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巻の九十五   弥生救出(承) 再会の山

巻の九十五   弥生救出(承) 再会の山


 山の中へ分け入ってきた直也達。雪はますます深く、足を取られる。だがそんな雪の上に点々と残る足跡があった。

 ほぼ一直線に残るそれは紛れもなく狐の足跡である。直也の目が輝く。

 だがそれだけではまだ喜ぶのは早いと、直也は己に言い聞かせるのであった。

 山の中の道、周りはすっかり雪が積もり、直也の記憶とうまく繋がらない。それがもどかしい直也であったが、何となく見覚えのある気がするのであった。そして紅緒が立ち止まる。

「ここです。ここから左手に何とも言えない不思議な気配が…」

 直也はしばらく考えていたが、懐に手を入れると、小さな守り袋を取り出した。

「それは?」

 紅緒が尋ねる。直也は答えて、

「『眉毛』さ。遠野で狼の長から貰ったんだ。ものの正体を見破る力がある」

 そう言って針金のようなそれを目の前にかざしたのであった。

「おっ!?」

 直也の叫び声。

「この奥に、確かに何かある。…間違いない、結界だ」

「見つけましたね、直也様」

「ああ。だがここが目的地かどうかはまだわからない。それに入り方も。…待てよ?」

 再び眉毛をかざす直也。

「…そうか…よし、紅緒、未那、俺につかまれ。絶対に手を離すなよ」

 そう言って歩き出す直也。紅緒と未那は慌てて直也の帯に掴まった。

 直也は真っ直ぐ歩いたかと思うと、急に曲がり、少し戻ってはまた先へ進む。そんなことの繰り返し。

 そして今、直也は崖に向かって真っ直ぐに進んでいた。

「直也様! 駄目です! そっちは崖です!」

 慌てて制する紅緒、だが直也は、

「大丈夫だ、深い崖に見えるだろうが、その実は三尺もない。いいか、飛び降りるぞ」

 言うが早いか、崖に向かって飛び出す直也。帯を掴んでいる二人も引き摺られて飛び出した。

「きゃああああっ!……あれ?」

 思わず目をつぶった紅緒であったが、すぐに着地した感触があり、目を開けてみると直也の言ったとおり、

 三尺もないような段差を飛び降りただけ。未那はと言うと平然としていたので尋いてみる。

「未那、あんたもわかってたの?」

「ううん。でも父さまと一緒だったから。信じてた」

 そう答える未那に感心する紅緒であった。

 その段差を下りてからは順調で、何事も無く山へと入っていくことが出来た。そして日が西に傾いた頃。

「危ない!」

 紅緒が叫んで、直也の袖を引いた。体勢を崩した直也の目の前を、蒼い狐火がかすめたのである。

「狐か! 出てこい!」

 直也の前に出、大声で呼ばわる紅緒。その前に表れたのは白鉢巻にたすき掛け、紺色袴姿の女達、総勢十名。

 全員狐耳と尻尾を出しており、間違いなくここが狐の山だということがわかる。

 その狐達の中から、比較的若く見える娘が一歩進み出た。

「出てこいと言うから出てきたわ。今度は猫又?…今日という今日は容赦しないからね」

 そう言って手に白い狐火を灯す。それを見た紅緒は直也をかばうように立ち、爪を出した。

 未那は直也の帯をしっかりと掴み、いつでも縮地で逃げられるよう身構える。

 だが直也はじっとその狐娘の顔を見つめていたが、突然、

「茜!? 茜じゃないのか、君?」

 と口にした。

 それを聞いた狐娘は手に灯した狐火を消し、直也の顔をじっと見つめる。そして、

「…もしかして…直也様…ですか?」

「やっぱり茜か!見違えたよ」

 九人の狐娘達を束ねていたのはなんと、茜であった。

「直也様も、ご立派になられて…お侍姿なので気がつきませんでした」

 そう言って茜はにこやかに笑った。

「あの…直也様…お知り合い…ですか?」

