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僕は羨望とか嫉妬とかの感情を向けられることに慣れている。



隕石が飛来した街 アルメーシャ。

伝説によれば、少し昔に隕石がこの地のどこかに落ちて、その近くに街を作ったという。ところが、肝心の隕石はどこにもない。あるのは街の外れにある巨大なクレーターだけで、隕石の影も形もないのだという。これは、単なる岩を隕石として展示していたところに、魔導士がやってきて看破したことからわかった事実だ。


隕石はどこにあるのか? クレーター諸々含めて、自作自演ではないのか? 憶測と批判は、今もまだ絶えることはない。


嘘つきの街とも揶揄されるアルメーシャはしかし、南大陸の中でも指折りの発展を遂げている。広大な総面積、河川の充実、気候変動も穏やかで、外敵となる国もない。人々は観光や、近隣にあるダンジョン目当てに集まり、宿泊施設に閑古鳥は無縁だ。流通もしっかりしていて、人も物も金でさえも舞い込んでくる。


……そんな順風満帆なアルメーシャに、更なる追い風が吹いた。新たなダンジョンが生まれたのだ。


クレーターの真ん中に。






「標的を確認。これより、尾行開始」


誰に言うでもない独り言を、かじったリンゴの果肉と共に飲み込んだのは、一人の少女だ。赤い頭巾を被っていて、背中には長い何かをケースにしまって背負っている。耐火性に優れたボロのマントで体を隠していて、目深に被った頭巾から放たれた眼光の一矢は、人込みの中を行く一団の後ろ姿を捉えていた。


変わった一団だ。先頭に立つのは馬を引き連れた人間の男。隣には兎の獣人。後ろにつくのは身の丈が人ゴミより少し頭が抜けているほど大きな褐色の獣人。その隣に小奇麗な衣装の小さな獣人。馬を含めなければ4人の集団。頭巾の少女は彼らの後ろをつける。



「こうも人(獣人)が多いと、やりにくいな。……しかし、依頼主は何を焦っているのやら」


人込みの中には、各々の武器を携えた手練れの冒険者も多い。アルメーシャの正門を抜けたばかりで、人込みはピークだ。それでも見失わないのは、彼女の尾行術が並でないことを証明している。


ようやく広場からの大通りで、道の本数も網目のように広がり、人々は自然と散会していった。一団は通り立ち止まり、地図を確認している。


「宿を決めているのか」


アルメーシャまでの道は長旅だ。定期便を利用するのでなければ、疲労もあろう。




決まった宿は、高級とも低級とも言えぬ、中級の、割と値が張る宿だ。個室なども完備している。



旅行客に紛れて入ると、一団の中で性別も種族も違う、一人の男の後を追った。普段は全員同じ部屋で寝るようだが、今日は気分転換に一人で寝たいという少年。入室した部屋の番号を記憶し、仲間たちの番号も確認した。不振がる者はいなかった。


「……」


赤い頭巾を被った少女は、自分のとっていた宿に戻り、作戦を練る。宿屋の簡単な見取り図を紙に描き、番号、位置情報を精査。階層の多い宿屋は、最近の祭りの影響でほぼ満室。3階に1人、8階に1人、9階に2人とあり、ターゲットは3階にいる。仲間を呼ぶことは容易ではない。


「部屋の内訳もわかっている。……話によれば、彼は凄腕の魔法戦士だそうだが、脅威に感じたのは他のメンツ……」


狭い宿屋の中で、一瞬で仕留めれば、彼女らとも相対せずに倒せるだろう。赤い頭巾の少女は、決行を今夜に定めていた。


「貴方に恨みはないけれど」


先ほどの紙に着火し、焦がし尽くして灰にする。


「死んでもらうわよ」


無表情で少女は、手に篭手をはめた。




アルメーシャに新たに出来た新たなるダンジョンの生誕記念祭りがおこなわれている。伝統のアクロバティックな舞や、喜劇的な風景がそこらかしこに広がっていた。夜になってその勢いはさらに跳ね上がる。



……ところで暗殺とは、闇に溶け込み、相手が真の実力を発揮する前に倒すことを指す。【戦いになる前に】、【倒す】のだ。倒すまでの過程は、例え卑しくても非道でも構わない。手段も良心も厭わない者にのみ許された外道の戦術。彼女に暗殺を依頼した者たちは、暗殺対象にどんな感情を抱いているのか、そんなことは彼女にとって些末な問題だ。ただ依頼を受け、その依頼を遂行することが彼女の任務である。出来なければこの世界では信用を喪失する。


窓からの侵入は、いくら祭りの中だとしても目立ってしまうので出来ない。普通に宿に入り、普通に部屋を目指した。警備は祭りの方にばかりむいているので、難なく部屋の前に辿り着く。


「……」


息を潜めて準備を5秒で確認。少女は戸を叩いた。


『ん? 鍋子か? 鍵は開いているぞ』


連れの誰かと勘違いをしているようだと、ほくそ笑んだ少女。金属製のドアを勢い良く開け、同時に突入した。持っている毒塗ナイフが明かりに煌いて、標的ののどに……向かうことはなかった。


