演劇部からスカウトされることも多かった僕だけど、それはイケメンだからであって演技力を求められているわけじゃあなかった。もっとも、演技力もあるんだけどね!
僕の、イケメンに対するこだわり。
顔を攻撃された場合の対処法。
鍋子の時は初犯だったし、意図的なものでもないから見逃した。
……が、スフレちゃんは……違うな。
最初から顔を変えるつもりだったのだろう。
アイリが豚にされた時は全身だったのに何故僕には顔だけだったのか。
恐らく、アイリは全身が宝物のように、
鍛え上げられていたからだ。
僕が宝物としているのは、腕や足よりも、顔。
スフレちゃんはそういう物事を判断し、
『相手が一番嫌悪すること』を笑いながら実行出来る。
ふふふ。悪女か。スフレちゃんとはもっと、違う出会い方をしたかった。
僕の顔を意図的に、笑いながら変えたこの恨みは……。
如何に晴らしてくれようか。
「なあ旦那。その顔、旦那のスキルとかなら治せるんだろう?
何で治さないんだ?」
アイリが朝食(3人分)食べながら質問する。
僕は歯並びも違うので、上手く食べることが出来ずにいた。
「顔が治ったら、恨みが増さない。
恨みっていうのは晴らす時のために、
精一杯溜めておくもんだ」
「そのために嫌な顔一つするっていうのも流石だぜ」
もぐもぐとカラフルなサラダを口に運ぶ鍋子も、
僕の顔をしげしげと眺めた。
「顔は違ってもリョータはリョータだよ。
私は全然気にしないからさ」
「僕は気にするんだよ馬鹿!」
折角慰めてくれた鍋子への暴言にアイリがキレて、
僕の後頭部を思い切り殴った。
机に額と突き出た鼻が当たって痛い。
上下関係が無かったら、多分、死んでいた。
「旦那ぁ、唯一優しい鍋子ちゃんにそりゃあないだろう?
余裕が無いのはわかるけどよぉ、理解者を切り捨てんな」
「うぐぐ……そうだね、全面的に僕が悪かった……。
ごめん鍋子、馬鹿は僕だった」
「いいんだよそんなの!
私もデリカシーが無かったんだから!」
馬鹿なんて単語、脳裏に浮かべても言葉にはしなかったこの僕が……。
ましてや女の子に言う日が来るとは……。
なんという体たらくだ。
絶対の自信が揺らぐと、こうも脆いとは!
「で、だ。どうやって探すんだい?」
「網を張るしか無いね。
……でも、魔術的なものじゃあダメだ。
尾行も感づかれそうだし」
あまりやりたくはない手だけど、
あそこに相談するしか無いな。
赴いたのはギルド。
大半の小説主人公はここに所属して依頼をこなしているけど、
僕は依頼主としてここにやってきた。
鍋子とアイリは今日も仲良く元気にダンジョンだ。
心配していたが、
「君たちはいつもどおりにしてくれ。
かえって怪しまれる」
と釘を差した。
「いらっしゃいませ。当ギルドにどのようなご依頼でしょうか?」
受付嬢は……そこまで美人じゃない。
というかそもそも人間よりの顔ではない。
ロコウさんと同じようなトカゲ型。
最近こういう状況に慣れてしまった自分が恐ろしい。
「エキストラを募集しているんです」
「……はい? エキストラ、とは?」
尾行も魔術的スキルの追尾にも、
恐らくは掛かりそうにない。
気付かれでもしたら次回から一層警戒するだろう。
僕を玩具にしている今が最大のチャンスなんだ。
一番油断しているであろう今が。
ならばそれ以外のアプローチで行動を読み取るしか無い。
「不特定多数のギルド員さんに、町を練り歩いて、
魔術師っぽい女の子を探して欲しいんです。
見つけたら深追いせず、『何処にいたのか』だけ教えてくれればいい」
刑事ドラマとかでは犯人の足取りを、
犯行現場と照らしあわせて捜索している。
だけど今回、犯人は僕とアイリ以外の目撃者がいない。
変身魔法を扱うスフレちゃんだったが、
恐らく自分も化けることが出来るはずだ。
だから「それっぽい」女の子を探すことにする。
「あのー、そういう依頼でしたら継続的なものになりますので、
お金がかかるのですが……」
「目撃情報1つに500bl払います。
200程度、欲しいです」
10万bl。非戦闘の捜索依頼でこの価格は相場かどうかわからない。
でも、受付の人は目を丸くしていた。
「ご、ひゃく!? 10万って……失礼ですが、
一体探している方とはどんなご関係で?」
聞くのもわかる。女の子探すのに10万bl。
しかも直接捕まえてくれではなく、
目撃情報だけの依頼だ。
不審に思うのも頷ける。
「僕の大事なものを奪った子なんです。
是非とも見つけないといけない」
「は、犯罪者なのですか?
