妬みやヒガミは心のなかにしまっておこう
強い者が、パーティーから誘いを受けることはよくあることだ。ダンジョン探索が楽になるし、支払う褒章すら賄いきれるほどの財宝に出くわすこともあるからだ。ましてや、一緒に行ってもらっても安値で良いという冒険者であれば、なおさらである。
「受けましてよ。で、どこまで潜るんですの?」
涼太がいない2日目。鍋子達3人は、ダンジョン入口で声をかけられた。徒党を組んだ20人そこらの冒険者集団で、性別も年齢もバラバラ。スフレから見れば烏合の衆にも見える。
「話が助かるわ。私達、普段は2階で留めておくんだけど、5階まで行ってみたいと思ってるの」
チームのリーダーであろう、年配の女性が朗らかに話す。
「5階? アタイたちはいいけど、あんたら大丈夫かい?」
「危ないかも知れないよ?」
「アナタ達と一緒なら大丈夫よ」
スフレはリーダーにふたつ返事で承諾を伝えると、アイリと鍋子を言いくるめると行ってその場を離れた。
「妙ですわ」
「何がだ?」
アイリのすっとぼけた表情を見て、スフレはため息を付いた。
「冒険者って、20人も普通組みませんわ。ましてや、それだけ集めて2階でちんたらやっているって、赤字も良いところでしょう? 変ですわこれ」
「変って……もしかして実力を隠しているとか?」
「いいえ。実力は見た限り大したことありませんわ。……危惧しているのは、ご主人様が昨日言った言葉」
「『油断するなよ』って奴か? ふうむ」
アイリはスフレに耳打ちする。
「すまん。アタイは馬鹿だからよくわからねえ。そこら辺は犬ころ、お前に任せた」
「はぁ!? 何言ってますのこの豚筋肉! 少しは自分も考えなさいな!」
「馬鹿は頭のいいやつに従っておく。これも立派な処世術さ。なんかあったらアタイが守るから、どんと大船に乗ったつもりでいろって
納得いかないスフレを、鍋子が落ち着かす。
「き、きっとアイちゃんにも考えがあるからさ」
「そういう淫獣はどうなんですの? なにか変だと思いません?」
「えっと……」
「ああ良いですわ、どうせご主人様との◯◯◯◯しか考えて」
「殺すぞ犬」
「うぅ!? う、兎の分際で!!」
ともあれ、ダンジョンに入ることになった一行は、瞬く間に5階に下る。
下る瞬間スフレも鍋子も、警戒心を発した。
背後にいる総勢20人の、気配が変わったのだ。
「淫獣」
「わかってる」
階段を、勢い良く下る。背後の連中は、それを追いかけた。
「アイちゃん」
「お、来たか。待ちくたびれたぜ」
金棒を構えて、階段を降りきった後距離を取り、アイリは集団を威嚇する。
「どうしたんだいあんたら。さっきまでの卑屈で謙虚な態度が一変したぜ」
獲物に襲いかかるダンジョンの魔物と同じ目をした、魔物たちの集団。
捕食者側の者も数名控えた連中は、鍋子、アイリ、スフレを獲物と認識している。
「まあ、だいたいの察しはつきますわ。……邪魔者を体よく排除したいのでしょう?」
スフレは憎らしげに集団を見つめた。
ダンジョンとは、変化し、闇の中にある異質な魔力の結集帯である。そこは死ねば、ダンジョンに飲み込まれてしまい死体など残らない。アイリとスフレは色々と冒険をする機会があったので知っているのだが、鍋子は今の状況をよく飲み込めていなかった。スフレは隠そうともせずに説明する。
「ダンジョンは暗殺とか殺人とかにうってつけなんですの。だって、証拠が残らないんですもの。死んでもそれはダンジョンの闇の中。証拠がないので罪にも問われませんわ」
「鍋子ちゃんはそういうこと知らないからねえ。しょうがない」
「え、え?! つまり殺そうとしてるの!?」
「淫獣、アナタ先ほど何を警戒してたんですの?」
「えと、勢い勇んで死にに行っちゃ不味いかなーって」
「平和ボケてんな―鍋子ちゃんは」
「ごちゃごちゃ話している内に、完成してんだぜ」
名無しの魔法が発動した。炎で相手を囲む、捕縛系統の魔法である。
