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S少女と天然少年の登校事情

作者: とからみ

「行ってきまーす」


 一声かけて家を出る。今日もいつも通りの時間。良かった。

 ギリギリに出る習慣なので、出る時間が5分遅れると遅刻する可能性があるのだ。



「行ってきます」


 ほどなくして隣の家から少女が出てくる。

 彼女とは家が隣同士の幼馴染である。生まれた病院からして同じだったことや、親同士の付き合いがあったのもあり子供のころからずっと一緒に遊ぶ仲である。

 約束をしているわけでもないのだけど、いつも出る時間が同じなので自然と一緒に行くのが習慣となった。

 ちなみにどちらかが遅れたら、容赦なく置いていく。あくまで、待ち合わせではないのだ。


「おはようございます」


「おはよー」


彼女と挨拶を交わしながら高校へ向かう。ゆっくりはしていられない。なぜならいつものようにギリギリだから。

学校は地価の問題からか山の上にあり、学校へ向かう坂道はまるで地獄のようだともっぱらの評判だ。

ただ黙々と坂を上るのはなかなかの苦行なので、世間話で気を紛らわせる。

これもいつものことだ。



「今日、歴史の小テストだね」


「はい。範囲広すぎです」


「また勉強してないの?僕はちゃんとしたよ」


「へー」


「何その興味なさそうな返事!?」


「人のテストは結果にしか興味ありません」


「そうじゃなくてさ、教えてあげようか?歴史、あんまり得意じゃないんでしょ?」


「いえ、あなたに教えてもらうよりもっと簡単に、私の点数を高く見せる方法があります。相対的にですけど」


「え?」


「なんでもありません」


 そういって彼女は微笑む。笑顔が黒く見えるのは、繰り返した日々の証でもある。

 なぜかは分からないが、いつも彼女に勝てない。友達に相談しても、温かい目で見られるだけである。

 僕の方が勉強も運動もずっとできるのにな、と首をかしげた。その時。


 彼女がおもむろに手を、僕の手に重ねた。うわ。どうしたんだろ。

 そして彼女はそっと、力を込める。


ポキョッ



「痛いっ!!指が!指がぁっ!」


「たかが指の骨を鳴らしただけで何をそんなに」


「痛いんだよ!?ああ、まだ指に違和感が……!小テスト書けなかったらどうするのさ!」


パキィ


「痛っ!うあっ!?中指までっ!!指が変な感覚にぃっ!」


「まったく、大げさですよ」


「大げさじゃないよ!痛いんだよ、本当に!」


 うー、指に力が入らない。なぜか時々彼女はこういう行いをしてくる。

 そういえばなんでなんだろうか。よし、この機会に聞くぞ!


「なんで、僕にこんなことをしてくるの?」


 そう問うと、彼女は顔を伏せる。

 聞いてはいけないことだったんだろうか。悪いことしちゃったかな。

 少し間をおいて彼女は口を開いた。


「……昔、小学校の先生は言いました」


「うん」


「自分がされて嫌なことは、人にやってはいけない」


「うん、そのとおりだよ」


「なら」


「なら?」


 む、なんだか嫌な予感がする。

 僕のために、聞いてはいけないことだったか。迂闊だった。しかし今更撤回できない。

 彼女はきっと顔を上げた。

 そして、握り拳を作って言い放つ。



「自分がされて嫌ではないことなら、してもいいじゃない」



「ちょっと待て」


「何か問題でも?」


「問題あるよ。僕、嫌なことされてるよ。指、痛いよ。だからやめよう、人の指鳴らすの」


 彼女がふっと笑った。


「問題ないです。なぜなら私は指を鳴らされたところで苦痛など感じません」


「感じようよ!そこは感じようよ!」


「自分が嫌じゃないのなら、やってもいいじゃない」


「そこに戻るんだね!?」


 なんと、彼女の頭の中では超絶理論が展開されていたのだ。


「なら、あなたも私の指を鳴らせばいい」


「なんで!?」


「自分だけされるのは嫌でしょう?」


「う、うん」


 確かに自分だけ被害を受けるのは理不尽だと思うのだけれども。

 むー、なんかずれていってる気がする。


「はい」


 彼女が手を差し出す。

 違う気がするんだけどなぁ。


「ここを押すと鳴ります」


「へー」


 彼女は自分の指の関節を指さした。いつも僕はそこを押されているのか。なるほど。気を付けよう。

 そんなことを考えていると、彼女が早く押してくださいと促してくる。

 うう、でも人の指を鳴らすって……嫌だなぁ。


「ほら早く」


「むー、分かったよー」


 彼女の関節の上に指を置く。指、細いなぁ。

 少し力を入れるのだが、鳴らない。そもそも女の子にこんなことしちゃいけないと思うんだよね。

 僕も男だし、女の子に手を上げる?のはいけないと思うんだ。べ、別に本当にやったら報復があるんじゃないだろうかとか、そんなこと考えてないからね!?