部屋は真っすぐ先にベッドと窓があるシンプルな物。声の感じからして、トイレなどにいるでもない。しかし、ターゲットの姿はベッドにはなかった。



「いない?」


「いいや。いるよ、ここに」


部屋の真ん中にいた少女は、背後からかかってくる声に振り向いた。ドアの後ろに隠れていたターゲットは、重いドアを閉めて鍵をかけていた。


「アイリと鍋子の勘は流石だな。僕に向けられている殺意、こうも容易く看破できているなんて。準備したかいがあったよ」


「くっ!」


余裕の笑みを浮かべ、『準備していた』という言葉に、暗殺は失敗してしまったという危機が脳裏をよぎった少女は、すぐさま窓からの緊急脱出を選択肢に浮かべる。じりじりと後退り、ターゲットの喉を狙いながらも退却の準備をしている。


「なんで僕を殺そうとしているのか……とかはどうでもいいよ。イケメンである僕を亡き者にして、自分は人気者になりたいなんていう馬鹿な奴は山といるからね」


無防備で隙だらけに見えるターゲットのふるまいだが、そのリラックスしきった様子に少女は恐怖を覚えていた。今まで、彼女の暗殺対象が最期に見せた表情は怯えが大半で、それは殺す直前よりもっと前から見せるものだ。どんなに警備を固めても、目の前に自分に殺意を向けてくる者が現れれば恐怖を隠すことは出来ない。


警備を固めているわけでも警戒しているわけでもないのに、今も彼は笑っている。どれだけの修羅場や死線を乗り越えたらこんな顔が出来るのだろうか? 少女は些末ではない問題に混乱を隠せなかった。だからだろうか、彼女はナイフをターゲット目掛けて投げ捨て、篭手を向けた。


「おっと、その篭手はもしかして―――」


言い終わる前に篭手から、多くの小矢が雨あられと発射された。秒間4本の小型毒矢。当たれば神経毒にかかる代物だ。……が、矢は当たる前に失速し、地面に落ちて行った。


「『暗殺者は大体肉弾戦よりも、間接的な方法で殺しに来ることが多い』っていうのは、アイリの受け売りだ。あいつも結構大変だったみたいだけど、その経験のおかげで僕は生きている」


「ぐぅ!」


囮のために投げ捨てたナイフも、仕込み小矢も効かなかった。なればと、奥の手を少女は出そうとした。


「その前に、疲れたでしょう? 寝るといい」


ターゲットが術を仕掛けた。少女の頭に金物同士がぶつかり合う凄まじい音と、まるで頭の中を引っかくような強烈な痛みが襲う。目を閉じてうずくまる。が、痛みはすぐに消えた。


「スフレちゃんから教わった魔法だよ。中々便利だね」


目の前にはやはり、男が立っていた。このままでは嬲り殺しにされかねないと、彼女の直感が警鐘を鳴らしていた。奥の手も今は出さず、次の機会を見ようとする。

背後にある窓に突撃し、割って出て、祭りの中に紛れて逃走するより他はない。窓の鍵を開けるなどという悠長な時間を与えてくれるはずがないだろう。


「次こそは!」


生まれて初めての捨て台詞を吐いた少女は、振り返って勢いよく窓に飛び込んだ。



「残念だけど、僕は次なんて与える気はないよ」



窓の強度のことも少女は事前に調べていた。突撃すれば苦も無く割れる安い強度の窓。少女の身でも容易に割れる。……そのはずだった。



「ごぉあああああんあ!?」


窓は途轍もなく硬い。情けない悲鳴をあげて少女は宙を舞い、強かに床に頭を打ち付けてしまった。全身打撲に息が止まり、何故という、理不尽な結果に混乱している。


「どう、して……確かに……この、窓は……割れる……はず、だった……のに……」


「君はお金をかけてでも、幻覚耐性のタリスマンを持っておくべきだったね」


ターゲットが指を鳴らした。再び頭を襲う苦痛ののち、彼女は見た。自分が飛び込んでいたのは、熱い金属製のドアだったのだ。



「苦悶して方向転換していた君の後ろに回り、景色も逆に見せれば、正反対の方向に突っ込むってわけさ。スフレちゃんの計略は本当にえげつないけど、決まると面白いね」



手練れの魔法戦士などという評価は過少だったと、少女は後悔した。まだ彼は本気など出していないことを本能的に察してしまった少女は、その底知れない強さに完全なる敗北を認めるしかなかった。奥の手も、体が動かねば意味がない。



「じゃあ、本当の意味で―――」


自分が用意して投げ捨てていた毒塗ナイフを片手に、ターゲットは歩み寄った。


「い、いや、いや……!?」


逃げようにも体は動かない。殺される。ここで死ぬ。自分が殺してきた数多の死骸と同じように惨たらしく死ぬのだ。そんな姿を予見し、少女は涙を流した。


「だって私、まだ……」


「お休みなさい」


「待っ!!」



ナイフが少女の目の前にふりおろされて、直前で止まった。いち早く「殺された」と察知した脳が、その意識を止めてしまい、彼女は白目を剥いて気絶した。



「……で、殺しに来た相手でも事情を聴いておこうと提案したのは、鍋子だ。感謝しろよ暗殺者さん」


ターゲット……榊涼太は爽やかに笑うと、彼女をベッドに寝かせたのであった。


次回予告:とんでもないルームサービスを難なくいなしたリョータを待っていたのは、セクシーボディのルームサービスだった! バスト300! ウエスト500! ヒップ700! わがままボディを前にリョータは魔法を唱える! 次回『チェンジ』 変わらぬ夢など、あるのか?

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