ミーツ・生徒会
(4)
夕食が終わり部屋に戻っても、三人の口は重かった。
恵は虚ろな目で床の上でアゲハとボールで戯れているし、真理はベッドの上でモーティを膝に乗せて無心に耳の後ろを掻いている。美枝はテーブルに頬杖を付いて二人の様子を眺めていたが、何も口にすることなく、そのままテーブルに突っ伏した。
暫くの間、床にボールが転がる音と、それを追いかけるドタドタの足音、ベッドの上のゴロゴロいう喉鳴りだけが聞こえていたのだが、やがて、美枝が思い立ったようにガバッと身を起こして二人に声を掛けた。
気を紛らわす相手のない美枝には、沈黙がやりきれなかったのだろう。
「ねえ、決まっちゃったことだから、今更、何を考えても仕方ないわよ。それより、みんなで話さない? 趣味の話とか、将来なりたい職業とか、す、好きな人の話とか…」
「そうだね。ウジウジしてるのも、いい加減、嫌になったし、気分転換しようか」
「うん。あっ、メグ、ミカン持ってるけど、食べる?」
誰かが言い出すのを待っていた、という状態だったらしく、揃って返事を返して美枝のいるテーブルの周りに集まって来る。
「美枝はやりたいこととか、あるの?」
ベッドから下りながら、真理は言い出しっぺの美枝に問いかけた。モーティが、さも当然のような顔をして定位置の首に巻き付いている。
「私は、特に…。いつもクーと一緒にいられるような仕事なら良いかなって、思う程度だわ。それより真理は? 真理は何か考えてる?」
言い出したことではあるが、話しの端緒として持ち出しただけで自分では何も考えていなかったらしい。美枝の興味は真理の話を聞くことだったようで、真理から反応があったことに目を輝かせて、今一度、問いを真理に戻した。
「僕は、山岳レスキューかな。山育ちだから、そこで誰かの助けが出来たらいいと思う。モーティも山が好きなんだ。木の葉や草の実を、いっぱい身体に付けて帰ってくるのは困るけどね」
「メグは、山は無理~。遠足に行っただけで死にそうだったもん。レスキューよりも福祉みたいな仕事の方が良いかも」
「アゲハは室内犬だから介護とか似合いそうね。でも、面接の時に情報科を薦められなかった? 私は、戦術科はどうだって聞かれたわ。何だか、面接官の中に直ぐに警察とか防衛省とか言う人がいたのよね。…真理はどうだった?」
「うん。僕も情報科に入れって言われたよ。公安関係の仕事が向いてるんじゃないかってね。何でもテロ対策のために情報官を募集してるらしいよ。猫のサーバントならアジトの侵入も情報収集も容易だろうって、何だかこっちが悪の手先みたいに思えてきた」
「メグも言われた! 室内犬なら情報収集に向いてるって。でも、怖いから嫌だって、断った」
将来の夢を語り合おうと思っている内に、話は自然に入試面接の時のことに移った。同じ経験をしたことだから話が合うのだが、そこで同じように嫌な思いをしたらしい。
「僕も断ったよ。怖いからとは言わなかったけど、何だか嫌な感じがしてね。国に尽くすのが、さも当然だと言うような態度が見え透いていたから」
「うん、そんな感じ! メグが断ったら、目をつり上げてたもん」
「私は、考えてみますって適当に言葉を濁したけど、それでも、国益のために君たちの才能が必要なんだ、とか力説してたわね」
不満はあっても、終わったことだ。何時までも不快な話題を続けたくはない。そう考えて、真理は結論めいたことを口にする。
「…自分の可能性というか、自分に何が出来るのか確かめるために学園に入ったんだから、もう少し時間をかけて考えたいね。勿論、山岳レスキューって希望はあるんだけど、それ以上にやりがいのあるものを見つけられたら、そちらに進むかも知れない。何れにしても、今から縛られたくはないよ」