 直也の袖を引いておずおずと紅緒が問いかける。直也はそんな紅緒と未那を振り返って、

「ああ、彼女は茜、旅を始めたばかりの頃、この山で出会った狐の子さ」

「その節は本当にお世話になりました、あの、弥生様は?」

 そう尋ねてくる茜に直也は、

「うん、弥生のことでちょっと頼みがあってやって来たんだ。葵さんに会わせて貰えるかい?」

 茜は配下の狐娘達を振り返って、

「あたしはお客様を頭領様のところへご案内するから、あなたたちは巡回を続けていて頂戴」

 わかりましたと肯いて走り去る狐娘達。直也は茜に紅緒と未那を紹介した。

「こっちが紅緒、そして未那。二人とも俺の家族だよ」

「そうですか、紅緒さん、未那さん、茜といいます、よろしく」

「…こちらこそ」


 挨拶が済むと、茜は先に立って直也達を案内していく。すぐに館に着いた。

 館前を警備する狐に茜が何か告げると、その狐は奥に駆け込んで行った。

「少しお待ち下さい」

 振り返った茜がそう直也に告げる。直也は茜に、

「何となく物々しいけれど、何かあったのか?」

「…はい、それに付きましては頭領様からお聞き下さい」

 そうこうするうち、先ほどの狐が館から出てきて、

「頭領様がお会いになるそうです。お客人、どうぞ中へ」

 そう告げたので直也達は茜の案内に従い、館へと足を踏み入れた。

 館内にも、薙刀なぎなたを持った腰元姿の狐娘がそこかしこに立っている。直也は騒動の気配を感じ取った。

 足を腰元にすすいで貰い、履き物を脱いで座敷へと通され、いくらも待たずに葵が現れる。

 心なしか落ち着きが無いように見えた。

「これは直也様、お久しゅうございます。一段とご立派におなりあそばされましたね。本日はどのようなご用件でしょうか」

「ご無沙汰しました。その節はおもてなし有難うございます。今日はお願いがあって厚かましくも参上した次第です」

 そして直也は、マーラとの確執、戦い、そして結末までを説明し、弥生が異界に閉じ込められた事を話した。

「…そして弥生を助け出すため、狐の持つ妖力が大量に必要なんです。それで葵さんに協力して戴こうと」

 葵は頷き、

「お話はわかりました。そのような輩がこの日の本を混乱に陥れようとしていたのですね…。すぐにでもお力添えして差し上げたいのはやまやまですが、私どもにも問題が起こっておりますの。

 それが解決されないうちは、申し訳ない事ですが、妖力をお分けするわけにはまいりませぬ。こちらの戦力が落ちるような真似は出来ないのでございます」

 やはり直也の勘通り、もめ事が起こっていたようである。すかさず直也は、

「何かもめ事が起こっているのですね? 我々に出来ますことなら協力しますよ。ですから是非妖力を分けて下さい」

 直也の申し出に葵は喜びの色を浮かべて、

「それは助かりまする、今、この山は何者か、強い妖に狙われております。詳しくは茜にお聞き下さい。私は結界の強化に戻らなくては」

 そう言って葵はそそくさと奥へ引っ込んでいった。直也は横に座っている茜を見る。茜は、

「それではご説明致します」


*   *   *


 茜の説明によると、一月くらい前から得体の知れない妖による結界への侵入の試みが多発しているそうだ。

 この結界は弥生から伝授された物で、生半可な妖には侵入はおろか感知も出来ないらしい。仮に感知でき、侵入を試みても、迷わされて逸らされてしまうか、同じ場所を堂々めぐりさせられてしまうとのこと。

 これまで侵入はされていないものの、日一日と深くまで入り込んできているらしく、ここ数日、葵は警戒を強化している。

 侵入を試みている妖はどうも単独ではなく、複数いるらしく、このままでは結界内に入り込まれてしまうおそれがあり、茜が隊長を務めるような十人隊をいくつも結成し、結界の要所に配備している。

