夢籠のダストスイーパー
ライトノベルを意識して書いてみた作品になります。
読んでいただけると幸いです。
――――それはとってもあまいお菓子のような夢。
1
いつだったか、約束をしたんだ。いっしょに町を出ようと。ロウソクを1本灯した薄明りの部屋の中で。
「おかえりなさいライト!」
元気よく出迎えてくれたのは幼い頃から仲良しのヒダリだった。
「ただいま」
「お仕事お疲れ様。お外雨降っていたでしょ? 濡れたりしてない? 暖炉で温まる?」
「ううん、大丈夫だよ――」
あれ。さっきまで俺は外で傘を差していたはずなのに、どうしてヒダリの家の中に入っているんだろう?
「そう。いつまでも玄関にいるのはやめましょう。さぁ中へどうぞ。すぐにあったかいココアを用意するわ」
気のせいだろうか。でも、確かに俺は外に――――
*
「おい、おいってば! 起きろって何度言わせれば気が済むんだ!」
ベッドの上でうつ伏せになって眠っている少女、テトラからはまったく起きる気配を感じなかった。何度頭を叩いて体を揺さぶってみてもびくともしない。辛うじて聞こえる寝息と胸部の上下で生きているのを確認できるものの、まるで死んでいるかのようだ。
「んーっ…………ふなぁー!」
「ったく、寝ぼけるのも大概にしろっ!」
もぞもぞと体を揺らし始めた。腕と脚をぴんっと伸ばして小さく唸り、鼻をひくひく動かしてボクの方へ体の向きを変えだした。
「リーオくんからと~ても甘い匂いがする~」
寝言にも限度がある。ボクはもう一度頭を叩いてやろうと腕を上げた瞬間。
「いただきま~す!」
ベッドから飛び跳ねたテトラは振り上げたボクの腕に噛り付いた。それも食い千切られるのではないかと思うくらい強烈な勢いで全身に激痛が奔る。大声をあげながら頭を叩き、上下に何度も腕を振って、そうしてようやく外れた腕にはくっきりときれいな歯形が付いていた。
「おいテトラ! 寝ぼけてないでさっさと目を覚ませ!」
「あ、おはよ~リーオくん。だってリーオくんが全身砂糖菓子になる夢を見たからついつい味見したくなっちゃってね~」
「お前が言うとほんと怖いわ……。この食いしん坊め!」
「甘いのは正義だよ~。それに目覚めには糖分補給が必要なんだもの。クッキーにキャンディー、チョコレートにワッフル、ケーキでもマカロンでもお砂糖だけでもいいから食べたいよ~」
「胸悪くなるわ……」
テトラは超が付くほどの甘党で寝起きが悪いけれどボクの相棒だ。10代前半相応の容姿だが少し幼く、フリルの多い洋服を好んで着るせいか余計に子どもっぽく見える。それでもテトラは幼い頃から案内人としての才能があった。初めて会った時にすぐ相棒として採用し、それから8年間いっしょに仕事をしている。
「でもちゃんと〝ゆめかご〟に着いたんだからあとでご褒美ちょうだいね~」
「やらなくてもいいだろ。どうせここでお腹いっぱい食べられる。そんじゃさっさと掃除を始めるかっ!」
「はじめよぉ~!」
案内人の役目は2つある。
ひとつは、人間が暮らしている現世と夢籠と呼ばれる人が創り出した夢の世界を行き来すること。
ひとつは、夢籠を砕くことで生まれる夢屑を食べること。ただし案内人は夢籠を砕く力はないため掃除人の力が必ず必要となる。
そしてその掃除人がボクで役目は至ってシンプルだ。夢籠を砕く――それだけだ。
2
いつだったか、俺たちは互いに願ったんだ。ずっとずっと幸せが続きますようにと。
「おかえりなさいライト。お仕事お疲れ様。お外雨降っていたでしょ?」
「ただいまヒダリ」
「今日はお母様といっしょにシチューを作ったのよ! さぁいつまでも玄関にいないで中へどうぞ」
「うん! あぁそうだヒダリ。俺、君に言いたいことがあったんだけど……」
「なあに?」
「何だっけなぁ……。まぁ、思い出した時でいいや」
「そう? それじゃ行きましょ」
俺は一体何を言おうとしたんだっけ。
3
同じ日々の繰り返しを望んだのに、平穏に暮らせる毎日に感謝しなくちゃいけないのに、なんだか違和感が拭い切れないんだ。
「おかえりなさいライト。お仕事お疲れ様」
「ただいまヒダリ……」
「あら、どうしたの?」
「いや、その……最近毎日同じことの繰り返しみたいに感じるんだ。何も変わっていないような……」
