主は闇に隠れている。
集落から少し離れた場所にあるダンジョン。
その最下層に挑んだ者は数多かったが、
その殆どが帰ってこなかったという。
僕らが余裕で地下5階と4階を行き来していると、
アイリが挙手した。
「旦那。そろそろダンジョン最下層行こうぜ?」
鍛冶屋で作り上げた、
純度100%の鉄の塊で出来た金棒。
重量は80kgで、アイリはこれを軽々と扱う。
さっきなんて片手で敵を撲殺しまくっていた。
両手で握れば地面に煙が上がるほど熱く重い衝撃波になる。
特にエンチャント(魔法付与)がない一品だが、
アイリの膂力が既に化け物じみているため、
そこらのエンチャント装備に引けをとらない。
ちなみにこの装備、僕と鍋子は持つことが出来なかった。
「これで頭かち割られちゃって……死んじゃう……食べられる……」
と、恐怖に慄く鍋子。
先日の食事の一件がまだトラウマらしい。
「最下層か……僕は良いけど、鍋子はどうだい?」
「私は賛成かなぁ?」
鍋子は上機嫌に敵を倒しては、
なんだか……体毛がピンク色になっている。
鍋子にはサドの素質でもあった?
いやいやそれはないな。
最近、戦うことに抵抗もないどころか、
悦びを覚えてさえいるみたいで。
僕に襲いかかることもなくなり、
「ダンジョン行こうリョータ!」
と、僕を急かしている。
いつの間にバトルマニアになったのだろうか……。
「じゃあ、満場一致だ。
目の前に階段もあるし、ちゃっちゃと潜ろう」
初めて行く地下6階。
そこが最下層。
何があるのか知らないけど、
恐れていては先に進めない。
「……静かだな」
周囲は闇色。灯りを作っても、
先ほどより視界が狭い。
獣の唸り声もない。完全な静寂だ。
「郷に入っては郷に従え……鍋子、アイリ。
静かに進むぞ。僕から離れないように」
そう言うと僕のマントを摘むのが鍋子で、
金棒を弄びながらついてくるのがアイリである。
鍋子は兎耳を立てて周囲を警戒しているが、
拾えるはずの音が聞こえないためビクビクしている。
そうとも。知らないものに対する恐怖っていうのはそういうものだ。
暗くて視界が取れない場所は灯りなくして進めない。
何が潜んでいるかわからないからだ。
「ぴぃッ!?」
鍋子が悲鳴を上げて僕の胴にしがみついた。
鍾乳石の露が落ちたらしい。
「鍋子ちゃんかわいいな―……食っちまいたくなるくらい」
「ぴぃいい!?」
「驚かすなアイリ」
「すまねえな旦那。鍋子ちゃんは驚かすと反応が可愛くてさあ」
「こ、怖くなんか、な、ないんだから!
はやく出てきてよ~」
敵の出現を心待ちにしている鍋子。
……しかし、本当に視界が狭いな。
10mがやっとだ。
「うぉあああああ!!!」
その、10mで見えた物体は、
大声でこっちに走ってきた。
「ウヲ!? 旦那、敵だ! 殺す!」
「ぴぃいいいいいいいい!? しねぇえええ!!」
「待て待て落ち着け!!」
血の気の多い2人を止める僕。
イケメンで止めることが出来ればなおGoodだったが、
贅沢は言ってられない。
「助けてく……あれ、い、イケメンの兄ちゃん!?」
「……あ、ロコウさんか」
3度目の登場だからキャラ紹介をしなきゃな。
緑色のウロコが目立つ、トカゲ人間ことロコウさん。
(正確には【人間型のトカゲ】だけど、言うのが面倒くさい)
トカゲの方が強く、人間っぽくない顔立ちをしている。
武器は両手に握る2振りのソードブレイカー。
鎧は革製で、ここに出る魔物であれば致命傷は貰わないはずの装備だ。
気さくで優しい性格ゆえ、僕に色々ダンジョンについて教えてくれた恩人でもある。
「た、助かった! あんたらがいれば……いい、いやだめだ!