「でもおどろきました、まさか直也様がおいでになるとは」

 茜はそう締めくくった。

「結界というのはどんな?」

 直也の問いに、

「休・生・傷・杜・景・死・驚・開の八門がありまして、直也様がいらしたのは南西の生門です。そこ以外から入ろうとすれば迷うなどの災いがあると言います」

「八門…風水かな?…兎に角、敵が入り込んでくるとすれば生門だ、そこの警備が一番大切だろうな」

「はい、ですからわが隊は精鋭ばかりです」

 そう言ってから茜は顔を赤らめた。自画自賛していたことに気づいたからだ。直也は気が付かないふりで、

「それじゃあ急いで生門へ行こう」

 そう言って紅緒、未那を促し、茜と共に生門へと向かったのである。


 直也達が生門に着いた頃にはすっかり暗くなっていた。

「異状は?」

「ありません」

 隊の狐娘に無事を確かめた茜は直也に向かって、

「私どもはこの生門に通じる通路を行き来して警戒しております。直也様方はどうされます? ここで待機なされますか? それとも...」

「じっとしているのは苦手だからな、一緒に行こう」

 それで直也は茜と共に、生門に通じる通路へと入っていった。通路と行っても、木や石で組まれた迷路のような場所だったり、一見普通に見える草原だったりする。

 ここの住人である茜たちだから迷わないが、侵入しようとする者はまず間違いなく迷うってしまうだろう。

 だが相手は、少しずつではあるが正しい道を探り続け、かなり奥深くまで入り込めるようになったらしい。

 その途中、未那が突然立ち止まり、直也の袖を引く。

「…父さま、なにかくる」

 土気を操れる未那の言うことである、直也は腰の刀に手を掛け、周囲に気を配った。茜たちも散開し、それぞれ警戒する。

 と、狐娘の一人が突然弾き飛ばされた。

「きゃあっ!」

「来たか! 皆、気をつけて!」

 茜がそう言う間にも、一人、また一人と狐娘が弾き飛ばされていく。

「未那! 彼女たちを見てやってくれ」

 直也の指示で未那が弾かれた狐娘の介抱をする。

「…だいじょうぶ。気絶してるだけ」

 そう言う未那の声に一応は安堵するものの、直也は気を緩めることなく、刀の柄からも手を離さない。

 敵は四人の狐娘を弾き飛ばして気絶させた後、なりを潜めたようだ。茜と残った五人の隊員は、手に白い狐火を灯し、辺りを窺っている。そんな時、紅緒が、

「そこっ! 誰!?」

 そう叫んで闇の中へ爪を一閃させた。すると二つの影が飛び出し、手に光るものを構えるのが見えた。

 その影の一つが、

「へえ?…猫又かい? 自分たちだけじゃ敵わないと見て助っ人を頼んだの?」

 そう言うではないか。その声からすると相手は女のようだ。

「今までは同族だと思うから手加減してきたけど、他の種族にまで情けをかける気は無いからね?」

 もう一つの影が言った。こちらも女のようである。妖は陰の存在、女に化けていて何の不思議もない。

 だがどこかで聞いたような声…そう直也が頭の片隅でちらと思った刹那、

「やらせないよっ!」

 鋭い声が響き、紅緒の爪と敵の剣とが火花を散らした。

「ほらほら、どうしたの、猫ちゃん?」

 たまきのところで修業を積んだとはいえ、二対一、紅緒は押され気味である。見かねて茜が助太刀に入る。

 これで二対二、数では互角。隊員達は戦う四人を取り囲むように立ち、敵を逃がさないよう陣形を組んだ。

「はっ、なかなかやるね、でもこれは受けられるかい!?」

 そう言って宙に手刀を切り、印を組む。

「九天応元雷声普化天尊…」

 それを聞いた直也は叫んだ。

「紅緒、茜、伏せろ!」

 そして翠龍を抜き、頭上にかざした。

「…破!!」

 かけ声と共に稲妻が生じ、茜と紅緒を襲う。が、一瞬早く伏せた二人に稲妻が届くことはなく、虚しく夜の闇に吸い込まれ、消えた。

「く…!…雷法を知っているとは貴様…只者ではない…な? あ?」

 悔しげに呟いた声が、最後には気の抜けたような声に変わる。その声が言った。

「直也…さん?」

「え?」

 直也は自分の名を呼んだ影を見つめる。その顔に見覚えがあった。その名を口にする直也。

「蓮…香…?」

「やっぱり直也さんだ!その手の翠龍、間違いない!…わあ、すっかり見違えちゃった」

「やっぱり蓮香か!…もう一人は?」

「私です、紅玉ですよ」

「紅玉も!…いったいどうして?」

「それはこちらの言うことよ。…とりあえず一別以来お変わりなかったかしら?」

 先ほどとはうって変わった敵の言動に、目をしばたたかせる茜と隊員達。直也はそんな狐娘達と紅緒、未那を振り返って、

「この二人は昔戸隠で出会った狐仙こせん達だよ。確か九姉妹の八女と九女で、名前は紅玉と蓮香」

 そして直也は紅玉と蓮香に向き直り、

「なにか事情があるんだろうけど、今夜の所は剣を納めてくれないか?」

 そう頼んだ。二人は、

「直也さんの頼みじゃ断れないわね。でもあたし達だって好きでこんな事やってんじゃないわよ」

 そう言う蓮香に、

「わかってる。なにか事情があるんだろう。俺に出来ることなら力を貸すから、ここの狐達ともめるのは辞めてくれないか?」

 そう言って頭を下げた。そんな直也に紅玉が、

「直也さんがそう言ってくれるなら、いいわ、直也さんの顔を立てて、争いはやめましょう」

「そうか、ありがとう。…とりあえず、落ち着いて話し合ってみようじゃないか。いったいどうしてこんな事をしてるんだ?」

 そう言って道ばたの石に腰を下ろした直也に、心配顔の茜が尋ねる。

「直也様、大丈夫なんですか?このひとたち。…確かに、死人は出ていませんけれど…」

 さっきまで刃を交えていた相手、茜も他の隊員も、信用できないという顔をしている。直也はそんな茜たちに、

「今は俺に免じて、と言うことしかできない。頼む、まずは落ち着いて話を聞いてみようじゃないか」

 他ならぬ直也が言うこと、というわけで茜は渋々ながら闘気を収める。他の隊員達も隊長の茜に倣った。

「…ありがとう。…それじゃあ蓮香、紅玉。事情というのを聞かせてくれ」

「それじゃあ私から」

 そう言って紅玉が話し始めた。


*   *   *


「…というわけなの」

 直也は頷き、

「そうか、九姉妹揃って住めるところを探していたのか。そうしたら姉さん…長女の翠蓮すいれんと三女の緑雲りょくうんが怪我をして、その養生のためにも環境の良い住処を探していた、と」

