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月鏡  作者: 標準的な♂
黒い聖母
17/28

万病円

 あの忌まわしい事件の翌日のことである。

「あ゛ー☆」

「う゛ー☆」

 マリア様のお庭に集う乙女達の、地獄の亡者じみたうめき声がこだまする。今日も天正女学校はさわやかな朝を迎えた。


 伴天連症候群を患って、騒がしい鳴き声とともに人を襲っていた一条桜、三条楓の二人は、うめき声をあげながら、マリア様のお庭を徘徊するようになった。

 あの二人だけではない。奇声を発しながら人を襲う患者たちは、皆一様に、うめき声とともに徘徊するようになった。

「よし、治った!」

 梨花はそう主張した。彼女が言うには治ったようである。少なくとも、典型的な伴天連症候群患者に見られるような奇行は、今のところ見られない。

「何をしたのですか?」

「ナウでヤングなマジシャンにバカウケのヴードゥーマジックを駆使すれば、少なくとも精神病は全部治療できるわ!」

「これはゾンビですか?」

「はい、ゾンビです」

 梨花は葵の質問に対し、自慢げに答えた。

 葵は梨花の頭を刀の柄で殴打した。さつきもそれに続いた。しかし、さつきは他人のことをとやかく言える立場ではないので、梨花の反撃を受けた。

 ゾンビというのは、ハイチに伝わる霊的存在及び、それを操る秘術である。歩く死体としてのイメージが強いだろう。現代では、主にショッピングモール等、文明社会のあちこちで見られる生き物である。

 現代におけるゾンビのイメージを決定づけた映画では、機敏に走るゾンビや、道具を使って殺人を行うゾンビが登場したことは、あまり知られていない。

 なお、実際のゾンビは、死者を立ち上がらせる術も確かに伝わってはいるのだが、生者から魂を抜き取って「生ける屍」にするタイプの術もあり、現実的には後者の方がありうる術である。つまり、ある種の神経毒や幻覚剤によって脳にダメージを負わせることで、自発的な行動力を持たない、まさにゾンビのような人間を作ることができるというものである。


 こうして、梨花は人間を生きたままゾンビにする魔法を使ったので、魔法少女の面目躍如である。


「とりあえず、応急処置としてはこんなところか。あの状態ならば、梨花の命令がなければ人を襲うことはないからな」

 藤原千方は、外法の術師らしい視点からの見解を述べた。問題は人を襲わないことではないのだが、残念ながら、この場に居るのは、葵以外はどれも外法の術師である。土御門本家ゆかりの人間として、安倍晴明の後継者として、本来ならば正道を行かなければならない梨花がこの有様なので、歯止めをかける者がいない。

 葵は始末書を書く準備をしつつ、脳へのダメージを治癒する霊薬の材料を見繕い始めた。


「そうだ、喜べ、葵! 今朝、わしが放った草(密偵)が、天正女学校にヴァンパイア忍者が潜伏しているという情報を掴んできたぞ」

 梨花の悪影響を受けた藤原千方がもたらした情報に、どよめきが走る。

「ヴァンパイアだって? どういう意味だ?」

 さつきは尋ねた。

 ヴァンパイア。賢明なる読者諸君には説明不要であろう、血を吸う鬼――吸血鬼と訳される怪物のことだ。明治から大正にかけては英語が知られるようにはなったが、ヴァンパイアという単語は、当時の日本人にはまだ馴染みのない言葉である。何せ日常語ではないから。

「英和辞典によれば、有害な本性を持った超自然的な生物です。血を吸う鬼と書いて吸血鬼と呼びます。死体が蘇った魔物ですね」

 葵は梨花の仕事を奪い、吸血鬼について完璧な説明を行った。梨花の目尻に大粒の涙が浮かぶ。

 付け加えるなら、ある種の吸血鬼、例えばスラブ人の民間伝承にクドラク等は、悪疫や凶作をもたらすとされている。

「それで、吸血鬼は誰だ?」

「剣道部の土方だ」

 剣道部の土方といえば、類稀な剣術の使い手であることと、モナリザに似た風貌で有名である。

「何だ、土方か。じゃあ違うな」

「剣道部の土方さんですか? 確かに、あの人は吸血鬼ですけど……」

 葵は交遊関係が広い。そのため、桔梗のような変な知人とも関係を持っている。梨花は葵が恐くなった。

「そ、そうか……有益な情報だと思ったのだが」

 千方は自分の集めた情報が何の役にも立たなかったので、目尻に浮かんだ涙を拭った。

 結局、土方は犯人ではないことがすぐに判明すると、いよいよ敵の正体が闇に包まれる。


 ああでもない、こうでもないと話し合っていると、意外なところから核心を突きうる意見が出た。

「ギギギ……これは日本人の宗教観を利用した計画です。間違いありません」

 頭を押さえながら目を覚ました桔梗は、桔梗のくせに有益な意見を述べた。

「恐ろしい病気が流行すると、人々は祟りだと恐れて、その時代に不遇や死を遂げた有名人を祭るようになります。こうして、その人は神としての信仰を得て力をつけるのです。さつきや、その先輩の手口ですわ」

 さつきが相変わらずろくでもないことばかりしていることがわかったので、梨花は祓い串でさつきの頭を殴打した。

「ど、どうしたの、桔梗さん? 急にまともになったりして。頭でも打ったの?」

 梨花はさつきを殴打しながら、桔梗に不信の眼差しを向けた。日頃の行いは信用を得る上で最も重要な要素だ。

 なお、頭を打ったのは本当である。さつきは桔梗を血まみれになるまで殴打したので、頭にも強い衝撃を受けている。それとの因果関係は不明だが。

「葵様、敵は恐らく、この騒ぎに乗じて神としての力を強めようと目論む、古代の神です」

 視線がさつきに集中する。

「さあ、あらためて犯人を探しに行こうか」



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