「山岳レスキューも良いと思うわ。あまり人が来ないような山懐にログハウスか何か建てて、真理と二人で暮らすのね。近くの滝川で水を汲んで戻ったら、『危ないから一人で行っちゃ駄目だよ』なんて言われて、今度は手を繋いで二人で山菜を取りに行くんだわ。偶然、一本のワラビに二人同時に手を出して、『あっ、ごめん。手が触れた…』『ううん、真理の手、暖かいのね』なんて。…ああ、真理。幸せに暮らしましょう!」
真理の言葉に、美枝の妄想が乗っかった。本人は、たまに暴走すると言っていたが、今日だけで何度目だろうか。ここはスルーするのがお互いのためだろう。
「真理、ミカン食べる?」
「うん、有り難う。頂くよ」
当然、二人もそう考えて、恵の持ってきたミカンに仲良く手を伸ばした。
そこに、
ドンドンと扉をノックする音。ノックと言うより破壊に近い叩き方だ。
次いで、
「真理、迎えに来たぞ。…おおっ?」
と、大きな疑問符がおまけに付いた、妙な迎えの言葉が発せられた。
返事も待たずに扉を押し開けて、震える手でネームプレートを指差している。
「こ、これは、どういうことだ?」
指の先にあるのは、真理と美枝のネームプレート。赤いマジックの大きなハートに包まれている。先程の美枝の妄想の産物だ。
「会長、それは…」
真理としても言い訳がし辛かった。消して欲しかった気持ちは山々だが、あからさまに言って美枝を傷つけるのも気が引ける。暫くそのままにして、忘れた頃にそっと拭き取るつもりだったのだが、一番うるさそうな人に見つかったのは不運としか言いようがない。
「あっ、忘れてた! メグも名札を貼る」
どう誤解したのか、恵が慌てて自分のネームプレートを持ってきて、真理と美枝のプレートを上にずらし、その下に自分のプレートを貼った。
何とかハートの中に収まったのを見て、ニコニコ顔で朱鷺を見上げる。
「ごめんなさい。メグ、名札貼るのを忘れてました!」
どうやら扉に自分の名前がないことを注意されると思ったらしい。
「申し訳ありません。全員のプレートを貼らなければいけないのに、メグのを貼り忘れてしまって…。これからは、気をつけます」
真理も、メグの勘違いに無理矢理に乗って、頭を下げて誤魔化そうとする。
「ハートが小さ過ぎたかしらね。メグのを入れると、ギリギリだったわ」
妄想から醒めた美枝も、扉を眺めながら白々しい台詞を加えた。
「…君たち、少し仲が良すぎるのではないか? 美枝。この場は見逃してやるが、あたしの義妹に手を出すなよ」
「わ、私の方が、先に目を付けたんです」
嘘くさい演技は完全に見破られている。それでも美枝は、口をへの字に曲げて朱鷺に張り合った。軽い睨み合いの末、朱鷺は素早く視線を真理に向けた。
「真理。あたしのことは、お姉さまと呼べと言ったはずだが?」
「はい。お姉さま!」
真理もここが頑張り所だと思って、はっきりとした口調で答える。
「…まあ、良いか。じゃあ、ミーティングルームに行くぞ」
根負けしたのか、真理にお姉さまと呼ばせたのを唯一の戦果にして、朱鷺の方から折れた。ハートマークを追求しても、あまり良い結果には繋がらないと悟ったのだろう。
ここで台風を呼び戻すわけには行かないので、三人は急いで後に従った。
「モーティ、部屋で待ってて」
「ああ、そのままで良いぞ。ついでにサーバントの紹介もしてやろう」
モーティを首から引き剥がそうとする真理に、軽く振り返って朱鷺が声を掛けた。
「恵も、その小さいのを連れておいで。パピヨンだな? 名前は?」
恵の足下でウロウロしているアゲハを見て、ついでに誘う。