「ええ」

 直也はそんな二人に、

「なあ、狐仙なのに傷が治せないのか?」

 紅玉がそれに答えて、

「ええ、普通ならすぐに治るはずなの。傷口は塞がったのだけれど、そこが腫れあがって、熱まで出てしまって…」

 ちょっと考えた直也は、

「もしかして怪我って…鉄砲で撃たれたのか?」

「よくわかったわね。ええそう、鉄砲っていうの?…あの、大きな音がする筒で撃たれたの」

 それを聞いて直也は合点がいった気がした。

「もしかして、鉛玉が残っているんじゃないか?」

 それを聞いた蓮香と紅玉は怪訝な顔をする。

「鉛玉?」

「そうだ。鉄砲って言うのは火薬の力で鉛玉を撃ち出すんだ。鉛は毒だから、身体の中に残っていたらそりゃあ具合も悪くなるだろうさ」

 顔を見合わせる蓮香と紅玉。

「どうやら図星だったらしいな」

 直也は続けて、

「俺が診てやろうか?」

 蓮香はそんな直也の顔を見つめ、

「本当?…大姉さんと三姉さんを助けてくれる?」

「ああ」

 そこで直也は蓮香達姉妹の所へ行くことにした。

「直也様、大丈夫ですか?」

 茜は心配顔である。

「大丈夫さ、彼女たちを治すことができれば、もうこの山が狙われることもないだろう。紅緒は残っていてくれ。未那、一緒に来てくれるか?」

 直也一人では戻る道がわからなくなる可能性がある。

「…行く」

 肯いて直也の袖を握りしめる未那。未那も見知らぬ狐姉妹をまだ警戒しているようだ。

「それじゃあ行ってくる」

 そう告げて、直也達は生門を出て行くのであった。


 蓮香と紅玉に案内され、山の中を歩くこと一刻ほどで、崖下に開いた洞窟にやってきた。

「この中よ」

 青白い狐火が灯された中は広くなっており、二十畳ほどの広さがある。その奥に二人の娘が横になっていた。

 翠蓮すいれん緑雲りょくうんである。看病をしているのは直也の記憶によれば七女の芙蓉ふようと二女の紅霞こうか

 他にも狐娘がいて、人数からすると九姉妹全員が揃っているようだ。

「ただいま、姉様」

「おや? 早かったじゃないか。もう攻略してきたのかい?」

 そう尋ねたのは確か蘇秋そしゅう。蓮香はかぶりを振って、

「ううん、まだ。…あのね、お客様連れてきたの」

 そう言って直也を手招きした。

「…直也さん?」

 そこにいた狐娘達が驚いて声を上げた。二人だけは誰?と言いたげな顔をしている。おそらく、戸隠では顔を合わせていない、愛理あいり香蘭こうらんであろう…。直也はそう考えた。

「あのね、あの山でばったり直也さんと会ったの。それで、直也さんが言うには、姉様達の怪我を治せそうだって」

「本当!?」

 直也は肯いて、ゆっくりと洞窟に入り、寝ている二人に近づく。外からはわからなかったが、中は相当に湿っぽい。あまり病人や怪我人に良い環境ではない。

「失礼」

 直也はまず翠蓮の傷を診る。右肩が着物の上からでもわかるほどに腫れ上がっている。念のため直也は懐から「眉毛」を出してのぞいてみた。すると、肩の肉の中に確かに異物が埋もれている。鉄砲の弾だ。緑雲は左腿だったが、やはり鉛玉が体内に残っていた。