でしたら憲兵隊にも声をかけましょうか?」
「結構です。僕は自分のやりたいように、
制裁を加えますので」
いい機会だ。ギルドがどこまでの仕事を引き受けてくれるのか、
この一件で分る。
結構黒い依頼に受付嬢は少し黙った後、
カウンター横の通路に行くよう指示した。
付いて行くと、トイレが有る。
……が、その手前。
壁しかないその場所で立ち止まると、
合言葉のようなものを受付嬢は呟いた。
壁が開き、中には地下への階段。
……なるほど。闇関連の依頼限定か。
「感謝します」
カビ臭い階段を下った先には、
簡素な受付の机が1つ。そしてガマガエルのような面の男が1人。
「おや、珍しい。この集落ではめっきり需要がないと思っていましたが……。
話自体は既に知っていますので、ここからは更に詰めていきましょうか」
対面にある椅子に座り、蛙ににらみをきかせた。
「アナタの顔……変身魔法の臭いがしますね。
何となく分かるんですよ。それをした犯人をお探しですね?」
「そうだ。鼻でわかるものなのか?」
「分かりますとも。
といっても、鼻で分かるのは本当に臭いだけで、魔法は無臭です。
あなたは豚の顔をしているのに、豚のような臭いが全くしない。
清潔にしていても拭い切れない臭いがない。
最近生まれた豚のように無臭なのです……」
……蛙に鼻があるのかって話はこの際どうでもいい。
どうやら僕の意図は筒抜けのようだ。
「ここは魔術的結界が張られていますので、
防音も完璧です。不穏な依頼はここで承ることになっているのです。
かび臭いかもしれませんが、ご容赦を」
「何を話してもいいってことかな?」
盗聴魔法を仕掛けられている可能性を鑑みて、
上では具体的なことを言えなかったが、ここでは言えそうだ。
「じゃあ、僕が探しているのは魔法使いの女の子だ。
名前はスフレ。
茶髪で、赤い花の髪飾りをつけていて、
小さくて、でも体つきはいい。
幼い顔立ちで―――」
「なるほど。外見的特徴は……それだけですかな?」
言っている最中に中断されるのは快くない。
が、それだけとは、どういうことだ?
「尻尾……肌。そういった特徴はございませんか?
私どもは人間型はいても、人間そのものは珍しいのです。
アナタはどうかまでは知りませんし詮索もしませんが、
そのスフレという者はどんな人間型でしたか?」
……ああそうだ、あと一つあったな。
「笑った時……一瞬見えた。
犬歯。尖っていました」
「なるほど。名前も特徴も合致しました。
裏の方でも捜索依頼の多い、魔法少女スフレですね?」
「有名人なのか?」
「ええ。この界隈では。
アナタのように变化させられて、
謝罪をすることで戻してもらったものの、
妙な呪いをかけられてしまい……逆らうことができなくなったという話です」
そういう被害者の会が、スフレに懸賞金を出している。
逆らうことが出来ないから、誰かが制裁してくれるのを待っているのだそうだ。
「お客様はまだ、变化の段階でここにいらっしゃいましたね?
しかも、その口ぶり。彼女はこの集落……にいる」
察しが早くて助かる。
「私どもとしては、これは千載一遇のチャンスです。
懸賞金は捕まえたギルドに対して支払われますのでね」
「まあ、僕はスフレを捕まえて制裁すれば後はどうでもいい。
……報酬は出すけど、どれくらいが相場かな?」
「そうですね。今回はこちらとしても頼みたい仕事なので、
半額……8万blで」
相場は16万blだったか。
手元にあった8万blを差し出すと、
蛙はその内2万blだけ持って残りを返した。
「残り6万blは成功報酬で受け取らせていただきます。
2万blの内訳は、
依頼遂行の軍資金などが含まれています」
「失敗した場合はどうなる?」
「基本的に返却はありません。
それでもよろしいですか?」
「構うもんか。捕まえる一歩手前。
その時、情報をくれればいい」
蛙はにこやかに笑って僕と握手した。
「情報は追ってお伝えします。
帰還は一週間を想定していますので、
お客様は出来るだけ……『思い通りでいて』下さい」
「『思い通り』? どういうことだ?」
「お客様は大事なお顔を奪われている。
大事なものを失った者は皆、取り乱したり慌てたり、
怒ったり。自然と情緒が不安定になるものです」
今朝の一件を思い出してしまった。
「そういった事を、スフレは楽しんでいます。
ですが一週間、お客様が慌てること無く過ごしていると、
とても不自然なのです。
なので」
「僕は彼女に、良いようにされているよう演技をすればいいんですね?」
「そういうことです。
根気の戦いですので、
どうぞよろしくお願い致します」
ギルドを出る際は、蛙がゲートを開いてくれた。
出る場所はギルドのトイレ。
常に鍵のかかっているという座椅子のある個室。
「……よし」
僕は一週間を待ち遠しに思いながら、
怯えて顔を隠す演技をしつつ宿に帰った。
次回予告:どうお仕置きをするのか。しかしこの作品はR-15。制裁と言っても同人誌のようなことをするには制限がありすぎる! 魔法少女スフレの包囲網は狭まった! 後はイケメンによる一転攻勢が待ち受けるのみだ! 次回『ドーモ、スフレ=サン。イケメンです』お楽しみに!
PS:組合=ギルドです。