「えへっ、大当たり! アゲハです。宜しくお願いします」
恵はピョコンと頭を下げて、嬉しそうにアゲハを抱き上げた。
ミーティングルームは一階の管理室から見て右奥、大浴場の先にあった。寮に三本ある階段の中で、最奥の階段の脇に設えてある。
寮室とほぼ同じ大きさだが、四人掛けの長机がコの字形に組まれていて、脇にホワイトボードが置かれているのが、いかにも会議室らしい。
通常は、正面の長机に会長を初めとする三年生、左側に二年生、右に一年生と、分かれて座るように決められているのだが、朱鷺は真理の手を引きずって自分の指定席の隣に座らせた。その脇には、同様に薫子が恵を捕まえて腰を下ろし、美枝と玲奈は一年生の席に並んで腰掛けた。玲奈の隣には、明るい色の巻き毛を背中まで伸ばした、気取った印象の上級生が席に着いたが、さっきの会話からして監事の桐という人だろうか。
二年生の席には既に三人の役員がスタンバイ済みで、これで全員集合したらしい。
「ご苦労様。急に招集を掛けて悪かったね」
朱鷺は一同を見渡して口を切った。
「今夜集まって貰ったのは、君たちに新役員を紹介するためだ。…急な話だったが、幸運にも、やる気のある人たちが見つかってね。逃げられる前…、いや、一刻も早く役員の顔を覚えて貰おうと思って、ここに連れて来た」
殆ど前置きを置かず、直ぐに本題に入る。話の進め方も朱鷺らしいが、本音が漏れるところも朱鷺らしい。三人は緊張に身を固くしていたが、やる気のある人という言葉の辺りで、揃って抗議の視線を向けた
「順に紹介しよう。あたしの隣で猫のストールを首に巻いているのが高遠真理。勿論、あたしの義妹だ。役員会では会長補佐として働いて貰う。ついでに紹介すると、首のストールがサーバントのモーティと言う猫だ」
朱鷺の紹介に合わせて、真理はその場で立ち上がり、左右の長机席に向かって頭を下げた。モーティの頭に手を置いて、一緒に下げさせるのも忘れない。挨拶を口にすべきかと思って朱鷺の方を見たが、黙って左右に首を振ったので、そのまま腰を下ろした。
「質問その他は、まとめて後で聞く。君たちが一々口を挟みだしたらキリがないからな。…隣でパピヨンを抱えているのが須永恵。薫子の義妹で、幹事補佐だ。このサーバントの名前はアゲハだそうだ」
恵が、やや引きつった顔で頭を下げた。胸の前でアゲハにも頭を下げさせる。
「玲奈の隣が、滝川美枝。玲奈の義妹で、会計補佐。サーバントは…」
「ラブラドールのクーです。あ、あの、宜しくお願いします」
朱鷺が言葉に詰まって美枝に顔を向けたので、美枝は立ち上がって自分のサーバントを紹介する。そのまま座るわけにもいかず、ついでに挨拶して頭を下げた。
「…と言うことだ。全員、225号室の住人だ。つまり、今年は一年生の寮監室は準備しなくても良い。自分たちの部屋でやって貰う事になるわけだ。好都合だろう?」
各学年の役員が寮監を務めることになっているのだが、通常は寮監室を用意して引っ越してもらう手間を掛けなければならない。殆どの場合、会長補佐の役に付いた者の部屋を寮監室にするため、同室だった者の引っ越しにも気を配る必要があるので、面倒なことをしたがらない朱鷺の性格からすれば、かなり好都合なのだろう。
「これで新役員の紹介は終わりだ。後は現役員の自己紹介と言うところだが、あたしの方から簡単に紹介するから、言いたいことがあったら質問タイムに言ってくれ。…前の方から順に、副会長の松本オリエ・二年、情報科・サーバントはポメラニアンのクッキー、副幹事の大野百合・二年、戦術科・サーバントはボクサーのボス、副会計の男鹿紀子・二年、戦術科・サーバントは秋田犬の小太郎だ」
