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月鏡  作者: 標準的な♂
桔梗
14/28

散りし花を偲ぶ

 桔梗の花も散る頃には、涼しげな風が帝都を吹き抜けるようになっていた。暦の上では晩秋であり、本来ならば未だ残暑に喘ぐ時期でもあるのだが、どうも今年は過ごしやすい季節が早く訪れるようで、人々は早足に冬の気配を感じていた。


 桔梗といえば、読者諸君は覚えているだろうか? あの恐るべき怪僧、桔梗のことを。

 いかに読者が忘れていようとも、あの忌まわしき事件の当事者である、土御門機関の呪殺小隊の面々は、彼女を忘れることなどできなかった。

 土御門機関だけではない。葵が新聞を確認したところ、桔梗は外の寺社においても同様の犯行に及んでいたことがわかったのである。


 そんな桔梗の逮捕から数日後のことである。

「お疲れ様です!」

 廊下を歩く新進気鋭の二等兵は、さつきの姿を確認すると、後方に跳んで距離を取ったのちに敬礼をする。

「……ご苦労様」

 さつきはそれに対し、咎めることもなく、力なく答礼した。旧日本軍には、上官に対してバックステップで間合いをとってから敬礼をする礼式はないので、本来ならば、これは指導しなければならない場面である。しかし、減給の処分を受け、更には恥ずかしい秘密を暴露される絶望を受けたさつきには、もはや部下の非礼を指摘して指導する気力もなかったのだ。


 失意のさつきが小隊事務室に顔を出すと、梨花と千方が無言でお茶と菓子を出した。

「……」

 さつきと桔梗の関係が知られて以来、目に見えて小隊の面々がよそよそしくなった。

「さつきちゃん、強く生きなきゃ駄目よ。その、いい言葉が見つからないけど」

 あの梨花ですら、優しい言葉をかけながらも、距離をとろうとしている。しかし、励ましの言葉ですら、妙にぎこちない。


「さつき様」

 暫く気まずい沈黙が支配していたが、そこに葵が入室する。

「あ、葵ぃ……っ!」

 さつきは葵に涙混じりの視線を向けた。今にも泣きそうである。さつきがこんなに悲しい気分なのは、実は葵のせいでもあるのだが、それでも普段と変わらず接してくれる葵に対しては、どこか安らぎを感じるのも事実である。

 梨花は、身寄りのない孤児を兵士や暗殺者として育てる、冷酷な君主を想起した。そのようにして作り上げた親衛隊は、主君以外に心の拠り所を持たないため、主や己の命運が風前の灯となっても失われない、強靭な忠誠心を持つのである。

 今、さつきは葵以外の拠り所を持たない。

「……」

 捨てられた子犬のような視線を向けるさつきに対し、葵は何を思うのだろうか?

「……正直なところ、わたしも、信じて修行の旅に送り出した腹心が、あんなになって帰ってきたことが信じられません。いいえ、認めたくないのでしょう。何か悪い夢でも見ている気分です」

 そう、葵だって辛いのだ。子を持つ読者ならば、今の葵の心中が理解できよう。信じて独り暮らしをさせた我が子が、あんな状態の自分を写したビテオレターを送ってきたとあれば、どんな親でも悲憤を覚えるに違いない。


「さつき様、どうか泣かないで下さいまし。わたしはいつもの頼もしいさつき様が好きですから。早く元気になってくださいね」

「あ、葵……ッ!?」

 面と向かって好きと言われたさつきは、顔を真っ赤になった。不意を打たれたのだ。喜びで内心舞い上がっていた。表情が瞬く間に明るくなる。

 梨花は、やはり彼女は単純だと確信した。

「そうそう、千方さんからの伝言です。桔梗ですが、千方さんご自身が土御門機関にお誘いしたみたいです。刑期が終わったら呪殺小隊に配属されることが決まりましたよ。これからは親子水入らずですね」

「うわああああん!」

 さつきはとうとう心を折られ、子供のように泣き出した。

 現実とはかくも残酷なものであると、梨花はしみじみ思うのであった。


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