高額な買い物目標があるときはどうするか? イケメンには、貢がせるという選択肢があるみたいだ。
自分を見つめてみることは大事なことだ。
客観的に己を見て、改善点を探しだす。
生まれた改善点を頑張ってなんとかすれば、
いずれは近づく。イケメンに。
「なぁ……鍋子ちゃんってさ……美味そうだよな」
「ぴぃっ!?」
僕が思想にふけっているというのにこの2人は呑気なものだ。
結局のところ、今日の収穫は5万blと鉄装備一式。
しかし全ての装備を、アイリッシュ(長いのでアイリと呼ぶことになった)が、
鍛冶屋に持っていった。
鉄製の武器を作るんだと意気込んでいた。
……あれだけの、100kgもあったはずの装備を、
何にするつもりなのか。
結構なホラーである。
「旦那! 飯! 飯が食いてえ! ハラ減ったんだ―」
「わ、私もサラダ食べたいよリョータ!」
昨日の倍……いや、今日の稼ぎ全額持って行こう。
アイリがどれだけ食うのか想像もつかないからだ。
宿屋の一部屋は2500bl。
これは軽い夕食と朝食が付いた値段だ。
日本円に換算すればだいたい1万はくだらない額である。
……安いと思ったろう?
いいや、食事の貧弱さも、部屋のグレードも実はそんなに高くない。
今が当たり前になれば、次を求めるのが人間だ。
僕は人間として、イケメンとして、
次のステージを求めて止まない。
「いいか2人共。よく聞いてくれ」
鍵をかけて宿屋を後にし、食事処に向かう。
夕方も過ぎて闇が空を覆うこの時分は、
灯りも多くつき始めて賑わいを見せてくれる。
「なにリョータ?」
黒ビキニの鍋子がこっちを向いた。
アイリは既に何を食うかで頭がいっぱいなのか、
前を向いている。背中が逞しい。
「鍋子。僕は近々、
『リッチキャンプ』の会員になる」
「り……りっち……キャンプ? なにそれ?」
山に潜んでいた鍋子は知らなかったか。
「リッチキャンプっていうのは、どんなときにも呼び出せる宿泊施設召喚クラブだ。
一泊5万blから。最上級は云百万bl。
至上の幸福をもたらしてくれる場所だ」
5万bl。日本円だと……約20万円ほどの価値だ。
だが決して無謀な金額ではないはずだ。
「旦那。それ、帰りの送迎馬車で聞いた勧誘だろう?
そんなものよりも良いのがあるの知らねえのかい?」
さっきまでのことを知っているということは、
僕の呼びかけを普通に無視したってことでいいなアイリめ。
「良い物?」
「サモンハウスだよ。マイホーム召喚魔法だ。
アタイも欲しかったけど、残念ながら金が足りなかった」
多分、日々のエンゲル係数が原因なのだろう。
酒場に付いて速攻酒を飲み始めて、食べ始めたアイリを見てそう思った。
とんでもなく強いがとんでもない浪費家だ。
このペースだとあっという間に5000blを超える。
「お、おかわり良いかなリョータ?」
「サラダ山盛り! 山盛りに山盛りを重ねてくれ、いくらだ!」
「1000blになるけどいいんですかい?」
「構わない!」
どう考えても10kgはありそうな野菜の暴力。
料金1000bl。安い。
「リョータ……」
餌付け成功で、羨望の眼差しを僕に向ける鍋子。
色とりどりのサラダタワーを前にして恍惚に弛緩する顔だ。
目も潤んでいる。
「旦那! 肉! 肉が食いてえ!」
「肉大盛り! 豚でも牛でも兎でも構わないから!」
「リョータ!!?」
途中、鍋子の耳を店主が掴みかけたが、僕が制止した。
焼きたてで油が弾ける音もする、
暴力的なまでの食欲を掻き立てる香草の肉料理。
山盛りの肉。ここの店主は気前がいい。
豚も牛も、兎も……ある。
ウサギ肉を美味そうに食べたアイリを、
恐怖で青ざめた体毛を逆立てて鍋子が眺めていた。
「酒だ! 旦那、酒飲め、飲めってばさ!」
「僕は未成年だぞ!?」
「この世界じゃそんなもんかんけーないってさ!」
「……それもそうだな」
エール。まあ、有り体に言えばビールだな。
泡が湧き出す黄色い液体。
飲んでみると苦い。とんでもなく苦い。
大人は何でこんなもの飲めるんだと顔をしかめた。
「旦那、それがいつか……手放せなくなる時が来るんだぜ?」
「お前はおっさんかよアイリ」
鍋子にも飲ませようとしたが、
「……発情するからやだ」とかわされる。
最近この発言脅し文句になってないか?
「若え兄ちゃん。あんた、金は大丈夫かい?
