ゲームセット手前
不思議のダンジョンの罠。その1つの決まり文句がある。魔物密集地のことを『モンスターハウスだ!』と言う。
けれどもここの場合は意味が違う。家がモンスターなのだ。
「どわぁああ!?」
下りエスカレーターみたいになっていた階段を駆け下りようとしてアイリは前向きに転げ落ちた。エレベーターというテクノロジーが、この世界にないのが伺える。
「いててて、気をつけろ旦那! その階段、動くぞ!」
「知ってるよ。エスカレーターっていうんだ」
「エスカレター?」
階段を使わずに一足で壁蹴りからの着地を決める鍋子に、悠々と歩いて降りる僕が続く。
「それよりもどうするか……」
家そのものがダンジョンの主。といっても、ダンジョンを作っている大元さえ倒せば、諸共消えるだろう。見えない壁に阻まれてなかったら、折角の美少女をくびり殺していたかもしれないと思うと、僕は背筋がぞっとした。
そうだった、最近ダンジョンの魔物とかを『倒して』いたから感覚麻痺していたけど、『殺しちゃ』駄目だよ。殺人……人じゃないけど殺人でいいか。僕はイケメンだけど殺人鬼にはなりたくない。
「どうするって旦那。あいつを一発ぶん殴るのがアタイの仕返しだ。コレは譲れないね」
アイリは最初から『殴る』と言っていたけど、殺す気はないらしい。まあ、アイリの怪力で殴られたら最悪頭蓋骨が粉砕するかもだけど。
「えいっ。て、突っつく?」
「壁とかをか? やめとけ、体力の無駄だよ」
ここは魔物の腹の中だ。だからといっても内臓器官があるとかそういうわけではない。
さっきから無茶な戦闘をしているのに、一切合切効果がない。
木製の作りだし、たまに床から畳返しのように板が起き上がって攻撃してきたりするが脅威ではない。殺傷目的ではなく、おちょくり目的なのだろう。どこまでも舐め腐った子だなスフレちゃんは。
「弱点的な物も見当たらない。脱出ゲーとしては☆1つも付けたくない酷い出来だ」
トイレ。リビング。スフレちゃんのいる2階寝室。めぼしい場所といえばそれしか無い。……というか空き家なのに他にないのか部屋は。物置とかのスペースもない。何より簡素すぎて特筆すべき点がないのが痛い。
「今頃笑い転げているんだろうな」
「絶対に許しちゃ駄目だね」
「あんにゃろー……絶対ぶん殴ってやるかんな」
―――涼太たちが悪戦苦闘する同時刻。
スフレは現状を水晶球を通して眺めていた。
仕掛けた数々の嫌がらせに口角を釣り上げて、実に愉快そうに笑う。
「もっともっと、踊り転げてくださいませ! ほら、トイレの水製のスライムですわよ! そこ、ああん惜しい。蒸発しちゃった……。でもでも、慌てふためいた皆さんの顔素晴らしかったですわよ。お次はランタンフラッシュ……これは駄目でしたか」
彼女にはこれっぽっちも殺意がない。イタズラに注力したモンスターハウスは、彼女の意のまま動いてくれる。畳み掛けるようなイタズラを繰り返すこと1時間。
スフレは少しだけ息が上がってきた。
「残念ですけど、これにてタイムアップですわね」
彼女の持つ水晶球は、魔界生成球。
指定範囲を魔界同様の魔力で満たし、擬似的なダンジョンに仕上げる品である。効果はサンドボックス式で、罠を組み上げるのも魔物を生み出すのも、本来消費する魔力よりも低コストで生成可能。
元々ダンジョンに入る冒険者への訓練器具だったが、死者が多数出たため、魔導協会から禁止指定を受けた曰く付きの一品だ。水晶球を使用中はその身から半径5m圏内にあることと、常時魔力を放出する2つの制約があり、どちらかが破れればダンジョンは姿を保てなくなる。
今。スフレは長く楽しんでいたため、魔力の消費が著しい。並みの魔法使いであれば10分使った時点で瀕死になるのだが、彼女は1時間使っても息切れ程度で済んでいる。
「うふふ。また今度お眠りの際に、変身魔法は解いて差し上げますわ。さぁて今日はこの辺で帰りましょうかね」
ゲートを開き、帰ろうとするスフレ。
……が、スフレ被害者の会の手回しにより、ゲートが開かない。
「……あ、あれ? ゲートは? ゲート……あれ、あれえ?」
ゲートが開かない。脱出出来ない。そろそろ魔力切れる。ダンジョンから出るには機能をオフにする必要がある。体力もなし。
「……嘘、嘘ですわよね!?」
必死でゲートを開こうとするスフレだが無駄。如何にしてもゲートが開かない。一転、絶望と疲労でに景色が歪むスフレは、ダンジョン内の涼太たちに放送するのであった。
同時刻。怒りと疲労が蓄積される涼太一行。
僕はこの怒りをどうすればいい……。
光で目がチカチカするし、トイレの水を飛沫とはいえ手に受けてしまった。衛生面が心配だ。
『うふふふ。楽しんでいらしゃいますか?』
「殺意が湧く程度には楽しんでまーす」
「アナタを……鍋に……してやる……」
「グーで……殴る」
『あらあら。では出して差し上げますわ。
玄関の結界を解放しましたから、そちらから出てくださいませ』
……は?
「僕らを出す?」
『ええ。もう十分楽しみましたもの。あ、このダンジョンに居続けると、異空間に放り出されてしまいますので、ご注意下さいませ』
「……」
突然の提案。とりあえず外に出れる。……けど、それは目的じゃあない。第一何故、このタイミングで?
「旦那。アタイはあいつを殴るまでは外に出ないぞ?」
「そうだよリョータ。ここまできたら確実に倒さなきゃ」
「……そうだな」
僕らは今、スフレちゃんを倒すための方法を考えている最中だった。一切弱点が見えないのが正直な感想だ。手がかりが少なすぎる。いわばワンサイドゲーム。痛くもない猫パンチにしかし反撃ん出来ないサンドバックも同然の僕らを、嗜虐思考のスフレちゃんが、降参させる前に解放するだろうか?
仮に僕がスフレちゃんの立場であれば、掴んだチャンスは最後まで掴む。それをしないということは、何か理由ができたか……できなくなったか。
「チャンスだぞ皆。あと少しであのスフレちゃんを倒せるかもしれない」
かも……ではなく確信だが、あんまりハッパかけて逃げられても困るので自信は控えめにした。