一気に紹介されたので立つ暇がない。言葉に合わせて、その場で順次リズミカルにピョコピョコと頭を下げた。
「最後に…」
朱鷺は、玲奈の隣に腰を下ろしている桐に、冷たい視線を向ける。
「監事の久遠桐。三年、情報科だ。サーバントはロシアンブルーの姫。ついでに教えておくが、監事は選挙で選ばれる。役員会が暴走しないように、お目付役と言った役回りだ。学園の良心などと呼ぶ者もいるぞ。怒らせないようにしろよ。…以上だ。何か質問は?」
言葉面ではやや持ち上げているが、冷たい口調から軽蔑しているのが見え見えの紹介をして、バトンを置いた。
「メグちゃんたちも、聞きたいことがあったら聞いて良いのよ」
と、薫子がバトンを引き継ぐ。しかし直ぐに邪魔が入った。
「良いかしら? お目付役と仰ったから、意見を申し上げたいのですけど」
桐が、朱鷺の顔を睨みながら手を挙げた。
彼女のオーラは赤、しかし波動が朱鷺に似た放射型で、表面は社交的だが、敵を作ることを厭わない激しさを持っているようだ。
これでは朱鷺と対立するのは当然だと、真理は息を飲んで桐の言葉を待った。
「どうぞ。君にも発言権がある」
挑むような視線を、横を向いて受け流して、朱鷺は素っ気なく答える。
「新体制が出来たことは喜ばしく思いますが、拙速ではないかしら。新入生の入寮一日目にして新役員を選出するなんて気忙しいあなたらしいけど、まだ入寮にしていない人の中に、ここにいらっしゃる方より相応しい人がいたらどうするおつもり?」
「まあ、客観的に見て、そういうこともあるだろう。今日入寮したのは自宅が遠方の者ばかりで、新入生全体の半分にも満たない人数だからな。しかし、役員の任命が会長の仕事と言っても、新入生全員と面談するわけにもいかない。結果的にあたしの目に留まった者を選ぶわけだから、時間を掛けたところで同じことだろうよ」
桐の指摘は当然だろう。真理たちは入寮したばかりで入学式すら済ませていない。学生証も交付されていないのだから、正確に言えばカメリア学園の学生でさえないのだ。
それを置いても、朱鷺は偶然に寮で見かけた真理に役員を押しつけただけで、相応しいなどと考えた気配もなかった。
当然の指摘を『客観的に』の一言で済ませ、更に、自分の目に狂いは無いという態度で切り捨てたのだから、桐が収まるわけもない。
「でも、まだ入寮していない人には、あなたの目に留まる機会も与えられなかったことになりますわね。役員に相応しい方を機会も与えずにスポイルするようなやり方は、私には認められませんわ」
しかし桐の方も、朱鷺のいい加減な決め方を追及するわけではなく、人選の方に文句があるような言い方をしている。
「ほう、そう言うところを見ると、君に、誰か心当たりがあるんだな?」
「ええ、勿論です。入学式で代表挨拶を予定している、門脇しのぶさん。彼女は今期の主席入学者で、出身中学でも生徒会長をしていたと聞いていますわ。あなたの義妹になられた高遠真理さんも次席ですから相応しくないとは申しませんが、かなり成績に差がある事は事実です。他のお二方は…」
その微妙な反応を感じ取って話を向けた朱鷺に対し、桐は待っていましたとばかりに意中の名前を挙げた。その話が個人攻撃になるに及んで、朱鷺は躊躇無く言葉を遮る。
「ちょっと待て。その情報を何処で手に入れたかは聞かないが、個人情報の範疇だぞ。ここで持ち出すべき事じゃない。それに、あたしが真理を選んだ理由は、成績ではなく人柄だ。君にその事実を知らされて、こっちが驚いたくらいだよ。あまり、頭が良さそうには思わなかったんだがな。真理、本当か?」
「次席、とは知りませんでした。召喚能力の審査がありましたから、そっちが良かったんでしょうね」
