デート
学校は、いよいよ夏休みだ。
「よっしゃぁ、なっつやすみだー!」
「騒ぐなって、俺の耳が痛くなる」
道はさんで目の前の家に住んでいる幼馴染の女子の抅井晴天が、俺の家に遊びに来て騒いでいた。
「それでそれで、これからどこ行く?」
「まずは7月中に宿題済ませてからな。どっかにいくのはそれからさ」
俺はカバンの中から宿題の束を取り出すと、どさっと抅井の前に置いた。
「これ、全部?」
「ああ、もちろんさ。どこかに行くのはそれからな。お前も早く終えろよ。そしたら、遊びにいけっからな」
「じゃあ、さっさと済ませよう」
さっきまで引いていた表情をしていた抅井だったが、すぐに気持ちを入れ替えたようで、自前の宿題を同じ机に置いて、にっこりと笑いながら俺に言った。
「終わったら、どっか行こうね」
「ああ」
適当に答えながら、2週間かけて、一気に宿題を終えさせた。
「おわったー!」
「おつ」
宿題を全部終わらしたことを、作っておいたプリントと合わせながら確認する。
「全部終わってるようだな」
日記とかの類がないから、一気に仕上げられるのがうれしい。
「じゃあ、どっか行こうか」
「どっかて、どこだよ」
俺は抅井に聞く。
「…どこがいい?」
「俺に聞くのか」
いつもは抅井が勝手に決めるものだから、別にどこかに行きたいと考えていなかった。
「まあ、今は家でゴロゴロしておきたいな。宿題も終わったばかりだし」
その時、思い出した。
「そういや、来週は夏祭りだったな」
それを聞いて、抅井が目を輝かせる。
「よっし、決まりね」
「じゃあ、来週の日曜、俺の家の前に午後4時に集合ってことで」
「わかった!」
さっきまでの元気のなさはどこへやら。
あっという間に元の抅井に戻っていた。
そして、夏祭りの日が来た。
俺は親が持っていた浴衣を借りて、下駄を履いて玄関の前で待っていると、目の前の家の扉があいて、抅井が出てきた。
彼女もまた、浴衣姿で、木でできたつっかけを履いていた。
「行こうか」
「うん」
俺が声をかけると、すこし恥ずかしそうに抅井が答えた。
夏祭りの会場に近づくにつれて、人が増えていった。
「やっぱり多いね」
「年に1回の夏祭りだから、仕方ないだろうな」
近くの神社の境内とその周りで行われている夏祭りには、いろんな出店が出ていた。
「あ、これいいかも…」
境内に入る前にあった出店で、抅井は立ち止まった。
リンゴ飴の店だ。
「これ、一つ」
俺は中くらいの大きさの飴を指さして、店の人に言った。
「あいよ、250円な」
300円を渡してお釣りを受け取る。
「なんだい、お二人さん。デートかい?」
ここで初めて会ったリンゴ飴の人が、ニヤニヤ顔で俺らに言った。
「ち、違います!」
抅井が、初めて見た慌て顔で、店主に強く否定をした。
どうしてだろうか、それを聞くたびに、胸が痛む。
「おや、そうなのかい。仲良さそうだから、てっきりそうかと思ったよ」
言いながら、リンゴ飴をくれた。
「毎度アリー」
それから、しばらくは、彼女と横に並びながら、静かに歩き続けた。
どこへ行くというわけでもないが、せっかく来た夏祭りだし、一通りは見ておきたかった。
「…なあ」
階段を上ったところにある神社の拝殿は、ここだけが静かになっていた。
もう少ししたら、花火大会を見るために、ここにも人が集まるだろう。
リンゴ飴を舐めつくした抅井は、ゴミ箱を探していた。
「なに」
抅井が一言だけ言った。
「さっきの店の人が言ったこと…」
「付き合ってるって?」
「そう、それ」
俺は一拍置いてから、抅井に聞いた。
「やっぱし、彼氏とかってほしいのか」
「彼氏…ねえ」
割り箸で、俺をびしっと指してから、抅井ははっきりといった。
「私が付き合いたいと思っている人は一人だけしかいないよ」
それから、ウインクをしてきた。
俺は、心臓がバクバクしているのがはっきり分かる。
「それって…」
「キスをしたのも、それは好きだから。かな」
抅井が、俺にそう言ってから、もういちどキスをする。
誰もいない神社の拝殿のすぐ前の庭で、彼女に聞いてみた。
「…付き合う?」
ここまでくれば、言葉はいらない。
一回うなづいただけでよかった。
花火を見終わると、家へと戻る。
カランコロンと下駄の音が、賑やかな雑踏の中に吸い込まれて霧散していく。
でも、この手のぬくもりだけは、消えることはない。
「それじゃ」
パッと抅井が手を離すと、ぬくもりは静かに夏の暖かさと同化する。
「じゃ」
目の前に入っていく抅井を見送ってから、俺も家へと戻った。