慣れてきたのか、客引きのバニーガールとして注目され、店に客が来るようになった。
店内の雰囲気は良好。売っている品々も悪いものではない。というか良いモノが揃っている。
(じゃあなぜ売るかと言えば、僕らが装備する品ではないからだ)
「試し切りに付き合うよ!」
店のガードレディと化したアイリは、品物の良さなどを体験させる、いわばサンドバッグになってもらった。進言するときは抵抗あったけど、快く引き受けてくれた。
「こちらの商品の効力につきましてはかくかくしかじかこれこれうまうまでしてね!」
僕はこのイケメンであることと、商品知識の豊富さを利用して、レジと解説係だ。
皆が精いっぱい頑張ってその日は終わり、結果は……。
「200万……ですわ」
「うそぉ!?」
「やったぜ」
「僕たちの勝利だ!!」
商品の在庫をまだまだ大量に残した状態で、この日は200万blという大金を売り上げた。全部売ればこの数倍以上はいくだろう。
やはり、可愛さと美しさとイケメンが揃えば、この程度は朝飯前なんだよな!
「すっげえな旦那! 早速酒を買おう!」
「待て、最後にやることがあるだろう」
皆頑張った。だから、誰かが多くをとるなんて野暮はしない。
「50万blを皆に配る……4等分だ。これで豪遊でもなんでもしよう!」
「ひゃっほぉおおお!! 酒だぁああ!」
「私はリョータ様と使わせてもらいますわ」
「私、食べ物! お腹減りすぎて死んじゃう!」
とりあえずその日の夜。僕らはアルメーシャの街の中流階層が行く料理店に行き、マナーなど気にせず食べて飲んだ。労働の後の食事は楽しくて、美味い。
「頼んじまったぜ……ステーキの5段重ね!!(3000bl)」
「お腹も満足のスイーツ御膳ですわ、綺麗……(4000bl)」
「旬の野菜フルコース……夢みたい……(500bl)」
「特盛満腹膳って、こんなに多いのかよ(1000bl)」
これにお酒や追加料理などを諸々入れて、最終金額は7万bl。
この内半分は恐らく、アイリだろう。間違いない。
それはもう豪快にステーキは食うし酒はガブガブ飲むしで、周囲の人々は物珍しそうに僕らを見ていた。
しまいには近くの客と飲み比べが始まってしまい、酔い潰してしまった。
日本円に換算したら28万円という大金を費やした食事は、無論楽しくて仕方がなかった。
支払いは全て僕持ち。理不尽だって? いいや、これは僕が申し出たんだ。何も問題はない。
酒も相まっていい気分の僕らは(鍋子はお酒禁止)、そのままサモンハウスに行き、泥のように眠りこけたのであった。
次回予告! 謎の美少女はどこ!? っていう文句は一か月前の作者に言ってください! こ、構想はあるし出る予定だから(震え声)! 次回【邂逅】 男との出会いは出来ればノーサンキュー!




