言語が必ず同じ意味だというのは錯覚以前の願望だと思う
「で、本来ならここでゲームセンターなんだ。クレーンゲームっていう物で、中の景品を取る」
「まあ、ご主人様の世界だとそういうデート方法なのですね。……ということは、中身はとても高価なものなのでしょうか?」
「いいや。中に入っているのは安物だよ。買ったほうが確実に安い」
「……? よ、よくわかりませんわね。ではな何故、理に合わないことをわざわざやるのでしょう?」
「その過程が問題なんだよ。デートって、結果よりも過程がほしい物なのさ。思い出ってそういうものだろう? 結果どうなったかよりも、あの時こうだったってさ」
デートについて語り合う僕とスフレちゃん。うん、良い。良いね! さっき買った服も実にいい!
青がメインで、白と黒も混ざった服飾。半袖のため、スフレちゃんの細くて綺麗な腕がよく見える。スカートは短めで、風が吹けばパンツまで見えそうなものだ。僕はもう少し長めのを勧めたのだけど、スフレちゃんはこっちがいいと聞かなかった。しかし、この半袖はまずい。スフレちゃんの張った胸が強調されていて、目のやり場に困る。
「ご主人様。ダーツはご存知ですか?」
「ほほう。唐突にどうしたんだい? もちろん得意だよ?」
あったのかよダーツ!? そういえばカードゲームもあるくらいだ。あっても不思議じゃあない。何はともあれちょうどよかった。要するに男のカッコよさを表現する場所がほしかった! 拳闘場でも良いんだけども、間違って顔面に受けたら僕のイケメンが悲鳴を上げるから却下だったけど、ダーツならばできる!
「では、ご主人様の思い出を、私に下さいませ」
「よろしくお願いします」
「ご主人様!? 土下座って、どうして?! ええ?!!」
すまないスフレちゃん。そんな笑顔でそんなセリフを言われたことないんだ僕は。泣いていいのか笑えばいいのかもわからなかったからとりあえず土下座したんだけど、変だったかな?
集落には歓楽街的なものも存在する。スフレちゃんはそこに、ダーツなどの遊戯施設があったという情報を掴んでいた。僕たちがスフレちゃんに振り回されまくった時よりも前に、潜伏先を選ぶ際に見つけたのだという。
「いらっしゃいませ」
なるほど。ダーツショップではなく、ダーツバーか。酒も飲める仕様で、普段行く騒がしい場所とは違い、木製の店内からは静かな雰囲気と、香深い匂いがある。
「とりあえず食前酒を何か2つ。チーズ系統の盛り合わせで」
実際、こういうお洒落な店に入ったことなど一度もない。というかあったらあったで問題だろう。一応僕は地球世界では未成年だからね。この世界に飲酒に関する法律がないだけだから、読者の良い子は二十歳を過ぎてからお酒を飲んでみてほしい。
「かしこまりました」
ふむ。店員は店長だけのようだ。客もいない。風貌は人間に近い獣人。猫だろうなこの目つきは。
「ご主人様、注文の仕方かっこいいですわ」
「ありがとうスフレちゃん。……あと気になっていたんだけどさ、デートの時くらいご主人様はやめてくれないかな?」
「え? よ、よろしいのですか?」
「その代わり、『りょーた』って、気軽に呼んでくれるとありがたい」
スフレちゃんはよろめいた。そして顔を真っ赤にして僕を呼ぶ。
「リョータ様!」
「違う、様を付けると仰々しい。もう一回」
「リョータ!」
「エクセレント!」
デートで女の子と名前同士で呼び合うって素晴らしい。じゃあスフレ【ちゃん】もやめろって? 馬鹿言わないでほしい。最大級の親しみ込めているんだこっちは。鍋子にもアイリにもちゃんなど付けない。
「これであの寵愛受けた兎よりも一歩前に前進したのですわね!」
それはどうかな? 鍋子も愛しているよ。
「それはどうかな? 鍋子も愛しているよ」
僕は基本、イケメンだから無用な嘘はつかない。
「ええ、あの兎ですかあ? 私が先にご主人様に会いたかったです」
「そうだねー、思い入れって期間の差があるからね」
というか、敵対心なしに出会えたのってアイリだけじゃないかな? 鍋子はいうに及ばず、スフレちゃんだと苛め抜かれてそう。
「はい。どうぞ」
小さめのグラスに50mlにも満たない少量の緋色の酒。チーズは形も香りも様々だ。
「それじゃあ、スフレちゃん。乾杯」
「ご……り、リョータ。かん、ぱぁん!?」
スフレちゃんが鼻血を吹いた。僕は倒れる寸前を抱きかかえて、スフレちゃんに回復魔法をかける。
「す、すみません。まだ、もう少しだけ、待ってください……リョータ様」
「ううむ、無理強いはできないから仕方がない」
気を取り直してスフレちゃんと乾杯。くっと一回喉を鳴らす頃には飲み干していた。しかし、安酒にはない爽やかなアルコール分が、僕らの胃から体中に、まるで炎をともすような熱気をもたらす。
「け、結構なお手前で」
あ、しまった絶対間違えた! 「マスター、いい仕事するね」とかだよこれ絶対! 模範解答から180度ずれちゃってるよ僕、恥ずかしい!!
