鍋はボーキサイト製のアルミ鍋でお願いします。人の被った鍋はNG。
人間は顔だ。もしくは、金だ。
心? そんなの嘘っぱちなのは子供にだって分かる。
現に美女が付き合う男なんて、
大概は金持ちか美男だ。
それを僕は小学生の頃に思い知ったからこそ、
今がある。
バスケなどのスキルを磨いたり、顔立ちはニキビ1つ出さず、
とにかく顔にだけは気を使ったし、
顔を守るための技もいくつか持っている。
つまり、異世界に来る前から僕は強かった。
【薔薇の誘い】とかいう呪われたパッシブスキルさえなければ、
僕は今、こうして崖を素手でよじ登るなんてこともしなかったはずだ。
異世界になんか来なくても、十分暮らしていけたはずだった。
だが幸運だ。
あの世界にいたら僕は確実に、ヤられていただろう。
セミが2週間程度で死ぬくらい確実に。
「ふふふ」
分かる。
今の僕ならば分かるぞ。
兎の気配も、潜めた呼吸もな。
縄張りがどの辺りかはわからなかったが、
どうにか崖をロック・クライミングして上がってきたかいはあったな。
死んだはずの奴が生きていて、しかも崖を素手で登ってくるなんて、
思いもかけないはずだ。
「出てこい兎!
今度こそ兎鍋にしてやるよぉ!」
出てこようという気配の代わりに、
何かを引き絞る音がする。
目を閉じれば、音も鮮明に聞こえるようになった。
右上の樹の上だ。
弓を引き絞っている。マジもんの狩人らしいな。
狙いは恐らく僕の心臓だ。
あいつめ、最初から心臓を執拗に狙ってきていた。
一撃必殺趣味の兎とか、どっかのゲームかアニメで見たが、
そんなことはどうでもいい。
「おっと」
弓の音が聞こえたと同時に反応。
狙い通り心臓のあった場所に矢が通った。
「お得意の槍はなくしたのか?
さっきまでの僕だと思うなよ?」
スキル【代替100%】。
本来持っている体機能を100%と見て、
どこかが欠如した時、何かで即座に補うスキルだ。
五感強化を施した後にこの能力を持つと、
目を閉じたら耳が異常に良くなり、
耳が聞こえなくなったらそれ以外で情報を得ようとする。
最大半径はわからないが、
兎の隠れている10m範囲は、木の葉の揺れすらも感じ取れる。
「感応値も五感も上がっているんだ。
お見通しだぞ兎。
何なら、今すぐ火炎魔法で燻り出しても良いんだぞ?」
火炎魔法が使えるのは事実だけど、
そんなことをしたら僕まで煙にまかれて死んでしまう。
山火事を起こすためではなく、
鍋のための魔法なんだ。
「さっきは……私で遊んでいたというのか!?」
得意の槍を握って、俺の正面に現れた兎。
距離は結構離れている。
さっきはいきなりの襲撃でじっくり見る暇はなかったけど、
本当に獣人って感じの兎だ。声からして女の子だろう。
二足歩行なのは人間っぽいけど、兎の素足全部、細い腕にもびっしり、
白い体毛で覆われている。
顔立ちは人間だけど、やっぱり色白い。
薄目で見れば可愛いかもしれない顔立ちだが、
僕はやっぱり純正の人間が良い。
「いいや。ついさっきまで弱かったのは事実だ。
こっから本気ってわけだ」
「ほう……人型の魔物め……」
ジリジリと間合いを調整する兎。
人間の歴史は道具の歴史とか、
どっかで読んだことがある。
槍はたしか戦国時代……よりも前だったかな?
剣以上にリーチが長い、得物武器。
剣と違って遠くを攻撃できるが、
「ぃやーっ!!」
気合の一撃が兎から放たれる。
僕を崖に転落させたのと同じ、突進突きだ。
「甘い!」
だが、【見切りLV1】【第六感LV1】【受け流しLV2】の、
重複したパッシブスキル効果により見事回避。
それぞれのレベルをMAXに上げると、
それだけで90000ポイントを使い果たしてしまう。
「え、うあっ!?」
避けたと同時に、心臓に来るであろう軌道の槍を捉えて握る。
そのままの勢いを、方向をずらして受け流すと、
「ギャん!?」
兎を空中で一回転して地面に叩きつけた。
槍を抱くように飛び込んだのは失敗だったな兎め。
「あっははっははっはは! 完全勝利だ!
