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思い出の上書き


僕らは温泉旅行に来たはずだったのだけど、いつの間にかバトルをしている。これもすべてこの世界に、まともなデートスポットがないのが悪い。



僕は最初、チート技能と思っていた巻物を手に思案していた。

【ある魔法】を習得するだけで、この状況を好転させるどころか勝利にまでもっていける。しかし、それを習得するためのポイントはでかい。9万程度あったポイントのうち、今は3~4万程度。これを覚えればさらに半分になってしまう。


無敵になるだけの力に近づくたびに可能性が消滅していく。もしかしたら神になれたかもしれない技能を覚えず、凡庸な器用貧乏になってしまう可能性もあるのがこの巻物システムだ。



だから、鍋子の奇襲をいなして回避し、時に制しては回避してを繰り返す。せめてアイリが起きてくれれば状況はまた違うのだけど、彼女は今も倒れたまま。スフレちゃんに至っては、鍋子にキスをされたことがショックだったようで打ちひしがれていた。



「どうしたのリョータ!? そんなに焦らさないで! 私に、子供を、ほしいの!」


「捕まるもんか!」



近距離でライトを発動して目潰しをしても果敢に挑んでくる。火炎魔法を放っても温泉に逃げられて炎上しない。氷結で閉じ込めてもダメだ。

どうやら僕の干渉で死に至る攻撃はすべてが無効化されるらしく、気絶目的であっても温泉の中に閉じ込めて窒息という手段がとれない。氷が完全に行き届かず、すぐに浮上できてしまうのだ。


しかし遊んでばかりもいられない。流石に騒ぎが続けば、他の宿泊客だって気づくだろうし、その場合は警備員だって来るはずだ。万が一そいつらが鍋子を危険とみなしてしまうと、殺害される恐れがある。



「……まあ、いつかは欲しいと思っていた魔法だ」


巻物スクロールを開いて検索、取得。それにかかるのは10秒。足止めをしても鍋子は復活するから、厄介極まる。

まあ殺処分とかの心配よりも先に、僕の貞操が危ないっていうのがね!



「問題はどうやって時間を稼ぐか!」



逃げて逃げて、躱して。そばにスフレちゃんがいるのを発見した。声をかけるが、死んだ目で僕を見つめてこう言った。


「わたくし……けがされてしまいましたわ……どうしましょう……」


既に物語の汚れ役だというのはこの際黙っておこう。

……と、ここで僕は閃いた。



「スフレちゃん、10秒欲しい。何とかしてくれるかな?」

「10秒? わたくしに、なにをしろと? 魔法はもう」


「あとでご褒美あげるからね!」

「え? ちょ、ご主人さ ま~!!?」


スフレちゃんの首根っこを掴んで上に投げる。スフレちゃんの悲鳴があがる。



「10秒だけでいい!」


声と、スフレちゃんの様子。興味が僕から移り、鍋子の視線を釘づけた。


「っくぅ!」



3秒かけて最頂点にまで到達後、引力に掴まれてスフレちゃんが落ちる。しかし、魔法を放って落下スピードを抑えていた。その間、僕は巻物を検索し終えて、習得に至る。




スフレちゃんが完全に落下する直前で僕は跳躍し、キャッチする。図らずもお姫様抱っこの形になったからか、スフレちゃんは目を見開いて僕の顔を見ていた。頬も紅潮している。


ちなみに僕も成長したもので、温泉の反対側目がけてのジャンプは八割がた成功した。綺麗に着地出来たらよかったのだが、贅沢は言ってられない。



「ずるい! 私も、お姫様だっこ!!」


ざばざばと温泉に突撃してショートカットしようとした鍋子。



「いい加減に、気絶しろぉお!」


今習得したての、雷魔法を温泉に放った。うねる光の糸が数本水を跳ね、貫きながら鍋子の体に着弾。体中に電流が流れた鍋子は、痙攣後に仰け反って失神。運よくうつ伏せを回避できたからか、死亡判定なしで気絶。完全勝利である。




「大丈夫だったスフレちゃん?」

「あ、は、……はい……ありがとうございます」


イケメンに抱えられて嬉しそうで何よりだ。


「しっかりしてよ。へこたれないのがスフレちゃんの良いところなんだからさ」

「へこみますわよ……あんな形でキスされれば誰で―――」


悪い思い出を消去するスキルは確かに存在するし、ポイントも高くはない。けれども、積み重ねた嫌な思い出の中から、自分を形作る要素を見出す日が来るというのを僕は知っているから、そのスキルは習得する予定はない。


僕はスフレちゃんの思い出を上書きするため、不意打ちのキスをした。頬っぺたとかじゃあない唇にだ。じっと唇を重ねた後、離してあげる。



「どうかな? 色々大変かもだけど、これで少しは持ち直し」

「……ひゃい」



鼻血を垂らし、尻尾が半端なく左右上下に振れている。真っ赤になるまで紅潮した顔に、焦点の合わない瞳。スフレちゃんはがくがくと足をふるわせた後、膝から崩れ落ちて前のめりに倒れた。






そして僕以外、誰もが気絶したのであった。


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