Syllable innocent
「かくとだに、の、かくはこの様に、だには打ち消しの意味で…ここまで良い?」
私が差し出した一枚のルーズリーフ。先生がさらさらと字を書いて行く。
和歌が苦手な私の為に態々時間をとってくれた先生。少しずつ説明を区切っては私に笑いかけて確認する先生。背中を駆け抜ける微熱に気付かない振りをして、いつもみたいに余裕ぶった笑顔で返す。
「よし、じゃあ暗唱してみろ」
「はーい。かくとだに、えやはいぶきの…」
昔の人が恋人の和歌に負けない様にって作った歌の一節。こんなにも思ってるけど、それを言う事なんて出来ないって言ってるらしい。
昔の人だって言えてないんだから、私だって言える筈ない。
「真剣だな、お前」
「…だって、テストヤバいから」
横目で私を見遣る甘い視線がどうしようもなくむず痒くて一瞬目を背けたら、先生はふっと笑う。
「へえ。一生懸命に成ってくれて先生は嬉しいですね」
頭の中の先生の字を追いかけて、歌の一節一節を唱えて行く。真ん中の節を過ぎて、そして、
「おう、覚えたな」
まるで自分の事みたいに喜んでくれる、私の大好きな人。
ごめんね、先生。
私、貴方に恋してるなんて絶対言えない。