次いで、捕縛対象に追尾する氷結魔法が放たれ、別の者からも氷風魔法が放たれた。
「へえ。足止めかあ」
悠々と回避し、アイリは金棒を振り回す。
「ところで、アタイは寛容だから1回くらいなら気の間違いで許してやるけど……次攻撃してきたら掟通りにさせてもらうぞ?」
ダンジョンにはほぼ、ルールなんてものは存在しない。しかし、こういう争いが起きた時の掟というものが1つだけ存在する。それは、殺人許可。殺られる前に殺るという、冒険者同士の暗黙の了解であった。
「まあ野蛮ですわね。殺さずとも、ここいらの魔物が始末してくれますから、気絶にとどめておきましょう」
「こ、殺すのは……流石に……」
「呑気だな2人共。そんなんじゃこの先生きられねえぞ?」
敵の前衛組8人が剣や槍を構えて突撃。
後衛の弓兵が4人、矢を番えて撃ってくる。
「ほいさぁ!」
金棒をぶん回す……ふりして、アイリはぶん投げた。鉄塊が2人ほど巻き込んで壁に叩きつける。生命力満々だった2人は、瀕死の重傷を負った。
「よっ、ほいっと!」
剣で切りつける敵の攻撃を避けてから回し蹴りでぶっ飛ばし、別の敵の突き攻撃を受けるも、肉壁である筋肉隆々の腕でガードし、刺さった槍を力技で奪い取って折る。
「ほらほら、ぼさっとしてんな! やられっぞ!」
「ああもう、本当に野蛮ですわね」
幻覚魔法である者は失明状態になり、ある者は居合わせる全員がスフレに見え、ある者は居もしない敵を視認する。全員術中にかかったわけではないが、滅茶苦茶な攻撃と同士討ちが始まった。
「良いですこと? 戦いっていうのはスマートに行うものですわ。慌てふためいたら負け……って、痛ぁあい!? 矢、矢が刺さって、痛い痛い!」
「落ち着いてスーちゃん! ただのかすり傷! 毒が塗られているわけでもないから!」
「ざっっけんじゃねーですわよこらぁあああ!」
血が数滴出て取り乱したスフレが障壁魔法を使う。本来は防御魔法だが、障壁を自在に操ることで物理攻撃にも応用できる。
「壁の角に頭ぶつけて消えないさいな!!」
正方形の防壁が水平になって回転。後衛の弓兵が3人ほど巻き込まれてふっ飛ばされた。
「い、意外と好戦的だった」
「何してますの淫獣! さっさと鎮圧なさい!」
「い、いえっさー!」
鍋子の役割は、アイリと2人だけの時には撹乱。涼太がいるときは彼の指示で動く。今はスフレが撹乱を行っている上、指示する者がいない。なのでそれ以外の行動をした。
「え?!」
敵将であるリーダーへの奇襲。前衛と後衛の中間辺りで指示を出していた彼女に対する、意表をついた行動だ。
「な、なめるな!」
大剣で薙ぐが、鍋子には当たらない。最初から奇襲による暗殺が目的ではないのだ。司令系統の周りには、荷物運搬や食糧員など、非戦闘員がいる。鍋子は彼らを襲う。急所は外し、気絶にだけ追い込んだ。
『いいか鍋子。数が多いと思って混乱するんじゃない。そういうときは数を減らせばいいんだ。複雑に見えているだけってこともある』
お金の数え方で頭の弱かった鍋子に、涼太が教えた時の言葉だ。自分たちを襲う人数が多いものの、なんてことはない。そのうち全員が戦えるわけではない。
本気で殺しにかかっているアイリだが、鍋子やスフレを見て一応の加減はしている。しかし、骨の何本かは確実に逝っている程度の加減だ。
スフレは容赦なく幻覚を強化。今は怪物も見えて、混乱している。戦線は完全に崩壊した。
鍋子は気絶を主にして強襲をしている。
彼女らの活躍もあって、5分後には、リーダー含めて全ての敵が気を失っていた。
「うっし、完了だ。どうするこいつら?」
「地下6階に放り込みましょう。調べましたが、誰もゲートを使えないようですし、地下5階から脱出できるかも怪しいですわ」
「魔物に任せるってこと?」
「そういうこったな。よっしゃ。面倒だけど運ぶかあ」
こうして、奇襲は敵の全滅を持って幕を閉じた。
その後どうなったかを説明するには『残酷な表現』タグが必要なので割愛。




