魔塵の盾
ありふれた何処にでもある話さ。
あの最下層に潜む主にやられた強いパーティの生き残りが、
仲間の無念を晴らすために色々準備をしてきた。
結果、一度討伐を試みるも失敗。
再び集めた仲間すらも失い、意気消沈している。
「リョータ、換金は終わったよ―。
でも家とかサモンハウスとかにはまだまだだねー」
「旦那見てくれたか今日の活躍!
敵がぶっ飛ぶのはいつ見てもスカッとするよなあ!」
集落を歩く僕と鍋子とアイリ……そしてロコウさん。
ロコウさんは僕をある場所に案内すると言って、
僕らの前を歩いている。
「良いパーティだなイケメンの兄ちゃん。
あのダンジョンじゃあ、向かうところ敵なしだろうよ」
「まあね。……でも、もっと難易度の高いダンジョンもあるんでしょう?」
物理攻撃しかない単調な敵ばかりではないだろう。
もっと、殺す勢いで向かってくる奴等だっているはずだ。
そんなダンジョンでは、力のアイリも技の鍋子も、
ひとたまりもない。
出店が多い場所を通り抜けていると、アイリが勝手に肉を買っていた。
いい匂いに導かれたらしい。
ロコウさんが連れてきたのは、刻印がダサいギルドの入り口。
中に入ってすぐの待合室に、
独り言を呟いているばかりの男がいた。
なんの人間型か走らないけど、顔立ちを見るにブルドックかなにかだろう。
この人が、ロコウさんのパーティリーダー。
そして主に倒されたパーティの生き残りである。
(この事情はロコウさんから道すがら聞いた)
「君か……最近、ダンジョンで名声を馳せているパーティの頭とは」
「榊涼太です。早速ですがリーダーさん。
……あいつの闇。その対抗策は何か、ご存じですか?」
単刀直入だ。目的なんか透けて見える時に、
見え透いた世辞は要らない。
「対抗策……それを聞いて君はどうするんだい?
まさか倒すのか?」
「はい」
自信たっぷりの僕の言葉に面食らったのだろう、
リーダーは絶句して、ロコウさん、僕を順に見ると瞑目した。
「あれを倒すだって? どうやって?
闇が深いのに? 音も聞こえなくなるのに?」
ガタガタと震え始めるリーダーさん。
まあ、自信満々で挑んだ勝負があの結果じゃあ仕方がない。
パーティ消失以降、パーティメンバーを作ってもダンジョンには潜れない有様らしいし。
「でも、仇をとりたいのでしょう?」
「出来なかった! ……ああ、出来なかったから、僕はもうどうしていいのか……」
頭を抱えてしまった。
僕も同じだ。これでは結局ノーヒント。
……と思ったけど、ロコウさんから聞く手があったな。
「ロコウさん。今日は何で最下層に?
マッピングでもしてたんですか?」
「いいや。リーダーに頼まれて、玉を探していたんだ。
銀色の、水晶って言うよりも銀塊な玉だ」
「喋るなロコウ!」
リーダーが慌てた。どうやら有力な情報のようだ。
「何か手がかりを探せ」という指示ではなく、
具体性が強い銀の玉という妙なアイテムの捜索。
銀の玉。遮断される闇。空間の把握不可。
……。どういうことなのか。
僕はイケメンだが、頭脳明晰ってわけじゃあない。
一応、鍋子とアイリにも聞いてみた。
「そりゃあ旦那、あの闇は魔法か何かだろうさ。
全然見えないから、地図も上手く取れないだろうよ」
「銀の玉って……見たことあるのかな?
第一、何で知っているのかな? あの中にあるって」
着眼点が違うから素晴らしく参考になった。
銀の玉をリーダーさんは知っていて、
闇はその銀の玉と関連があるのだろう。
ファンタジーの中で銀といえば聖なるものだ。
闇を魔法と見立てて、それを打ち払う力を持っているのかもしれない。
……しかしそれがどうして最下層にあるんだ?
あんな暗い空間でどうやって調べた?
そもそも、それが分かった状況なら……。
「……リーダーさん。
アナタ、隠してますね。僕達に、重大なことを」
「えっ!?」
明らかに動揺している。
だいたい、攻略できると自信を持っている者達に、
「じゃあ教える」ではなく渋るのはおかしい。
有望な冒険者を死なせたくないとかそういう理由なら、
そもそも過去の因縁に囚われているのも変だ。
結果的にロコウさんのパーティだって犠牲になっている。
慌てているのはどうしても僕達を行かせたくないか、
……もしくは「答えを知られるのを恐れている」のか。
「銀の玉を狙う。銀塊は金塊よりも価値自体は劣ります。
それを探せというのは、稼ぎとかでは非効率ですし、
リスクも高い。なのに狙ったのは、
その銀の玉になにかしらの魔術要素があって、
闇に関連しているから」
うんうんと頷き、自分の情報が役立っていることに満足気なアイリ。
いや、これ8割ぐらい僕の推理なんだけども。
「しかし鍋子の言葉がヒントになりましたよ」
鍋子の耳が立った。そわそわしている。
「アナタはあの暗い空間で、どうやって知ったのです?