「そうか。モーティに助けられたわけだな」
桐に対する指摘は、忽ち無駄話に変化した。
「会長、そこで納得するのは酷いんじゃないですか?」
美枝の抗議が、更に無駄話をグダグダにする。
「いや、あたしの作戦に簡単に引っかかったから、頭の方は期待してなかった…」
「作戦なんてもんじゃなかったよ。メグも騙されたー」
「あら、メグちゃん。お義姉さんが嫌いになったの?」
「うっ、薫子さんは、優しくて、いい人だと思うけど…」
先程のお茶会を再開し出したような雰囲気に、放って置かれた桐が苛立つ。
「そのくらいにして下さらない。今、私が申し上げたのは他にも相応しい方がいると言うことで、個人情報がどうという話ではありませんわ。真理さんはともかく、後のお二人に付いては考え直して…」
「そのくらいにして貰いたいのは、君の方だな」
遠回しの言い方は無視されると思ったらしく、自分の主張をはっきりと口にしようとしたが、再び朱鷺に遮られた。
「役員会は、個人の能力よりもチーム力で成り立っている。相応しいかどうかは、チームの一員として、という判断の上でなされるべきだろう。あたしは自分の後継者として、真理に白羽の矢を立てた。真理のやりやすい人選に心を配るのが先輩の役目ではないか。幸いこの二人は同室で協力を申し出てくれた。仲良すぎるのが心配なくらいだぞ」
「仲良しクラブじゃないってことは、分かってるでしょうね」
意見を頭から拒絶された上にその根拠を示されては、桐にも話を続けられない。当てこすりを言うのが精々だった。
「当然だ。ダテに二年も役員を務めてきたわけじゃない」
「会長の罷免訴追権が私にあるのも、当然、お分かりになっているわね」
当てこすりをさえまともに返されて、桐は伝家の宝刀を抜かざるを得ない。
「ああ。監事を除く役員の任命権が、当然、会長の専権事項であるのと同じくらいにな」
それに対し、朱鷺も自分の権利を振りかざして応対した。
火花の散るような睨み合いが続いたが、先に視線を外したのは桐だった。
「…分かりました。どうやらお邪魔らしいから、私はこれで失礼しますわ」
「お疲れさま。良い夢を見てくれ」
立ち上がって憤然と席を後にする桐に、朱鷺は言葉面とは反対に、とても労っているとは思えない冷たい声を掛けた。
「ふう。君たちも、いち早く桐の洗礼を受けたわけだ。まあ、後でゴチャゴチャ言われるより良いさ。取り敢えず、あいつも認めたと言うことだからな。後は本当の質問タイムだ。雑談の時間と言い直しても良いが」
明らかに疲れたという仕草を見せて、後は任せるというように全員の顔を見回す。
「会長。本当に私たちで…」
「あー、それは終わり。あたしが選んだんだ。気になるなら、真理に協力して仕事に励んでくれ」
今までのやり取りを聞いていた美枝の心苦しさの表明に、朱鷺は顔の前で手を振って話を終わらせた。ここまでの会話は、桐をミーティングに呼んだ時から想定していた範囲内だったのだろう。認めさせるために面倒な手順を踏んだ、ただそれだけのことで、桐に言われたことを気にしている様子は全くない。
「あのー、さっき、みんなのサーバントを紹介したのは…」
恵も空気が入れ替わったように感じたのか、さっきの紹介で各自のサーバントの説明が付け加えられた事への疑問を、気楽そうに尋ねた。
「メグちゃん、良いとこに気付いたわね。役員会の仕事って裏方のような作業が多いから、サーバントの力を借りることも多いのよ。だから、なるべく早く、みんなのサーバントを覚えてね。仕事に応じて、誰に頼めばいいか分かるように」
「力仕事なら、会長のアポロか、薫子さんのヨーゼフね。私のボスや紀子の小太郎でも良いけど、力じゃ二人には敵わないわ」