もうこの時点で1万bl使ってるが?」
店主が店奥から指名した。
単価が安い食事処で4万円以上のドカ食い。
食い逃げを警戒されてもおかしくはないな。
「心配そうな目で見ないでも、お金はあるから」
とりあえず信用させるために1万……と、5000bl。
店主に現金で手渡した。
「その5000で色々作って盛ってくれるとありがたい」
「おお、おおよ! 乗客のためなら一肌でも何肌でも脱ぐぜ!」
骨になりそうだな。
「なんだなんだ豪勢だなぁ」
「あ、あんたは」
次に現れたのは全身ウロコの人。
3度目の登場なのでそろそろ名前を覚えておこうか。
「俺か? コロウってんだ」
ウロコとあんまり変わらなかった。
「僕は涼太。もしくはイケメン」
「じゃあイケメンの兄ちゃんでいいや。
それにしてもこの量すげーな……。
テーブル埋め尽くしてんじゃないか?」
実際埋め尽くしている。
空になったジョッキ、皿。
サラダを食べる鍋子に、肉をかっ食らうアイリ。
僕は優雅にワイン(みたいな酒)に挑戦している。
飲み心地はいい感じだが……頭がぼーっとしてきた……。
「なんなら食べます?
お礼ですよ、ダンジョンについての情報」
「良いのかい? じゃあ謙虚に大ジョッキ! なんつって」
「……わかった。店主ー! 大ジョッキ! 特大!」
「あいよー!」
いやあ、羽振りの良い客が来て店主も相当気合が入っているな。
飲めや食えやの大騒ぎになっているこのテーブルの迫力は、
傍目にも凄いらしい。
「え、まじでか? マジで特大?!」
「まじまじー。……なに? 冗談だった? ごめんなーロコウさん。
でももう注文しちゃったから飲んでくれ―」
ああ、何だか酒のせいか、頭が混濁してきた。
イケメンらしくしなきゃあ……酒になんて負けちゃいけない……。
「しっかし良いなー……こんな豪勢な食事かよ。
こっちは取り分、今日は3000blだぜ。
おまけに仲間が1人逝っちまったわ」
「3000ん?」
「そうだよ。あんたんとこは、
そこの2人さんがやたら強そうだけどさ。
普通はそんな凄えやつ、いねーもんな。
それこそ10人そこらで徒党組んで、皆頑張っているのさ」
今日のダンジョンの地下二階。そこのフロアボスで1人、
死んだのではなく1ヶ月間の大怪我か。
10人そこらだと?
そんなに必要か?
「イケメンの兄ちゃん。あんたはダンジョンについてわかっちゃいねえな。
あそこは一攫千金じゃなくて、確実に、安全に行くべき場所だ。
どこまで今日は潜った?」
「4階くらい」
「深い!? そこまで行ったのか!? で、無傷か……。
あんたらもう、化物の類じゃあるめえな?」
ああ。スキルとか不断の努力とかが、うちのパーティにはあるからね。
強すぎてもおかしくはないか。
「でも地下2階じゃ大した収入にはならないでしょ?」
「そうなんだよ。
ようやく金塊の山にしても、
6万そこそこだ。
山分けではなく、リーダーに3割して、
そっから各自配分よ。やってらんねーって」
1人で潜るには怖いしな。
なるほど。山分け問題とかが普通は発生するのか。
これは良いことを聞いた。
「ロコウさん、もう一つ質問良いかな?」
「特大ジョッキお待ち!」
「うわでっけえ!!? もう一つって、なんだ?」
容量2Lありそうなビールジョッキ。
うむ。特大だな。
飲みっぷりが凄い……喉を鳴らしている。
「大したことじゃないですよ。
……サモンハウス、いくらで買えるかどうかって話です」
「アレか―? まず家を建てて、空間魔法を使って、宝玉に入れるんだ。
必要なときに召喚すればいい。
値段は安くても、数百万……それが最低ラインで、
ボロ屋掴まされても文句は言えねえよ」
「そんなに重要なものなんですね」
「そりゃあそうさ。拠点をどこにでも構えられるって凄えぞ。
中には豪邸で闊歩する奴もいるし、
研究所持っている魔法使いだっているって噂だぁ。
……あれ、このツマミは何だ?」
「情報量ですよ。どうぞ食べてください。
まだまだお金はありますので」
宴と情報とが交差するこの場所は、
喧しくて煩くて、賑やかで楽しい場所である。
イケメンっぽく振る舞えないのが残念だけど、
この雰囲気は何度味わってもいいと思えるものだ。
次回予告:出会いはあの日。デートした回数も、ダンジョンに潜った回数も知らない。あの子の笑顔のために頑張ってきたこの生命は……実はもう残り少ない。さあ選べ爬虫類。その名を呼ぶか、呼ばないか? 呼べば宴とヒーローが現れる。次回イケメンライダー『ハンティング・スティール(前編)』お楽しみに。