「それじゃあ鉛玉を取り出す。ところで、消毒するための焼酎はあるかい?」

「…無いわ」

 それは困ったと腕を組む直也、その直也に未那が、

「父さま、わたし、買ってくる」

 そう言った。それで直也はいくらかの銭を渡し、

「それじゃあ頼むよ、未那。できるだけ早くな」

 はい、と肯いた未那はたちまちのうちに姿を消した。残された直也に、狐娘達の質問が飛ぶ。

「直也さん、久しぶりね! 元気だった? どうして侍姿してるの?」

「直也さん、なんであの狐達の所にいたの?」

「弥生様は? 元気?」

「あなたが直也さん? 姉妹から聞いています。その節はお世話になったそうで、今日はまた何をしにここへ?」

 直也は苦笑しながら一つ一つの質問に答えていく。そしてこれまでの自分たちのことを簡単に説明する。

 直也が話し終わった後、最初に口をきいたのは蓮香だった。

「そうなの、マーラをたおしたのね。でも、弥生様が閉じ込められてしまった、と。…あたし達も手助けするわよ! ねえ、姉様達?」

 姉妹達も、

「ええ、お世話になった弥生様の為ですもの」

 そんな姉妹達に直也は頭を下げて、

「ありがとう、みんな。礼を言う」

 蓮香はそれを遮って、

「やめてよ! 恩があるのはあたしたち。こんな事で少しでも返せたら嬉しいんだから」

 そう言ってくれた。そんな蓮香を、そして姉妹達を見つめて、

「…君達も隠れ里に住む気はあるかい?」

 そう尋ねる直也であった。

「えっ…あたしたちが?…」

 一瞬絶句する蓮香、他の姉妹達も直也の申し出に驚いたようだ。

「弥生を助け出したら俺は里に戻り、当主になる。そうしたら君達を迎えることにいなやはない」

「うれしい…けど…いいの?」

 おずおずと蓮香が口を開く。紅玉も、

「あたしたちみたいな…妖仙でも…?」

 直也は微笑んで、

「いいとも。隠れ里は文字通り、ひっそりと隠れ住むにはいい所だ。広い土地が空いているし、歓迎するよ」

 蓮香初め、姉妹達は涙ぐみ、

「うれ…しい…な…」

 そう言って頭を下げた。

 そうするうちに未那が戻ってきた。徳利をぶら下げている。

「お帰り、未那。ご苦労さん」

 直也がそう言って頭を撫でてやると未那は嬉しそうに微笑んだ。

「さて、それじゃあ弾を取り出そう」

 まずは翠蓮すいれんから。他の姉妹達に、両手両足を押さえさせ、直也は刀から小柄こづかを抜き取った。

 それを赤い狐火でちょいとあぶって殺菌。いよいよ弾を取り出す。腫れ上がった右肩に突き刺すと血膿が吹き出た。

 それを用意したさらしに吸い取らせ、更に小柄を深く突き刺す。翠蓮が痛そうに身をよじるが、

「我慢してくれ」

 そう言った直也は小柄の先に触れた鉛玉をえぐり出した。弾の埋まっていた肉は赤黒く変色しており、毒が回りかけているようだ。

 焼酎を口に含んだ直也は傷口に一気に吹き付けた。

「あぎゃあっ!」

 痛みにたまりかねた翠蓮の口から悲鳴がこぼれた。直也は流れ出る血の色が綺麗な赤になったのを確かめ、傷口を押さえ、

 天狗の秘薬をすり込んだ後、綺麗なさらしで押さえつけた。いつか弥生に教わった圧迫止血である。

 秘薬の効き目で血はじきに止まる。