「あたしのクッキーと玲奈さんのバンチャは、細かい作業が専門よ。真理さんと恵さんもあたしたちのグループだね」
「美枝さんは、力仕事。残念だけど、別々」
話が自分たちのことに及べば、皆一斉に口を開く。これでやっと本来の顔合わせの姿に戻ったと言うところか。
「あっ、そう言えば、会長と薫子さんのサーバントを聞いていなかったですね」
「真理、お姉さんだぞ。忘れるな。…あたしのアポロはグレート・デーン。薫子のヨーゼフはセントバーナードだよ。どちらも力はあるが、根気を要する仕事なら薫子に頼め。アポロは少し荒っぽいところがあるからな」
「あら、荒っぽいのはアポロじゃなくて会長でしょう? サーバントを操作する人の性格が出てるだけだわ」
朱鷺と薫子のやり取りも、夫婦漫才のようにお約束として聞いていられる。
「ところで、真理さんのモーティは長毛種みたいだけど、メーンクーン?」
「いえ、ノルウェー・ジャン・フォレストキャットです。雑種ですけど」
「暖かそうだから、今度、外の仕事の時に貸して貰おうかな」
「おい、サーバントをストール扱いするなよ。…貸して貰うならあたしの方が優先だ」
朱鷺が会長をしているだけあって、全員、気が置けないフランクなメンバーのようだ。一通りサーバントのことを話した後で、
「みんな、進路の希望とかはあるの? 一年生はサーバントの種類毎にクラス分けされるけど、二年からは専門クラスに分かれるから」
と、副会長のオリエが進路選択に話を向けてきた。二年になって初めて専門クラスに入ることになったので、皆の反応が気になるのだろう。
「おっ、早くも後輩を獲得しようとしてるわね? 情報科は人気がないから」
それを、副幹事の百合が混ぜ返す。
「それは二年の実習担当の先生のせい。あの人が国のためだの国益だのって、自分の考えを押しつけるから、却ってみんな煩がって敬遠するの。実習内容はサーバントを操作してコンピューターを動かすとか、トラップを解除するとか、結構面白いよ。まあ、現実社会ではやりたくない仕事だけどね」
「専門クラスは希望選択と聞いたのですが、情報科を希望なさったのですか?」
情報科と聞いて、真理は部屋での三人の会話を思い出した。多分、オリエが言っている三年生の先生とは、あの煩かった面接官に違いない。自分は絶対に入りたくないと思ったが、そこを選択した理由が知りたかった。
「第二希望。第一希望は戦術科だったんだけど、軽く刎ねられた」
残念ながら期待した返答ではない。そこを朱鷺がフォローする。
「希望選択とは言ってもカラクリがあるのさ。専門クラスは、戦術・情報・救助・後方支援の四学科。その内、後方支援は大型草食動物や小動物の専科みたいなものだから、あたしたちが選べるのは事実上三学科しかない。その中で第二希望まで選択させられた上に学科人数の制限があるから、結局のところ学校側が個人の技能・適性に配慮して振り分けることになる。出来るのは、ここだけは入りたくないと言う意思の表明ぐらいだよ」
フォローがあったのは、自分の希望が叶えられるわけではないと言う、希望選択の残念な中身についてだった。
「薫子さんは救助科ですよね。希望者は多かったのですか?」
そこで真理は、実際に自分の希望する学科に進んだ薫子に話を聞いてみることにした。
「結構、集中するぞ。第一希望はともかく、殆どが第二希望には入れるな。薫子が無事に救助科に入れたのは、第二希望の欄に退学と書いたからだ。要するに、救助科に入れなければ退学すると脅したんだ」
「私は脅したりしないわ。どうしても第二希望まで書けって言うから、自分の希望を書いただけよ」
