真実の光射す
「アヘェ……」
翌日、呪殺小隊の事務室で当直勤務をしていた大川軍曹が、全裸で発見された。彼は屈強な男性であったが、やはり白目をむき、口をだらしなく開き、よほど嬉しいのか、誇らしげに両手でピースサインをしている。
「信じて当直勤務に就かせた大川軍曹が怪しい尼僧の変態調教にドハマリして全裸で当直勤務に就いているなんて……」
相馬さつきは悔し涙を流した。
大川軍曹の同僚、特に同期の面々も同じ気持ちだった。本来なら男児たるもの、そう易々と涙を流して良いものでもなかろうが、上司でさえ感情を抑えきれていないのだ。今日だけは泣いてもいい。彼らもまた男泣きしている。
「んほぉ……呪殺小隊第三分隊、総員十名、事故一名、現在員九名……事故一名は大川軍曹、ご覧の有り様れすぅ……」
「くっ、大川軍曹……ッ!」
こんなになっても、点呼報告は過不足なく遂行し、それどころか、さりげなく自分を事故人員(その場に居ない欠席者のこと)として挙げるほど、完璧に職務をこなす大川軍曹に、さつきは思わず敬礼していた。彼女の部下もそれに続いた。
しかし、戦士達に休息はない。この惨状の中にも、事態を動かす要素があった。
「相馬少尉、こんなものを見つけました」
中神曹長が持ってきたのは、明智家の家紋として知られる水桔梗の紋である。
「ぐすっ……えぐっ……これは……桔梗紋だな」
「ええ。考えたくはなかったのですが……これで確信しました」
「ああ。桔梗に違いない」
さつきは断言した。
「桔梗って誰?知り合い?」
梨花はそう訊きながら、一歩後ずさった。
ただでさえ変な相馬さつきに、他人をあんなにする知り合いが居るという事実のためである。さしもの梨花も、友人は選ぼうと心に誓うのであった。
「ああ。南光坊天海と言った方が通りが良いだろう。正確には、天海に化けて暗躍した妖怪で、葵の右腕だ」
天海が妖怪! 荒唐無稽に思われるかも知れないが、彼は当時の平均寿命を大きく逸脱した長寿を誇った人物であるから、妖怪の可能性は十分にある。ましてや、巷でしばしば囁かれる明智光秀=天海説を採用するならば、信じられないほどの長命であり、確実に妖怪である。
また、天海は葵にとってさえ正体不明であるにも関わらず、いつの間にか、何食わぬ顔で徳川軍に居たので、邪悪で有害なぬらりひょんの一種だと、葵は判断している。
「そんな……」
それを聞いた梨花の表情は、深い悲しみと絶望を湛えていた。まともだと思っていた葵に、あんな変な知り合いが居ると知ったためだ。もう何も信じられないという絶望が、彼女を支配していた。
「……天海っていうと、明治以前の江戸の町の霊的改造計画の立案者ね」
しかし、下ばかり向いてもいられない。梨花は気をとりなおしつつ、葵とも距離をとって、再び話題を進めた。
「そうだ。わたしみたいな祟り神や、葵みたいな妖怪、梨花みたいな変態にとって住み心地の良い土地を築きあげた」
さつき達の素性と計画が、想像以上に危険であったことが判明したので、梨花は祓い串でさつきの頭を殴打した。
そして、同時に戦慄する。さつきの説明が真実ならば、それまで田舎だった関東地方に、京の都に匹敵する魔界都市を作り上げた存在だ。人間をあんなにすることも含め、間違いなく只者ではない。土御門機関が総力をあげても、打倒できるかどうかは確証を持てないほどの相手である。
「その桔梗さんが、何かやっているの?」
「わからぬ。神社を北斗七星状に配置したときも、説明されるまでわからなかったからな」
さつきはあまり頭が良くないことがわかったので、梨花はほっと胸を撫で下ろす。葵さえなんとかできれば、彼女達の恐るべき計画に対処することは容易と判明したからだ。
「人間よりも長い寿命を活かして、悟りを開くための修行の旅に出て以来、会っていない。だが、これほどの護法を打つ法力はただ事ではない」
法力以上に、人間をあんなにする力の方が、ただ事ではない。どのような精神性ショックや洗脳があれを生み出すのか、古今東西の呪術に通じるさつきや梨花にさえ、皆目見当もつかないのが実状である。
「まさかとは思うけど、悟りを開いたの?」
梨花の仮説は、桔梗が悟りを開いたからというものだ。しかし、この仮説には、いくつもの穴があるし、悟りを開くために修行をする僧侶の最終形があんな状態だと認める勇気はない。
もちろん、悟りを開いたからといって、強力な法力を操ることができるわけではないし、ましてや、ああなったりはしないだろう。法力を操ほどのる高僧は、高みに至るまでの厳しい修行の過程で、自然に力を身に着けているに過ぎない。
「悟りを開くという形はひとつではなかろうが、それゆえに否定できない」
さつきはそう言うが、悟りを開いたからといって、他人をかわいそうな人にする能力が備わるとは思えない。
「いずれにせよ、桔梗がどうしてこのようなことをしているのか、会ったらお話しないといけませんね」
葵は客観的事実を述べた。単にそれだけだったのだが、事情を聞いた後に、その事情がどうあれ、桔梗を折檻する気でいるのが、その引きつった笑顔を見ただけでわかる。葵の恐ろしさを知る陰陽師は、恐怖のあまり容易に失禁し、嘔吐した。
「ああ。だが、待つ必要は無いようだぞ」
間近に戦いの予感を察知したさつきは、猛獣を思わせる笑みを浮かべた。
頭がおかしくなった旧友との再会の予感に、葵は少し嫌そうな顔をした。