「……ところで、ここにはダーツはないのかな?」
丸っこいチーズを食べてから、店主に質問した。彼はにやりと笑うと、タップダンスを始めた。……何のつもりだ? と思っていると、僕の真後ろにある花瓶のお飾っていた机が横にずれて、床が開いた。
「どこで聞いたかは知りませんが、ダーツならば地下にございます」
……おいおい。もしかして違法カジノか何かなのかこれ?
「大丈夫ですよリョータ君。ごはぁあっ!? り、リョータ様」
全力で喀血しているけど、僕のためにしてくれることだから素直に感動している。
「この店はマスターの趣味で、地下のダーツマスターのお兄様なんです。兄妹でそれぞれ営業部分が違うのですわ」
ほほう。飲食店目当てだけならここで。そうじゃないなら地下に行くのか。……一緒にすればいいじゃんか!?
「一緒にすればいいじゃないかって顔をしているね。そうじゃあないんだ。秘密の地下室って、かっこいいだろう?」
確かに。
「お客様2名ご案内!!」
魔法の明かりが光り輝き、地下であることを忘れてしまいそうな賑やか空間。これあれだ、派手と静寂で兄弟の意見が合わなかったやつだ。何が秘密でかっこいいだ。僕の同意を返せ。
「ダーツの料金表ですが、何ゲームやりますか?」
にこやかに話しかけているのはメスの猫の獣人。おそらく、マスターの妹だろうな。
1ゲームだけなら何もなし。
3ゲームはドリンク一杯もついて通常より安め。
10ゲームはドリンク飲み放題。
……で、最後は、賭けダーツ?
「最後のこれは?」
「これは我が【ダーツソウル】が抱える腕利きとの一戦(1ゲーム)です! 見事勝利すれば素敵なアイテム! 敗北したら5ゲーム分の料金を支払っていただきます」
賭けと言うにはあまりにも景品がしょぼいと思うのだけど……まあいいだろう。
「賭けダーツで」
ざわっと、周囲の客の視線が向けられて、僕は戸惑った。
「命知らずだな」「まさか、挑むのか」「俺はあの命知らずに賭けるぜ」「俺はアンチャーに100で!」
おいおい、賭けって、僕だけじゃあないのかよ……。
「ではお客様! これを!」
ゼッケン? なんで? ま、まあ着るけどさ。
「運命のバトルフィールド! カモン!!」
え、ええ?! 司会者ポジションになったマスター(妹)が、突然異空間を召喚した。僕だけがそこに吸い込まれていき、気付いた時には荒野のただなかにいた。
中の様子は水晶玉から見えるようで、スフレちゃんやその他の客が見ている。TVのワイプみたいに四方八方から視線が刺さる。
「ルール100点先取! または相手の再起不能です! なお、死亡しても異空間内の出来事ですので出した時には無傷です!」
再起不能になるダーツってなんだよ!?
「リョータしゃま、ダーツを知らないのですか!? なぜ、なぜですの!?」
「僕の知っているダーツじゃないんだけど!? 何、どうすればいいのこれ!? スフレちゃん!」
「おおっとチャレンジャー!! まさかの素人!! ダーツの意味も知らずに来た無法者、門外漢です!!」
「馬鹿野郎! 金返せ!」「ひっこめ三下ぁ!」「ぶーぶー!」
「シャラップ!!! 少し、黙ってろ! 僕の知っているダーツは、的に矢を当てるんだよ!」
「チャレンジャー、どうやらローカルルールならば知っている模様。しかしここはダーツソウル。チャレンジャー、ゼッケンをご覧ください!!」
ゼッケン? ……あ、なんか得点が書いてあるわ。えーっと……。
「胃の部分に当てれば5点! 色々と得点はありますが、心臓部分で100点です!」
あー、それで命がけなんだね。的は投擲手本人かー。流石異世界。
「じゃなくて!! スフレちゃん、なんでこんな場所に僕を送り込んだの!?」
「だ、だってリョータ君 ごほぁ!? えふっ、り、リョータ様さっきおっしゃってましたじゃないですの! 『過程が問題なんだよ』って! 理に合わないことでも思い出になるって!」
言ったけどさぁ!?
