足音
種の割れたマジックほど白けたものはない。
光り差す闇の道ほど恐怖のない場所もまたなし。
うーん。こういうポエムとかをいつか出版してみたいね。
表紙は僕の顔ドアップでさ。
「ありがとよイケメンの兄ちゃん。
アンタが言及しなかったら、俺まで死んでいたところだったぜ」
複雑な面持ちのロコウさんが僕に感謝してきた。
まあ、イケメンは何時の世にも憚るっていうからね。
「気にしないでください。
あと、ロコウさん。
明日、僕たちはあのダンジョンを攻略しに行くのですが……行きますか?」
ピタリと足を止めて、ロコウさんは押し黙った。
仲間と散り散りになり、今も帰って来た者がいない。
当然の反応だと思う。
「いや、……行く」
逡巡した結果、決意をしたみたいである。
「俺も連れて行ってくれ、イケメンの兄ちゃん!
いや、リョーさん!」
「連れては行くけどその呼び方は即座にやめてください」
翌日。
いや、昨日は作戦会議とかしたかったんだけど、
対抗策以外に有力な情報がなかったから仕方がなく、大人しく寝た。
要するにやるべきことは、
『魔塵の盾』を破壊。その後ダンジョンの主を倒すこと。
ダブルベッドに今日は僕と鍋子が、
床に敷いた布団にはアイリが眠ることになった。
鍋子からの発情組み付きがなかったのは喜ばしいことだった。
「さぁて、さっさとぶっ潰してお宝持って帰ろうぜ」
「早く行こうリョータ。この槍で打っ倒しちゃうんだから」
「……なんか、血気盛んだな鍋子」
馬車の定期便が来るまでの間、
アイリは肉をかじっていて、鍋子は槍を丹念に磨いている。
ロコウさんも、愛用のソードブレイカーを研いでいた。
僕はそんな風景を眺めていたんだけども……。
本当におかしい。ここ最近、昨日もそうだけど、
槍をいきなり突きつける行為に躊躇がなかった。
鍋子は、僕が最初にあった時もそうだったけども、
最近は本当に戦いを楽しんでいる。
何か変なものでも食べたのかな?
……あ。心あたりがあるな。
僕は大急ぎで、鑑定スキルをレベルマックスにした。
その上で、鍋子に渡したアイテムをおさらいした。
見るだけでその価値、効果が瞬間的にわかる便利スキルだが、
滅茶苦茶高額ポイントだ。もうポイントが最初の半分を切っている。
妖精の靴:大地から離脱する力を大幅に向上。疲労吸収(弱)
黒ビキニ:体全体に物理結界(弱)
……そうだ。あと一つ、首輪つけさせていた。
そのアイテム名は……。
バトルマニアの首輪:戦意高揚、欲望を戦意に変換。
バトルマニアの首輪か……なんだろう。
ものすごく嫌な名前のアイテムだな。
鍋子にはあまり似合わない。
性欲関連は全部これに吸われていたってことか。
「鍋子。これ外すぞ」
ガチャリと外れた首輪。
そして桃色に変色する体毛。
「リョータ……か、帰ったら私、
私ね、今まで何も出来なかったし、ね」
ガチャリと首輪をつけた。
なるほど。性欲が沸かなかったのはこれのお陰か。
後で外してやろうと思うけど、
今は我慢してくれ。こんな日が高い時期から発情されたらたまらない。
その後、馬車に揺られて目的のダンジョンへ。
目的の地下6階までは何事も無く進めた。
「俺、来た意味……なんだろうなリョーさん」
「だからその呼び方やめてよロコウさん」
まあ、ピカピカに磨いたソードブレイカーが、
何も斬らずにここまで来てしまったのだから……。
嘆きたい気持ちもわからないでもない。
「さて、問題の場所だよ」
真っ暗。灯りの魔法を使っても、
ロコウさん自前のカンテラに火を灯しても、
周囲10m程度までしか照らせない。
種が割れた以上は簡単と冒頭で言ったけど、
この闇のどこかにある銀塊を探せっていうのは骨が折れそうだ。
「ロコウさん。手分けしないで離れないように」
「わ、わかったぜ」
足を進めていけば、数多く設置された底の見えない落とし穴や、
横から飛び出る槍の罠がある。
全部、視界良好であればなんてことなく避けられるものばかりだけど、
視界がない状態で無茶苦茶に逃げてしまえば、
当然全部の罠が致命打になる。
陣形は僕を中心に、前衛をアイリが。その後ろにロコウさん、
後方を鍋子が警戒している。
「旦那。全く見えねえ……」
「リョータ、何も聞こえない」
そんなことはわかっている。
「……待てよ? アイリ、地面を思い切り殴ってくれないか?」
「ええ? どういうこったい旦那? まあやるけどさ」
闇は振動なんかを吸収とか言ってたな。
……つまり、空間には伝わらないけど。
「てぇや!!」
轟音と地鳴り。鍋子は構えていたのにコケた。
「す、すげえ威力だなオーク娘?!」
踏みとどまったロコウさんは、抉られた地面を眺めて感嘆の声をあげる。
「……ロコウさん。カンテラ、貸してくれますか?」
「え? いいけど、何に使うんだい?」
「リョータ、さっきから何がしたいの?」
「いやなに。地面の振動が、どうなるのかを知っておきたくてね」
カンテラを置いて、少し離れる。
カンテラが闇に消えて20mそこらまで離れた時、
アイリの一撃をリクエストした。