「それはつまり穏やかなのよ。毎日は似たような日々を一日一日繰り返して積み重ねていくこと。そうそう変わったりなんてしないわ。毎日平穏で幸せだと思わない? わたしはライトをこうして毎日出迎えてとっても幸せよ。この時が一番大好きな瞬間なの!」
「そうだね。こんなに幸せなことはないね。それにしても今日も雨だなんて……いつまで降り続けるんだろうね?」
「止まないわ。明日も明後日も明々後日もその先もずっと――」
ヒダリの瞳にはまるで何もかもが見えているような、すべてを知っているような、そんな目をしながら窓に手を当てて微笑んでいた。
*
「テトラ――あそこの青年を見て」
遡ること十数分前。まだ現世にいたときだ。ボクとテトラは普段通りに町を転々として旅をしていた。二日ぶりに辿り着いた隣町。この日は清々しいほどよく晴れて小鳥も唄を歌う陽気な日だというのに、1人の青年は墓地の石碑前で突っ立っていた。右手で女性物の汚れた白い傘を差し、生気を感じない虚ろな瞳は斜め下を見ていた。
「うん。夢が深いみたい」
「あ、あのっ!」
突然後ろから話しかけてきたのは細身な体系に長いブロンドヘアーが似合う若い女性だった。
「弟に何か用ですか……?」
「お姉さんですか。弟さんは夢を見ていますよ。それも結構深い夢をね」
「もしかしてその若さで夢屑掃除人なの?」
「えぇ。心当たりがあるのなら教えていただけませんか?」
掃除人と案内人の2人組を総称して夢屑掃除人と呼ばれている。その存在は希少で、ましてやボクとテトラのように若い夢屑掃除人は極めて珍しい。それ故ボクたちは人々から重宝されている。理由は夢籠に入り込んでしまった人を救える唯一の存在だからだ。夢籠に取り込まれた人は放っておけばいずれは死に至る。そして、死んでしまった者の魂は生者に憑り付いて夢籠に引きずり込む。ボクたちはそんな死の連鎖を断ち切る仕事をしているのだ。
「…………。もう2ヵ月も前のことです。この町は山々に囲まれているのですが、突如襲った大雨によって土砂災害が発生し、町の半分を失いました。私達の暮らす家は奇跡的にも被害を免れることができたのですが、弟の幼馴染のヒダリという少女の家は丸ごと土砂に押し潰されてしまったんです。それ以来弟の様子はおかしくなり始め、言葉を話さなくなり、食事もほとんど取らず、ふらっと出掛けたと思ったらここへ来ているんです。晴れた日でも傘を差してぼんやりしている……あの傘はヒダリさんが大事にしていた傘だったらしいです……」
「眠らなくなったのか?」
「え?」
「その反応からしてそのヒダリって子が原因か。いくぞテトラ」
「は~い!」
「かなり雨降ってるじゃんか――」
ボクの目には確かに見えた。数メートル先も見えないくらいの大雨が。
「それ以上深くなったら本当に戻れなくなるよ弟さん。大丈夫、ボクたちならまだ間に合うからもう少し我慢してろよ」
そうしてボクとテトラは案内人の力で夢籠に入り込んだ。
♯
「やぁはじめまして弟のライトさん。おかえりなさい」
「君たちはどこの子どもだい?」
「ボクたちは星屑掃除人だ。夢から覚めない人を叩き起こすのが仕事なんだ。辛いことや嫌なことから逃れたい気持ちはよくわかるよ。けれど他人に迷惑を掛けるのはよくないな。現世で心配しているお姉さんもいるんだからそろそろ戻っておいでよ。まぁライトさんが悪いわけじゃないんだけどさ――」
ボクは少し声を張り上げてさらに続ける。
「ライトさんを夢籠に閉じ込めてまであなたは何を願うんだいヒダリさん?」
ボクたちの背後にある家から玄関の扉を開けて待っている少女、ヒダリに向かって言った。するとヒダリはこちらへ歩いてきて、ボクたちを無視してライトの傘の下へ入った。
「おかえりなさいライト。早く中に入りましょう」
「どうしてだヒダリ……君は確かあの土砂災害で亡くなったはずじゃ……」
「何を言っているのライト……」
「全部思い出した……俺は君に言うことがあったんだ……」