 なんというか、人を傷付けるのが苦手で喧嘩などしたこともない。そういう人間なのだ、僕は。

 君はずっと一緒にいるからわかってると思ってたんだけど。


 彼女は僕の心中を察したのか一つため息をつく。

 そして、彼女の関節の上に置いたままの僕の指に、手を重ねた。



バキィッ


「にゃああああああああああっっ!?」



 ちなみに鳴ったのは彼女の指。鳴らしたのは僕の指を介した彼女の指。

 悲鳴を上げたのはもちろん、僕。

 なら僕に被害はないじゃないか、そう思う人もいるかもしれない。だけど、言わせてほしい。


「感触がぁ!指を鳴らした感触が――――っ!」


「ほら、痛くないですよ」


「痛くないとかの問題じゃないんだよ!?僕の指先に人の骨の感触が!」


「よかったですね」


「良くないよ!?ああっ、手から感触が消えないっ!」


 なんということだ。人を傷つけた感覚が指先にこびりついてしまった。気持ち悪くて仕方ない。

 先ほどの違和感と合わせて、自分の手が何か別のモノのようだ。うう、何とも言えない感触が……。

 そんな僕とは対照的に彼女は平気な顔である。彼女は一応やられた側なのに、僕ばかりが被害をこうむるとは。


「理不尽だ!」


「え?」


「理不尽だよ!なんで平気なのさ!」


「慣れてますから」


「なんで慣れるの!?指太くなるからいけないんだよ?」


「指が太くなっても構いません。私はある人に憧れて指を鳴らし始めました」


 そんな話初めて聞いた。

 彼女に憧れの人がいたなんて、なんだかお腹がむずむずする。


「憧れの人って誰?」


 なんか言い方が冷たくなってしまった。いけない。

 不快な思いをさせてしまっただろうかと彼女を見るが、気にしていないようだった。

 良かった。



「テレビで、喧嘩する前に指を鳴らす人です。こう、バキバキッて」


「え?」


「質問したのはそっちでしょう?」


「憧れの人?」


「はい」


「……かっこいいね」


「でしょう!?」


 むぅ、彼女の感覚にはついていけない。なぜ指を鳴らすのがかっこいいのだろう。強そうだから?

 でももっと他に憧れるべきものがあると思うんだよね。指パッチンとか。

 あ、もう学校だ。今日も地獄坂を耐えきったぞ。誇らしい気持ちで校門をくぐると、時計が見えた。

 ってやばい。ゆっくり歩いてきてしまったようで遅刻寸前である。急がなければ!

 そう思い彼女の手を引く。


「時間やばいよ!」


「分かっています」


「ほら、急がないと遅刻……」



ペキッ


「親指ぃぃぃぃっ!?なんで今!?違和感がっ!違和感がっ!!」



 ひどいよ!と抗議しようとしたがすでに彼女は駆け足で教室に向かっていた。体育が苦手なはずなのにすでに彼女の姿は遥か彼方である。

 我に返って急いで走り出す。くそっ!もう一緒に登校なんかしない!

 そう決意を新たに僕は教室に向かって駆けこんだ。








 後日、小テストが返ってきた。点数は芳しくなかった。満点を逃してしまったのだ。

 言い訳をさせてもらえば僕はあの時、指の違和感が気になって気になって仕方なかった。しかも小テストが始まる時間ギリギリに教室に駆け込んだため、動悸息切れも気を散らす要因になって小テストに集中できなかった。そう彼女に報告すると、彼女は知ってますよと言った。なぜ知っているのだろう。彼女は後ろの方の席なので、僕の様子を見て勘付いたのかもしれない。さすがは幼馴染である。

 彼女のテストの結果はと言うと、僕よりもさらに低い。その点数だとお母さんに怒られないか尋ねると、彼女は、今回は優斗君も満点を逃すぐらいに難しいテストだったので仕方ないですよ、と答えた。

 彼女が僕の成績を褒めてくれるのは久々なので素直にうれしい。


「ね、明日は一緒に登校しようか」


 そう提案すると彼女は一瞬驚いた顔をして、すぐにそっぽを向く。


「仕方ないので、一緒に行ってあげます」


 そっけない言い方。何が仕方ないんだか。一人笑う。むっとした表情の彼女が、少しかわいく見えた。




 彼女とのくされ縁はもうしばらく続きそうである。





この話の続編と言うかなんというか、連載バージョンが「S少女と天然少年」というタイトルでやってます。

興味を持って下さったならそちらもどうぞ。

駄文ですが、読んでいただきありがとうございました。

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