湖とロッジと恋人の和気藹々と来れば、そこに待っているのはホッケーマスク
「うう、硫黄の、臭いがあ……人気のためとはいえこんなにひどいとは……」
温泉から上がった後。皆は思い思いにくつろいでいた。
スフレちゃんがシャワーと消臭剤との繰り返しで中々、ロッジ備え付けの風呂場から出てこない。
ここにも温泉は出るけども、シャワーだけなら水道水だ。硫黄の臭いはしつこいから、そうそう簡単には取れないのだけどもねえ。
「だが良かったじゃないか。お気に入りの服とかじゃあなかったんだから」
シャワーを浴びるスフレちゃんにバスタオルを持っていく。イケメンたるものこういう、さりげない優しさは大事だ。
「毛先についているんですよぉおおお!」
「我慢しろ。それも人気のためだ」
もっとも、人気キャラになるには個別エピソードを充実させる必要があることは、今は黙っておこう。
「お、ここにいたのか旦那。さっき買ってきたツマミ美味いぞー。犬ころも、いい加減あきらめて出て来いよー。一緒に食べようぜー」
湯上りのアイリは酒を飲み始めていた。序の口だというけど、他の奴ならすでに酔いが回るくらいは飲んでいるはずなのにその節がない。
「気をつけろよアイリ、温泉上がりの酒は回りが早いって聞くぞ」
「あっはっは! 確かにいつもよりもいいー気分だぜ」
「貴女のように単純ならわたくしも楽に生きてこれたのですけどね!」
「憎まれ口を叩けるってことは元気じゃないか。さっさと出て来いよー」
扱いに慣れているアイリは豪快に笑ってその場を去った。シャワーの音と、体をよおく擦る音が聞こえる。ここでムラムラと来ないのはきっと、スフレちゃんが常軌を逸した変態だからかもしれないのだが、そうしたのは僕だから仕方がない。
さて、僕も本来の目的を果たすとしよう。
このミステリーツアーはカップルとイチャイチャすることが目的だから、アイリでもスフレちゃんでもない、鍋子だ。鍋子とイチャイチャする必要がある。
「顔が人間にもっと寄ってくれればいうことはないんだけどねー」
僕には獣人という存在に、まだ慣れてない。僕も獣人なら問題ないけど、あいにく人間だ。つまり、異種族との恋愛に等しい。人間がうさぎや豚、犬と恋人関係になるっていうのは、どういうことなのかさっぱりわからないのだけど、異常なのは確かだ。性格も仕草も問題なく可愛い鍋子なのに恋愛感情に踏み出せないのは、そういった理由もある。
だからといって、人間の姿にするというのは酷な話だ。僕の都合で相手を歪めるなどエゴイスティックだしね。
読者の皆、スフレちゃんの件については怒らせた相手のせいだからね。
「鍋子―。……あれ、いない」
アイリが酒盛りをするリビングに行ってみるが、鍋子の姿がない。アイリしかいない。
「ああ、鍋子ちゃんなら外いったぜ。アタイも後で夜風に当たりに行きたいなー」
仕方なく外へ。もうそろそろ日も暮れて真っ暗になるから、あんまり外には出歩いてほしくないのだが……いやまてよ、満点の星空! そうだ、デートのお約束だよ! 元の世界じゃあできなかったけどここなら出来るじゃないか!
「鍋子―。どこにいるんだー? いないならいないって返事してくれー」
見つからない。温泉にもいなかった。散策すること30分。森の中も調べたけどいなかった。
「……サマル式か?」
行ったことある場所にもう一度行くと見つかるという法則。温泉に行ってみると、誰かが入った後が。そして。
「うわぁあああああああ!」
中からアイリの叫び声が聞こえた。静かな世界を打ち砕くような声に驚いた僕は、温泉への扉を開いた。中には、アイリがうつぶせで倒れていた。ほぼ裸だけど、そんなことどうでもよかった。
「アイリ!? どうした、返事しろ!」
「うぐぐ……だ、旦那……気を付けろ……今の、鍋子ちゃんは……」
額から流れる血が、自然あふれる岩に流れていく。
「回復! よし、血は収まったな、アイリ待ってろ、今すぐ鍋子を探し出す!」
何があったのか。まさか間抜けにも滑って転んだ時に出血したわけじゃあるまい。今の言葉を聞くに、鍋子が暴走してアイリをこんな風に……いや。それはないな。暴走したって鍋子の腕力でアイリをどうこう出来るわけがない。となれば何か別の要素で……。
「聞いてくれ旦那……」
鍋子を助けなければ。何かうめき声がしたけどもアイリなら大丈夫だろう。




