光る尼僧
土御門機関に所属する軍人は、何らかの霊的能力と共に、軍人であることを求められる。あくまで秘密の機関であるから、仮の身分は民間人であることもあるが、多くは別の部隊にも、軍人として籍を置いている。所属部署によっては、他部隊での勤務を行う者もいる。
そのため、例えば基地の巡回警備などの仕事も、満足にこなさなければならない。
そういった事情のため、二人の土御門機関の呪術師が、ある駐屯地へと派遣されたときのことである。
「あの事件のことはご存知ですか?」
「某部隊の一等兵が、ひどい状態で発見されたというあれだろう?」
二人は歩哨につきながら、最近起きている事件に関する雑談をしていた。
某部隊とぼかした言い方をしているが、二人が言っているのは、もちろん土御門機関のことである。
「人間、ああはなりたくないもんだな」
「違いない」
死をある程度は覚悟した軍人が、このように言うくらいだから、話題の「ひどい状態」とは、単に死ぬよりもひどい状態なのだろう。
そうした話をしていると、二人は読経を聞いた。鈴の音を思わせる、若い女性の声だった。
「誰だ!」
声のする方へ振り向いたところ、そこにいたのは、一人の尼僧だった。
この尼は剃髪はしていないようで、髪は肩辺りで切り揃えていた。顔の作りはかなり整っており、白磁のように白い肌といい、色艶のある唇といい、男好きしそうな顔であり、尼などをやっているのが勿体無いと思わせるのには十分な美貌だった。
「尼だな」
しかし、二人にとっては、この尼はどこか自分達の上官に似てもいたので、手放しにその美貌を褒めることはできなかった。それゆえに、二人は眼も眩む美女を前にしても、決して心を許すようなことはなかった。
「ただの尼じゃない。飛んでいるし、光っているぞ」
「相馬少尉に似ている。油断するな」
それよりも問題なのは、この美しい尼僧が、宙に浮き、発光している点だった。明らかな怪異である。
「止まれ!」
二人は小銃を指向し、目の前の奇怪な尼を制止した。だが、ふわふわと雲のように浮く尼は、二人にゆっくりと近寄ってきた。
「止まれ!」
再び制止するも、尼はなおも距離を詰めてくる。
たまらず、二人は尼へ向けて射撃を行った。この距離から、狙いを外すことはない。
だが、尼の身体を弾丸がすり抜けた。背後にある木の幹に命中したのだ。
霊的な力は、必ずしも近代兵器に対して優位に立ってはいない。念力一つをとっても、自分を完全にとらえた弾丸を反らして防ぐには、相当な訓練と才能を有する。
だが、弾丸が完全に透けるなどという術は、少なくとも二人は知らない。
「あ……? あ……?」
「怯むな! 俺たちは、土御門機関だ。魑魅魍魎と戦う団体なんだ。お化けなんか恐くない!」
本来、土御門機関は公的には存在しないことになっている秘密部隊である。陸軍内部の者にさえ、身分を無闇に明かすような言動は戒められる。
だが、あまりにも異様な相手を前に、冷静さは失われつつあった。
そんな二人に、菩薩の如き慈悲の眼差しを向けていた尼の表情が変わる。
「うわ……」
名状し難い表情だった。どんな感情が、このような表情を産み出すのだろうか?
二人は理解した。理解してしまったのだ。この尼僧の名状し難い表情を産み出す原因を。それに思い至った二人は、目の前の尼僧の狂気に呑まれるほかに、道はなかったのである――