イケメンに獣が勝てるかよバアアアアカ!!!」
気絶した兎の両手両足を蔦で槍に縛り付け、
僕はそれを担ぐと、意気揚々と見晴らしの良い場所に行く。
さっき見つけておいた場所だ。
焚き火の準備もできている。
「……ん……ん?!」
「おう、起きたか兎」
木の棒を十字クロスさせて固定した台を2つ。
そこに槍を置き、兎の真下に焚き火の準備をします。
兎ロースト……ケバブでも美味そうだね。
「いやあ、異世界に来て早々食うのが兎とはねえ。
びっくりしたけど、兎鍋って初めてだから。
初体験ってやつかな」
「ひ、人型の魔物、ま、まさか私を食うつもりか!?
しょ、正気か?!」
ジタバタ暴れるが、お得意の健脚も、槍に縛られていて動かせない。
いい気味だ。
「鍋にしてやるって言ったろ?
僕は有言実行なんだ。
でも困ったことに、鍋とかの道具がないからさ。
しかたないから、兎のローストで我慢しようと思って」
「待て! 食べるんじゃない! 火をつけるな!」
「散々僕を殺そうとしておいて随分むしがいいねえ?
そんなに抵抗するなら助けの1つでも呼んでみろよ、
ほらほら」
「な、仲間は……この付近にはいない……ここは私の縄張りで……」
どうやら嘘はついていないみたいだ。
現に僕が着火しようとしている今も、
呼ぶ気配はない。
「歌でも1つ歌いたい記念日だな~。
兎の丸焼きだ~。俺の勝利記念日だ~」
おどけて笑って火をつけようとすると、
兎は強気に笑った。
「ふははは! 弱者を弄ぶのがそんなに楽しいか、ゲスが!
そうやって私を脅そうとしても無駄だぞ!?」
でも目の端には涙を浮かべている。
「はい、ちゃっかー」
魔法を使うときは、目標を定めて出力をイメージすればいいらしい。
例えば火属性最弱の魔法でも、最強魔法の火力を出すことは可能。
しかし反動で致死レベルの魔力消耗をするという。
まあ、焚き火に火を付ける程度の魔力なんて、
今の僕なら余裕なんだけどね。
「キュああああああ!?
あ、あつ、熱い!? 熱いぃいいいい!!!」
「燃えろや燃えろ。
兎のロースト。
燃えろや燃えろ。
兎のロースト。
すっかり上手に焼けました~♪」
「あ、謝る! 謝るから!
殺そうとしたことを謝罪しよう!!」
「なんか上から目線だな―。
火力あげようかな―?」
再度着火する素振りを見せると、
兎は本格的に泣き叫び始めた。
多分何を言っても食べる気だと思ったんだと思う。
「ごめんなさい! ごめんなさい!! ごめ、あちゅ、ごめんなしゃい!
やめて許してくれ、後生だから!
まだ繁殖もしてないのに死ぬのは嫌ああああ!」
「【二度と俺に逆らいませんか―?】」
ここで再度着火。
一縷の望みにかけて兎は声を上げた。
「【逆らいません】んんんん!! ごめんなさい、
ごめんなさい、ごめんなさい!!
助けてママあああああ!!!」
……さて、溜飲は下がった。
僕は冷気魔法で火を消して、
燃えて禿げ上がった背中に回復魔法をかけてやる。
毛は数分前の状態に戻った。
「うっ、うう……うーっ」
恐怖までは戻らないのは当たり前だけど、
火を消したというのにまだ目を瞑って泣いている。
「ふふふ。イケメンぶりで倒せないのは残念だけど、
これもまた一つの、完・全・勝・利。だね」
食べると思った? 残念、「残酷な表現」タグがないのです!
次回予告:兎を倒した主人公の名前は未だ謎! そんな彼が兎から聞いた衝撃の真実とは!? 異世界マークシアとは何なのか!? 誰か作者に教えておくれ! 次回イケメン漂流記「末は役者かボーカルか」お楽しみに!