僕の望んだこと
鍋子を一日自由にするお話ですが、書いている途中であまりにも鍋子がかわいそうになったので原稿破棄。1から始める執筆生活状態へ。大変長らくお待たせいたしました!
対価というものは対等なもの同士で初めて成り立つ。しかし、相手の欲しいものをつかみ取るのであれば、多少不利な条件でも応じる不平等も必要である。
「出来ましたわご主人様!」
嬉々としてスフレちゃんが持ってきた一枚の紙。
そういえば、異世界の紙作りってどんな感じなのだろうかと逡巡しながら、僕は紙を受け取った。
「ええっと、なになに。『火あぶり。大衆の面前で犬のように四つん這いになって練り歩く。体毛を一時的に全部剃ってあらわになった体にビキニ一丁で練り歩かせる(なんならボディペイントでも可)。ひどく月賦の出る炭酸飲料を一気飲みさせてから大衆の面前で長々とした歌を完唱させる』。……なにこれ?」
「あの淫獣白兎に対する報復の1日のスケジュールですわ」
ビシッとスフレちゃんが指さした先には、未だ拘束具を取り付けられた鍋子がおびえる瞳をこちらに向けている。
「たすけて……リョータ……たすけて……」という言葉を発しているに違いない表情だ。というか、そんなに大衆の面前にこだわる理由は何なのだろうか? 僕も、スフレちゃんに対するお仕置きをした時は大衆の面前だったけど、あれば僕のイケ面を台無しにしていた相応の罰だったはずだ。スフレちゃんはまあ、……でもやりすぎだろこれは。
「スフレちゃん。鍋子も、僕の大事な子だ。ここまで恥辱まみれにすると、トラウマになりかねないからやめてほしいのだけど」
「な、何故ですのご主人様!? わたくしの受けた悲しみ、怒り、屈辱! 本来なら問答無用で処刑確定の事案ですのよ?! 体毛を一時脱毛させると言っても翌日にはきっちり元通りになりますし、第一公衆の面前でわたくしに散々恥をかかせてくださったのはご主人様でしょう!? その節は大変ありがとうございましたわ!」
怒られども感謝される筋合いはないはずなのだけどなあ……。
「では、ご主人様は私に何をすれば気分が晴れると言いますの?! 私がこの淫獣エロウサギにしてあげるお仕置きとはいったい!?」
「スフレちゃん。今こそ発想の逆転だ。君は恥をかかされた恨みとか復讐に拘っているけど、それで君がかいた恥が払しょくされるわけじゃあない。仕返しをしたという気分転換とストレス解消だけだ」
何か言いたげなスフレちゃんを制止して僕は続けた。
「だから僕が、その恨みとか憎しみとかの感情を考えられないようにしてあげる。そう」
イケメンにだけ許される唐突な、
「デートをしようじゃないか」
デートのお誘い!
案の定、スフレちゃんは雷に打たれたかのような衝撃で顔を真っ赤にした。
「先日のデートというハチャメチャ劇と違って、本当にデートをしよう。2人っきりで」
「え? ま、マジ……こほん! 本当ですの!?」
「ずるいぞ旦那! アタイも旦那と一騎打ちがしたい!」
アイリの発言は何かがおかしいが突っ込まないぞ。
「というわけで今から出発。鍋子の件はそれでチャラ。いいね?」
「で、ですがご主人様」
更にここで必殺技。
「いいから、ついてきなさい」
スフレちゃんの顎を僕の親指で上向かせる。顎クイというイケメンにしか許されない技法だ。そこらの木っ端男がやれば、無暗な鼻息とかべたつく油とかで台無しになって警察沙汰になりかねないからやめた方がいい。
「は、はひ……」
元々スフレちゃんは僕の命令には絶対服従の、犬の特徴を忠実に引き出したような女の子だ。敗北した相手には絶対上下関係を仕掛けていたのも、実に犬らしい格付けである。だから自分が敗北したとき、その相手を絶対上に据えるのだろう。
だから助かった。性格が捻じれすぎていると、こう上手くいかなかっただろうし。
かくして、集落という見られた場所でのデートが始まった。が、デートスポットに行く前に服屋だね。
「ど、どうでしょうかご主人さま?」
「うん。似合っているねー」
スフレちゃんは基本的に人間と同じ風貌をしている。だから鍋子と違って服飾のこだわりがいがある。
「その赤のワンピースもいいけど、こっちのセーターとかもどうだろうか? 魔法加工されているから耐性もあるみたいだし」
「セーターですか?」
「あとこっちの長シャツに羽織りものをつけて、動きやすい服装にする?」
ああ、夢を見ているようだ。これだよ。まっとうなデート!!!
実は僕が一番したかったデートだ!! 気持ち的にはスフレちゃんに全く引けを取らないはずのデート願望を僕はついに叶えたぞ!
長かった……本当なら現実の世界でこういうことをしたかった。現実ならここらでゲーセンや新作映画後の食事とか夕日の見える公園とか、そういうのが待っているのだけど、残念ながらここは異世界! でも異世界に来なければ僕は一生男尽くしの……。
「おええええええええ」
「ご主人様!? 吐いていません! 吐いていませんよ、どうしたのです!?」
「いや、気にしないで……発作……みたいなものだから……」
一瞬、あのままあの世界に留まっていたら男とこういうことをしていた可能性とか考えて、なんかもう、死にたくなった。魂レベルでこの世から消滅したくなった。そんなこと、
「とりあえず色々着替えようか。何着か見繕ってさ」
「が、顔面蒼白ですわよ?」
「気にしないで」
口が裂けても言えるか!