「あなたたちの夢の断片を見させてもらったよ。ヒダリさんも大変だったんだな。ライトさんに恋心を抱いていたにもかかわらず両親に反対されていた。理由は自分たちの家庭よりも貧相だったからだ。両親は娘にそんなライトさんと関わりを持たせたくなかったんだろうな。あまりにも仲良くするものだから両親はこの町を出ることで2人の関係を断とうとした。でもこの町に残りたいヒダリさんは反発したけれどもちろん認められるはずもなかった。ライトさんになんて言葉を掛ければいいのか迷い分からず、日に日に町を出る時は近付いていった。そして土砂災害が起きた日。家ごと飲み込まれたあなたは命を落とす前に願った。幸せだった日々がいつまでもずっとずっと続きますようにって。この夢籠はヒダリさんが創り出した理想の世界。不変の日々を繰り返す永久の世界だ。強い想いを宿した願いは弱ってる人に憑り付きやすいんだよ。これ以上夢籠にライトさんが居続ければ死に至る。ヒダリさんは本当にそれでい――」
「何がいけないの……?」
ボクの言葉を遮ってヒダリは言った。その言葉は雨より冷たく、鋭く尖って突き刺さるみたいだ。ライトの差す傘の下でこちらを睨みつけている。その眼光は狂気に満ちていた。
「だってずっと一緒にいられるのよ? ライトとずっと一緒にいることで幸せになれる……ライトがいて初めて私の願いは叶うのよ! だから邪魔しないでっ!」
「そうはいかないよ。まだ未来のある人を見殺しになんかできないんだ。悪いけれど、連鎖は起こさせないっ!」
首に掛けている箒型のペンダントを引きちぎり、掃除人としての力を行使することで槍の姿へと変化させる。掃除人が持つ夢籠を砕く武器――箒槍。
「どうして……どうして邪魔をするの……? ただ私は幸せな夢を見ていたいだけなのに……」
「夢じゃだめなんだ! ライトさんはあなたと同じ時間、あなたと同じ気持ちを抱きながらずっと思い続けてきたんだ! いまもあなたのお墓の前に来て叫んでいるんだ!」
「…………ヒダリ。俺はずっと言いたかったことがあるんだ。あの土砂災害が起こる前の日、いや、もっとずっと前に言おうとは思っていたんだ。けれど勇気が無くて結局言えずにいたんだ。今度会ったらなんて……そう思っては何度も先延ばしてきた。まさか言えなくなる日が来るなんて想像もしていなかったんだ。でも無かったのは勇気だけじゃなくてお金もだった。ヒダリを連れ出すためには毎日働いて稼ぐ必要があったんだ」
「何を言っているのライト……」
「幼い頃の約束……いっしょに町を出よう。こんなに時間が掛かってしまったけれど、きっと俺たちは幸せになれる」
「無理よ……私はいっしょに行けない……そんな幸せな未来は見えないもの……」
「俺たちは互いに小さい頃から同じ未来が見えていた。幸せになれる最高の未来を。ヒダリ、雨はもう降らないよ。雨は上がったんだ。さぁ、いっしょに帰ろう」
ライトが差し伸べる手を掴んだヒダリは泣き崩れた。ヒダリの目に宿っていた狂気は消え、本当の幸せを感じ取っているようだった。
ボクは箒槍で夢籠を創り出していたヒダリを薙ぎ払い、夢籠を粉々に砕いた。
♯2
「きたぁ~! ご褒美がいっぱ~い!」
テトラの力で夢籠から戻ってきたボクたちを待っていたのは夢屑の雨だった。
「おー食え食え。案内人は食べるのが仕事だからなー」
「その言い方はヒドイよ~。わたしはリーオくんよりもずっと働き者なんだよぉ~? それに夢屑は案内人が食べなきゃいつまでも残って人に悪影響を及ぼすんだから~」
「良く言えばそうだけどテトラはただ夢屑が好物なだけだろ!」
「だってこれはと~っても美味しいんだもん」
「食べたことないからわからないけど……美味しいのか?」
「うん。とっても甘いよ~。でもね、今日のはちょっぴり苦いや」
「そうか。食べたら次の町に行くぞ」
「はいは~い」
4
夢を見ていたんだ。俺の帰りをいつでも笑顔で出迎えてくれる幼馴染と過ごす日々を。それはとても幸せで悲しい夢だった。
「ただいまヒダリ。明日はお花を持ってくるよ。ありがとう…………さようなら」
――――それはとってもあまいお菓子のような夢。けれど、決して長居は許されない。
最後まで読んでいただきありがとうございました。
感想・ポイント評価をしていただけるとしあわせです。
また、ご指摘はいくらでも受け付けております。気になったことがありましたらご指摘ください。作品の質を上げるため、ご協力ください。
本当に読んでいただきありがとうございました。