銀の玉があることを。
仮に奥深くに行ってそれを見つけたとしても、
それを使って何かをしなかったのは……何故ですか?」
リーダーが答えに窮している。ロコウさんが不審な眼差しを向けていた。
「リーダーさん。僕がこのイケメン頭脳で得た答え。
それは銀の玉が、『攻略アイテム』ではなく、
『元凶となったアイテム』だと推理します。
そして、元凶を叩き壊さなかったのは恐らく、
もともと、貴方の所有物だったから」
椅子から転げ落ちた。リーダーの顔は蒼白になっている。
ロコウさんも目を見開いて、僕の推理に言葉を発した。
「するってえとなにか……リーダーがその銀の玉で、
闇を生み出しちまったってのか?!
落としたか何かでなくしちまって、
それを俺たちで尻拭いしようって……そういう、ことか!?」
「考えても見てくださいロコウさん。
あのフロアだけ、明らかに『異質』だ。
それまでゴリ押しの魔物しかいない脳筋ダンジョンなのに、
最後のフロアだけ……異常に難易度が高い空間。
僕は以前鍋子と、1個だけダンジョンを攻略したことがあります。
最下層は、それまでのフロアと地続きで、
真新しいトラップも、魔物の変化もない。
あんな闇が立ち込めるエリア……あってたまるかって話です」
ロコウさんがリーダーの胸ぐらを掴んで揺する。
力なく、蒼白な顔を僕に向けて、
震える手で自分の顔を覆った。
「ゆるしてくれ……私はただ……助けようとしただけなんだ……。
視界を防いで、敵を、混乱させようとしたのだ……ああ、
それなのに暴走して……制御できなかった……。
『魔塵の盾』を、制御できなかったんだ……」
「ふっざけるなあああ!!」
ロコウさんが一発、二発、リーダーを殴った。
威力は凄まじく、リーダーが吹っ飛ぶ。
「気のいい仲間全員、あんたのせいで死んだんだ!
なのにアンタはこんなところで1人生きていやがったのか!
許せねえ……今ここで仲間の無念を」
ストップと言う前に、アイリがロコウさんを抑えつけてくれた。
興奮状態のロコウの力でも、アイリの高速は寸分乱れない。
「『魔塵の盾』。それは一体どういうアイテムなんです?
答えて下さい」
鍋子がリーダーの喉元に槍の穂先を突きつけた。
僕の意図することを何も言わずともやってくれる。
本当に以心伝心ができている、良いパーティだと思う。
「ひっ!? や、やめてくれ、死にたくない……!」
「リーダー……貴方が口を割らないのなら仕方がない。
アナタを連れてダンジョンに行く。
そして攻略しなければ死ぬ状況に置きます」
警告も兼ねた脅しは抜群だった。
多分この人はダンジョンに行った時点で発狂するだろうから、
ここで折れてくれて本当に良かった。
「ま、魔塵の盾は、玉の中にある闇を放出するアイテムだ!
闇は一切の視界を殺し、お、おお、音とか振動とかの、
震えを吸収してしまう! 視界をとる魔法の効果も減衰する!
包まれたら目も耳も効かない、
しかし闇自体に害はない、闇で、それが欠陥だった!
そ、それで全部だ!」
「もう一声」
穂先が進み、先っぽが喉元に触れた。
「ああ、ああああああ! 制御方法は!!
玉の破壊だ! 闇は、玉を中心に広がっているんだ!!
制御された闇は霧散しない!
制御を失えば、闇はただの霧になって消えるんだ!!
魔、魔塵の盾の情報はそれで全部だ!
べ、別のダンジョンのアイテムだったんだ……拾わなければあんなことには……」
鍋子が槍を収めた。
もうリーダーさんに興味はない。
「ロコウさん。行きましょう。
仲間の仇はこんな情けないやつじゃあない」
アイリに拘束されたまま外に出るロコウさんに付いて行く僕と鍋子。
残されたリーダーは、ただただ嗚咽の声を残していた。
次回予告:闇を打ち払い、ダンジョンの攻略をすることを誓うロコウ。全ては仲間のため。涼太はその手伝いのためにダンジョンへと向かう。閉ざされた闇を打ち払うため、彼らは闇の中を突き進む。次回『決死行』。恐怖を打ち捨てた時、人は強くなる。




