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星の挽歌  作者: 石井鶫子
【書簡および補足、帝暦一〇〇年以前 1】
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書簡および補足、帝暦100年以前(3)

<宛名:緑公閣下、帝暦31年2月1日>



 先日皇太后陛下にお会いいたしました。

 故ユーファー公の思い出などを語り、そういえば私も彼から皇太后陛下のことを「優秀な弟子」と伺っていたことなどをお話しましたところ、大層感慨深げに頷いておいででした。


 ユーファー公のことは本当に残念以外の言葉を持ちません。

 あんな形であのように亡くなってしまうことに人の生死の不確かさと脆さを感じてしまいますが、彼は数少ない、あの御方とあなたをつなぐことができる人間でございました。


 そんなことを仰った後、彼女は既にあなたがたのことを諦め半分のご様子でしたが、しかし私にあなたと自分の橋渡しをして欲しいと仰いました。

 仰られたのでお引き受けし、お引き受けした以上はこの手紙となります。

 ご不快でしょうがどうかご一読願います。


 先帝陛下のご葬儀以来、あなたがたが胡桃(くるみ)の殻のように離れて寄り合わないことを誰しも当初不思議に感じておりましたが、ここまでに至りてそれがそもそも当然のような気もして参りますから不思議なものです。

 あちらは漢氏の名門の総領嫡子として育ち、あなたは平民層のご出身ですからそもそも価値観の基礎が違うことは確かにあるでしょう。


 けれどそれでも同じ翼の元にありて共に手を取り、あの方の御為にと未来を見ていた時期があったことを、若い連中が知らない時代になって参りました。

 であるから皇太后陛下の仰ることにも多少の(ことわり)があるように小生感じます。


 私があの方と元来不仲であることはよくご存じだと思います。そしてそれを回復するつもりは私の方にはございません。

 沢山の不愉快な出来事がございましたし、一つずつは細かなことではありますが、しかし私はどうしてもあの事件のことを忘れられません。


 あの方は直接の加害者(この表現をお許し下さい)ではありませんが、あのまま大逆教唆でよかったのではないかとさえ思ってしまいます。


 無論先帝陛下の御栄光を達成するためには彼の勇気ある行動と覚悟が必要でございましたし、実際に戦の功績の大半が彼に帰するものであることは承知しています。


 そして今私がこうしてぬくぬくと余生とやらを送っていられる政権が、彼とあなたが築いてきたものであるということも理解しております。


 一度お話をしていただくことに当方へのご配慮は無用でございます。

 私はあの方を確かに好きではありませんが、このままでは他国に付け入る隙を与えてしまうというのならば、それも道理とは感じます。


 後宮はあまりにも敷居が高いと思われるならば、一度この夏にも私の家へ遊びに行らしていただくのはいかがでしょう。

 ロリス湖は碧深く平らで美しい場所ですし、帝都よりは多少標高があるせいなのか風も涼しく避暑にはよいと思います。

 皇太后陛下も別荘をお持ちです。


 もうお互い生涯の残りを数える年齢なのですから、そろそろ心残りのないようにせねばなりません。

<署名:ラクシ・カラバグ・ガウドルート>







<補記、手蹟はケイ・ラウールと同一と思われる>


 ユーファー公の死はまさかという思いで聞いた。


 所詮は組合であり非武装員ばかりだという報告も受けていたというのに、蓋を開けてみれば何故か傭兵で溢れかえり、こちらの指示も待てずに武力衝突へ進んでしまったことを看破出来なかったと言われてしまえばそうだが、けれどその報告をあげてきたのはあちらである。

 情報は命脈と思うのはこんな時だ。


 挙げ句御前会議で私が謝罪と弔意を申し上げたときに戻ってきた

「こうなることは分かっておりましたから謝罪など結構」

に対しては言葉がない。


 以前軍部が金を食い過ぎていることを多少注意したが、そのことをまだ根にもっておるらしい。

 記録に残ってしまうからわざわざ御前会議を外した場にして差し上げていることを、理解しているのかしていないのか。


 とはいえ、このままにしておく訳にはゆかない。それは分かっている。


 結局カラバグ公の言うとおりで、我々が同じ月を見上げて同じ軌道を歩こうとしていたことは事実で、その過程には確かに美しい時期があったことを今の若い連中は誰も知らぬ。

 知らないというよりは、聞いているだろうが見ていないものを信じる気にはなれないのだろう。


 軍部と文治派の現在の対立構成の生い立ちに多少なりとも参与してしまった自負はある。

 あちらが何を考えているのかは分からぬが、軍が突立して国の鼻面を引っ張り回すなどと、あってはならぬことである。


 刀剣ばかりが目立って専横するような国は遠からず滅びる。

 相手が剣を持っているならば自分も同じようなものを構えて対抗しようと思うのが人間で、新しい玩具を手に入れたら使ってみたくなるのが心情である。


 つまり長く国家を生かすのであれば法と律できっちり骨を組み、時代感や世相反映のために時折は指向にそって組替ができるようでなくてはならないし、その先導は優秀な官吏がするべきなのだ。


 皇太后陛下が心から案じて下さっているのは分かる。

 彼女は彼の妹であるし、年齢がかなり離れていて実際は妹というよりは娘に近いものであったから、あの方も彼女のわがままは昔からよく聞いていたものだ。


 そういえば昔彼女を第二夫人としてどうかと勧められたが、断ったことがあった。

 考えてみればあの頃彼女は既に先帝陛下の寵を受けていたはずで、具体的に進み始めれば面倒なことになったはずである。

 先帝陛下と勝負しようなどと考えたこともない。それは圧倒的に自分の負けで、負けたことに悔しささえも起こらない。


 それに皇太后陛下には感謝を抱いている。

 何よりオレセアルの奇跡を今でも語り継ぐ詩人たちや物語師たちの筆にかかればそれは緋色の天使の呼び声となって綺羅星のごとくに美しい。


 ……だから年老いた彼女はどんなに乞われても表に出すべきではない。

 伝説の中にすっくと立つ黒髪の少女はいつまでも少女であるべきで、後宮を掌握し今上帝に次々と女を勧める彼女であってはならないのだ。


 今後オレセアルの話は伝説化されていくだろう。その兆しは十分にある。

 だから自分が今するべきことは、彼女を後宮から出さないことである。


 けれどオレセアルの件は本当に先帝陛下にとって救済だった。例の件ではあの方が随分と助けになった。だから私は本来彼らに感謝するべきなのかもしれない。


 だが今はもう戦火の時代ではなく、文治の時代である。

 私の思念が組み上げていく世界は私の価値観において常に正しく圧倒的に力強い。

 半ばは研ぎ澄まされた剣に似ておって、世界は歪みなく美しい。自分の死標に何を書かれても結構だが、きっとこの国は長らえるだろう。


 剣の鋭さではなく、ペンの呪縛によって。





(後日補足・インクの色が違うため、別の日に書かれたと思われる)


 俺はお前のために何でもしてやろうと決めたのだ。

 例の件を知らされたとき、自分がいかにお前にひどい仕打ちをしてきたのかを思い知ったから。


 何でもしてやろう。

 どんなことでもしてやるし、そのために後世自分がどんな汚辱をかぶろうと構わぬ。

 お前にだけは直接非難がゆかぬようにしてやる、


 ──どんなことをしても、どんな手を使っても。


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