そして戻ってみると、カンテラがコケている。
火も当然消えていた。
「地面の振動は伝わるみたいだ。
闇は染みこんだりしないし、地面にまで影響はないってことが、
証明されたね」
それが分かったらどうなるのかわからない3人。
「つまり、巨大な主がいたとしても、
突然先手を打たれることはないってことさ」
10mという距離があるが、
先日のロコウさんのように突然現れたりしたら厄介だ。
奇襲が凄まじければ精神的にも良くない。
でも、大群で走ってくれば振動でわかるし、
巨大な主であればなおさらわかる。
「とりあえず、歩こう。
マッピングは任せてくれ」
僕は一度歩いた場所であれば、
そのフロアを把握できるスキルも持っている。
虱潰しに探せば、きっと見つかるだろう。
そう、思っていた。
「おかしい……どういうことなんだ……?」
2時間ほど経って、
マップは全部埋め尽くした。
虱潰しに、探したはずだ。
それなのに、魔塵の盾が見つからない。
罠以外、雑魚も出てこない。主もまた然りだ。
「旦那……腹減ってきた……」
「リョータ、一旦外に出ない?」
「駄目だ鍋子。マッピングはそのフロアにいるとき限り。
外に出たらまたやり直しだ」
考え込んでいる僕の視界に入ったのは、
訝しげな顔のロコウさんだ。
「どうしました?」
「あ、いや……気になったことがあったんでさ」
「なんでも良いから言ってみなトカゲの旦那」
アイリの言葉に後押しされて、ロコウさんは言う。
「仲間がよぉ、見えないんだ」
「そりゃあ……やられたか、逃げたかでしょうね」
「違うんだ。仲間がやられたって覚悟もあったんだよ。
……でも、妙じゃねえか旦那。
つい昨日のことなんだぜ?
死んでいるなら、死体だったり骨だったり、
血痕も、何か残っているもんだろう?」
……確かに。『綺麗すぎる』。
罠も雑魚もいないけど、
ここには人間の気配がまるでない。
死体もない。
誰かに掃除されたくらい綺麗だ。
「だからよお、その、銀の玉だって、
誰かが食っちまったんじゃねえか?」
「……誰かが食べた?」
それが主で、この地下6階でウロウロしていて、
飲み込んでいる魔塵の盾を、有効に使っているのだとしたら……。
「……ねえトカゲさん私達、ここの攻略だけ考えていたんだけど、
重要なこと聞き忘れている……トカゲさん、
昨日の傷はどうしてついたの?」
「ああ、あれは罠に引っかかったんだよ。
暗闇で逃げ惑っていて」
「『逃げる』。……理由は何?」
……ギルドにいた情けないリーダーも言っていたな。
皆を助けようとしたって。
考えてみれば、この程度のダンジョンに苦戦するパーティーじゃあなかったという話だ。
主が単純なやつなら、わざわざ大仰なアイテムだって使う必要はなかっただろう。
「逃げたのは、灯りを灯した奴等とはぐれて……」
「ロコウさん。何ではぐれた?」
「だ、だってよぉ、今みたいな陣形を組んでいたのに、
気がついたら灯りの奴がいなくなって、消えちまって」
「アイリぃ! 地面を殴打!!!」
「あいよぉお!」
ガツンと一発見舞った。振動がビリビリとする。
単純なことだったんだ。
くそぉ、もっと聞いておけばよかった!
失念していた!
「な、どうしたんだよ旦那?!」
「ロコウさん、そういうことは早く言ってくれ。
今わかった。カラクリの種が」
何処を探しても見つからない銀の玉。
綺麗すぎるダンジョン。
数多くの落とし穴。
消失する灯り係。
今みたいな陣形で、
灯りを持った者をピンポイントで狙うのであれば、
10mの視界では正面突破は厳しい。
しかし地面の振動は足で伝わる。
もしも、地面の中から奇襲を仕掛けられる奴がいたとしたら……。
「全員後ろにジャンプで回避!」
大きくジャンプして下がる。
10mの圏内にあった地面から、
土が吹き出した。
……正確に言うと、
土と共に、手足のないうつぼのような、
奇妙な形状の魔物が現れた。
おそらくはミミズ。
しかも体長10mはくだらない大型。
紫色の体色がぬらぬらと粘液で光っている。
「こいつだよ……こいつがこのダンジョンの主だ。
厄介なやつだ」
振動を調べていなかったら、
恐らく奇襲を受けていただろう。
多分、アイリの振動検知で警戒し、2時間は何もしてこなかったんだと思う。
今の一撃で、バレるの覚悟で突撃したんだろう。
マジックの種を理解した僕らを、
生かして帰す訳にはいかないから。
「主って、名前とか無いんだろう?
僕が付けてやるよ」
全員、身構えた。主はこちらに顔らしき先端を向ける。
びっしりと詰まった極小の歯が波打っていて、
土であろうが抉り砕いてしまうだろう凶悪な面構えだ。
「人の命や物を奪ったり、獲物を捕食するから……。
そうだね」
ようやく相まみえた主を、
僕はこう名付けた。
「ハンティング・スティーラーとでも、呼ばせてもらおうか」
次回予告:ついに遭遇した主、ハンティング・スティーラー。視界を奪われ奇襲が炸裂し、涼太たちは苦戦を強いられる。その時、彼らが下した答えとは? 次回『かまいたちの刃』お楽しみに。