「チャレンジャーにダーツが与えられます!!」
あ、目の前に落ちてきた。これ、……刺さる部分が反ってたりするんだけど。釣り針とかで見るようなエグイ仕掛けが、僕の良く見知ったダーツに仕込まれている。
「刺さったものは基本的に抜けません! 見事先に心臓を射抜いた方が勝者になります!」
「リョータきゅん頑張ってー!」
「それでは間もなくスタートです!!」
ええい、次回に続く!!
……あれ、続かないの!? ここで決着をつけろって!? 最近更新がなかったお詫びって僕はそんな事情知らないぞ!?
「来たか……我が穂先の前に倒れるがいい。我が未来(給料)のために」
「チャンピオン登場です!!」
なんか仮面を付けたサルみたいな風貌の獣人が現れた。ええい、ダーツはダーツだ。要するに相手の心臓に当てればいいんだろう!?
「開始ぃ!」
ゴングが鳴った。時間制限とかないのかと思った矢先に、ダーツが相手の腰から放たれた。
「うわぁが!?」
く、イケメンボイスなのになんという無様な叫び声をあげているんだ僕は!! というか相手の腰にあるのってあれ、自動的に動いてないか!? 僕の腹に刺さっているし! 傷物になったらどうしてくれる!
「ああいう装備もありなのか!」
「何でもありです! ちなみにあちらの商品はお値打ち価格で販売中です! 更に最近は、ガントレット内に仕込みダーツを使える優れものまでありますよ!」
なるほど、商品の宣伝かよ。何でもありなんだよな? そっちが言ってきたことだからな。
「おーっとここで逃げる! しかし、ゼッケンの裏側は高得点のオンパレードです!!」
腰を低くしてダッシュすると、足に当たる。この、痛いな!? 点在する岩陰に隠れて、僕はスクロールを出した。
「チャレンジャー、何やら紙を取り出した!! 遺言でも書き残すのか!? 早くも試合放棄か!」
イケメンはどんな理不尽な勝負にも勝つんだよ。どんな手を使ってでもね! 今回だけしか使わないような能力にポイント消費するのは痛いけど、あんな秘境旋盤(誤字)の奴に負けたくはない。
「そおれ!」
岩陰から投擲。サルはひょいと、紙一重で躱した……はずだった。
「ウキャアア!?」
雄たけびを上げるサル。心臓ではない方の胸に刺さったダーツに血がにじむ。得点は10。まあいいだろう。
「誤差修正は順当だね」
今、取得したスキルは『ど真ん中狙います』。狙った的の中心に当てるスキルだ。これだけ聞くとAIM100%のチートだろうけど、目標目掛けて「軌道修正」するだけだ。つまり、元々のダーツスキルがなければ意味のない能力。しかしこれから僕は、ダーツをしても必ず真ん中に打ち込むだろう。超絶技巧も、何度も見せれば飽きてしまう。デートでダーツを使うのはもうできないだろう。
「お前のせいでデートプランが1つ消えたぞサルゥ!!」
「ウキャアアアア!」
「あ、圧倒的!! 圧倒的な、打ち込み!! もうやめてください! とっくにチャンピオンの心臓に5本刺さっています! 死なないけど死んじゃいます! 勝負あった!」
異空間は解除された。試合内容を割愛したのは、僕の一方的な大差で勝ってしまったのと、心臓に打ち込むことで流血がひどかったので、全年齢向けに配慮してのことだ。イケメンはそういうことも考える必要があるのさ。
「勝者!! チャレンジャーリョータ!!!」
「俺は信じてたぜ!」「りょーた! りょーた!」
黙れやじうまども。
「リョータ様! おめでとうございますわ!」
まったく。温泉旅行と言い今回のダーツと言い、もっとまともなデートをさせてくれぇええ!!