 それを確かめた直也は同じようにして緑雲りょくうんの弾も取り出した。

 場所が腿だったので目のやり場に多少困った直也であったが。

 

 全てが済むと、朝になっていた。翠蓮と緑雲は痛みは無くなったらしく、寝床から上体を起こしていた。

「これで腫れが引けばもう大丈夫だろう」

 処置が正しかったことを確かめた直也はほっと息をついた。

「ありがとう、直也さん、なんてお礼を言ったらいいか...」

「いや、いいんだ。…これで葵さんとの約束も果たせたし、君達姉妹も助けることができるし」

 そこで一度直也は言葉を切ってから、

「…弥生を助け出しに行けるしな」

 そんな直也の横顔を見つめていた蓮香は、

「…あたしも一緒に江戸へ行くわ。何かお手伝いできることがあるかも知れない」

 そう蓮香が言うと二女の紅霞こうかが、

「それなら全員で行きましょう。弥生様にはみんなお世話になっているんですから」

「ええ、そうね」

 翠蓮と緑雲も肯いている。どうやら、毒も消え、自分で傷も治せるまでに回復したようだ。

「それじゃあ蓮香、あなた、直也さんと一緒に、葵さん?…と言ったっけ、あの狐達の長にお詫びしてきなさい。そしてそのまま江戸へ行っていいわよ。あたしたちは傷が完全に治り次第後を追うから」

 長女の翠蓮が言った。

「よし、それじゃあまず葵さんの所へ行くぞ、未那、道案内頼む」

「…え?…あ、うん」

 夜中起きていたため、今はうつらうつらしていたらしい未那だったが、直也に言われ目を覚ましたようだ。

「それじゃあ、行く」

 直也と蓮香の手を取った未那は、縮地であっという間に結界の際まで移動した。蓮香は感心することしきりである。

「すごいのね、未那ちゃん、だったっけ。縮地は仙術の中でも高等な術よ」

 誉められた未那はまんざらでも無さそうである。そのまま生門を通り、迷う事無く結界内へと案内していった。

「あっ、直也様、お帰りなさい!」

 ずっと待っていたのであろう、紅緒が嬉しそうに駆け寄ってきた。

「ただいま、紅緒。済んだよ。…茜、葵さんに会わせてくれ。話すことがあるんだ」

 すぐに直也達は奥へ通された。蓮香は両側に狐娘がしっかりと付き添っての上で。

「葵さん、済みましたよ。九姉妹は姉妹のうち二人の傷を養生するため、そして静かに暮らすためにこの山が欲しかったそうです。傷は俺が治療してきたし、暮らす場所として隠れ里へ引き取ることにしたので、もうこの山が狙われる事はないでしょう」

「…まことにもってお騒がせ致しました。姉妹を代表してお詫び致します」

 蓮香も深く頭を下げ、詫びを入れた。

 葵は俯いてしばらく考え込んでいたが、やがて顔を上げると、

「わかりました。こちらとしてもいろいろと言いたいこともありますが、死者は出ていないので、今は直也様、弥生様のため、不問に致しましょう」

「有難う、葵さん」

「かたじけのうございます」

 直也と蓮香、それぞれに礼を述べたのである。

「そして、茜、あなたは直也様達について行きなさい。何かお役に立てるでしょう」

「はいっ、葵様」

 茜は嬉しそうに答えた。

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