とにかく何も聞かずここを出るぜ! ヤバイ、聞いていた以上に!」
僕の両肩を掴んで揺するロコウさん。
退却か……まあ、敵の姿もわからないし、
何か知ってそうなんだよなあロコウさん。
こういう時は素直に従っておくのがゲームでは定石だったし……。
「わかりました。
出たらここの主のこと……教えて下さいね」
来た道を戻る僕らとロコウさん。
よく見ればその腕からは、
緑色の血が溢れている。
「……主にやられたんですか?」
「あ。ああ。……そうだといえばそうだな……」
なんだかハッキリしない口ぶりのロコウさんを引っ張り、
僕らはダンジョンを脱出する。
で、地下5階に上がった時、ふと疑問に思った。
「そういえば……何で僕らは合流出来たんです?」
今まで、他の冒険者と一度だって、
ダンジョンで遭遇したことはない。
その理由を話してくれた。
「ダンジョンの主っていうのは、
ダンジョンに一匹だけ。
だから、目標複数でもいいここまでと違って、
最下層だけは固定。
あの薄暗い鍾乳洞だけなんだよ」
つまり、全員で潜れば済む話なのか。
100人同時パーティも行けるはず。
「ロコウさん、他の皆は?」
「散り散りになって逃げてきた。
多分大丈夫だと思う……心配だが、
戻る力は俺には……ない」
……無理だな。
僕は何となくだけど、あの最下層の恐ろしさを知っていた。
「ロコウさん。あそこ、何らかの遮断魔法がかかっている。
空間全体に。……ロコウさん、大声で叫んでいきなり現れたけど、
僕らの灯りも、僕らの音も聞こえなかったでしょう?」
闇に叫んでも声が帰ってこない。
そんな経験がある人は、
多分僕の意見に同意してくれるはずだ。
最下層は互いの空間に影響する魔法の一切を、
極小範囲に狭めてしまう。
加えて空気の振動も、闇が遮断する。
そんな仕組みなんだと思う。
でなければ、聴力において僕の数十倍鋭い鍋子が、
あんな近距離まで気付かないわけがない。
「空間の間取りもわからない。
そんな場所でいきなり敵から襲撃されれば……」
ゾッとする。
主が強くても弱くても、
視界のなさを武器にされたらひとたまりもない。
対策を練らなければならない。
どんなに強い一撃でも、
空振ればダメージなど与えられないからだ。
「鍋子、アイリ。帰るぞ。ロコウさんも、一緒に来てくれ。
……あと」
新品の包帯で傷を修繕した。応急手当だが、ないよりかはマシだ。
……なんにしても、ロコウさんを死なせる訳にはいかない。
知り合いであるのが大前提だが、
『助かった! あんたらがいれば百人力……い、いや駄目だ』
たしか、ロコウさんはそんなことを言っていた。
つまり僕らが対抗できない相手ではない事がわかる。
そして【僕らが対抗できない相手ではないことを知っている】。
主の正体。その対策を知っているはずなのに、
僕らに頼らず帰還を促す理由……。
ロコウさんは確か徒党を組んだ冒険者だ。
そして深くには潜らないことを言っていた。
……なのに何故今ここにいるのか?
聞きたいことが山積みで、
道中の雑魚は全部鍋子とアイリに任せていた。
その猛烈な強さで、雑魚は一撃で吹っ飛んでいく。
2人の強さを目の当たりにしたロコウさんは、
「俺……冒険者むいてねえのかな?」
などと言い出す始末だ。
安心してください。
あいつらが異常に強いだけですから。
次回予告:暗い暗い闇の中。暗い暗い世界の中で。誰かが死んだら誰かが死んで。
誰かが怖がれば誰かが叫ぶ。でも悲鳴も音も掻き消える。全ては暗い闇の中。
……誰かが歌うその歌に、涼太は不協和音を奏で始めた。
次回『静止した闇の中』お楽しみに。