「こいつは、あたしより質が悪い。だが、もうその手は使えないよ」
答えは朱鷺から返ってきたが、これも期待したものではない。かなりギリギリの手段を講じたらしく、薫子との会話の中に不穏な様子が伺えた。しかも、その手段さえこれからは使えないと言う。
「どうしてですか?」
「退学者からはミストレス資格を剥奪すると、法律で決められたからね。資格がなければサーバントを飼育することは出来ない。つまり、サーバントを取り上げるぞと、法律まで作って反対に脅してきたんだ」
「そんな法律が、何故可決されたんですか?」
「ああ。一昨年のテロ事件でミストレスとサーバントの関与が指摘されただろう? 実際に証拠がないにも拘わらず、自分たちが阻止出来なかったテロをサーバントの所為に押しつけたんだ。その結果、ミストレス資格の改正を行って、一八歳以上の無資格者にはサーバントの飼育が出来ないようにしたのさ。そこに今年から本校の退学者から資格を剥奪することが付け加えられた。薫子のせいではないが、誰かが裏で手を回したんだろうよ」
真理の質問攻めに、嫌な顔一つしないで答えた朱鷺だが、その言葉には体制に対する苦々しさが込められていた。
召喚能力は第二次性徴期の少女に発現する。しかもその人数は年間に百人程度と極めて少ない。つまり十代・二十代の少人数のミストレスに、国家の法律に意見を述べる機会は殆ど与えられないのだ。当事者を圏外に置いたまま、自分たちの都合で勝手に法律を作って縛ろうとする体制のやり方に、不満を覚えるのは当然だろう。
その不満は、殆どのミストレスが共有していた。
「国益とか言い始めた先生と同根ね。あたしたちを管理したがっているって感じ」
「そうだな。何れ、そんな時代が来るかも知れないな」
真理は朱鷺たちの会話に頷きながら、
「僕は救助科に進みたいんですが、無理でしょうか?」
と、話が途切れたのを見て自分の進路希望を言ってみた。
「ほう、真理。何かやりたいことがあるのか?」
「出来れば、山岳救助の仕事に就きたいと思っています」
「ふん、無理とは言わないが、何もしなければ間違いなく情報科に振り分けられるだろうな。情報科では犬より猫の方が重宝される。俊敏さや器用さ、聴覚、暗視能力、どれをとっても小型犬より勝っているし、野良猫が多い国だから、情報活動にも目立たないと思われてるんだ」
「第二希望で後方支援を選択すれば…」
「誰しも考えることは一緒さ。後方支援は昨年の人気ナンバーワンだよ。今年はあからさまに専科に指定されるんじゃないかと思う。まあ、出来るのは救助科に向いていることを自分で証明する事ぐらいだな。あそこはミストレスも体力勝負だから、レスキュー隊に入れるぐらいの能力を示せば考えてくれるかも知れない。だが、大変だぞ」
「体力なら少しは自信があります」
「ははっ、あたしの前で体力自慢か。真理、君は本当に面白いな。試させて貰うぞ?」
皆、興味深げに二人の会話を聞いていたが、段々、話が生暖かくなってきたので、モジモジとし始める。その雰囲気を察した薫子が、朱鷺に引導を渡すように進言した。
「会長。真理さんの個人的な進路相談は二人だけでやってください。今日は時間も遅いですし、そろそろお開きに…」
薫子に指摘されて我に返った朱鷺は、頭を掻いて詫びを口にする。
「おお、済まん。では明日の確認だ。明日の午前中は、あたしたち三年が受け付け。午後から北田先生が来て下さるから、二年が一緒に受付をするってことで良いな。真理たちは入学式前で悪いんだが、来年のこともあるから、あたしたちの見学兼手伝いに来て貰おう。朝食が済んだら管理室に来てくれ。以上だ」
そのまま話をまとめて、今夜の初ミーティングをお開きにした。